エルフの奇病
新キャラの登場です。早くも生みの苦しみが……(>_<)
エルフの一生は長い。
人間族の一生が約60年と少しであることを思うと、ゆうに5倍はある。
その長い人生の中で培われた多くの経験と恵まれた魔力を生かし、常に思想にふけり、知識を得ることがエルフにとっての至福である。
ラージョンに暮らす一人のエルフの女性も、その例から漏れない。
彼女の名はアダルジーザ。
齢80歳と少し……人間でいうところの花の青春時代というやつである。
エルフの中でも魔力に恵まれたアダルジーザは、20歳の時に森を出てラージョンにやってきた。
様々な種族の集うラージョンのような街で、様々な思想や魔法に触れること、これは知識を求めるアダルジーザにとってこのうえない至福であった。
森に籠りきりの保守派の者どもには分かるまい。他の種族との交流がエルフの知識をどれだけ豊かにするかを。
人間族は、その魔力の少なさを知恵と論理で補っている。それゆえ彼らの知識は魔法一辺倒ではない柔軟なものだ。
ドワーフ族の「モノを形にする力」は驚異的である。彼らの存在が、人々の想像を実体に換え、その実体がさらに人々の想像を掻き立てるのだ。
獣人もそれぞれに特徴があり、その特徴に応じているのかは分からないがそれぞれの信念があるように感じられる。これも非常に興味深いことで、一度考察してみたいと思っている。
仕事として選んだ教師という立場さえも、彼女にとっては刺激だった。
他の種族がどのような考えを持っているのかを知り、その代わりにエルフの豊かな知識を分かりやすく伝える。
これは非常に有意義な時間だった。
他者に何かを教えるためには、自分の知識を咀嚼しなければならない。それは知識を再確認するということであり、その再確認の過程で新たに気づくこともある。
このように、ラージョンに来てからの60年間、アダルジーザの人生は常に刺激に満ち溢れていた。
そしてそれは、今後も長く続いていくはずだった。
(まさかこんなことになるとわな……)
身体の中で魔力が渦巻いているのが分かる。
今はまだぎりぎり意識があるが、それも時間の問題か……。
これはエルフ特有の奇病、力のあるエルフを葬り去る死の病。
「核病」
そもそもエルフの身体には、他の種族にあるような心臓がない。
その代わりに身体の中心には生命力を含んだ魔力を生み出す「核」が存在しており、これがエルフの豊富な魔力と長寿の源である。
この「核」は、通常は無意識のうちに制御されているのだが、なんらかのきっかけで暴走することがある。
例えば魔法の使い過ぎ。
魔力を多く喰う魔法を連続して使うと、それに追いつこうとして「核」がキャパシティーを超えた魔力の生成を行おうとする。
その結果、「核」が制御しきれなくなり、異常な魔力生成を行い続けてしまう。
この状態が長く続くと危険であり、急に「核」が活動を停止しそのままポックリ、ということも十分にあり得る。
イメージとしては心拍数180くらいの状態が長時間続くような感じだろうか……。
とはいえこのような暴走は、自分で抑制することが可能である。
内臓とは違って「核」は自ら制御することが可能であり、最悪無理やり魔法で押さえつけることも可能だからだ。(魔力が異常に生成されるだけなので、魔法自体は問題なく使える)
問題なのは病的なまでの「核」の暴走。これをエルフは「核病」と呼ぶ。
特にきっかけもなく突発的に発症するそれは、魔力を異常に生成すると共に、その魔力を体外に放出させなくする。体内に大量の魔力が籠ると、いずれ身体の許容量を超えてしまい、身体が崩れだす。その後身体の中で限界まで膨れ上がった魔力が破裂し、一気に放出されることで崩れかけている身体は骨まで消え失せてしまう。
さらに恐ろしいのが、「核病」の陥った場合、核を自分自身で押さえつけることが出来なくなってしまう。精々出来ることと言えば身体と心を冷静に保つことで、ほんの少し魔力が身体を蝕むスピードを遅らせるくらいである。
「核病」の原因は未だ分かっていないが、エルフの中でも特に魔力に優れた者が発症することが多いことから、発達した「核」に起こる問題であると推察されている。
治療法は、魔力を鎮静化する『鎮静』という魔法しかない。
ただしこの魔法、非常にクセのある使いにくい魔法なのである。
まず力が弱いものが使っても効果がない。暴走した「核」が外部からの魔法の干渉を弾いてしまうため、患者よりも強い魔力を持った者が魔法をかける必要があるのだ。
さらにややこしいことに、この魔法は互いに干渉しあう。
ゆえに複数人で『鎮静』を同時に使うと、互いの魔法が干渉しあい、上手くいけば何倍もの効果を発揮するが、相性が悪ければ互いに打消しあうこととなる。
そのため複数人での『鎮静』は出たとこ勝負の最後の賭けなのである。
前述の通り、アダルジーザはエルフの中でも魔力に恵まれた存在だ。
彼女を『鎮静』出来るエルフは限られる。
そしてそのような存在は少なくともこのラージョンにはいない。
王都かエルフの森か……どちらにしても辿りつくまでに身体が崩れてしまうだろう。
(もはや……これまでか)
アダルジーザは、諦めたかのようにその目を閉じた。