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―角の章― 第十二話 偽りの悪魔

会話しかしてないファンタジーとかってあり得ない。


…やっぱり私の事ですが。

 アぺロニアの神々は、とある世界を見つける。


 後にフィニティエントと呼ばれる事となるその世界は、塵と灰しか存在しない完全なる不毛の世界だった。神々は、その“死んでいた世界”を“生ある世界”に変えようと試みる。


 それがアミスラインに伝わる創世、『懐胎紀』。


 しかしエルズリッドでは、不毛の地となる前の世界が存在するとしていた。それはアぺロニアと同じ“神々の世界”だったという。そんな懐胎紀以前の神々をエルズリッドでは、アンカナーディティと呼んでいる。アぺロニアの神々が見つけた世界は、アンカナーディティの神々が滅んだ後の世界だったのだ。


 何故そのような説がエルズリッドには伝えられているのか。それは、滅びを免れた、生き残りとも云えるアンカナーディティが、エルズリッドに存在するため。だからエルズリッドの民は知っている。アンカナーディティの神々が滅んだ理由を。この世界フィニティエントを、一度亡ぼした神が居るという事を。


 アンカナーディティを滅ぼし、この世界を塵と灰に変えた神。それこそが『オールド・ホーニィ』と呼ばれる、角の生えた悪魔だという。






「信じられない…。」


「シェル…。」


「いや、もちろんニアが適当な事を言っているとは思ってない。だが世界そのものが亡びるなんて、にわかには…。」


 悪しき神を調伏する例は、神話においても現実においても、そう珍しい事では無い。かの悪魔が神話に記された通りの存在ならば、脅威ではあるが、立ち向かう術はあると思われる。だがしかし、それがニアの云うような途方も無い存在ともなれば、ヒトにどうにか出来る話とは思えなかった。何しろ、神々を滅ぼせる神なのだから。


「古来から荒神を鎮めるためには、他の神々の助力が不可欠だ。その神々そのものを滅ぼせる存在なんて、現実味を感じられない。それを神と定義できるのか?明らかにより上位の存在だろ。」


「う、うん…。それは私もそう思うけど、エルズリッドでは確かにそう伝えられてるんだよ…。」


「そもそも、そのホーニィと神話の悪魔は本当に同一神なのか?神話の悪魔の説話ではそのことごとくが、最後に悪魔を討ち破る結末だ。それも大体は、他の神々の力の許にだぞ?悪魔は確かに最悪だが、ホーニィほどの存在とは思えない。」


「あう…。」


 ホーニィと悪魔が同一神だというのは仮説にすぎない。ニアもエルズリッドの解釈を伝えただけであり、それを証明する手段は持ち合わせていない。飽くまでその危険性を説く事にとどまっている。本当にホーニィが世界を亡ぼすような存在なのかは、ニア自身にも判らないのだ。


「あ。す、すまんニア。なんか責めてるみたいになってるな…。その、信じられないというより、信じたくないって感じなんだ。何しろそれが本当なら、戦争が起きてしまった方がはるかにマシと言える。さすがにそんな事態は想定できなかった…。」


「ううん、分かってるよシェル。シェルはアンカナーディティを知らなかったんだもん。突然こんな話をされても、絵空事にしか聞こえないよね。」


 小屋は重苦しい空気に包まれる。日が落ち、互いの表情も判別できない暗闇だというのに、誰も明かりを灯そうとはしない。四人は各々思考に耽っていた。


「…ジェンギュウスやクレオは『終わりの森』の民だから、理解の及ぶ範囲なのか?」


 シェルナスはふと、二人の意見を聞きたくなった。どれほど角について知っているのかと。


「…ううむ。我もそこまでのものとは思いだにせぬ。我ら一般的なエルズリッドの民は、先導者たるエルフ達が、エルズリッドの安寧の代償として太古の神の呪をその身に受けている、と認識しておる。その象徴たるが秘宝なのだと。ゆえに我等はそれを呪われし秘宝と称しておった。」


