―角の章― 第一話 没落貴族
この物語は、作者のせまい知識のもとで生み出されています。
細かいことは気にしない人向きです。
…王道・お約束が大好きです。
アスターティ王国――――大陸のほぼ東側半分を領土とするアミスライン最古にして最大の国家。
『古き神々の目的地』アスターティ。歴史と伝統とともに築き上げられた文明・文化の発展は目覚ましく、アミスライン大陸のみならず世界の中においても主要国家としての地位を確立している。
そのアスターティ王国の首都シンクレイリアにて物語は動き出す。
「ダンナ、シェルナスのダンナ!起きてくださいよダンナ!」
そこは小高い丘。二頭立ての古い幌馬車が停車している。
「ほらダンナ!起きてってば!ああもう!もしかして死んでるんですか!?」
何やら興奮した御者が幌のかけられた荷台に頭を突っ込み叫んでいる。どうやら中で寝ている何者かを起こそうとしているようだ。
「……あぁ、大丈夫。大丈夫だコル…おれは死んでない。死んでないから叫ぶのヤメテ…。」
寝起きが辛い、ということを言外に伝えようとしているかのような声色で応える荷台のヒト。―――いったい何事か。と、緩慢な動作で幌から顔を出す。
やや曲のあるやわらかそうな黒髪と、目鼻立ちの端整な顔つきの青年が太陽に照らし出される。その眼はやはり眠たそうだ。
「それでコル、なにが…。」
「あれ!ホラあれを見てくださいよ!」
青年は、コルと呼んだ御者の指す方向に目を向ける。はるかに見えるはアスターティの首都シンクレイリアと思しき町並み。
「シンクレイリアだな…。」
「アレ?何すかその薄い反応。王国首都っすよ?!大都会っすよ?!」
「…ああ、コル君?俺、初めてじゃないんだが…。」
「えええ!?…そう、だったんですか。…シェルナスのダンナはもうとっくに大人の階段登ってたんですね。」
「なにその言い回し。」
熱の冷めたコルが御者の使命に目覚めたことにより、幌馬車は再び動き出す。青年はそんな彼をしり目にかけたのち、シンクレイリアに視線を戻す。
「ここまで来たか…。はてさて願いは叶うかなっと。」
そう言いながら荷台から飛び出し、コルのいる御者席に腰をあずける。
青年の名はシェルナス・レヴィス。―――彼はいわゆる没落貴族である。
剣聖と謳われたヴォルトス・レヴィスを祖とするレヴィス家最後の血脈。開祖ヴォルトスより代々伝えられし剣術は“サン・レヴィス流”と呼ばれ、かつてレヴィス家は『王国の宝剣』と称えられていた。しかし、複雑で難解なサン・レヴィス流の教義は使い手を選ぶものだった。その為、名軍師メキルが唱えた「より体系的に能率化・効率化された兵法」に則した流派に取って代わられ、サン・レヴィス流は次第に廃れていった。剣の才には恵まれても優れた為政者を輩出できなかったレヴィス家は、衰退の一途を辿る事となる。そしてついに、シェルナスの曾祖父の代で爵位を返上することになり、それと共に貴族としてのレヴィス家を廃した。こうしてレヴィスは没落と相成った。
―――ガタゴトガタゴト。
古い幌馬車は進む。見た目はともかく整備はしっかりとされており、乗り心地は悪くない。どうやらコルの御者としての能力は非常に高いようだ。その旨を伝えると「自分は馬の言葉が解るんですよ。」とはにかんだ。嘘か真か。――まあ獣人の血でも混じってるんだろう。シェルナスは勝手に結論付け、本人に真偽を問わず真とした。
シェルナスは幌の中に顔を入れ、脱いであった革のロングコートを見つけ手に取り羽織った。上等な革に慎ましく装飾されたお気に入りの一張羅だ。
「…暑くないですか。」
「暑いか寒いかじゃないよ。気に入ってるかいないか。」
「はあ、そんなもんですか。」
「それにこれが、今の俺の精一杯の盛装だしな。」
早い話が貧乏なのだ。――とはいえ、騎士の叙任式の為にちゃんとした正装を仕立てんとなぁ。と、嘆息。
「シンクレイリアに着いたらダンナは騎士様かぁ。」
「着いただけじゃなれないよ。」
「もう『ダンナ』なんて呼べないですね。え~と、レヴィス卿?」
「爵位はまた別。まずは騎士位を得られるかどうかだ。」
シェルナスはレヴィス家の再興を望んでいる。その為に何よりも必要なのは、レヴィス家の名誉の挽回。騎士になることはその足掛かりとなるだろう。
「あっはっは。ダンナが騎士になれないなんてある訳ないですよ。オルランディアでは敵無しの『辺境の宝剣』シェルナス・レヴィス様?」
「…井の中の何とやらだな。コル、上には上がいるものさ。それに強いだけが騎士じゃないぞ。」
「なんとも慎ましい御人だシェルナスのダンナ。だいたい、オルランド様の推薦があるんですよ?心配しなくても王家は認めて下さいますよ。」
