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―角の章― 第六話 王国皇太子

一週間ぶりになってしまいました。


しかも今回主人公はお休み。ついでに会話シーンばかり…。



 首都シンクレイリアはアスターティ王国の最も東にある。すなわちアミスライン大陸において最東端の街なのだ。王国最大の都市の北には山々が広がり、東は海に面している。山では林業、海では漁業、南側では農業や畜産業も行われていた。だがそこは王家の御膝元。王宮のある中心市街地は非常に過密化が進んでおり、そこでは商業、製造業、観光業までもが発展していた。その為シンクレイリアには王国に住まう民の4分の1が暮らすといわれている。




 それは森より撤退した二人の覆面の男たちが、王宮の門辺に到着した時の事だった。


 ―――ドガアアアアアアアンッッッッ…………


 ―――ヒヒーンッッ!


「どう、どう!」


「く、何事だ!?」


 突如として鳴り響いた爆音に馬が驚き、一時その制御を失う。


「森か!?あの男なのか!?」


「分からぬ!だが森ではないようだ!」


 見ると森の西側のあたりで土煙が巻き上がっていた。


「魔法…か?」


「…だろうな。だがあの規模は尋常ではない。」


「くそ…。ゼス様はどうなったのだ…。」


 二人は爆発をシェルナスによるものと考えた。相対しているであろうゼスの身を案じ、手綱を握る手に力がこもる。


「…とにかく今は殿下への報告を急ぎ、判断を仰ぐしかあるまい。あれだけのことが出来る者を放っておく訳にいかぬ。」


「分かってる。あんなのを街でやられたら事だ。…だが口惜しい。命令とはいえゼス様を置き去りにしてしまうとは…。」


「事態は急を要する。急ぐぞ。」


「ああ。」


 二人は主の元へ向かう。シェルナスが王家の仇敵となる折は近い。











 そこは荒れ野と化していた。大地がえぐれ、小川はせき止められ、土砂や岩塊が散乱する様はまるで天変地異の爪痕。そんな場所に彼らはいた。



「あ、あの!大丈夫!?大丈夫!?」


「………いいえ。」


 シェルナスは意識が朦朧としていた。出血のためだ。それは直ちに処置が必要な状態だった。


「ジェンギィ!どうしよう!このままじゃこの人死んじゃう!」


「ニア様、落ち着いて下され。この人間が恩人とはどういう事ですかな?」


「もうっ。そんなのは後!早く助けなくっちゃ!クレオ!クレオは!?」


 ニアは振り返りクレオの姿を探す。すると岩塊を乗り越えてくる、大きなベレー帽をかぶった小柄な女性の姿が目に入った。その女性はニアを見つけると、慌てた様子で駆け寄ってくる。


「ニア様!」


「クレオ!こっち!」


 息を切らせて駆け寄ってきたクレオに、ニアも慌てた声で話しかける。


「クレオ、この人を助けて!早くっ、早く!」


「はぁ…はぁ…ニア様、お考えなしの行動は控えて下さいませ…。」


「そんな事はどうでもいいから!とにかく今はこの人を…。」


「どうでもよくありません!いいですか?ニア様。今回の事にしてもそうです。まだ安全が確認されたわけでは無いのですよ?ニア様の御身にもしもの事がと考えただけで、私は身のすくむ思いです。大体ニア様は……。」