「もしかして角って事すら知らなかったのか?」


「うむ。だが何であれ、エルフによって安寧をもたらされている我等にとって、それは忌むべき存在だ。」


 ジェンギュウスやクレオがニアに尽くすのは、ここに理由があるようだった。


「『終わりの森』の民ってのはエルフの為なら、たとえ火の中水の中なのか?」


「然り。誰もがエルフを敬愛しておる。」


「や、やだジェンギィったら。持ち上げないで。」


 話が逸れた事で、わずかに空気が軽くなる。見方によっては現実逃避ともいえるが、張り詰めたままでは精神的負担が増すばかりだ。


「明かりを点けましょう。」


 それまで黙り込んでいたクレオが、抑揚のない声と共にロウソクへと火を灯す。見えなくなっていた互いの顔が暗がりに浮かぶ。しかしロウソク一本の明かりでは、相手が誰かをギリギリ認識できる程度だ。


「…何であれ、忌むべき存在…か。」


「? シェル何か言った?」


 シェルナスは、揺らぐ小さな炎に目を奪われながら、静かにつぶやく。他の三人が一斉に彼へと顔を向けた。


「いや、ジェンギュウスがさっきそう言ったろ?それを聞いて思ったんだ。」


「何を?」


「今、秘宝が如何なる物かを議論するのは、あんまり意味無いんじゃないか?」


「へ?」


「まあ、危険性を理解して心構えを強くって意味はあるかもな。だが、やるべき事ってのは初めから変わってない。そっちについて話し合うべきだろ。」


「え~と?」


「だから、今はとにかく角を『終わりの森』に戻す事を考えようって言ってるんだ。とりあえずそれでホーニィだか悪魔だかが目覚めるのは防げるし、『終わりの森』がアスターティに攻め入る必要も無くなるんだろ?」


「う、うん。そうだね。」


「と言うかだな。ニアが『終わりの森』へ事態を知らせる間、角が目覚めとやらを待ってくれる保障あんのか?」


「ぅ…。そ、それに関しては全く分からないっていうのが正直なところだったり…。」


「ずっと目覚めないかもしれないし、あるいはすでに目覚めている事も…。」


「あるかも…。」


「はぁ…。その辺は俺達にはどうにもならんな。なればできる事はやっておこう。差し当たっては角の奪取。」


「シェルナスよ、策はあるのか?」


 当然の疑問がジェンギュウスの口を突く。


「まあ、策ってほどのものでもないがな。その前にニアに確認したかった事があるんだ。」


「私に?」


「ああ。お前、角の在り処が正確に判るか?」


「え?えっと、王宮?のどこかだけど…。」


「そりゃあ王家が持ってるんだから当たり前だな。そもそも、どうやって王家が持ってる事を知ったんだ?」


「あ、うん。ほら、私のご先祖様がホーニィと契約したって言ったじゃない?そのせいか子孫である私達の中に、時々ホーニィと…かすかにだけど交感を図れる者が生まれるの。つまり私なんだけど…。でもね?その存在を感じ取ることが出来る程度で、意志の疎通とかは全然できないの?」


「なるほど。王宮内という事は判るが、そのどこかは特定できないのか…。」


「うーんと、王宮の城壁っていうの?その中に厩があるじゃない?その近くだと思うんだけど…。」


「は?えーと、それだと王国軍の軍令部にあるってことになるんだが…。」


 ――王家が持っているんじゃないのか?託すにしても近衛師団では無く何故正規軍に?と、シェルナスは疑問に思う。そこは全く目星をつけていなかった。


「え?あれ?ああっ。あの、あそこって城壁の中にも城壁?…あるよね?」


「やっぱりそっちか。内周壁の中、つまり宮廷内に角はあるんだな。」


「何かややこしい造りだよね、あそこ。」


 言うなれば、街の中の街の中に街がある、といった様相である。


「と言うかお前、王家のうまやまで入り込んだのか?それは驚愕に値するぞ。」


「じ、実は入ったの私の身代わりなんだよね…。」


「は?身代わり?」


「う、うん。分身て言えばいいのかな。ホルクスの力なんだけど…。その分身をね?城壁の向こうに忍び込ませようとしたの。そしたらあっさり捕まっちゃって…。で、何だか分からないうちに、その王家の厩?…に連れて行かれて。


