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龍の御使い  作者: おでん
第一章 神と龍とサラリーマン編
10/20

その十 オラは死んじまっただ

第一章 神と龍とサラリーマン

その十


 東司は部屋に一人になってからも天井からぶら下がったシャンデリアをぼけっと見つめて、寝るでもなく、考えようとするでもなく、ただただぼんやりと頭に浮かぶ思考に波に身を任せていた。


 帰れないか・・・

 向こうでは俺の本体?が普通に生活してんのかな?・・・

 あーでも俺こっち来る時、なんか苦しくなって倒れたよな?、死んでこっちに来たって可能性が高いんかな・・・

 社長と飲んでる時に死んじゃったんなら迷惑掛けただろうなぁ・・・

 まぁどっちみち今更どうしようもないか・・・

 ・・・・・・


 社長クレーム上手に処理してんのかな・・・

 うまく支払い毟れてればいいけどなー・・・

 四月の新作用のキャドとサンプルも終わってなかったのにな・・・

 まぁなんとかはするだろうけど・・・

 ・・・・・・


 冬のボーナス貰い損ねたな・・・

 つーか貯金も無駄になったな・・・

 まぁ隆司(注:弟)が受け取るだろうしいいか・・・

 ・・・・・・


 東司の思考は波間に揺れる小舟の様に、あっちに行ったりこっちに来たり。

 四年前無くなった親に謝ってみたり、部屋を片付ける時に隆司の奥さんが手伝わなければ良いなと祈ってみたり、はたまたド○ラゴンズの来期の布陣について考察してみたりと、取り留めも取り纏めもなく、気の向くまま思うがままに呆けている。

 そんな波に揺られるままの東司の思考に大きな変化をもたらしたのは、やりたい事でやり残した事って何かあったっけ?、って考えた時だった。

 「あ!?、もう続き読めんがな!!・・・。うっそーん・・・」

 どうやら東司にとって小説の続刊が読めない事が一番ショックだったようだ。

「うがー!」

 これは良くない全然良くないぞ!?。まだ封を切ってなかったゲームは諦め付くけど、小説はもう続き読めないじゃん!。楽しみにしてたのに!!、と東司はごろごろ転がって悩む。

 何とかならんか・・・

・・・・・・

 何ともならんか・・・はぁ

 なんとか折り合いがつけたのは五分ほど悩み続けた後だ。とは言えまだまだ未練たらたらだが。

 「まぁいっか!」

 ケ・セラ・セラ、なるようになる。なるようにしかならない。鳴かぬならそれでいいじゃんホトトギス。第六天魔王の十七代目さんは良い事言うね。

 「異世界良いとこ一度はおいでー、酒はうまいし、ねーちゃんは綺麗だ。ふぁ、ふぁ、ふぁっふぁー、と」

 まぁ実際ねーちゃんはすこぶる綺麗だしなー。あんなボインボイン(笑)の美人さんと下ネタで盛り上がれただけでも来た甲斐あったってもんさねー。

 とはいえ、なんだかあざとすぎて、どう反応して良いのか良くわかんないんだけどねー。

 東司は鼻歌を歌いながら起き上がる。起き上がった場所は窓際だ。どうやら転がっている内に窓際まで来たらしい。東司は手を伸ばして障子窓を開ける。

 目の前を”ごぼっ”と音を立て気泡が浮かび上がっていった。

 「うおっ」

 東司は驚いて思わず一歩下がる。がよく見るとガラス窓になっている。

 「あー、そう言えば湖の底だって言ってたっけ?・・・」

 再度近づいてガラス越しに外を見ると、周りはライトアップされていて非常に幻想的な光景だ。

 「うはー・・・綺麗だな・・・。」

 その光景に心奪われる東司。しばしの間見とれるのだった。

 東司は十分に光景を堪能してから、溜め息をつきながら外から眼を戻す。

 「しかしこれ普通の窓ガラスに見えるんだけど・・・」

 軽くガラスを爪でつついてみると、ガラスの様な硬質な感触と音が却ってくる。

 「ガラスっぽいよなー。作りも地球の普通の家と大差ないし、良くこれで壊れないな。魔法の力なのかねぇ」

 開けてみようかという考えも頭をよぎったが、クレッセント錠では無かったし鍵っぽいボックスはあるが動かし方が分からないし、ぶっちゃけ怖かったので止める。あと、どうも障子窓には防音機能があるらしく、閉めると気泡の音が聞こえなくなった。

 「これが魔法の力かぁ・・・分かっちゃいたけどすげーな。」

 東司は破れそうで破れない障子を突つきながら呟く。

 「しかし窓の造りなんか、意外と近代的な感じだよなー。」

 龍とか異世界とか魔法とか言ってたから、てっきり中世みたいな文化かと思ったんだが・・・、明日にでもユーフランさんに聞いてみるか。

 ・・・つーか明日か・・・

 「明日から何やりゃいいんだ?・・・」

 やる事?・・・、ユーフランさんは知識を貰ったからもう大丈夫とか言ってたっけ?

