職人としての矜持
ミルネタ伯爵領ラージョンといえば、ラストニア王国の中でもかなりにぎわっている部類に入る。
さすがに王都と比べれば見劣りするものの、十分大都市と言えるだろう。ゆえにここには様々な種族が集まっている。
ドワーフ、エルフ、獣人……こういったいわゆる亜人と呼ばれる種族を始めてみた時は、ファンタジーやサブカルチャーといったものに疎いリュウですら、大いに興奮したものだった。
意外と言っては失礼なのかもしれないが、ラストニア王国は法整備がかなり進んでいる。
元より亜人に対する偏見が少ない風土ではあったのだが、歴史の中で人間と亜人とが手をとりあって快適に暮らせるような法が出来ていったらしい。
ちなみに王国法第一条は、「王国において人間と亜人とは常に対等であり、協力して王国の発展に尽力すること」である。
一方で、種族ごとに就く者が多い職業、少ない職業はある。これはリュウがいた世界でいえば男女の違い、程度の感覚であろうか。例えばミノタウロス(牛の獣人)の金属細工師などは見たことがない。
これは種族ごとの得手不得手に起因するものであり、特に問題になるようなことではなかった。
そして今、リュウとソフィアはドワーフが最も多く就く職業である“鍛冶師”の店を訪れていた。
「なるほど……火竜の鱗か」
リュウが作った“電メス”の試作品を手に、一人のドワーフが難しそうな顔をしている。
彼の名はコニー・アグレル。
かわいらしい名前だが、この街でも一二を争う名工であり、トップクラスの強面でもある。
「出来ればいつものメスくらいの切れ味にしてもらいたいんだけど……無理かな?」
「うむ……火竜の鱗は薄くすると割れやすい。ゆえにどうしても刃先が脆くなる。それに持ち手が熱くならないようにする工夫も必要だな」
寡黙な職人であるコニーは、ドワーフの男性特有の立派なひげに手をやりながら、厳しい目で“電メス“の試作品を吟味する。
今、コニーの頭にはこの試作品をどうすればより良いものに昇華できるかということしかなかった。
作るべき物に全身全霊をかけて集中する、これがコニーの職人としての矜持である。
他の雑念など、入り込む余地はなかった。
「……むずかしい?」
「……!!大丈夫だよ~!おじちゃんに任せときな!」
寡黙で厳格な職人の顔は、あっという間に崩れ落ちた。
コニーの職人としての矜持を吹き飛ばす唯一の存在、それが姪っ子ソフィアだった。
(あらら……いつものことながら本当ソフィア連れてくるとニッコニコだな)
リュウとコニーとの付き合いは、リュウのもとにソフィアが来た頃にまで遡る。
ソフィアは身寄りのない少女であった。
約1年半前、病に罹ったソフィアが目の前で捨てられるのを見たリュウが、ギリギリの所で彼女を助けたのだった。あの雨の夜のことは、今でも鮮明に覚えている。
なんとかソフィアの命を繋ぎとめることは出来たのだが、彼女には帰る家がなかった。
そのためリュウは、伯爵領の北の端のあるドワーフの集落にまで足を運び、彼女の両親、親族などを探したのだが、名乗り出てくれる人はいなかった。
そんな中ソフィアのことを知っているというドワーフの青年が、ラージョンに店を構える叔父の存在を教えてくれたのだった。
コニーは病床のソフィアを見て、涙を流して再会を喜ぶと同時に、ひどい状態であることを嘆いた。
ソフィアを引きうけることも快諾してくれたのだが、体調が回復していくにつれてソフィアがどんどんリュウに懐いてしまったことから、結局ソフィアはリュウの元で暮らし、こうやってしばしば二人でコニーの元を訪れる、ということになったのである。
「とりあえず……出来る限りのことはやってみよう!また出来たら連絡する」
「本当に毎度毎度申し訳ない。料金はいつも通り言ってくれ」
「了解した。あぁ……弟子の方も何個か作り終えたらしいから持って帰ってやってくれ」
「さんきゅー」
当初は、愛する姪っ子の恩人から金はとらん!、とコニーが突っぱねたのだが、それでは気を遣って頼みにくいから、とリュウが説得した結果、材料費の分だけ渡すということで落ち着いたのだ。
ちなみにコニーが手掛けるのは、初めてリュウが依頼する器材が大半である。
一度コニーが完成形まで作り上げた器材についてはその作り方を弟子に教え、修行ということにして作ってもらっている。
コニー曰く、複雑で細かい作業が多いため、修行にはちょうどいい、とのことだ。
もちろん品質についてはコニーが確認しているのでまったく問題ない。
伯爵領の中でも指折りの鍛冶師が、他の誰も依頼しないような奇妙な道具を何の文句も言わずに作ってくれる。
それは奇跡のようなことだ。
持っていた点滴セットを見本として預けたら、材質こそ違うものの元の世界のものと遜色ないものが返ってきて度胆を抜かれた。
何種類もの鉗子(先の尖ったピンセットのような道具)を完璧に作ってもらった時には、感動のあまり涙がでた。
ここに来る度にリュウは、巡りあわせというものに感謝するのであった。