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―角の章― 第十一話 年老いし角ある者

一週間ぶりです。


それにしても、会話ばかりのファンタジーってどうかと思う。


…私の事ですが。


 この世界における神秘学は、『古き神々』の恵みである魔法を研究する学問である。すなわち、神を知る事が魔法を知る事なのだ。その為、神話や叙事詩といった神々の言い伝えを紐解くことが、神秘学の嚆矢とされている。


 神々の物語は、国や地域、種族や民族によって大きく異なる。あるところでは取るに足らない神が、あるところでは最も重要な神とされていたり。あるところで愛されている神が、あるところでは不吉の神とされていたり。複数の神が同じ逸話を擁していたり。同じ説話でありながら、結末だけ違っていたり。それらは全て、国や種族の価値観の違いによっておこる差異である。


 しかし、神々それぞれの性質自体は、驚くほど一貫して伝わっていた。なぜなら、その神と実際に遭遇する者が居るためである。そう契約者だ。直接神々と触れ合った者たちの言が一致するのは当然の事と言える。だがそれはごく一部の者達。大多数は神々に出会う事無く、その一生を終える為、そういった者達の神々に関する知識は、契約者たちの又聞きという事になる。それもまた、神話や叙事詩の内容が多岐に亘った要因といえよう。




 そんな神々の物語である神話や叙事詩には、とある共通点がある。どんな場所に伝わっていても、どんな種族に伝わっていても、あらゆる物語の中に必ず登場する存在がある。


 それは“悪役”。


 その悪役が登場しない神話は無い。数多くの異なった物語の中において、何故かその悪役だけは統一して描かれていた。伝わる場所によって善であったり悪であったりする神もいる中、この悪役だけは一貫して悪の神とされていた。


 それは悪魔。角のある悪魔。名前が伝えられていないその神は、こう呼ばれていた。


 『年老いし角ある者』と。









「オールド…ホーニィ…。」


 シェルナスの口から漏れ出す忌まわしき言葉。その言葉にジェンギュウスは目を閉じ、クレオは不快感を露わにし、ニアは自分を抱きしめるかのような仕草をする。それはとても重い言葉。それはとてもつらい言葉。エルズリッドの民が最も恐れていながら、最も大切にしなければならない言葉。その言葉は、この古い小屋に居る者達に、静かなる戦慄をもたらした。


「何だそりゃ?」


「…………あれ?」


 訂正。シェルナス以外にもたらした。


「えと…。シェル、聞いた事無いの?その言葉…。」


「ああ、初耳だ。」


「あう…。ア、アンカナーディティ世代の邪神だよ…。」


「アンカ…?」


「それも知らない!?」


「う、す、すまん。」


「なんで!?シェル、ホルクスもクロウリィもバルバリッシアも解ってたじゃん!?」


「へ?い、いや。一応、神話も叙事詩も一通り目を通したから、それは解るぞ…?」


「じゃなんで、ホーニィもアンカナーディティも知らないの!?」


「そ、そう言われてもな…。」


 覚悟を決めて話したというのに、シェルナスには何処を吹く風。ニアが苛立っている事が手に取るように分かった。とにかく話してみない事には、解る事も解らないと、ニアに話を合わせて先を促そうと試みるシェルナス。