 ニアの身を案じるあまり苦言を呈するクレオ。――お前川に投げ込まなかったか?と、シェルナスは疑義を挿みたくなった。そんな彼に緊急事態が発生する。


「だ、だけど私だっていつまでもクレオ達に護られてばかれじゃ…。」


 …話が逸れだした。


「いつまででも御守り致します。特に私とこのジェンギュウスは。」


「然り。」


「クレオ…ジェンギィ…、二人ともありがとう…。」


 うつ伏せのまま動けないシェルナスの傍らで絆を深め合う三人。往生際に差し掛かっていたシェルナスは、祈るような心境で声をかける。


「…あの、俺を…助けたり…とかは…?」


「え…?あっ、ああ!?そ、そうよ!早くこの人を助けなきゃ!何やってるの私?!」


 現状を思い出し再び慌てだしたニアに、クレオが疑問を投げかける。


「助けるって…。この方をで御座いますか?何故です?」


「ニア様はこの人間が恩人だと仰る。」


「ジェンギィの言う通りよ!お願いクレオ、何とかして!」


「何とかと仰られても、…もう虫の息かと。」


「そもそも、先ほどまで白兵を交えていた相手ですぞ。」


 一向に行動を起こそうとしない2人に業を煮やしたニアは、伝家の宝刀を抜く。


「ああんっ!もうっ!こうなったら、2人とも!“命令”です、何としてもこの人を助けなさい!!」


「か、かしこまりました、ニア様。」


「ぎ、御意に。」


 ニアの剣幕に、クレオと獣人は直ちに承服する。シェルナスは九死に一生を得る運びとなった。


「……お前達、…話がまとまったんなら…まずは、身を隠せ…。直に、ジャンダルムが…来るぞ。」


 うつ伏せのまま、息も絶え絶えに訓辞をたれるシェルナスに、3人が一斉に顔を向ける。


「え?ジャンダ…って?」


 ニアは話を聞くためにシェルナスのそばに膝をついた。


「こ…の国の、国家憲兵…だ。あれだけ…の、派手な爆発に…気付かない訳ない…だろ…?」


「じゃ、じゃあ急がないとっ。」


 ニアは焦り出すが、具体的にはどうすればいいのか解らないらしく、助けを求めるような視線をクレオに送った。


「…ニア様。なんであれここでは何も出来ません。一旦、あの“小屋”へ戻るのがよろしいかと。」


「ならば、我がこの人間を運ぶとしよう。」


 そう言って獣人は膝をつき、シェルナスを背負うべくその腕を掴む。


「ングッ!くっ…あ。」


「ジェンギィ!乱暴にしちゃダメ!」


「されどニア様、この者の状態ではどうやったところで…。」


「わ、私手伝う。」


 そう言ったニアは、シェルナスをまず仰向けに返し、注意を払いながら上半身を起こす。


「イツツ…、ふぅ。…すまないが、…できれば俺の…コートを…。」


「え?ああ、あの革のコートね?わかった、私がとってくる。ジェンギィ、彼をお願いね。」


「はっ。」


 ニアはシェルナスを獣人にまかせ駆け出した。獣人は背中とひざ裏に手をやり、持ち上げようとする。


「…豹面ひょうづら、ガントレットが…痛い…。」


「我慢しろ。」


 苦情は受け付けられず、シェルナスは抱き上げられた。


「それ…で?アテ…あるのか…?」


「うむ。」


「ならば…、俺は…ね…る…。」


 シェルナスは意識を手放した。











 シンクレイルの王宮は、市街地の中心からやや北東に位置する、小高い丘にある。その広さは広大で、まさに城塞といった様相を呈していた。王宮の中央には宮廷。そしてそこを囲むように、様々な施設が備えられている。軍令部、官庁、宰相府などの国営機関をはじめ、大聖堂や王侯学舎、住居や厩舎に大浴場といったものまで完備されていた。


 そんな王宮の中央にある宮廷。そこには沢山の宮殿が立ち並び、シンクレイル王家の一族とその専属の女官や宦官たちがここで生活を送っている。しかし特筆すべきは、とある軍部が宮廷内にある事。そう、ローディネルオーダー率いる王室近衛師団である。師団の兵数は7000を超えるため、勿論そのすべてが宮廷内に居るわけでは無い。だが、ローディネルオーダーをはじめとする最精鋭たちが、王と共に暮らしているのだ。


 加えて、宮殿郡のなかに“才物殿”の異名を持つ一郭がある。そこには、王家が独自に集めた学者や有識者たちが務めており、王家の為に日夜様々な調査、研究が行われていた。



 そんな場所で事件は起こった。シェルナスと銀の髪のエルフが出会う少し前の事である。







「…でありまして、今現在判明していることは3つ。まずは、これが未知なる物質であること。次に、これの破壊は困難である事。そして、一切の用途が不明であること、に御座います…。」


