冒険者とその先へ・4
髪と同じ黒瞳は嘘をつくようには見えず、それどころか、どこか楽しそうに笑っている。
レスカトールは僅かに首を傾け逡巡すると、続きを促した。
男はくつくつと喉を鳴らして笑うと、あくまで噂だと前置きした上で話しを進めた。
「北の魔法使い共が不審な動きを見せていると耳にした。賛同する魔力や構成力の高い魔法使いを集めて、儀式を行うらしい。過激派の中でも更に少数派らしいが、世界を越えるのだと聞いた」
『世界、を?』
『まあ、待て待て』
数歩距離を詰め詳細を問おうとするレスカトールに、落ち着けと言わんばかりにグウェインは右手を振る。ぐっと息を詰めて後退する。
「世界を越えるとはいえ、それがイスターシャの帰還に繋がるかはまだわからんし、今はまだ準備期間のようだ。結果が分かるのは当分先だが、頭の片隅にでも残しておけば良い」
「北の魔術師ね……なるほど。いい情報をありがとうグウェイン殿」
「なに、ヒューの奴がそれを預ける程信頼してるのが相手だしな」
それと顎で腰の短剣を示され、レスカトールは苦笑を浮かべる。
短剣、正確には柄の飾り紐こそが、組織の一員であることを示す証なのだ。
「ヒューに無理を言って借りたから、あいつを咎めるのはやめていただけたら有難い。構成員でないのに、押し入って悪かった。報酬は規定の手筈で納める。よろしく頼む」
「気にするな、こちらも商売だ」
組合の長の楽しげな口調に、レスカトールは微笑みもう一度深く頭を下げると、控えの人間について部屋を辞したのだった。
「これからどちらに?」
細い通路を抜け元の酒場に出ると、最初に対応した男がそう問いかけた。
「このあと酒場をいくつかまわる。それから一度宿に戻って朝から組合に。そちらの情報を受け取るまでは、こちらに留まるし、近場の酒場に顔を出すかくらいだ。最悪宿やギルドに言付けてもらえば受け取れる」
「了解しました」
「それじゃ」
丁寧に頭を下げる男に礼を口にすると店の外に出る。
入口の見張り役はジロリとレスカトールを見遣るだけだった。
店の中は思った以上に熱気がこもっていたらしく、外の風がやけに冷たく感じる。外套を体に巻きつけるようにしても、わずかな隙間を通って風が入り込んでいくようだった。
「さむい」
吐き出した息は白く立ち昇っていく。秋の終わりとはいえ冬の季節はすぐそこまで来ていた。
* * *
「やけに遅かったじゃぁないか」
レスカトールが宿に戻ったのは、夜の刻も半ばだった。
「エステラは久しぶりだしね、あちこち回ってた」
宿の者を起こさぬよう足音を立てずに戻ってきたというのに、同室の男はけろりとした表情でおかえりと口にする。
手元には分厚い本、寝台の上にもすでに数冊積まれている。
背の半ばほどまで伸ばされた少し青みを帯びた銀髪は手入れを怠っているせいで毛先があちこちに跳ねている。なかなか日に焼けないと嘆く肌は北で見る雪のように白く、二十代も半ばだという顔はひどく幼く見える。黙ってさえいれば性別を間違えられることも少なくない、その男の名をシアネドという。レスカトールたちが行動を共にしている仲間の一人で、腕の良い魔法使いだった。
「よくもまぁ、はしごしてくるね」
「そういうお前だってずっと本読んでたんだろう」
「まーねー。こっちも久しぶりにゆっくりと腰を据えて読めるからつい夢中になった」
本を手放すそぶりも見せずに男――シアネドは濃青の瞳を細めて笑い、そのはずみで肩から銀髪が滑り落ちた。
「んで、成果は? 僕から話す?」
レスカトールが旅装を解き片付け終わったのを確認すると、二人は向き合うように互いの寝台に腰をおろし、シアネドはそう切り出した。
「そうしてくれ」
「了解」
続きを促され、シアネドはひとつうなずき口を開く。
「僕は魔術師組合にあたった。写本はまだ残ってるらしくてとりあえず閲覧申請しといた。ヒューは先に現地入りしたっきり報告はない。ユイファンもギルドをあたってくるとは言ってたけど、今頃実家で、えーとカゾクミズイラズ? してる頃じゃないかな」
「それでも写本閲覧はありがたい。あいつらには感謝するしかないな」
つまりは成果なしときっぱり言い切る友にレスカトールは苦笑する。
魔術大全と呼ばれる複数の本は、写本であろうと原本であろうと基本的に禁書指定を受ける。禁書の閲覧には、それ相応の位や閲覧申請手続きなど酷く手間がかかって仕方ないのだ。高位の魔法使いが身内にいるのはこういうとき便利だと、口にはせず心の中でつぶやいた。
「こっちは入国・使用許可証込でレクナス金貨三十でケリはつけ、ああ、もちろん成功報酬だぞ。手付は三割。許可証発行の手間がないだけマシだろう。あとは三日以内に情報が来る手筈になっている。それとギルドのほうへ依頼受けることを報告して準備だろうな。今を逃せば春まで待つ羽目になるから、迅速に」
金額を耳にしてむっとした様子だったが、迅速にと聞いたシアネドは同意だと大きく頷いた。
冬がやってくれば、レクナー大陸の北方は雪に染まる。目指す聖域が大陸のどこにあるかはっきりはしていないが、仮に北方だった場合、既に今から目指すのすら愚かしい行為だ。
「本当は春を待つのがいいんだろうけどねぇ。あっちは春先の景色が美しいからなぁ。でも冬の湖とか北の雪景色もいいか」
どこか観光にでも行くようにあれでもないこれでもないと例を挙げる友の発言に、レスカトールは首をかしげる。
(北……って)
グウェンに聞いた話を思い出し、面白い話を聞いたと、そのことを告げた。
何気ない話題のはずが、シアネドは顔をしかめると、考え込むそぶりを見せた。
「何か、あるのか?」
「いや……過激派がなにをやるんだろうかって、ね。そこにイスターシャを連れてく?」
「必要があれば考えるが、魔法使いの派閥はよくわからない」
困ったという様子にシアネドは僕もだとくすりと笑う。
「大丈夫、僕もわからない。……件の連中への接触は最後の手段と考えておくことを魔術師として忠告しておくよ」
魔術師としてと告げる男に、わかったとひとつ頷いて見せる。
「まぁ、とりあえずはシュウが保護者を説得できるかが重要なんだよな」
「……多分できると思うけど、ユリスって過保護だしねぇ」
レスカトールが出て行ったあと、説得に成功してもあれこれと言い合っているであろう親子の姿を脳裏に描き、二人は成功を神に祈るしかないと笑いあったのだ。