その八 クリーンインストールはホント勘弁
第一章 神と龍とサラリーマン
その八
差出人
件名
宛先 (自分)
あれーなんだろ? このメール。
彼がサンダバを立ち上げメールをチェックすると、見た事のないメールが届いていた。
いや、訳の分からないメール(おそらくはフィッシングメール)自体は毎日大量にくる。例えば差出人の表示が自分のメールアドレスだったり、件名が”この間はどうも”だったりと、色んな手で興味を持たせようとしてくるメールだ。だが差出人の部分が無記名になっているメールは初めてだった。
「すげーな」
手がこんでんなー。こんな事も出来るんだ・・・
普段ならば開きもせずに迷惑メールフォルダ行きだが、今回は興味が湧いて、メールを開封した。 まずは本文に眼が行く。
いつまで待てばよろしいのでしょうか?
勇者様はどうなったのでしょうか?
???
なんだこりゃ? リンクがあるわけでもないみたいだけど・・・
待つ? 勇者?
なんだなんだ? 異世界転生フラグか? キタコレ?
彼は数秒どきどきして待ってみたが、残念ながらいきなりモニターに吸い込まれたり、メールの文字が急にうねうね動き出す事もない。
「もちろん分かってましたとも・・・」
彼は誰にともなくそう呟き、ちょっと恥ずかしがりながらメールを右クリックする。
だが右クリックメニューからでは、ソースや差出人についての情報を調べるコマンドは出てこない。ソースを見る気ならば、上のメインメニューから、表示・メッセージのソースを選択する必要があるのだが、彼は、まぁ良いかとソースを調べる事を諦めた。と言うのも彼は自分がソースを見ても何をどう見れば良いのか知らない事を知っているので、何となくメニューを呼び出してはみたものの執着はしなかったのだ。
返信する気は無いが、取り敢えず返信ボタンを押してみる。メール作成用のウインドウが開くが、その宛先は自分宛になっていた。
実は俺が知らないうちに自分宛にメールを書いていた!? 訳ないか・・・
これはサンダバで宛先を決めない内に一旦保存した下書きに対して返信ボタンを押すと、宛先が自分になる事を経験で知っていたので、特に驚かず単に本当に差出人が分からない状況なんだな、とだけ彼は理解した。
しかし・・・
「勇者かー」
彼はふと一年前の事を思い出した。それは苦い、いや苦い苦い思い出だ。
彼は身悶えしトラウマを堪能しながら、メールを迷惑メールに指定した。
しかし話はそれで終わらなかった。
それから三日間、彼は憂鬱だった。何故なら差出人不明のメールがとんでもなく大量に届くのだ。それらは迷惑メールフォルダに直接行くとは言え、一回の受信時に数百という数のメールである。もはや迷惑だなとか言う感情はわかない。正直怖かった。
試しに最新の差出人不明メールをおそるおそる見ると、
勇者様がいないなら私はどうしたらよいのでしょう?
定めを果たす事ができぬなら、いっそ私を・・・
プロバイダに連絡し、件のメールを止めて貰うように話をしたが、メールサーバーにそのようなメールの痕跡が無いと素気なく告げられる。
うひぃ!、怖えぇぇ!、ホラーかよ!。と背筋が冷たくなるが、プロバイダのお姉さんが言うには、類似例を聞いた事も無いしハッキリとは分からないが、ウイルスじゃないかという話だったので、彼はOSのリカバリディスクを取り出し、祈るような気持ちでクリーンインストールをかける事にした。
いったい何なんだ・・・本当に呪いじゃなければ良いんだけど・・・
てか勇者?無理矢理話を終わらせた呪いなのか?・・・
彼は一年前考えた小説の設定ノートを開き、当時自分で考えた設定に眼を通していく。
異世界転生者の設定、魔法の設定、世界の設定、種族の設定、そして複線以外では使わなかったクラチカの生命体を見守る神であり、魔力の根源でもある四体の竜神の設定。特にその中でも異世界転生者たる勇者と結ばれ、勇者がクラチカに残る要因となるはずだった水を司る龍神。
彼は龍神についての設定を見た時、何かを感じた。
「! ・・・これか?」
自分でも訳の分からない事を言っているな。とは思いつつも自らが感じた感覚を打ち消す事が出来ず、取り敢えずこれをどうにかしようと決める。
龍神の設定について消すか? いやそれも余計に祟られそうだよな。
龍神については触りたくないから、勇者を変えるか。とにかくハッピーエンドにしよう。
”勇者に名前を与えられ結ばれる”に線を入れて消し、新たに、勇者が元の世界に帰った後に来た異世界転生者と結ばれる。と書き換え、FINと呟く。
そしてちょうどその時、OSのインストールが終わった。
以降、彼の元には差出人不明のメールは二度と届かなかった。
****
ユーフランは百年間ずっと神に祈っていた。
既に神の書いたラインから外れてはいても、神の定めたルールがユーフランを縛っていたのだ。
思いがけず名を、そして自我を得て後、すぐに勇者の存在を探したが、世界のどこにも存在を感じられなかった。”勇者と会い、何かをしなくてはいけない”それだけがユーフランの全てだった。
ユーフランに名前を与えた者達は、ユーフランがいるジャングルの奥地にある巨大な深い湖の畔に神殿を作り、ユーフランの事を神として崇めていたが、ユーフランはその力で結界を張り、ずっと引きこもって神に訴え続けた。
「いつまで待てばよろしいのでしょうか?」
「勇者様はどうなったのでしょうか?」
「何故勇者様は来られないのでしょうか?」
「何故お答えいただけないのでしょうか?」
「私は何故勇者様にお会いしなければいけないのでしょうか?」
「私の定めは変えれないのでしょうか?」
もしその姿を他の人が見たのならば、敬虔な祈りを捧げているように見えただろう。
だが、自我を持ってしまったユーフランにとっては敬いはなく、ただ必死なだけだった。
このまま更に時が過ぎれば、いずれ自らを縛るルールとの齟齬により、暴走する事になるだろう。水の魔力の根源たる自分の暴走。水の魔力が無くなっても水そのものではないため水が無くなる事はないが、暴走すれば全ての水が劇薬と変わらぬ物になってしまう。それは生命体の死と同意義だ。生命体を見守る役目を定められたユーフランにとって、それは決して看過出来ない事だった。
だが、もう限界が近い。諦念に捕らわれつつも、しかし一縷の望みに縋って、いや全ての望みを掛けて、ユーフランは最後の願いを届けた。
「定めを果たす事ができぬなら、いっそ私を無くしてください。勇者じゃなくても良い。救いを御使わし下さい。」
いつもの様に神からの返事はない。
ユーフランの理性が暴走しようとした瞬間。
目の前に人間がいた。
その瞬間ユーフランの運命が変わった。