「ま、まあ深刻な話という事は解る。邪神と謂うぐらいだからな。」


「解ったふりしないでっっ!!」


「ごめんなさい?!」


 とりあえず、エルズリッドのエルフは怒らせると恐い、という事をシェルナスは理解した。


「ニア様、どうどうです。」


「馬じゃないもん?!」


 見かねたクレオが割って入る。


「ニア様、こちらにアンカナーディティは伝わっていないのでは?」


「ふぇ…?」


「シェルナス様。アぺロニアはご存知ですね?」


「あ、ああ…。あれだ、神々の国だ……ろ?」


 ニアとのやり取りで、自分の知識に不安を覚えたシェルナスは、クレオの質問に自信無さ気に答える。


「『古き神々』ってのは、そこでの役目を終えた後、この世界に移住しているんだ……よな?」


「その説はエルズリッドでも一般的ですね。では、その『古き神々』が現れる前のこの世界の事は?」


「か、懐胎紀……の事か?」


「いえ、プレグナントピリオド以前の説です。」


「は?さらに前?ロカ世界って云われてる何も無い世界……の事か?」


「その言葉は知りませんね…。ニア様、やはりエルズリッド独特の概念のようです。」


「あう~…。出鼻くじかないでよシェル~。」


「お、おれが悪かった……のか?」


 いろいろ納得のいかないシェルナスだった。


「申し訳ありませんシェルナス様。しかし、分かって頂きたいのですが、番人たるニア様にとって角の詳細を話すという事は、愛の告白にも等しい行為なのです。」


「ちょ、ちょっとクレオ!?誤解されそうな言い方しないで!!」


「…割かし軽くないか?」


「何を言ってるのシェル!?愛を打ち明けるなんて…、そのヒトに全てを奉げなきゃいけないのよ!?」


「急に重くなったな。」


「当たり前だよ!愛の言葉を渡すって事は、自分の命を渡すって事じゃん!!」


「いや重すぎだろ?!」


「ええ!?うそっ、信じらんない!シェルってそういうの軽い人だったんだ!?ショックだよっ!!」


「まてまてまてっ!忠誠じゃあるまいし、何で告白するのに命を懸けにゃならん!?」


「シェルおかしいよ!愛は忠誠より重いもん!!」


「愛が軽いとは言ってない!だが告白の度に命渡してたら幾つあっても足らんだろうがっ!!」


「きゃああああっ?!シェルってば何度も愛の告白を!?いやーーーっ!この色情魔ぁぁっ!!」


「まてこらーーーっっ!!誰が色情魔だぁぁっ!!」


「きっと誰彼構わず愛を語るのねっ!?このへんたーーーいっっ!!」


「曲解も甚だしいっっ!!名誉棄損にもほどがあるっっ!!」


「ひどいよシェル!信用してたのに!信頼してたのに!こんな形で裏切るなんてっ!!」


「話を聞けえええーーーっっ!!」


「 セラ ルビカンテ 」


 ―――ヒュンッ……バシャンッバシャンッ!