「別に心配してるわけではないんだが…。」
そう言いながらシェルナスはロングコートの内ポケットに手をやる。そこにあった確かな感触に軽く安堵する。
オルランディアはシェルナスとコルの生まれた地。アスターティ王国最西部に位置する。国境に面した土地のため、大陸の西側諸国の内4ヵ国と隣接している。そんな争いの火種が絶えぬであろう隣接地を、建国から守護し続けてきたのが『王国の壁』オルランド家である。王家シンクレイルに次ぐ名家であり、その現家長マルク・テイラー・オルランド公爵がシェルナスを騎士に推したのだ。シェルナスには身に余る後ろ盾だった。
「気負っていては御前の気遣いを無にしてしまいそうだな。とはいえ…。」
―――物凄いプレッシャーだった。オルランド公は慈悲の心でシェルナスを手助けたのではなく、彼の素質を見抜き単にその人材欲しさに目をかけた。シェルナスはオルランド公の慧眼を曇らせまいと己を研磨した。やがてオルランド公はシェルナスに信頼を置くようになり、シェルナスはオルランド公へ父親に向けるような敬意を抱いた。シェルナス本人以外にも、彼の躍進を望む者がいるのだ。
「ダンナだったら王国最強の騎士になれますよ!」
大袈裟に言い放つこの男もその一人だろう。
「コルよ、やけに持ち上げるな。…何が望みだ。」
「やだなぁ、シェルナスのダンナ。自分はただ……御家再興の暁には、この私めを騎士へと推せ…。」
「無理だ。」
「一考すらせずに結論出した?!」
「だって君弱いし。」
「男として最悪の理由!でもさっき弱くても騎士になれるって…。」
「まずは耳を治そう。それがはじめの一歩。」
くう、とコルが項垂れたところでからかい終了となった。
「冗談はここまでとして、コルよ。騎士を目指すなら俺の出世を待つなんてナンセンスだぞ。」
「ああいえ、ちょっと言ってみただけですよ。本気じゃない。」
「なんだそうなのか?」
「ええ。ダンナのように戦うのは、自分には無理っすからねぇ。」
「…もう一度言っとくか。強いだけが騎士じゃないぞ。」
「強い人に言われてもねぇ…。ああっ、す、すいません。」
「…いや、今の言葉胸に刻んでおくよ。」
「…なんとも真面目な御人で。」
「コルに分けてやりたいくらいだ。」
「失礼ですね!?」
二頭立ての古い幌馬車は進む。ガタゴトガタゴトと。
シンクレイリアの街並みがはっきりと見えてきた。どうやら日が暮れるまでには着きそうだ。
「魅惑のシンクレイリア。夢の大都会。」
何やらコルがつぶやき出した。
「コルは首都初めてなんだよな?」
「ええ、そうです!もう今からワクワクっすよ!」
「割と清廉とした街だからなぁ、お前さんが期待するような娯楽は……っ!コル!!」
「わっ、何です急に?」
今まで穏やかだった空気が、一気に剣呑なそれへと変わる。
「馬を外せ!」
「外せって…、外す?そ、そんな急に言われても…。」
コルはわたわたと荷車から馬を外そうとする。だがそれを待っている暇は無いと判断したシェルナスは、手綱を取って馬を駆けさせた。
「ハイヤーッ!!」
「うわっ?!」
止め縄を外そうとしていたコルは、突然動き出した馬車に驚き落ちそうになったが、どうにか馬にしがみ付いた。
「ヒイィッ。ダンナ、落ちる!落ちるぅぅ!」
「コルッ!そんなとこにしがみ付いてたら馬が速く走れない!早くこっちにきて手綱を取れ、お前の方が扱いが巧い!」
「ダンナぁぁ!自分もう何が何やらぁ!」
混乱し、涙目になりながらもコルは荷車の御者席に戻った。
「このままとばせ!」
「り、了解!」
さすがはプロといったところか、馬車はぐんっと加速した。
「フヒィ~。それでダンナ、一体なんだってんです?」
「賊。」
「ええっ!?」
コルはぐるんと体をひねって後方を確認した。だがそこに影は無い。
「そっちじゃない。前。」
言われて前方に目を向けるコル。遠くの方に馬が見える。数は6。人も乗っているようだ。
「アレ、賊なんですか?」
「ああ。女性が追われているようだ。」
コルには全く判別も判断もつかなかった。だがシェルナスをよく知る彼は、全てを委ねることにした。
「ダンナ、追いつくのは難しい!こちらは車をひいてる!」
「解ってる。今考えているところだ。」
そう言いながらシェルナスは周囲を見回す。そして女性の逃げるであろう先を予測した。
「コル。」
「はい。」
「ちょっと無茶しよう。」
「はい?」
二頭立ての古い幌馬車は駆ける。―――その先の運命も知らずに。
ありがとうございました
次回は
『銀の髪のエルフ』
お楽しみに