その三 フルスロットルでトペコンヒーロ
第一章 神と龍とサラリーマン
その三
朝のまどろみは、ふっわふわで蕩けるように甘い。言うならば、蜜の川のせせらぎを大きな綿菓子に寝転がって流れのままにたゆたう様な物だ。手を伸ばし黄金の流れを掬い取り、指の間からさらさらと川に返す。
そんな美しき幻想の世界。
蝶よ花よ妖精よ。そんな存在しか許されない世界。
ならば人は何故この世界に永住しないのか。
それはきっと川を覗き込んだときに気づくからだ。自分という存在がこの世界における唯一にしてもっとも許せない異物で有る事に。
だが、例えこの身が異物であっても今はもう少しこの世界にお邪魔しよう。
今ならきっと許してもらえるはずだ。
なぜなら・・・
起きたくないんだよね。むにゃむにゃ。
東司は非常に寝起きが悪かった。少しでもまどろみを楽しむために会社まで自転車で5分、車で2分のアパートに引っ越したくらいの筋金入りだった。
しかしそんな睡眠におけるクライマックスでありハッピーエンドを邪魔する敵の魔の手が迫る。
「あ・な・た? 起きてください? 朝食の用意が出来ましたよ?」
”敵の魔の手”を訂正。むしろクライマックスがフルスロットルでハッピートゥルーエンドな模様。
うぉぉぉ素晴らしいぃぃぃ・・・
そう・・・思えば、今まであまり多くはないが付き合った事のある女性は
「ちょっとー、そろそろ起きてくれないと遅刻するんだけどー」とか。
「ご飯は交互でって私言ったよね?」だったもんな。
いや、決してそれがおかしいとは思わないが、ほら・・・有るじゃないですか、男の夢っていうか、お約束っていうか。正直あざとい台詞だと分かっていても逆らいがたい本能を揺さぶられる痛恨の一撃というか、ゆさゆさ揺らされた所をがばりんちょの朝から遅刻上等!YESモンキーマジックッッッみたいなさっ!
よーし、完全に目も覚めた事だし、如意棒もReadyだし、いってみるか、愛の国! レッツ!ゆさゆさがばりんちょ!
「ぬぅ・・・いつもの事ながら中々起きんの・・・まぁ寝かせておくかのぅ」
え?・・・えぇぇぇ・・・せっかくスーパーがばりんちょタイムの予定だったのに!?
ショックだ・・・鬱だ寝よう・・・
「というかじゃ、起きとるじゃろ? 主様。それだけ鼻息が変わったらばればれじゃぞい。」
まぁそうだよね。
東司は「うい・・・おはよう、ゆらさん」と応えて体を起こした。
目の前には藍色の地に白色の花模様、薄い桜色の帯という着物を着た美しい女性が畳に膝を揃えて腰を下ろしている。
東司は布団に座ったまま頭を掻きながら、その女性を改めて眺める。
見た感じの年齢は20代前半くらいだろう。身長は170cm程、黒髪は長く腰まであり非常に艶やかで、正に濡れ羽色と言われる物だろう。また顔は小さく非常に整っており、少なくとも日本人であれば、よっぽど特殊な嗜好の持ち主でない限りは美人、いや信じられないほどの美人と評するのは間違いない。
体つきは出るとこが出ており、以前は82・62・78位が東司の理想だったが、それよりも少し胸は大きく腰は細いんじゃないかと思われる。とはいえ今となっては宗旨変えしているが。
ふっ・・・所詮、理想なんてより上質な理想が現れれば塗り代わってしまうものさ・・・
人が逃れられぬ、悲しきサガと言うやつだな・・・うむ仕方がない・・・
「おはようじゃ主様。
お食事にされますか?
お風呂にされますか?
そ・れ・と・も・・・」
お? おおぉぉ!?
朝やるテンプレではない気もするけど、
キタコレ!?
どっきどきのわっくわく!?
「トペ・コン・ヒーロ?」
「いや、その理屈はおかしい」
「むぅ? なんでじゃ?・・・主様の知識によると、朝起こしに来たおなごは「おっきろー!!」と言いつつ飛び乗る物じゃと思ったんじゃがのぅ・・・」
「絶対に俺の知識の中に前方一回転して飛び乗る妹はいない!」
小首を傾げながら、「ふむ、そうじゃったかの?」なんて呟いている自分の奥さんを見ながら、自分の知識だから自業自得とはいえ、なんでこんな明らかに余分な知識まで身につけるかなと嘆息しつつ、知識を与えた時の事。つまり一年前この世界に召還された時の事を思い返すのだった。