アウェイな空間
コニーの鍛冶屋で用事を済ませた後は、生活用品の買い出しと、掘り出し物探しである。
“電メス”に使った火竜の鱗のように、使い方によっては医療の道具に応用できるものが売っていたりするのだ。
そしてリュウは本日の獲物を発見した。
「スライムの粘液」
実を言うと前々から気にはなっていたのだ。
なにもしなければ人体に有害な成分を含むスライムの粘液を念入りに毒抜きしたそれは、マッサージ、風呂に入れる、大人の嗜みに使用するなど用途が広く、個人から業者まで多くの需要がある。
余談ではあるが、ラージョンの街で一番人気のマッサージ店では、香りのついたスライムの粘液を利用したマッサージが女性に大人気であり、半年先まで予定で埋まっているらしい。
そんなマッサージローションをどう使うのか?
もちろんローションとして使うのである。
ただし、喉の奥や尻の中で。
例えば挿管と呼ばれる行為。これは患者の気道を開きそこに管を通すことで、呼吸を安定させたり気道に物が詰まることを防ぐ効果を得るもので、要は喉の奥に管を突っ込むということである。
意識不明、呼吸困難の患者には必須の措置であるといっても過言ではなく、全身麻酔導入時にも使用するなど重要度は高い。
この世界にはゴムによく似た材質の素材があり、コニーが畑違いにも関わらず尽力してくれた結果、挿管に使えるチューブは存在する。(ちなみに手術用の手袋なども、同じ素材を加工して作っているらしい)
また、喉を開く際に必要なブレードと呼ばれる器具も作ってもらった。
従って挿管自体は可能である。
しかし、この状態で挿管すると患者の喉を傷つけてしまうリスクが高くなる。
また、患者に意識がある状態ならば、はっきり言って苦しいし喉が痛い。
そのため本来は麻酔入りのゼリーをチューブに塗ることで痛みを軽減させ、喉に傷がつくことを防ぐのである。
この際麻酔は諦めるしかあるまい。<混沌たる眠り>という魔法を使うことで患者の身体に負担をかけずに全身麻酔と同様の効果が得られるだからそれでいいだろう。
しかし傷予防のためのゼリーは欲しい。
そこでスライムの粘液である。
これをチューブに塗れば潤滑剤の代わりに塗ることで、挿管時に喉の奥に傷をつけることを防ごうというわけだ。
しかし、この案には大きな問題があったのだ。
毒抜きしているとはいえ、果たしてスライムの粘液とは飲んでも大丈夫なものなのだろうか……?
※
女性向けのお店というのは、どこの世界でもオシャレでかわいらしいものである。
最近出来たばかりの雑貨屋『フラバンジェノール』もその例に漏れず、しっかりとかわいい作りになっている。
全体的に淡い色調でまとめられた店内には煩くない程度にかわいらしい手作りのポップが散りばめられており、
香料を混ぜ込んだ石鹸やあぶらとり紙を思わせる商品など、置いてある商品のほとんどが若い女性をターゲットにしている。店員さんもかわいい女の子だ。
(ソフィア連れて来ててよかった……)
男一人で入るにはなかなかにアウェイな店内に、リュウとソフィアの姿があった。
「すいませ~ん!ちょっとお伺いしたいんですが?」
「はいはい!どうされましたか?」
「このスライムの粘液なんですけど……食べれますかね?」
「えっ……!?」
やってきたかわいい店員さんは、笑顔を顔に貼り付けたまま固まった。
「このトロトロな感じを料理に生かせたらきっとおいしいと思うんですよね」
道中で考えた嘘で誤魔化そうと試みる。水溶き片栗粉のイメージだ。
「そうですね……毒抜きしてあるので口に入っても大丈夫ですけど……その……あまり食べる方はいらっしゃらないですね」
ドン引きの店員さんから帰ってきたセリフは、予想と寸分違わぬものだった。
それもそのはず、この世界にだって片栗粉は存在するのだ。とろみをつけるのにわざわざ粘液を使う必要がない。
元の世界でいえばナメクジのぬるぬるで料理を作る、と言っているようなものなのだ。
「えっと……とりあえず一本ください」
「はい……かしこまりました」
店員さんの「こいつ絶対食べるだろうな」という目が痛い……。
結局は自分の身体で実験するしかないか、と悟り、帰りにスライム関連の書籍を買って帰ることを心に決め、リュウはソフィアを連れて店を出た。
「せんせ……すらいむのねんえきをつかったりょうり、わたしつくったことない」
日々料理の研鑽に余念のないシルベスト家の料理長は、スライムの粘液を料理に使うという斬新な発想を前にして、うるうるとした目で訴えかけてくる。
(ぜったい、おいしくないよ?)
彼女の上目遣いにそんな気持ちが込められているのをひしひしと感じる。
料理長に、「本当に料理に入れるわけじゃないよ」と説明するのに帰り道の半分を要したリュウであった。
ちなみに、直腸検査や大腸へカテーテルを入れる際などに、お尻ローションが発動します。