「…分身が?」


「そう。」


「………そん時に角持って来いよ。」


「あ、あう…。そ、そのね?説明長くなっちゃうんだけど…。アレって襲われた時に身代わりにするものなの。だから、あんまり細かい行動は出来ないのよ。私の意識を繋げる事で、ある程度の制御は出来るけど、離れれば離れるほどいうこと利かなくなるし。あの時は、ちょっと中の様子を見たかっただけなの。だって角が在るかもだったから。なんとか確認出来ないかなって思っただけで、あの時点で角を取り戻そうとは思っていなかったんだよ。」


「身代わりに角の奪取は不可能…と。」


「む、無理だよ。大体バッチリ捕まっちゃってたし…。」


「…しかし厩か。厩ね…。」


 宮殿では無く厩。それはつまり人目を忍んだ可能性が高い。


「ニア。その分身がアルバルト殿下と話したのか?」


「うん。正確には分身を通して私が話したんだけど。」


(アルバルト殿下は隠ぺいを図ったんだな。まあ『終わりの森』のエルフが首都に居るなんて事は、迂闊には広められないだろうから当たり前と云える。という事は公にニアを捜索してはいないだろう。動かすとすれば王室近衛師団。つまりローディネルオーダーは出払っている可能性が高い。しかも、今は陛下が外遊している筈だから、宮廷内に残っているローディネルオーダーは最低限の人数。多く見積もっても5人てとこか。陛下の帰還前はもちろんの事、近衛師団が捜索を断念する前に事を起こすべきだな。)


「よし、ニア。もう一つ質問。」


「はい?」


「角の特徴は?」


「ふぇ?えと、このくらいの長さで、太さは…私の腕くらいかな。それで真っ白なの。」


「…それだけ?」


「うん。」


 ニアの肩まで程度の長さて、ニアの腕ほどの太さの白い棒。一目で判別のつく様な特徴は無いらしい。


「ほ、他に何かないか?それだと間違ったものを持ってくる可能性が…。」


「あ、大丈夫大丈夫。私は一目で判るから。」


「そうか、それなら良…くないだろっ!」


「わっ。」


「ニアが判っても、取りに行く俺が判んなきゃ持って来ようがないだろ!?」


「ええっ、何で!?私も行くもん!!」


「行かないから?!」


 驚いたことにニアは、シェルナスと共に角を盗りに行くつもりだったらしい。意外そうな反応を返すニアに、シェルナスも意外で応じる。


「お前立場が解ってるか?見つかった瞬間に殺されるぞ。」


「でもでも、この中では角を見た事があるのは私だけでしょ!?」


「そ、それは…。」


 そうではあるが、ニアを伴うともなればシェルナスの公算が一気に下落してしまう。角の奪取はシェルナスの役目であり、ニアにはその後にある事をやって貰わねばならなかった。


「…ジェンギュウス。」


「まかせろ。ちょうどニア様の無鉄砲さが身に染みていたところだ。抜かるつもりは無い。」


「ちょっと!?」


「…ニア。俺一人の方が何かと都合がいいんだ。」


「う~、だけどシェルは角が判らないでしょ?」


(確かにその通りなんだが、俺とニアが一緒になって角を奪取してしまっては、俺の計画が立ち行かん。間違う可能性を少しでも下げときたいな…。)


「シェルナスよ、いっそクレオの様に埋めてしまってはどうか?」


「ジェンギィひどい!?」


「それもいいが…。」


「よくないからっ?!」


「市街地までは一緒に来てもらうかな。」


「へ?」


「なんと?」


「……。」


 三者三様の驚き。いや、クレオだけは無言でシェルナスを見据えている。


「ニアに、角の在り処を可能な限り特定してもらいたいんだよ。のんきに探し物が出来る場所じゃないからな。それに、特定した範囲が狭ければ狭いほど、取り違える可能性も低くなるだろう。なあニア、出来るか?」