 てーことは、この世界に呼び出された理由はもう済んだのか・・・

 ん?、あれ?、それじゃ何であの人、俺の趣味に合わせてたんだ?

 別に俺の趣味に合わせる必要ないよな?

 んーもしかしてまだ何か頼みたい事があるとか?

 ・・・有りそうではあるけど、俺は特になにかできるわけじゃねーしなー・・・

 ・・・出来ないよな?・・・、あれ?・・・、もしかして異世界に来た影響で何かすごい能力が使えるようになったりしてるのか?

 あれか!?、魔法か!?

 え?、あらやだ?、マジックだけにマジか!?

 イィィィヤフー!?。

 いやいかんいかん落ち着け落ち着けどうどう。

 東司は数度深呼吸し大きく息を吸い込むと、片手を突き出してポーズを取りながら叫ぶ。

 「ファイア!」

 ・・・・・・

 何も起こらない。そこにあるのは痛々しい東司の姿だけ。正にごらんの有様だ。というか、部屋の中で炎の魔法を使おうとしている時点で明らかに冷静ではない。

 「・・・や、やっぱり呪文とか分からないしね・・・」

 東司が誰にともなく言い訳する。だがまだ諦めきれないのだろう。今度は石になれと言わんばかりに枕を見つめ、指さしながらなにやら念じている。指を上に下に動かす様子から見て、どうやらサイコキネシスに挑戦しているようだ。

 さらに有名どころのゲームやアニメ等の技を繰り広げるが、何も起こらない。

 そろそろ一旦諦めるのが一般的な反応だろうが、テンションがあがってきた東司にそんな理論は通用しない。と言うよりも、どうやら最初の目的はどこへやら単に呪文を唱えたり叫ぶのが楽しくなってきているようだ。

 「マジカル、マジカル、るるるるる!!」

 三十の男がノリノリで魔法少女の呪文を唱えている・・・。東司の力を持ってすれば自他問わず精神に重大なダメージを与える凶悪な魔法だが、ここには自分を見失っている東司しかいない。残念ながら素に戻るまでダメージはお預けだ。なので当然の結果として東司の暴走は終わらない。東司が心の中でVの字型の赤いサングラスを掛けつつ魂込めて叫ぶ。

 「ギガァ! ドリルゥゥ! ブr

 その瞬間、入り口の襖が開いた。無表情のユーフランが呆然と立っている。


 れ・・・・イク、イク、イク、イク、イックゥー!?

 キャーー!?、見られた!?、のぞきダメ絶対!?

 証拠隠滅!?、拉致監禁!?、判決死刑!?

 裁判長!、公平な裁判を求めます!

 ちょっと待ったぁ!。証人は嘘をついています!

 俺はやってない!。全部社会が悪いんや!

 白か黒かで言えば真っ赤っかな東司が、心の中で逆転裁判を始めた時、ユーフランの瞳から涙が溢れ出す。

 うわっ、まずっ!?、おかしくなったと思われた!?

 「いや!?、あのこれは・・・、なんというか・・・」

 東司が”見なかった事にしてくださいー!!”と土下座外交に踏み切ろうした瞬間、ユーフランがそれを遮った。

 ユーフランが涙をこぼしながら言葉では形容しがたい微笑みを浮かべたのだ。

 東司の頭から言い訳も土下座も自分が晒した醜態の事も、全てが消え去っていく。


 「安心するのじゃ東司。儂が絶対に元の世界に帰すよ。」

 ユーフランの涙が更にこぼれる。東司はショックの余り言葉もない。


 「一つ手があるのじゃ。儂がもう一度神に頼みこもう。」

 ユーフランの微笑みが笑顔に変わる。東司はその涙から目が離せない。


 「東司は寝ておれば良い。ちいと時間は掛かるが心配せんでも老化は止めておくでの。」

 ユーフランは泣き顔のまま東司に近づく。東司は自らの笑えないミスが何なのかが分からない。


 「短い間じゃったが楽しかったぞい。」

 ユーフランの手が東司の頬に添えられ、そして唇が合わさった。


 時が止まったまま、時間だけが過ぎていく。


 そして時は動き出し、東司の時間だけが止まっていく。


 「さよならじゃ東司。元気での・・・」

 別れを告げるユーフランの笑顔は、鈍い東司にもハッキリ分かるほど号泣していた。

 東司にはユーフランの急な行動の理由も、涙の理由も、何もかも分からない。今考えるべき事すら分からない。

 でも、だけど!、このままじゃダメだ!!。


 『待ってくれ!!!』

 

 そう叫んだ東司の体は既に動かず。音も発さず。

 東司は夢すら見れない暗い暗い世界に旅立っていく。元いた世界に旅立っていく。

 心残りだった続刊が読める世界に旅立っていく。それ以上の心残りを残して旅立っていく。

 しかし何も出来ない東司には抵抗できない。

 そして東司は元の世界に戻るまでの長く刹那で終わる旅路についた。

 その意に反して。

 ユーフランを泣かせて。

 だから。


 その時、神の定めたギフトが発動した。

 

 

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