 一人の老齢な学者が調査報告を行っていた。


「…そなた、それのどこが“判明”なのだね。」


 その報告を受けている者は、論難の言葉を口にする。


「も、申し訳ございません。アルバルト殿下…。」


 アルバルト・フォン・シンクレイル。現アスターティ国王の長男。シンクレイル家の総領である。彼は今、才物殿へと足を運んでいた。ある物の調査結果を知るために。


「神秘学の見地からは?」


「こ、交感反応は確認できていません。『古き神々』の遺物である可能性は低いかと。」


「未知で困難で不明で確認できないが調査結果なのか?」


「お、お許しを、殿下…。」


 アルバルトは不機嫌な顔を隠そうともせず老学者を見やる。途端に萎縮してしまった老学者にため息をつき、今度は落胆した表情で目の前にある物に視線を移す。


「はぁ…。何も無い筈がないであろうに…。」


「お、恐れ乍ら殿下。それはどういった経緯で…。」


「そなたの知るところではない。下がってよい。」


「は、ははっ。」


 視線はそのままに老学者を下がらせる。そして、腰まである長い髪を両手でいた。才物殿は静かだ。普段なら学者たちの論ずる声や、実験の際の物音で喧騒の絶えるいとまがない。だが今は、ご機嫌の麗しくない皇太子が居るため、水を打ったような静けさだった。なにより結果を出せなかった引け目もそれを手伝っていた。


「何かある、何かある筈だ…。」

 

 つぶやくアルバルトの視線の先にある物。――それは、尖った白い棒のような物。杖にするには長く、槍にするには短い、人間の腕の太さほどの一本の棒。


 学者たちは困惑している。何故皇太子自らこの物体を調べるのか。しかも詳細は聞かされず分析だけ言い渡される始末。皇太子の様子から重要な物である事は明白であるが、才物殿に所属するどの智者にも解析できないこの物体に、不安は募るばかりだった。


 それをよそにアルバルトは厳しい顔つきで、それを一心に見つめる。王族にあるまじきその動静の理由は、現在国王が外遊の為不在である事。今、彼には国王代理の重責がのしかかっており、その気負いからやや視野狭窄をおこしていた。


「父上の不在時に大事があっては私の沽券に関わる…。」


 アルバルトが己を憂いていると、先ほどの学者が再び声をかけてきた。


「アルバルト様、ゼス様がいらっしゃっております。」


「ゼスが?」


「はっ。何やらお急ぎのご様子で、こちらにお連れしてよろしいですか?」


「いや、私も戻るところだ。こちらからゆこう。」


 彼は才物殿を後にする。その途中、エントランスでゼスの姿を見とめる。そちらへ顔をやると向こうも気付き、目礼を返してきた。その目は真剣みを帯びており、普段根明なゼスに似つかわしくない雰囲気だった。


「アル様。」


 先にゼスが声をかけてきた。その声色に嫌な予感がする。アルバルトは己の髪を両手で軽く梳き、襟を正して気を引き締める。


「…何かあったようだな、ゼス。」


「はい。先ほど王宮内へと不法に侵入した娘を捕えました。」


「? 何故それを私に?」


「はい、その娘なのですが…。」


 ゼスは耳に口を寄せる。そしてささやかれた言葉にアルバルトは驚愕した。


「…まこと…か?」


「間違い御座いません。」


「…その者は今?」


「我が配下が。」


「それを知る者は。」


「私とアル様、及び配下4名のみ。」


「そうか…。」


 アルバルトはやはりと心の中で一人合点した。いやな予感は当たってしまったが、一方で情報が得られると考え、ゼスへと指示を出す。


「ゼス。その者を王家の厩舎へ。」


「…宮廷内に入れるのですか?」


「構わぬ。あそこは今グリフォンが出払っておる故、司の者共は来るまい。人目を阻むにはよい場所だ。」


「かしこまりました。では連れて参ります。」


 ゼスは目礼し走り去る。





 シンクレイル王宮は二層化している。王宮を護る城壁の内側には様々な施設を配備しながらも、更にその中の宮廷内においてもいくつかの施設が備えられているのだ。前者は国の為の施設、後者は王家の為の施設である。宮廷内ににあるものは、そのすべてが王家の為に存在し、アスターティ王国を担うシンクレイル家を堅固に守り続けているのだ


 その一つに王家の厩舎がある。王家の馬やグリフォンを飼育、調教するための施設だ。ここは基本的に王家直属の厩舎司うまやのつかさが管理しており、彼ら以外はめったに近づかない。王家が馬やグリフォン達を愛するが故に、玄人のみによる徹底した管理体制を布いているのだ。