「わぷ?!」


「ぬご?!」


 白熱するニアとシェルナスに魔法を放つクレオ。もちろん危険なものでは無く、こぶし大の水泡を2人の顔へとぶつけた程度である。


「御二人とも、話が進みません。」


「ケホッ、ケホッ…。は、鼻に水が…。」


「………発端はクレオだった気がするんだが…。」


 ひとまず熱を冷ます事は出来たようだ。


「はぁ…、どこまで話したか忘れてしまったぞ。」


「…。」


 シェルナスは左腕に巻かれている晒で、顔を拭う。今更ながら、自分の上半身は晒を巻かれているだけで、服を着ていない事に気付いた。


「そういや俺のシャツって…。」


「…。」


「その辺の床でゴミになってませんか?」


 クレオに言われて床を見回すシェルナス。そして見つけたのは、引き裂かれ、血で黒ずんだシャツだった物。


「…なってるな。」 


「…。」


「仕方ありません。あれだけの怪我だったのですから。」


 晒は上半身中に巻かれているため、シャツの機能も果たしていると言えたが、シェルナスはやはり何かを着ておきたかった。


「なあ、そろそろ……ん?」


「…。」


 いい加減コートを返してもらうべく、ニアへと声をかけようとしたが、何故か彼女がやたらと遠い。


「えーと、ニア…?」


「…ッ。」


 ――カタン。と、小屋の壁へと背中を付けるニア。その瞳には明らかな警戒が見て取れた。


「あの…、ニア…さん?」


「………………………な、なに…かな?」


 ニアは目を逸らしながら返事をする。


「どうやらニア様は、シェルナス様の毒牙を恐れておいでのようです。」


 クレオが見解を述べる。どうやらシェルナスの信用は失墜しているようだ。


「俺は女誑しじゃないっ!!」


「ですが私は押し倒されました。」


「おまっ…?!」


「何ですってえええええぇぇぇぇえええええっっっ?!」


「のわっ!?」


 ニアの顔が驚愕に染まる。いや、むしろ絶望に染まる。


「シェルがクレオを!クレオをシェルが!シェルとクレオがーーーっ!?」


「誤解だ誤解ーーーっ!!」


「ふぅ。初心うぶなニア様には刺激が強すぎましたか。」


「いやあああああぁぁぁぁあああああっっっ?!」


「お前は阿呆か!?阿呆なんだな!?クレオのアホーーーっ!!」


「まあっ。アホとは失礼な。私は嘘など言ってません。」


「いいから誤解を解きやがれぇぇっ!!」


「誤解?ですが私は確かに…。」


「お前みたいなちっこいのに欲情できるかっっ!!」


 ―――ピシッ!


「ついに…。ついについにその言葉をおっしゃりましたねぇっ?!」


「うわっ、ちょっ、今の無しで!」


「シェルってそういう趣味だったのねぇぇぇっっ!?」


「ちが、違うぞニアっ!!」


「胸が無いのがそんなに悪いのですかぁぁぁっっ!?」


「言ってねえだろーーーっっっ!!」


「……………話し、進まぬな…。」


 壁の豹貌の口に嘆息一つ。










 夕日に染まる森。間もなく夜の帳は下りる。それは、夜に休息する者と夜に活動する者が入れ代わる瞬間。




「………そんな訳で全部誤解なんだ。俺は好色では無いし、もちろん変態でもない。クレオを押し倒したのも、完全な事故。ちょっとした価値観の相違が見解の相違に繋がっただけなんだ。分かってくれるよな?」


「う~…。」


「…………。」


「いや、価値観の相違と言ってもほんのわずかの事だ。俺はニアの貞淑さは美徳だと思っている。だが男と女、常に落花流水とはいかないとも思っている。だから告白の段階で、命を奉げるって言うニアに、ちょっと驚いただけなんだよ。そりゃ俺だって、愛すべき伴侶の為ならば、命を懸けてみせる。でもな?ほのかな恋心を伝えるのにそんな悲壮な覚悟が必要なら、実るかもしれない恋を逸してしまうんじゃないか、と思っただけなんだ。」


「………でも、愛を告げるのならそれくらいの覚悟は欲しいよ…。」


「…………。」


「解る。解るぞニア。全くもってその通りだ。俺は決して軽々しく愛を口にしたりはしていない。言葉のあやが誤解を生んでしまっただけなんだ。すまないニア、俺が軽率だった。俺もニアの様に在りたいと思っている。」


「シェル……。うん、私シェルの事…信じるね?」


「…………。」


「ああ、ありがとうニア…。」


 ――ぷはあぁ…。と、シェルナスは内心で絶大な溜息を吐く。何故自分はこんな所で己の恋愛観をさらしているのだろうか。もちろん嘘を言ったつもりは無いが、何やら最後は、浮気の疑いを晴らそうとする亭主のような言になっていた。結果、信用の回復は為ったが、ある意味最難関の試練であったとシェルナスは回顧する。


「シェルナス様。私への顧慮を怠っておりますが?」


「……。」


 まだ試練は残っていたようだ。


「………クレオは自意識過剰を治せ。以上。」


「何たる言!まずは報償を求めます!」


「何でだっ。むしろ損害は俺の方にあるだろうが!」


「女性を辱めておきながらその態度っ。何と厚顔無恥な方!」


「それが自意識過剰だと言ってるんだーーーっっ!!」

 

