ご先祖様大集合
「なんだか今日は雨でもないのにいつもより体が重いの。何でなのかしら?」
暑い夏の日の朝、鈴木さん家で飼われている雌の三毛猫テリーは庭先で寝ている雄の柴犬ジョンに話しかけた。静岡県のとある老夫婦に飼われている二匹は、猫と犬だが不思議と対立ない良好な関係の同居人であった。
「そりゃあそうさあれを見てみなよ」
ジョンは目を空けると鼻先で玄関脇に石で組まれた松の木の焚き火跡を指して見せた。
テリーは首を捻った。「あれは何?」
「あれは迎え火の跡さ。今日はお盆なんだ。一年に一回あそこで焚かれた火を目印にご先祖様が帰ってる来る。もちろん人間だけでなく俺たちのご先祖様も帰ってきている。俺は朝からご先祖様たちが枕元に総立ち状態で窮屈だったらありゃしない。お前もよく周りを観察してみろよ」
猫や犬には人が忘れてしまった、この世ならざるものを捉えることができる力、通称第六感がまだ少し残っている。テリーは第六感を集中させ、辺りを探った。すると確かに身の回りに存在していない幾つもの猫の気配を感じ取ることができた。その気配の一つ一つは単体でありながらまるで無数の奥行きのあるような不思議な感じがした。コンピューターに例えるなら一つのデータに100や200ものレイヤーが使われている、そんな重厚さがあった。そしてどことなく懐かしいような匂いを持っていた。
「これがそう?でも知った気配はいないわね」
「そりゃあそうさ。ご先祖様なんだから。俺たちが生まれる前にみんな死んでしまっている。俺も自分の母親以外は知らない奴ばかりだ。でも、どこかで繋がっている相手なのさ」
「ふーん・・・でも本当数が多いわね。これは体が重くなるはずだわ。人間たちはうっとおしくないのかしら?」
「まあ大丈夫だろ。人間は俺たちよりも長く生きるし、子供の数も多くないから、ご先祖様が少ないんだよ」
「気楽なもんね・・・ん、にゃ、にゃ!」
テリーは視界の端に庭を横断する黒く小さい影を捉えた。そして猫の本能のままそいつに飛びついた。影は慌てて逃げようとするが動きが鈍くあっさりとその手に捕まった。
「あっ、お前は最近わたしから逃げ続けていた鼠じゃないか。やったー、捕まえた♪」
テリーの爪に押さえつけられた鼠は体をバタバタさせたが、やがて観念したように大人しくなった。
そして「畜生!今日はなんだか体が石をのせたみたいに重たかったんだ。そうでなければこんな猫ごときに捕まらなかったのに!」と悔しそうに呻いた。
その光景を一通り眺めていたジョンは一息はいて呟いた。
「それは今日がお盆だからだよ。鼠のご先祖様の数は俺たちの比じゃないだろうからね。本当、同情するよ」
了