 ――アルバルトは厩舎へとやってきた。


「ふむ、司の者共はこちらには居ないな。」


 辺りを見回し、人のいないことを確認する。立ち並ぶ建物からは、普段聞こえているような鳴き声も、鼻息の音も、咀嚼音も、毛皮を擦る音も無い。


「グリフォンは…、ふむ。父上は全てを連れて行かれたのだな。」


 アルバルトが今いる場所は、グリフォンの飼育区域。現在グリフォン達は外遊中の国王と共にある。その為この区域を管理すべき者たちはそれに追従しているため、今ここは宮廷内で最も人気のない居場所といえるだろう。


「…父上の手を煩わせず解決したいものだな。」


 間もなく帰国予定の国王がこの事態を知る前の落着を願う。彼は王位後継第一位。いずれは王となる身であるため、父王にその能力を問われるような事態は絶対に避けたかったのだ。その為、アルバルトは己自身の手による解決に固執し始めていた。


「アル様。」


 ゼスが近づいていた事に彼は気付かなかった。自身が思う以上に余裕がないようだ。咳払いを一つしてゼスに対する。


「ん、んん。ゼスか。それで…。」


「アル様、馬の区域に司の者がおります。もう少しあちらへ。」


「む、そうか。」


 少し離れた場所に馬の飼育区域がある。馬たちは居る為そちらには人が居た。見咎められる距離ではないが、念には念を入れさらに人目を忍んだ。これから対峙する者は、念を入れすぎるという事は無いというほど危険な存在であると、彼らは捉えていた。


「で、その者の様子は。」


「大人しくしております。…アル様こちらです。」


 ほどなくして、ゼスは一つの飼育小屋の中へアルバルトを招く。そしてその中を確認したのち、彼を中に入れる。


「どうぞ。」


「うむ。」


 中に入りアルバルトが目にしたもの、それは4人の男と1人の女。男2人が女性の腕を両側から掴み、跪かせている。そこへ1人の男が剣を突き付けていた。最後の1人はやや離れた場所で外を警戒している。


「立たせろ。」


「はっ。」


 アルバルトの命令で男2人は女を引っ張り上げる。


「くっ。」


 顔を上げた女と視線を絡める。かなり薄汚れていた。纏うぼろ布は人の着るものには見えず、その辺に落ちていたものを被っているのではないかと思えるほど。しかし女自身は、汚れてはいるものの、その美貌は色褪せてはいない。白い肌と煌びやかな銀の髪は誰もが目を奪われるだろう。普段であれば。