「ストーップ!!二人とも落ち着きなさい!!」


「ニ、ニア…。」


「ニア様…。」


「もうっ、どうして二人が喧嘩してるの?」


「い、いや、それが…。」


「シェルナス様の心無き一言が私を傷つけたのです。」


「え?それって?」


「私は女性たる象徴に乏しいと。」


「んなこと言った覚えは無い!」


「はぁ~…。もう、シェルっ!」


「いやだから俺は…。」


「女の子の身体を乏すなんて、男としてサイテーだよ!?」


「ぬぐっ。」


「特にクレオはお胸が無い事をすごく気にしてるの!」


「!!」


「お、おいニア…。」


「確かにクレオのお胸は小さいけど、それはクレオの魅力と関係ないわ!」


「…ッ!…ッ!」


「だからニア…。」


「だいたい、お胸に魅力を求めるのは男のヒトだけなんだからね!」


「ッッッッッッッッ!?」


 ――…ガクリッ


「………そうだよな…クレオ。そこ、一番大事だよな…。」


 両手、両膝を床に付くクレオに、シェルナスが向けるは憐憫の眼差し。


「分かったらシェル、クレオに謝って。」


「直ちに。」


 シェルナスに否やは一切無い。先ほどまでの怒りは完全に消え失せた。今はとにかく、ニアの寸鉄殺人の猛攻に晒されたクレオが哀れで仕方なかった。


「クレオ、心から謝罪する。申し訳ない。」


「……どうせ私なんて……ニア様は良いですわよね……とてもふくよかですもの……それに引きかえ私はこんな……成長が止まって何年になるか……ニア様はあれほど成長なさったのに……いったい誰を憎めばよいのでしょう……。」


「うん、聴こえてないな。」


「アレ?クレオってばどうしたの?」


 男性物の大きなコートに身を包みながらも、女性らしい身体つきを主張出来るエルフは、クレオの失意に気付かない。


「…なあ、ニアって歳いくつだ?」


「へ?18だけど、急に何…?」


 シェルナスの予想よりやや高めの年齢。身体はともかく、顔つきやその人となりからはもっと幼い印象を受ける。なにより以前、クレオが同じ年齢だと主張していたことも、それに拍車をかけていた。


「…さすがにクレオが18には見えんな。」


「もうっ、シェル?ダメって言ってるでしょっ。」


「あっ、す、すまん…。」


 クレオの見た目は高めに見積もっても14,5才といったところに見える。その為、本人が気にするのも大いに納得できた。シェルナスは今後、彼女の体格を揶揄する事は控えようと、心に決める。


「はぁ…。クレオも幼い時は、私よりも成長が速いくらいだったんだけどね…。」


「そうなのか?」


「うん…。何故かここ5,6年は成長してないのよ。…やっぱりあの事が…。」


「ん、んんっ!ニア様。事が収まったのであれば、話を元に戻しては如何か。」


「え?あ、ああ、そうね!全然話が進んで無かったよね!」


 それまで我関せずを決め込んでいたジェンギュウスが、ついに軌道修正を促す。


「…居たのか豹面。だったら腕をこまねいてないで助け舟ぐらい出してくれ。」


「ふむ、我の手に余る事態だったのでな。」


 飄飄といった様子の黒豹。何を言っても無駄と、シェルナスは判断を下す。


「…はぁ。無意味に時間を費やしてしまったな。いや、互いの人物月旦に一役買ったと捉えるべきか…。」


「我らは出会って日が浅い。これからの事を考えれば、互いを知る事も必要であろう。」


「とりあえず『終わりの森』のエルフは身持ちが固いという事は理解した。」


「うむ。ニア様の一族は、愛を司る神を信奉しておるのだ。」


「へえ、そっちにも信仰ってあるんだな。愛の神か…、イールズにもある要素だな。」


「あっ、そっか。シェルはイールズと契約してるんだもん。愛を軽んじるハズ無いよね。」


「へっ!?あ、ああ…。まあな…はは。」


 ちなみに地母神と呼ばれる神々は、性に対して開放的な場合が多々ある。その名の通り生産を司るためだろう。どうやらエルズリッドの愛の神は、イールズとはやや性質が違うようだ。


