キーダルフにて・2
はじめて訪れたその街並みは綺麗に区画整理されていた。
一定の幅の道がまっすぐに伸び、特に大通りでは人と荷馬車の通行区分もされているようだった。足元は色違いの敷石で模様を描くように舗装され、日本でみるような雨水の排水用か、蓋をされた側溝らしきものも見受けられる。
車道を走る馬車は荷物や人が満載され、砂埃を立てどこかへと走り去っていく。
歩道に至ってはキーダルフの住人だけでなく、荷物を担いだ商人や武器を携帯した冒険者たちが幾人もいた。
「このあたりは一般向けの通りで飲食店とか、あと役所関係があるんだ。で、西の大通りを中心とした区画は冒険者が多い。目的地もそこ」
レスカトールたちは、キーダルフははじめてだというシュウに歩きながらつらつらと説明をしていく。
「百八十年だっけ。それくらいでここまで大きくなったんだ?」
百八十年という年月は、こちらの世界では重要視されている。
シュウが意思疎通が出来るようになってすぐに教えられた歴史だった。
言葉の壁に阻まれて未だ全てを理解しているわけではないが、かつてこの世界は霧の壁によって四つに分断されていたらしい。
何がきっかけだったのかおおよそ百八十年前に、突如霧は晴れ世界はひとつになったのだという。
初めて聞いたときはそれこそ、何かの物語のようだと感じたのを今でも覚えている。
「そうそう。当時の王様肝いりの政策でねー。戦争明けで国も民も疲弊してたけど、王家所有のもので金になりそうなものは避暑地の別荘から王宮に飾られた絵画、それこそ王様の服までぜーんぶ資金にして、国を挙げての一大事業!」
得意げに歴史を語るのはシアネドだ。
「当時は無駄遣いだと言われたらしいけど、今じゃ人や荷を受け入れられる態勢を整えた点も含めて、他大陸ですら名君だと称えられているのよ」
次いでユイファンが付け加えた。
それから、話題は今夜の宿の話へ移り変わる。
キーダルフの名物は海に面した街らしく、水揚げされたばかりの魚を使ったものが主で、待ち合わせにした宿でも夕方になると様々な料理が出されるのだという。
たわいもない話を続け、街の中心部へ足を踏み入れる頃合い。
「――――…」
「あれ……?」
呼ばれたような、そんな気がしてシュウは足を止めた。
「どうかしたの」
雑踏を歩む一行でそれに気が付いたのはユイファンだった。
「えっと、気になることがあって」
ひどく懐かしい響きを耳にした気がしたのだ。
「……そこは邪魔になるし端に。レスカ、シア!」
うまく説明できないもどかしさに口をつぐむシュウを見、仲間に声をかけると彼らは通りの端による。
「どうした体調でも悪いか?」
青い顔していると指摘され、シュウは苦笑して否定を告げる。
「――――」
「まただ……」
先ほどより、少しだけ近い。
どう答えるべきか言葉を探す合間にも、仲間たちは気遣う様子こそ見せれど、急かすことはなくじっと待ってくれている。その様子に安心し、言葉を続けようと唇を舌で湿らせた時、一瞬、微かな振動が伝わった。
「魔術、誰か使った」
「……先に行く!」
ぽつりとシアネドが漏らした途端、言い残しレスカトールが小道へ体を躍らせた。
「ちょ、レスカ先走りすぎ! ああもう! 追うぞ、ユイは周囲を警戒して、来いフィノ、レスカの援護!」
中指の指輪を輝かさせ一瞬で魔法を完成させると、フィノと呼ばれた淡い緑色の光を呼び出す。前方を示し追跡させると、シアネドはローブを翻し駆け出した。
街中で魔法を駆使する青年の姿と二度目の揺れとそれに伴った煙に、周囲の冒険者もざわめきはじめた。
「行こう。声もあっちだよね」
心配そうに気遣いながらシュウの手を取り走り始めたユイファンは、遠くに見えるシアネドの姿を追う。
「うん、あっち!」
「何て言ってた?」
「ええっと、助け、てください。死なないで、ください」
ぎゅっとユイファンの手に力が込められて、その顔を伺えば、安心させるようににこりと笑んだ冒険者がいた。
「大丈夫、なんとかするのが私たちだから」
そう言って少しだけ駆ける速度が上がる。
『いやっ、死なないで!』
遠く聞こえた懐かしい響きを伴うその声は、酷く切羽詰まっていて。
大通りから細い通りを四本横切った先、
「嘘だろ、魔物」
剣を抜き放ったレスカトールの背中越しにその光景を目にして、シュウは呻くように洩らした。
丁度十字路になるその場所は、シュウたちから見て右手側が少し行けば行き止まりになっていた。そこには怪我をしているのか庇われるように一人、彼を守るように二人が立っていた。左手側には地に横たわった青年と、縋るように泣く黒髪の少女。
そして、正面に犬のような姿をした生き物が五匹、いた。
大きさは尾を除けば、大人が両腕をいっぱいに伸ばしたほど、高さは大人の膝より少し上。乱杭歯のあいだから真っ赤な舌をちろちろ伸ばし、おぞましい呻き声をあげている。
それは<魔物>とひとまとめにして呼ばれる生き物だった。