「う、うん。やってみる。」


「ま、待てシェルナス。それは危険では…。」


「まあここよりはな。だがあそこの人口密度は大陸一だ。木を隠すなら森の理論だな。」


「うん。びっくりするくらいヒトだらけだったよ~。」


「加えて、王家はニアに逃げられたと考えているだろう。何せもう二日も経とうとしているんだ。まさか、未だにこんな所に居るとは思って無いんじゃないか?」


「む、むう…。クレオよ、お主はどう考える。」


「…………。」


 ジェンギュウスの問いに彼女は答えない。何故かクレオは、随分前からずっと、無言でシェルナスを睨んでいた。


「おい、クレオ……さん?」


 シェルナスが恐る恐るといった様子で、クレオに呼びかける。


「………なにか?」


 彼女は無表情で返事を返した。その様子を訝んだニアが、不安そうにクレオの顔を覗き込む。


「クレオ…?なにかあった?」


「ニア様、何故です?」


「え…。だ、だって全然喋らないし、何だかシェルの事睨んでるみたいだったし…。」


「そうでしたか?」


 無意識だったのだろうか。ニアには判断が付かなかった。


「クレオ、何かあるなら言ってくれないか。目と目で通じ合える仲じゃないだろ?」


 睨まれていたシェルナスが、その謂れを訊ねる。クレオは少し思案した後、静かに口を開いた。


「………押し倒しておきなが…。」


「その話もう終わったよなっ!?」


「…冗談です。私は終えたつもりは御座いませんが、今はその話ではありません。」


「…終わってない…のか?」


 少しだけシェルナスの知っているクレオが帰ってきたが、喜ばしくは無かった。


「はぁ…。で?何があるんだよ。」


「…いえ、まあ、そうですね…。何やら盗み出す算段を立てていらっしゃるご様子。交渉は諦めたので?」


「…いや、そういう訳じゃない。優先順位の問題だ。ニアを信じるならば、ホーニィの目覚めが最大の危惧。次いで、秘宝を求めて『終わりの森』がアスターティに攻め入る事。王家が敵愾心に駆られ『終わりの森』へ攻め込むという事は、前の二つに比べて早々起こり得る事とは思えない。あるとしても、かなり後の段階になる筈だ。だから交渉は二の次にした。」


「もはや交渉する気は無いという訳ですね。」


「え?そ、そうなの?シェル。」


「なんで、そう聴こえる…。」


「目と目で通じ合っているのです。」


「ええええええええええっっ!?」


「おわっ。ニ、ニア!いちいちクレオの言う事を真に受けるな!」


 相も変わらず、相手を翻弄するかのようなクレオの語り口。主に惑わされるのは、付き合いが長いと思われるニアだった。


「クレオ…。頼むから余計な言葉は挿まないでくれ。」


「いえ、意識しての事では無いのですが…。」


 それはつまり直らないし、直せない。


「あう~、クレオは昔からこうなんだよ~。」


 それを解っていながら、未だに被害を受け続けているニア。


「はぁ…。なあクレオ、要点だけ話してほしいぞ…。」


「ではかいつまんで。シェルナス様は仰りました。犯人が必要と。」


「……。」


「え?え?」


「ふむ…。」


 黙る者。理解できない者。当たりが付く者。


「筋書きはこんなところでしょうか…。シェルナス様はエルズリッドから秘宝を盗み出し、アスターティへと帰って来ました。しかしエルズリッドからの追っ手、銀の髪のエルフに見つかってしまいます。エルフは死闘の末、シェルナス様から秘宝を取り返す事に成功。しかし喜びもつかの間。エルフは王家に見つかってしまいました。そして秘宝も王家の手に渡る事に。それを知ったシェルナス様は、再び秘宝をその手にすべく王家へと乗り込みます。そしてとうとう王家から秘宝を奪い取ってしまいます。させるものかとシェルナス様を追いかける王家の手の者。そこに現われたるはニア様。ニア様は全ての元凶がシェルナス様にあると王家の者に伝え、彼らと共にシェルナス様を討ち滅ぼしたのでした。…めでたしめでたし。」


