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遠く聞こえるその声は  作者: 五月伊織
はじまりの街
14/20

キーダルフにて・1

 低くけれど耳心地の良い声が歌い始めた。

 古い古い言葉が紡がれていくにつれ、歌い手の右手にはめられた指輪が白い光を帯びはじめる。手が空間を撫でるように走るとその軌跡を追うように光で紋様が描かれ、また、足元にあらかじめ描かれていた円陣が淡く青い光を帯びる。歌い手たる青年の足元を中心に描かれた紋様に沿って光はゆっくりと広がりはじめた。


 時折響くリーンと鈴が鳴るような音は、空間を跳躍する魔法特有の現象なのだと、いつだったか説明されたことをシュウは思い出した。

「目を閉じて」

 淡く空へ立ち昇る光を追えなくなるのは名残惜しかったが、隣で囁く声に従い両目を閉じた。

 刹那、ふわりと。

 ジェットコースターにでも乗った時のように、体の中身が持ち上げられるような感覚、次いで一瞬だけ、プールに仰向けで浮かぶような頼りない感覚がやってくる。自分がどちらを向いているのかわからなくなった時、リンと、鈴の音が一際大きく響き渡り、足の裏に硬さを感じた。

「うわっ」

「っと、大丈夫か?」

 自分の体重を支えきれず膝が折れよろめいたシュウの腕を、栗毛の青年がさっと掴む。

「ありがとう、レスカ」

「移動酔いだな、大丈夫か?」

 腕を引かれ立ち上がったものの、目が回ったようにくらくらする頭に手をやりシュウはため息交じりに礼を告げた。レスカと呼ばれた青年は、楽しそうに深青の瞳を瞬かせると、シュウの黒髪をがしがしと撫でまわす。

 レスカトールという名の青年は、シュウより八つ年上で実の兄のように慕っている相手だ。明るい栗毛に、海のように深い青色の瞳が印象的で、表面に無数の傷が走っている革鎧と濃い青のマントを身に着けた、冒険者だった。


「結構な距離を移動したからね、仕方ないよ」

 典型的な症状だねと、けらけらと笑うのは先ほど歌っていた青みがかった銀髪の青年だった。

 彼の名前はシアネドといい、ユイフからキーダルフの町へと移動魔法を使った張本人だ。この世界の魔法使いは身分証明と魔法の媒体を兼ねて、己の腕もしくは背丈と同じか少し長い杖を手にしている。シアネドは杖の代わりに、右手の薬指にはめられた指輪を魔法の媒体として利用しているようだった。

 灰色のフード付きの丈の長いマントを身に着ける姿は、お伽噺に出てくる魔法使いのようだとシュウは思っている。


「一度慣れたら平気だけど、それまでが辛いのよね」

 心配そうに眉を下げ、シュウの黒髪にお大事にと手を伸ばす女性は、ユイファンだ。

 背伸びして、シュウの頭に軽く右手を伸ばすと「アステ」と短く口にして、左手で小さな印を切る。ひやりと、触れられた頭に冷気を感じ、それまで感じていためまいが嘘のように消え去る。

「ちょっとしたおまじない」

 金髪を揺らして微笑む彼女は胸元の銀十字を示す。

 銀十字が意味するのは、月神ティアを信仰し仕えているということだ。


 レスカトール、シアネド、ユイファン。

 この三人は、この世界でひとりぼっちであるシュウの貴重な仲間だった。



 移動する前と大差なく見える室内は、床にシュウがひとり横になってもまだまだ余裕があるほどの円陣が描かれている。

 描かれている紋様は特殊な染料を使っているらしく、魔力とやらに反応すると光を帯びるが、それ以外の時は暗く沈んだままとなる。

 床は石を切り出し磨かれているようだった。壁も同じ材質で、少しぼけてはいるが床よりもきれいに、鏡のように見る者の姿を映しだした。


 鏡に映るのはやせっぽっちの少年だ。

 ひょろりと伸びた背と手足だけは立派な。

 伸ばしっぱなしの黒髪は頭の後ろ、うなじのあたりでひとつに纏められている。黒の羊毛コートの丈は太腿あたり、その下は着慣れた冬用の白シャツだ。目立たぬよう当て布で補強された黒の厚手のズボンに、履きなれた革のブーツ。頭には薄茶の帽子と背には着替えや必要品を詰め込んだ荷物袋。

 肌の色素が薄くどちらかといえば彫の深い顔立ちのレスカトールたちと並べば明らかに人種が違うとわかる、黄色がかった肌色に浅い顔立ち。たれ目がちの、黒に見える焦げ茶の目。

 それが、十二年前に日本から異世界シルエスト・アーレイアに落ちてきたシュウだった。

 かつては山本修司と名乗り、今はシュウ・イスターシャと名乗る、異質な存在だ。


「まあ、とりあえずいこうか」

 軽く背を押すようにしてレスカトールが先頭を切り、シアネド、ユイファンと続いて扉へ向かう。

 シュウは足元の円陣に視線を一瞬だけ落として、そのあとに続いた。


 レクナー冒険者協同組合キーダルフ支部――そこが、ユイフを経由してやってきた場所の名前だった。

 待機していた案内人に続き転移部屋を出た途端、それまでの静寂さが嘘のように様々な音が飛び込んできた。

 係員が誰かを呼ぶ声。冒険者たちが交わす雑談や身に着ける鎧や武具がたてる音、出入りするたび鳴る鈴の音――それらで酷く騒々しい。

「……エステラの比じゃないね」

「あれ、キーダルフに来るのは初めてだっけ?」

 シュウの呟きを拾ったらしいユイファンが小首を傾げる。

「うん。エステラの魔術師組合から直行で記念館には行ったけど、キーダルフははじめて」

「ああ、なるほど。シューデか。じゃあ規模に驚くね」

 楽しそうな口調のユイファンに同意を示しレスカトールは行こうと促す。

「俺らもあんまりこっちにこないけど、エステラよりも人口多いから賑やかというか華やかというか、大都市って感じなんだよな」


 冒険者協同組合の入口はキーダルフの大通りに面していた。

 秋のさわやかな風がシュウたちを歓迎するかのように駆け抜けていく。

 エステラは大陸の玄関口としても交易都市としても名高く、各地から商人や冒険者が集まるが、シュウの視界に映る限りその比ではなかった。

「こっちじゃ五本の指にはいるくらい栄えてる都市だしね。エステラの規模と比べると軽く二倍は広さも人口もあるんじゃないかな」

 とんとんと軽やかな足取りでシアネドは階段を下りると、くるりと振り向き言葉にあわせてわっと両腕を広げた。銀髪が風に弄ばれるのもくすくすと笑い受け入れる。


「しかも! 各大陸を結ぶ定期船もあるから冒険者が集まるんだよね、依頼遂行に便利だーって。あと何年かしたら転移魔法でも各大陸や都市を結ぶとか聞いたなぁ」

「あれ、直行できたの? 僕はできないって思ってたんだけど」

「結構大々的に宣伝してたぞ。先月から定期船就航だって。エルディス・キーダルフ間だから俺らにはあんまり関係ないし」

 おっかしいなとレスカトールは首を傾げつつ、通りの先を指さした。

「とりあえず、だ。ヒューと落ち合う店に行こうか」

 月夜の宴亭だと宿名を口にすると、レスカトールは先陣を切って歩き始めた。

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