「ふむ。」


 アルバルトは女の容姿は気にも留めず、すぐさま女の顔に手を伸ばす。


「やっ。」


 女はさっと顔を背ける。だがアルバルトはそのまま手を伸ばし、被っているぼろ布の内側を覗く。


「…エルフ、だな。」


 そこに在ったのは長い耳。それに加えて銀の髪。『終わりの森』のエルフに間違いなかった。


「ゼスよ、私はこの娘と話をする。外への警戒を怠るな。」


「はっ。」


 アルバルトは一つ呼吸をおいて、己の髪を両手で梳いた。そして、エルフの娘に話しかける。


「初めに言っておく。娘、貴様の命運はすでに尽きている。」


「ッ…。」


 エルフの娘は怯んだ様子を見せる。


「よいか。『終わりの森』の民が、王の住まう地に居るという事は由々しき事態。私は秘密裏に貴様を処刑する。」


「そ、そんな…。」


「己の愚かさを呪うのだな。暗黙の律を侵すとは愚の極み。」


 アミスライン大陸において“エルズリッドは不可侵、不干渉”を暗黙の原則としている。だがそれはエルズリッドと確認し合った訳ではなかった。


「そんなの知らない!私はただ……。」


「ただ?ただなんだ。」


「…………。」


「判っているぞ。貴様はただ探し物をしに来ただけであろう?」


「!?」


 エルフの娘の目が驚愕と共に見開かれる。


「あるのね!?やっぱりここにあるのねっ!?」


「黙らせろ。」


「はっ。」


 アルバルトの命令で、エルフの腕を掴んでいた男達が、その腕を捻り上げ再び彼女を跪かせた。


「んんんんっ!」


 娘は痛みに口を噤む。それをアルバルトはしばらく眺め、もう一度立たせる。


「立たせろ。」


「はっ。」


 男達は彼女の脇に手を入れ無理やり立たせる。


「…………。」


「いいか娘。私はりたい事がある。貴様がそれを識っているならば生かす価値がある。死にたくないのであればく答えよ。」


「…しりたい…こと…?」


 答える気配を見せるエルフの娘に、アルバルトは一つずつ質問を浮かべ、答え易そうなものから口にする。


「まずはそうだな、何故ここに在ると知った。」


「………そう、感じたから。」


「……。」


 予想に反し曖昧に答えた娘に、アルバルトは憤りを覚える。


「どうやら痛め付けられたいようだな。」


「ち、ちがう。私は管理者の一族だから、感じ取ることが出来るの。」


「なに?」


 どうやら己の早合点であったらしいと、アルバルトは質問を続ける事にした。


「管理者というのは、あれの管理を担っているという事か?」


「………そう。」


 アルバルトはほくそ笑む。ようやくあれの正体が判明する時が来たと。するとエルフの娘がまくし立ててきた。


「お願い、私達に還して。貴方達にあんな物は必要ないでしょ?あれを護れるのはエルズリッドの森だけ。手遅れになる前にエルズリッドに還して。」


 娘の言葉にアルバルトから笑みが消える。


「…ちょっと待て。あれは『終わりの森』にとって重要な物なのか?」


「当然よっ。あれは私達にとっての呪われし秘宝!あれを護る為にエルズリッドは存在しているの!」


「……なんだと…?」


「え…?…貴方達…知らずに奪ったの?」


「奪う…?奪うとはなんだ?あれをここへもたらしたのは銀髪のエルフであるぞ!」


「えええ!?」


 噛み合わぬ2人。アルバルトの中で最悪のシナリオが首をもたげ始めていた。


「そんな……ありえないよ、…エルズリッドのエルフが犯人だなんて…。嘘に決まってる…。」


 エルフの娘は呆然といった様子でぶつぶつとつぶやいていた。そんな彼女にアルバルトは根本的な確認を入れてみる。


「娘、貴様の求める物はこれほどの長さの白い棒の様な物か?」


 自分の胸のあたりに手をやりそう訊ねると、彼女はこくんと頷く。残念ながら間違いないようだった。アルバルトの想像以上の事態に差し掛かりつつある。


「…答えよ、あれはいったい何なのだ。」


 ふるふると首を横に振るエルフの娘。


「自分の立場が解っているのか!疾く答えよ!!」


「言えない!知らないのだったら何も言えない!知った後のあなたがあれをどうするか判らないもの!お願い。私を殺してもいいから、あれだけはエルズリッドに還して!!」


「出来るわけなかろう!!」


 話が平行線を辿りだし冷静さを失い始めたアルバルトに、ゼスがたまらず口を挿む。


「アル様、どうか落ち着いて下さい。事態は深刻です。冷静に対処なさるべきかと。」


「くっ…。ああ、解っている…!」


 アルバルトは大きく息を吐き、両手で髪を梳く。そしてエルフの娘から目を離し思考に入る。


(…何たる事だ。何かあるとは思っていたが、あれがまさか『終わりの森』の秘宝であると誰が予想できよう。しかもこの娘は、あれを護る為にエルズリッドが存在するとまで言った。それほどの物が偶然我が国に持ち込まれるなどあり得ん。明らかに意思が働いている。アスターティと『終わりの森』を干渉させようという意思が。)


 アスターティ王国のみならず、アミスライン全土の人間達は恐れている。エルズリッドの民が、遥かな過去の屈辱をすすがんと行動を起こすその時を。今回の事はその切っ掛けとなり得る危険な事態であると、誰もが考えるだろう。


(戦争が起こるというのか?あの未知なる地と。)