「そ、それってなんて神だ?」


 ジェンギュウスへと訊ねるが、答えたのはニアだった。


「……アンカナーディティ世代の神だよ。シェル。」


「……。」


 アンカナーディティ。再び耳にする聞き慣れない言葉。一度見失った佳境へと戻って来たようだ。









「ねえシェル。『古き神々』の国がアぺロニアなら、この世界は?」


「フィニティエントと呼ばれているな。」


「うん、そうだね。」


 アぺロニアで役目を終えた神々は、エレメント、テリオン、ドラゴンとして、ここフィニティエントに移り住んでいる。


「だったら、この世界に居る神々って、みんなアぺロニアから来たって事?」


「…それが一般的だろ?」


「そうなんだ…。でもエルズリッドの考え方は違う。」


「クレオの言っていた、独自の概念ってやつか?」


「そう。アぺロニアから神々がやって来る前から、フィニティエントにはすでに神々が居たの。」


「なに?」


「神々の国では無く、この地で降誕した神々が居るのよ。」


「……。」


「エルズリッドでは、その神々を『アンカナーディティ』と呼んでいるわ。」


 つまりは、アぺロニア出身の神とフィニティエント出身の神の、二通りの神に分けられるという事である。


「ちょ、ちょっと待ってくれニア。そんな説は初耳だ。こちらの一般的な伝承にそんな事が窺える記述は無い。もしそれを示唆するようなものが発見されれば、神秘学者達が仮説を説くはずだろう?」


 神秘学はまだまだ百家争鳴に絶え間がない。人知を超えた存在への理解は困難を極めている。それゆえ、あらゆる仮説が日の目を見たが、ニアの説はついぞ聞いた事がないシェルナスだった。


「私達はこう考えている。アンカナーディティの神々が滅んだ世界にアぺロニアの神々はやってきた、と。」


「滅んでる神!?」


「神秘学って基本的に神話と契約者の見解が情報源じゃない?だから伝わっている神話よりも前に居なくなっちゃった神の事なんて、知る由も無かったんじゃないかな?」


 神話以前の情報が全く得られなくなっている現在において、神秘学者達の興味は専ら“神々の国とは如何な地か”に向いていた。創世以前のこの世界は、何もない不毛な地とし、“ロカ世界”と呼んで一先ずの結論を付けていた。


 しかしニアは、創世神話以前にも神々は居たと言う。


「『古き神々』よりも古い神々…か。にわかには信じられん。そもそも何で『終わりの森』にだけ伝わって…。」


「…………。」


「いや、違うな。…ニアはさっき言っていた。」


「うん。」


「オールド・ホーニィがアンカナーディティ世代の邪神と…。『終わりの森』では常識だってんなら、つまりアンカナーディティがそこに存在してるんだな。」


「そう。」


 エルズリッドにはあらゆる種が存在すると云われてるが、まさかそんなものまで居ようとは、シェルナスに想像できるはずもなかった。あまりの話にすでに頭は飽和状態だった。


「………私達エルズリッドのエルフは呪われているの。」


「ん?呪い?」


「私の一族は、そのホーニィの角をエルズリッドの地で、未来永劫護り続けなければならない宿命にあるの。」


「それは…、何故だ?」


「…私達の始祖が、ホーニィと契約を交わしてしまったから…。」


「契約か…。」


 呪い。その言葉を口にしたあたりらニアの顔色が優れない。休ませてやりたくもあったが、まだ一番重要な情報が得られていない。


「ニア、その神はどれほど危険なものなんだ?」


「…あのね、シェル。…シェルはさっき、神話にアンカナーディティの存在を示唆する記述は無いって言ったよね…?」


「え?ああ。…それが?」


「私はあると思う。」


「何だと?」


「例えば………『悪魔』。」


「!!」


 アミスラインに伝わる神話。それらに登場する神々の中に、名を明確に記されていない神々が居る。伝わった地域によって判明している場合もあるが、いまだ名前の判らない神もいた。神話に登場する以上は、何らかの説話を残している訳だが、何故か名前だけが伝えられていないのだ。そんな神々は『名乗らぬ神々』と呼ばれている。


