りんごを…たべて
あれは、今からちょうど一年前のことです。
友だちのエイちゃんを誘って旅行に行ったんです。
あちこちの名所やお店をめぐり、そろそろ泊まるところを探そうか、という頃には辺りはすっかり暗くなっていました。
行き当たりばったりの気ままな小旅行。ホテルの予約などしていなかったし、お風呂にも入りたかったので泊まれるようなところを探しました。
「とりあえず店に入って、どこか泊まれるところ無いか聞いてみようよ」
「そうね。このさいどこでもいいや」
土産物屋に入り、どこか泊まれるところがないか訊ねると、
「私の知り合いがやってる所で良かったら…」
と、店のおばさん。
もちろん、二つ返事でOKです。
「あの旅館なら、絶対…空きはあるだろうから」
おばさんは親切にも、その旅館に電話をかけてくれました。
紹介された旅館は思ったより綺麗で、エイちゃんと私ははしゃぎました。
「いいとこみつかってよかったね」
「明日、あのおばさんにお礼言わなきゃね」
よく考えたら、変だとわかったはずです。夜遅くに来て、予約もしていない私たちが何故スンナリと泊まれたのか…。と。
お風呂にも入り、後は寝るだけ…。でも、寝るだけなんてそんなの勿体無い!と、持ち込んだお菓子をたべながらガールズトークに花を咲かせます。
しゃべり疲れて、いい加減もう寝ようとなったころにはもう、午前二時をまわっていたと思います。
エイちゃんはすぐに寝息をたてはじめましたが、(彼女はどこでもすぐに眠れるんです)私のほうはまだ旅行の興奮が残っているのか、それともお菓子をたべすぎたのか、とにかく体が重く、ダルい感じがしてなかなか眠れません。
隣では、エイちゃんの寝言が聞こえます。
「…あとでね。あとで、もらうわ」
いったいどんな夢をみているんでしょうか。ぐっすりと眠るエイちゃんをちょっぴり恨めしく思いながら、結局私はまんじりともできずに夜を過ごしました。
翌日、あの親切なおばさんの店に行きました。
「昨日はありがとうございました。とってもステキな旅館でしたよ」
「楽しかったかい?そりゃ良かった。…で、あんたたち眠れたかい?いやね、時々いるからさ。…あそこで眠ったら変な夢をみたって人が。昨日、よっぽど言おうかどうか迷ったけど、気味悪がられると思ってね」
「いえ、そんなことありませんでしたよ」
変な夢どころか、私は一睡もしていないのですし、エイちゃんは気持ちよさそうに熟睡していました。気味悪い夢なんか、みるはずありません。
「何もみなかったならいいけど…。りんごを持った、女の子がでてくる夢だって、みんな言ってるけど」
そのときでした。エイちゃんの顔色が変わったのは。
「エイちゃん、みたの?」
彼女は黙って頷きます。
エイちゃんのみた夢とはこんなものでした。
小さな女の子が、エイちゃんの枕元にいるのです。
ちんまりと座ったその子は、大きなりんごを持ってエイちゃんを見つめています。そして一言、
「たべて…」
と、言ったそうです。
「エイちゃん、まさかそのりんご、もらったんじゃないでしょうね」
「ううん…今、お腹いっぱい。後でもらうわって言ったの」
「ああ、もらわなかったんだね。そりゃ良かった」
おばさんの話では、『よもつへぐい』という言い伝えがあって、それは夢の中でも当てはまることがあるそうです。
あの世の食べ物をたべてしまうと、この世に戻って来れない。それが、『よもつへぐい』…。
そういえば私も小さな頃、おばあちゃんから聞いたことがあります。夢の中に出てきたものをたべると風邪をひく。と。
この世ならざるものが差し出すりんご。もし、もらっていたら、たべてしまっていたら…?
私は、ぞぞっと震えました。エイちゃんも気味悪がっていましたが、
「でも、あの女の子そんなに怖い感じはしなかったけどな。フツーに可愛い顔だったよ」
まったくノンキなんだから。
今でも、エイちゃんとは良く一緒に旅行に行ったり、遊んだりします。
でも、私…ひとつだけ気になるんです。
あのときエイちゃんは
「あとでもらうわ」
と言ったんです。
この世のものでないりんごを。
いつか、またエイちゃんはあの夢をみてしまうんじゃないでしょうか…。