 アルバルトはゼスを促し、エルフの娘からやや離れた場所で言葉を交わす。


「ゼスよ、そなたはどう考える。」


「隠ぺいするより他ないかと。」


「尤もだ。だが娘はともかく、秘宝とやらの破壊は困難とのことだ。あれがある限りまた別の銀髪が来るだけではないか?」


「アスターティにゆかりの無い者に託すというのは。」


「縁無きものを通して『終わりの森』へと戻すか…。都合良くいくであろうか。大陸の人間は誰もが『終わりの森』を忌避する。」


「ならば運命を受け入れるというのは如何ですか。」


「む…?それはどういう意味だ。」


「はっ。私は常々思っておりました。我々はいつまでありもしない脅威に怯えるのかと。」


「なっ、ありもしないだと…?」


 ゼスの発言にアルバルトは目を白黒させる。『終わりの森』には人間に大陸を追われた多種多様の民が身を寄せている。それらは全て、遥かな昔に関係が絶たれた種族であるため今やその力は未知数。脅威で無い筈が無い。だがゼスは続ける。


「アル様。他国が亡びを繰り返す中、我らがアスターティだけは繁栄を歩み、今や大陸最古にして最大の国家となりました。もはや『終わりの森』などおそるるに足りません。かの地の“魔族”どもを滅ぼせば、アミスラインは真の安寧を得るでしょう。」


「ゼスっ、そなた『終わりの森』と戦をしろと申すか!?」


「避けられぬのであれば、こちらから討って出るのもよいかと。」


「馬鹿者!その様な事父上が是とするはず無かろう!」


「…………。」


 まさかのゼスの危険思想にアルバルトは思わず声を上げる。


「そなたが恐れずとも、この国の民はかの地を恐れている。此度は一旦隠滅を図る。秘宝に関しては方法が見つかるまで隠匿するしかあるまい。」


 アルバルトは一気に指針を決めた。そこにゼスは非礼を詫びる。


「申し訳ありません。不遜に御座いました。どうかお許しを。」


「うむ。」


「ですがこれだけは言わせてください。我らローディネルオーダーは、王家が望むならばいかな困難も打ち砕いて御覧に入れましょう。」


「そなたの忠義は解っておる。」


 そう言いながらアルバルトはエルフの娘へと近づき、最後の確認をする。


「娘。これが最後だ。秘宝とやらが如何なる物か答えよ。」


「…………。」


 彼女は答えない。


「そうか、ならば貴様の存在を消すのみ。その身体もここへ来た痕跡もな。」


「ッ…。」


 エルフの娘は身体をびくんと震わす。


「皆の者、この事は他言無用。王の名の許に沈黙を誓え。」


 ――誓います。と、男たちが誓いを立てる。


「この者は殺せ。先の銀髪同様人目を忍び処置せよ。決して痕跡を残すな。」


 ピクリとその言葉にエルフの娘が反応し、そして嘆願するように訊ねる。


「お願い教えて。本当にエルズリッドのエルフが秘宝を渡したの?」


「我が問いには答えず、貴様が問えるが立場か?」


「教えなさい!本当に私の同胞が渡したの!?」


 アルバルトはもはや興味が失せたように、黙して立ち去ろうとする。しかしそこにゼスの声。


「…やれやれだ。やってくれたな“魔族”。」


「? ゼス?」


 その声に振り返りゼスに目を向けるアルバルト。そこには苦虫を噛み潰したような表情があった。


「アル様、申し訳ありません。私の失態です。」


「なんだというのだ?」


 ゼスは娘に目をやり、たった今気づいた事実をアルバルトへと伝える。


「これはリプラント。本人ではありません。」


 ―――ガタン…シュウウウウゥゥゥ……


「うわ!?」


 ゼスが看破した瞬間にエルフの娘を拘束していた男が声を上げた。見るとそこには娘の姿は無く、床に落ちたぼろ布から煙のようなものが立ち昇っているだけだった。アルバルトはその光景に驚愕する。