「ク、クレオ…?」


「………俺が悪魔みたいになってるな…。」


「悪魔のふりをなさるおつもりなのでは?」


「ッッ!?」


 ニアは絶句する。つまりは、エルズリッドと王国に共通の敵が居れば、一時的にでも信用が得られるかもしれないという事。


「シェルナスよ…。お主、よもや王家を襲撃するつもりではあるまいな…?」


「ダメーーーーーーーーーーーーッッ!!」


 ガバッ。と、ニアがシェルナスの腰へと抱き着く。そして一歩も動かすまいと、強く踏ん張った。


「ダメだからね!!絶対ダメなんだから!!」


「ふぅ…。ニアがこうなると思ったから、順を追って説明したかったんだがな…。」


「ダメったらダメーーーーーーーーーーッッ!!」


「いや、ほら。悪魔ってのはいい材料になると思うんだよ…。」


「ダメダメダメーーーーーーーーーーーッッ!!」


「何ていうか、ほら。同病相哀れむって云うだろ?被害者同士ともなれば王家もあるいは聞く耳を…。」


「こらーーーーーっ!!シェルーーーーーっ!!」


「そんな訳で、ほら。もしもうまくいけば、後顧の憂いまでいっぺんに解決するかも…。」


「クレオっ!ジェンギィっ!二人も止めてよーーーっ!!」


「ふむ、シェルナスよ…。」


「な、何だ?」


「良き案だ。我も同道しよう。」


「あん?」


「ジェンギィっっ?!」


「ニア様。我とシェルナスで秘宝を強奪致す。その後、ニア様とクレオで我らを討ち果たせば、少なくともニア様に敵意は無いと、王家も考えるであろう。」


「クレオーーーっ!二人を止めてえぇぇっ!止めなきゃヤダーーーーーッッ!!」


 もはやニアは形振なりふりを構っていない。ただの駄々っ子になっていた。


「……ええと、そんな訳で御二人とも止まって下さいまし。」


「…別に動いてないだろ?」


「見れば分かります。」


「手筈、決めていいか…?」


「はあ、お好きに。」


「そんじゃ、俺達が角を奪取した後のお前等の…。」


「何で話し進めてるのーーーー?!」


「いけない、そうでしたね。御二人とも、そんな事はお止め下さい。」


「お前の言った疑心暗鬼も、この方法ならある程度は払拭出来るんじゃないか?」


「まあそうでしょうね。」


「クレオ!?負けちゃダメーーー!!」


「あ、はいです。ええと…。御二人の犠牲をニア様に背負わせるおつもりですか。」


「クレオよ、戦ともなれば二人などとは言っておられぬ。」


「ごもっともですジェンギュウス。」


「まだよクレオっ!!ここから巻き返すのよっっ!!」


「やってみます。それでは…。御二人が悪魔を騙るのは些か真実味に欠けるかと。」


「演出はちゃんと考えてる。捨て身なんだから無茶も可能だ。」


「まあ。それはちょっと見てみたい気も。」


「ガンバ!クレオ!!ファイト!クレオ!!」


「がんばります、ニア様。ええでは…。その案はそもそもニア様が拒絶しては成り立たないのでは?」


「うぐ。」


「…であるな。」


「やたっ。クレオえらーーーい!!クレオばんざーーーい!!」


「どもです。」


 エルズリッドのエルフたるニアが、アスターティに害意が無い事を王家に信じさせることが出来れば、ありもしない報復を恐れて王家が先手を打ってくる、という事態は避けられる。害意ある第三者の存在を両者が認識できれば、互いを敵視することは筋違いだと気付かせることが出来るだろう。と、シェルナスは考えたのだ。ややこしい話だが、エルズリッドが王国を敵と認識してはいない、という事を王家へと認識させるために、ニアが王家と共にその第三者に立ち向かうという体裁を作ろうとしたのだ。