 『名乗らぬ神々』は、殆んどの説話において重要な立場を執っていないため、神話の伝承者たちが後付けで生み出した神々ではないかと考えられている。平たく言えば、話を面白くするために、端役として誕生させた虚構とされているのだ。


「…『名乗らぬ神々』が、実はアンカナーディティを指すものとするならば…。」


 そんな『名乗らぬ神々』の中で唯一、重要な役割を担う神が居る。


「オールド・ホーニィ…。年老いし角ある者…。角の生えた悪魔…。」


 それは“悪役”。ただただ悪の立場を貫く、悪役の神。その神の名も伝えられていなかった。


「今、王家にある秘宝というのは、かの悪魔の角だというのか…。?」


 もし誰かに、アミスラインの神話の最高神の名を問えば、それは十人十色様々な名が挙がるだろう。しかし最悪神はと問えば、返ってくる答えは一つ。――角ある者、と。


「…………。」


「シェル?」


「あっ。あ、ああニア…。ちょっと頭の中がぐちゃぐちゃでな…。」


 ニアの声に、シェルナスは眉間を親指で押しつけながら返事する。急に多くの情報が頭に入ってきたため、処理しきれていない様子だ。


「…悪魔…か。」


 つぶやきながらも、無意識のうちに視線はクレオの方へ。彼女はすでに立ち直っていたようで、ニアの後方で控えている。シェルナスの視線に気付くと、無表情のまま首をかしげた。


「なにか?」


「いや…、この国で有角人は何て呼ばれているかは…。」


「シェルっっ!!」


 突如、ニアがシェルナスへと詰め寄る。


「聞いてシェル。ホーンズとホーニィは何の関係も無いの。共通点は角だけ。神話の中で悪役として描かれた神に角が在ったっていうだけで、ホーンズが悪魔の末裔だなんて証拠はどこにも無いの。大体、神がヒトの子孫を遺すはず無いよ。ホーンズは、神話のせいで謂れの無い迫害にさらされてきた、可哀想な種族なんだよ。クレオはね、元々こちらで生まれたんだけど、迫害を逃れる為に、一族みんなでエルズリッドに渡って来たんだよ。分かる?アミスラインを追いやられたのは、遥かな過去の事じゃ無いんだよ?今もなお、ホーンズ達は大陸を追われてしまっているの。神話のせいで、こちら側のヒト達は今でもホーンズを差別しているから。でも彼らは悪魔の末裔なんかじゃ無い。クレオは悪魔と何の関係も無いんだよ。だから…あっ。」


 シェルナスは、まくし立てるニアの両肩に手を置く。そして腰を屈め、視線を彼女へと合わせた。


「分かってる。クレオは悪魔なんかじゃないさ。不用意だった、認めるよ。でもな?ニア。ことアスターティ王国においては、その理屈は通用しないんだ。有角人であるクレオは、ある意味ニアよりも、この国では忌避される。それは覚えててくれ。その辺の子供がクレオに襲い掛かっても、アスターティでは不思議じゃ無いんだよ。この国に有角人を憎まない者はいないと考えた方がいい。」


 アスターティ王国内での、有角人達の破壊行為は後を絶たない。そもそもの原因がいわれの無い差別であったとしても、有角人に大切なものを奪われたアスターティの民が、彼等を簡単に許せるはずも無かった。