「どういう事だこれは!?」


「この手の力を持つセリオンに覚えがあります。」


「神獣魔法…だと?我々は謀られたというのか…。」


 ゼスの言葉にアルバルトは顔を青くし、失意に膝をつく。しかしそんな彼に否やの言葉。


「まだですアル様。あれほど明瞭なやり取りは遠方から出来得ません。奴は近くにいる。お前達!馬を用意しろ!」


「は、はいっ!」


 4人の男たちはゼスの命令に素早く対応する。ゼスも彼らに続き小屋を飛び出した。4人が馬小屋へと向かう中、ゼスはすぐさま立ち止まり言葉を紡ぎだす。


「 ディア ジャ ジェンテ ポワ 」


 ゼスの身体が薄く発光する。それを確認したのち両手を掲げ、目を瞑って、宙空へと語りかける。


「私は風に問いたい。私の意思をこの街の風たちへと繋いでほしい。」


《分カッタ ヤッテヤロウ》


 交感を終え、発光が収まる。ゼスは目を開き神の力が宿った風に言葉を投げかける。


「 セラ フウイ 」


 ―――ヒュウウウウゥゥゥゥ……


 その言葉と共に、ゼスへと風たちが集まりだす。その風にはまったく凪ぐ気配がなく、ゼスの金色の髪を終始靡かせ続けた。そこへ小屋から遅れて出て来たアルバルトが声をかける。


「ゼスっ、どうするつもりだ!?」


「動くものは皆、風を纏っています。それは各々違う形で。私はそれを感じ取ることが出来るのです。あの銀髪の纏う風も、先ほどのリプラントとそう変わりは無い筈。判別は難しくありません。」


「何と…、その様な事まで出来るのか。」


「……ッ、見つけました。城塞西より離れていく風。」


「真か!?」 


「間違いいありません。直ちに追います。」


 そこに丁度4人の男が馬に乗って現れた。ゼスは乗り手のいない馬へ素早く跨る。アルバルトはそんな彼らに指示を与える。


「よいかゼス。決して人前で殺すな。万一見られたらその者も殺せ。一切の痕跡を滅するのだ。王国は飽くまで『終わりの森』に関与していないていをとる。」


「しかと承りました。ゆくぞ!!」


「はっ!!」


 ―――こうしてゼス達は銀の髪のエルフを追う運びとなった。











「―――それでバレた瞬間にすぐ逃げたんだけど、なんでかすぐに見つかっちゃって。森の中に逃げ込んだときにね、とうとう追い付かれちゃったの。それでね?もうだめだーって思った時にね?あの人が突然現れて、私の為にその人達と戦ってくれたんだぁ。どうして助けてくれてのかは判んないんだけどね…。」


「…………。」


「…………。」


「あれ?クレオ?ジェンギィ?聞いてる?」


「ニ、ニ、ニ、ニ、ニ、ニ、ニ、ニ、ニ……。」


「はりゃ?」


「ニアさまああああああああーーーーーーーーーっっっ!!」


「んきゃんっ?!」


 そこは日の落ちた森の中。辺りは静寂に包まれて…はいなかった。森の一角の古びた小屋から女性の絶叫が響く。


「ニア様っ!なぜそのような危険な真似を!?なぜ私共に一言下さらなかったのですか!?なぜいつもそう無鉄砲なのですか!?」


「ちょちょちょっとクレオ、落ち着いてっ。大声出しちゃダメっ。目は惑わせても音は遮れないんだから。しーっしーっ、見つかっちゃうかもしれないでしょっ。」


「んぐぐぐ…!…はぁ。分かりましたニア様、この話は日を改めましょう。その時にまとめてたっぷりと。」


「お、お手柔らかに…。」


 ニアは今、2人へとこれまでの経緯を伝えている。クレオはそのあまりの内容に寿命が縮む思いだった。獣人は口を噤んではいるが、その目には呆れが見て取れる。


「と、とにかくあの人は、私の命の恩人なの。2人とも分かった?」


 ニアは恩人に目を向けながら2人に言い聞かせた。クレオと獣人もそちらに目をやる。そこには眠っているのはシェルナス。一応の処置を施され、1人分ギリギリのベッドで横になっている。