「クレオ…。反対するなら代案を…。」


「私はニア様の命に従ったまでです。」


 シェルナスにはクレオの考えている事が全く解らなかった。シェルナスの考えにいち早く気付いたのは、同じ事を考えていた為かとも思われたが、クレオ自身がその考えを論破してきた。かといって、反対している訳でも無いような言動も垣間見える。掴み所が無いのだ。


「なあクレオ。お前はどうしたい…というか、どうなってほしいんだ?」


「私、ですか?」


 正直、シェルナスには彼女の目的がいまいち判らなかった。もちろん角を取り戻しに来たのであろうが、そのいわゆる使命感というものが、クレオにだけ感じられなかったのだ。


「そうですね…。私個人の価値観でよろしいのならば…。」


「うん?」


「どうでもいい、です。」


「…………。」


「ク、クレオ?」


 目的が判らないのも当然だった。目的無く行動しているのだから。


「お前、エルズリッド人の為にここに来たと言ってたろうがっ。」


「ええまあ…。ですが私の使命はニア様を護る事ですし。」


「ふぇ?」


 ニアを護る。クレオはそう言った。それ以外興味が無いように。


「ニアを護れれば他はどうでもいい…と?」


「私には他に出来る事など御座いませんので。」


 シェルナスは、クレオに対する認識を改める必要性を感じた。


「あ、あのクレオ?そう言って貰えるのは嬉しいんだけどね?さすがにどうでもいいっていうのは…。」


「はあ。では、ニア様が望むような結果を求めます。」


「わ、私…?」


 それを聞いてシェルナスは、クレオへと意見を求める事を諦める。仮にどんな考えを持っていたとしても、ニアの意見で覆る可能性が高いためだ。


「……んじゃニア。反対するなら代案を。」


「ええっ!?」


「ええ、じゃない。俺の案が飲めないなら、お前はどうするというんだ。」


「こ、交渉…かな?」


「失敗する可能性高いぞ?」


「わ、私、もう一度あの王子様と話してみ…。」


「話す前に殺される。」


「あう~…。」


「だからな?ニア。俺の…。」


「絶対協力しないからねっっ!!」


「うおっ。」


 話は平行線を辿りだす。こうしている間にもホーニィが目覚めるかもしれないし、宮廷にローディネルオーダー達が戻ってくるかもしれない。シェルナスは、早く何か行動を起こしたかった。