「すまないクレオ。クレオ個人を侮辱するつもりは毛頭無いんだが、俺もこの国の民なんでな。有角人との因縁は浅くないんだ。」


「…いえ。前にも言ったように事情は存じております。ですが、やはり前にも言ったように、こちらのホーンズは関係ありません。」


「そうだったな。お前は“エルズリッドのホーンズ”なんだよな。」


「はい。」


「クレオ…、シェル…。」


「ニア。彼等を理解しているとは言えないが、しようとは思っている。今はそれで許してくれ。」


「……うん。」


 アスターティと有角人の軋轢は根深い。まかり間違っても、この場で解決するような問題では無かった。


「少し話が逸れたな。」


 シェルナス達は佇まいを改め、話を元へと戻す。


「ニア、今は神話の事よりも、角がもたらす具体的な危険性を知りたい。」


 誰もが知る角の悪魔。その悪魔の角が王家にある。だが角だけとはこれ如何に。それがもたらすものは果たして。


「あのね?ここから先はたぶん、クレオとジェンギィも知らないと思うの。」


「二人も知らない?」


「ニア様、我とクレオは外しまするか?」


「ううん、二人とも居て。ここまで来て教えない訳にはいかないよ。…ねえシェル?こっちでは、角の生えた悪魔の最後はどうなってるかな?」


「どこに伝わる神話でも最後は、神々の助力を得たヒトによって、討ち滅ぼされているな。」


「そうだね。悪魔を滅ぼしてフィニティエントは安寧を手にする。そうなってる。」


「……そうか。…つまりはそういう事か。悪魔は滅んでいない。ニアはそう言いたいんだな。」


「うん…。」


「読めたぞ。悪魔は今だ存在する。そして、失った己の角を求めている。という事は、角のある場所に悪魔がやって来るんだな。だから角は、今でもアンカナーディティが存在する『終わりの森』に隠されていた。」


 ――それが今王家にあるという事は、アスターティに悪魔が現れるという事に他ならない。おそらくは、アンカナーディティの力により、悪魔に角の所在を悟られぬようにしていたのだろう。しかしここにアンカナーディティは居ない。すなわち、悪魔が角へと辿り着くのは時間の問題。一刻も早く角を『終わりの森』に戻さなくては。と、シェルナスは決意を新たにする。


「違うよ、シェル。」


「え…?」


 ニアのまさかの否定。


「違う…のか?」


 シェルナスは、自分の出した結論には筋が通っていると感じていた。そうでないのならば、角のもたらす危険とは一体。


「アレがそうなの。」


「なんだって?」


 ニアの言っている意味が、シェルナスには解らなかった。


「あの角こそが、ホーニィなの。」


「ちょっ、すまんニア。よく解らない。かの悪魔は、角だけの存在という意味なのか?」


 角だけの姿。『古き神々』に比べて、あまりにも異彩を放っている。


「ううん、体は滅んでしまっているそうよ。」


「角だけの存在では無く、角だけになっても存在している神…か?」


「うん。ねえシェル気付いて。あの角が悪魔なの。もうこの国に悪魔は居るの。」


「お、おう…。」


「ホーニィはエルズリッドで、私達が信奉する愛の神によって眠らされていた。だけどここはエルズリッドじゃない。もういつ目を覚ましてもおかしくないんだよ?」


「こ、このアスターティに神話級の災いが…。」


「シェル。ねえシェル。アスターティじゃ済まないの。シェルの言っている事は、飽くまでアぺロニアの神々に関する神話の話。私言ったよね?アンカナーディティ達は滅んだって。」


「え?な?ニア?」


「シェルが言ってたロカ世界?こっちにその言葉は無いけど、フィニティエントが遥か昔、何も無い世界だった事は本当だったらしいの。それはね?シェル。“アンカナーディティが滅んだ後の事で、アぺロニアから神々がやって来る前の事”なんだよ。」


「待て、待ってくれニア。その言い方、そんな言い方。それじゃまるで……嘘だろ?」


「この世界…フィニティエントは、一度亡んでいるの。オールド・ホーニィの手によって。」











ありがとうございました


次回は

『偽りの悪魔』

お楽しみに

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