イスターシャ・5
シュウが店に戻る頃には、ユリスはすでに厨房に入っていた。店内にも客が姿を見せはじめる頃合いで、四人席と二人席がひとつずつ、それからカウンターにいくつか空きが見えるだけだった。厨房とカウンターとを行き来していたユリスの母カナンは、シュウを認めると手招きする。
「今いきます」
「これ、窓際の席のお客さん!」
駆け寄って渡された銀盆の上にはサラダや肉の盛り合わせ、揚げじゃがとナシェという色合いがビールに似た酒がどっさり乗っていた。
「お待たせしましたっと、ダスクさんたちですか」
湯気を立てている料理の香りに空腹を覚えながら、重い盆を落とさないよう気をつけながら早足で席に向かう。その席に座っていたのは顔見知りの五人の冒険者だった。テーブルには長剣が立て掛けられていて、それを扱う一行のリーダーであるダスクは、礼を口にしてシュウからグラスを受け取った。
「ええっと……お祝い酒、ですか?」
問いかければダスクはにやりと日に焼けた顔を歪める。ダスクは元は金色だという髪を黒く染め上げている。その右の頬を縦に走る傷跡や、逞しく太い腕、目つきは常に剣呑で幼い頃は苦手としていた長い付き合いの冒険者だった。
「ああそうさ。南の遺跡に潜ったら、ちょいといいものが見つかってよ!」
「ホントに偶然なんだけどねぇ。すっかり荒らされた遺跡だと思ってたのにたまたーま隠し扉見つけてさぁ」
乗り込んだら誰も入り込んだ形跡がなかったんだーと、金茶色の髪の男が笑いながらグラスを持ち上げ乾杯の音頭をとる。
「トーエさんあまり飲み過ぎないでね!」
声をかければトーエと呼ばれた男は大丈夫だよーとのんびりした口調で、グラスの中身を一気に呷る。
ダスクと違いトーエは一団の中で一番年若い。ダスクの率いる冒険者チームに入ったのもここ数年のことだ。三十代半ばのダスクからすれば、一回りほど違うトーエは、愛嬌のある顔つきをしてる。下がり気味の眉にくるりと動く黒目、少しのんびりとした口調によくダスクは怒っていたのだった。
「またあとでダスクさんに怒られそうだなぁ……で、何が手に入ったんですか?」
「ああ、それがだな」
ダスクの唇が弧を描く。
「魔術大全ってぇ本の写本なんだとさ。稀書らしくってな、魔法使い組合が高額で買ってくれたんよ。」
左手は人差し指だけをたて、右手は握り拳を作り小指だけをたててシュウに見せつけるその意味は、<百>と<十>だ。
「っと、それじゃおめでとうございます、本当に!」
「ああ、ありがとうなシュウ」
ひらひらと手を振って、視界の隅に注文したいと意思表示しているテーブルに駆け寄っていく。
カランカランと扉のベルがなり新たな客の来店を告げた。同時に遠くで鐘が鳴り夜の訪れを告げた。
* * *
その日、食堂の忙しさが一段落したのは日付が変わろうかという頃だった。
ユリスは厨房で朝の仕込みを済ませると食器や器具の洗浄作業を行なっている。カチャカチャと陶器の皿のぶつかる音が、聞こえてきていた。
シュウはカウンターに突っ伏して休憩していた。好きで手伝ってはいるものの、疲れるものは疲れるのだ。
「今日もありがとうね。シュウがいるとホントに助かるわ」
「そう言ってもらえるなら幸せです」
カナンはユリスと同じ明るい緑色の瞳を細めると、もう一度ありがとうと言ってシュウの前に温めたミルクのカップを差し出した。
動きまわってくたくただったシュウは、気にしないでくれと伝えるとカップを手に取り口をつける。砂糖かなにかが入っているのか、甘く温かいミルクが腹の中に落ちてじわりと暖かくなるのを感じる。
「僕のこと、面倒みてくれてるから少しでも助けたいから」
それだけ口にすると、またカップに口をつける。
「気にしないでいいのよ。ホントはお手伝いなんてしてもらわなくってもいいんだけど、二人じゃ手が回らないから助かってるわ」
後ろでくくっていた紐をほどけば、胸ほどの長さのある金髪を手櫛ですきながら、カナンは言う。シュウが来るまで、ユリスと二人で店を切り盛りしていた彼女は、どこまでもたくましい。
「それじゃ僕はそろそろ」
「ああそうだ、シュウ」
「何ですか?」
立ち上がり自室に引き上げようとしたシュウを引き止め、
「ダスクが会計の時言ってたんだけどね、レスカたちが帰ってきたんだって」
カナンはにこりと笑って言った。
「本当ですか!」
ぱっと顔を輝かるシュウに、彼女は笑って本当だと伝える。
「それじゃお休みなさい!」
「ああ、お休み。よい夢を」
シュウは浮かれながら、急いで自室に向かう。
レスカが帰ってきたのだ!
兄のように慕う彼らに会えることに、シュウは嬉しくて仕方がなかった。