「ああもうっ。こうなったら、やれることを順に試していこう!」


「え、それって…?」


「まず交渉。失敗したら奪取。」


「シェ、シェル…。」


「はっきり言って、俺が宮廷内に入るのは簡単だ。そして今ならば、そこからの脱出も不可能じゃない。問題は角のある場所。だから、やはりニアには位置の特定を頼みたい。」


「え?あ、うん…え?」


「シェルナスよ、落ち着かぬか。ニア様が付いて言っておらん。」


「もしもそれすら失敗したら、俺は悪魔になるぞ。」


「ちょっとっ!?」


「さらにそれすら失敗したら、仕方ない。『終わりの森』へと伝えるんだ。」


「シェルってば!!」


 ―――ガシィッッ……


「ひゃわっ?!」


 突如シェルナスがニアを抱き竦める。そしてそのまま彼女の耳元で囁いた。


「ニア。それでいいな?」


「え、あ、う、い、え、い、あ………うん…。」


「よし。」


 ―――ジャキンッ


「おわっ?!ま、待てジェンギュウス!!」


「 ヴィーチェ ダル ディーチェ 」


「クレオ!?ストップだ!ストップ!!」


 黒豹の鉤爪とドラーニーナッツォの脅威がシェルナスへと迫る。彼は慌ててニアを離した。


「シェルナスよ。そのやり方は得心いかんぞ。」


「私の見識に問題は無かったようですね。」


「お、落ち着け二人とも。別にやましい気持ちがあった訳じゃないんだ。」


「問答…。」


「…無用ですね。」


「わわっ?!クレオ!ジェンギィ!待って!!」


 シェルナスの危機に気付いたニアは、わたわたと間に割って入る。そしてシェルナスを背に庇い、ひとまずの安全を確保した後、めいっぱいの気迫を込めて叫んだ。


「大丈夫っ!!シェルだったら責任とってくれるわっ!!」


「ッッ!?」


「ッッ!?」


「…………は?」


 何やら場にそぐわぬ言葉を聞いた気のするシェルナス。そしてじわじわとせり上がってきた嫌な予感。


「あ……俺、もしかして…しまった…?」


「ニ…ン…ゲ…ン…。」


 獣の呼び声。それは聞き取るのが困難なほどかすかな声であるというのに、シェルナスはそれが自分を呼ぶ声だと、明確に判った。


「うふふふ…あははは…。」


 かわいらしい少女がとても朗らかに笑っていた。少女が初めてシェルナスに見せてくれた笑顔は、何物にも代え難いほど、怖ろしかった。


「あれ?なんか二人の様子がおかしくない?」


 ぐるんと首をまわして、シェルナスに同意を求めるニア。しかしシェルナスの様子もおかしかった。


「…責任…とるのか…?責任…とれば助かるか…?責任…てことはニアを…?責任…てそういう事だよな…?」


「お、お~い。シェル~?」


 ニアは火に油を注いだ事にまだ気付かない。


「ニ…ン…ゲ…ン…。」


「うふふふ…あははは…。」


「…責任…とっても助からなくないか…?」


 シェルナスのあらゆる志が、半ばで途絶えようとしていた。


「え?あれ?ちょっと?クレオ、ジェンギィ。しっかりして!」


 ゆらり、ゆらり。と、迫ってくるクレオとジェンギュウス。


「…さらば…友よ…。」


 何かに別れを告げるシェルナス。


「ちょっとみんな!!誤解だよ!!シェルなら何とかしてくれるって意味で言ったのっ!!」


 ―――ピタリ


「…………。」


「…………。」


「…………。」


 世界が静止する。


「紛らわしかったよね?あはは…ご、ごめんね?みんな…。」


「…………。」


「…………。」


「…………。」


 世界は静止を続ける。


「えと…。ジェンギィ?クレオ?あの…シェル?」


「…………。」


「…………。」


「…………こほん。」


 初めに動き出したのはクレオ。


「えー、話がまとまったのなら休息を提案いたします。何をするにも、シェルナス様はまず回復を図るべきかと。」


「うむ、クレオの言うとおりだな。シェルナスよ、見張りは我々でやる。お主は休め。」


「いや、お前らも休める時に休んでおけ。正直どう転ぶかは判らんからな。誰もが万全を期すべきだ。」


「へ?あれ?あ、あっ。わ、私も何か…。」


「もちろん駄目で御座います、ニア様。…では御二人とも、六刻交代で如何でしょう。」


「わ、私も見張…。」


「さあ、ニアは様お休み下され。…なれば、我がまず。」


「わ、私が最初でも…。」


「ほら、ニアはもう寝ろよ。…俺からの方がよくないか?」


「あ、あの、だから…。」


「ニア様、お休みなさいませ。…いえ、私、ジェンギュウス、シェルナス様の順が妥当かと。」


「で、でも…。」


「さあ、ニア様は横になられよ。…ふむ。まあそれでよかろう。」


「………おーい。」


「よしニア、寝るぞ。…じゃあクレオよろしく。」


「…………。」


「かしこまりました。」


 ――パタン。と、クレオは扉から外へと出て行った。


「んじゃ、消灯~。」


 ――ふっ。と、ロウソクは消される。


「……………………おやすみなさい…。」









ありがとうございました


次回は

『王国の敵』

お楽しみに

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