「…なんともはや、我の早合点で殺めてしまうところであった。」


「冷静になって思い返せば、思い当たる節が多々ありますね。」


 冷静さを欠いていた事を認めた獣人とクレオ。しかしシェルナスの得体が知れないこともまた事実であり、まだ完全に警戒を解く訳にはいかなかった。


「ジェンギィもクレオも、彼が起きたら謝らなきゃ駄目だからね?」


「ぎょ、御意。」


「しょ、承知致しました…。」


 ニアのたしなめに2人は躊躇いがちに頷く。


「うんうん。」


「ですがニア様がすぐに気付いていればあの方もあそこまで酷い状態にはならなかったのでは?」


「はうっ?!」


 クレオの痛いとこを突く切り返しに、ニアは焦りながら言い訳を始める。


「だだだだだって!ほとんど背中に庇われてたし!革のコート脱いでて印象変わってたし!血だらけだったから怖くて凝視出来なかったし!」


「ニア様。大声出しちゃダメです。見つかっちゃうかもしれません。」


「むぐぐぐ…!」


「ごほんっ。」


 ここで獣人が一つ咳払いをする。2人がそれに反応して目を向けると、彼はおもむろに口を開く。


「…ニア様、憂慮すべき点がございますな。」


「え?あ、うん…。」


 場の空気が入れ替わる。


「事は二つ。まず一つは呪われし秘宝の在処。そして一つはそれをそこにもたらした者。」


 獣人が簡潔にまとめ、ニアに発言を促す。


「あの人達…ええと、たぶん王家の人達だと思うんだけど…。あの人達が秘宝を持ってるみたい。」


「確認した訳では無いのですね?」


「うんクレオ。でもきっと間違いない。だってあの人達、秘宝のかたち知ってたもの。クレオ達でさえ知らないのに…。」


「ふむ。であるならば、秘宝は王宮に在ると考えてよさそうですな。何と厄介な。」


 3人そろって頭を抱える。秘宝の在処は、思いつく限り最も侵入が困難な場所。加えてニアの存在を知られ、迂闊に近づく事もできない。いかな手段も秘宝に届くとは思えなかった。


「我々だけでは手詰まりにございませぬかな?」


 ニアもクレアも獣人の言葉に同意する他ない。だからと言って、この事をエルズリッドに伝えてもよいものか迷っていた。


「…戦争…、起きたりしないよね…?」


 ニアの不安を獣人がさらに煽る。


「ふむ。我らが森を人間が脅かすというのであれば、致し方無いかと。」


「そ、そんな!」


 ガタンと立ち上がるニアに、クレオが声をかける。


「ニア様、もう一つの件。秘宝をこの国にもたらしたのが、エルズリッドのエルフだという話に信憑性はございますか?」


「…え?な、ないない!絶対無い!あんなの嘘に決まってる!」


「ニア様。感情的に決めつけては本筋を逸するやもしれません。何か心当たりはございませんか?」


「だ、だって…じじ様はそんなような事は全然…。」


「行方不明になっている方などは?」


「わ、私に訊かれても…。」


「はああぁぁ…。」


 クレオは大きくため息をつく。ニアは小っちゃくなって座った。


「まあまあ、クレオ。ニア様は箱入りだ。それゆえの無鉄砲。」


「……そうですね。」


「うー。」


 ニアの小さなうなり声と共に場が静まる。やはり誰も妙案は浮かばなかった。


「………森に伝えるしかないのかなぁ…。」


 ぽつりとつぶやくニアに、獣人はある疑問を投げかける。


「ニア様。あの人間はどこまで知っているのですかな?」


「ほえ?…何も知らないんじゃない?だってまともに会話してないし。」


 そこにある事に気付いたクレオが口を挿む。


「いえ、ニア様。あの方“エルズリッドの秘宝”と口にしておりました。」


「え?え?」


「加えて、自分を生かせば我々の為になるというような趣旨の発言も。」


「え?え?え?あの人何か知ってるの?」


 そう言ってシェルナスに目を向けるニア。


「えと、起こす?」


 獣人に伺いを立てるが、彼は首を横に振る。


「いえ、今宵は我らも休みましょうぞ。疲労は思考を鈍らせる。」


「私も賛成ですニア様。見張りは私とジェンギュウスが交代で致します。ニア様はお休み下さい。」


「え?私も見は…。」


「もちろん駄目です。ニア様はご自分で思うよりも消耗なさってます。」


「いや、そんなこ…。」


「お休みなさいませニア様。」


「でも、わた…。」


「はい、消灯でーす。」


 ――ふっ。と、蝋燭は消され、辺りは闇に包まれた。


「…………おやすみなさい…。」








ありがとうございました


次回は

『悪魔の末裔』

お楽しみに

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