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―角の章― 第十話 呪われしエルフ

今回も会話ばかりです。



…物語が始まって、まだ一日しか経ってないんですね…

我ながら引っ張りすぎか…

 それは、シェルナスとニアの出会う、五日前の事だった。





「ほらフランツ、はやくおいでなさい!」


「まって~、あねうえまって~。」


 原っぱを走る幼い女の子と男の子。


「ふぅ…ふぅ…。ジ、ジョーン、フランツ。急に駆け出すでない。」


 その2人に慌てた様子で駆け寄る男性。


「…ふふふ。あなた、その様にあせらずとも平気ですわ。」


 そこへゆっくりと歩み寄る、たおやかな女性。


「し、しかしな、この先は崖になっておるのだぞ?」


 ここはシンクレイリアの北東の海沿い。沈水海岸のため、突如として陸地が終わっていた。


「もう、何の為の近衛師団ですか。ねえ?ゼス。」


 女性は、後方でメイドと共に控えていた男性へと声をかける。


「はっ、妃殿下。不備はございません。」


 彼らを遠巻きに囲んでいる兵士たちが居る。


「おとうさま!みて、ことしはこんなにルリハコベが!」


「はこべ、はこべ。」


 幼い2人が興奮したように男性へとまとわりつく。


「あっ、お、お前達、引っ張るでない。」


「ふふふ。子供達は久し振りのお休みが嬉しくて仕方ないのですわ。」


「い、いや。本来今日は休日ではないのだが…。」


「聞こえませんわ。ふふ、さあ今日はここで海風を感じながらお食事いたしましょう。貴女達、準備を。」


「かしこまりました。」


 女性の言葉にメイド達は、いそいそと食事の用意を始める。


「…よいのだろうか。」


 男性はいまいち不安気な表情をしていた。


「アル様。私は妃殿下のお考えに大いに賛成です。今この時は、心休まれてはいかがですか?」


「ゼス…。」


 その日、アルバルトは家族とハイキングに興じていた。といっても、アルバルト本人は乗り気ではなかった。なぜなら彼は今、ある重責を担っているためだ。


 父王の、過去に類を見ない長期に渡る外遊により、彼は一時的に国家首長の立場にある。それをアルバルトは、父に試されていると捉えていた。己に国を担う力があるのかと。その気負いにより彼は、ここのところひどく根を詰めていたのだ。それを憂いた妻のセレステが、強行的に息抜きを試みたのだった。


「あなた、気付いておられますか?最近あの子達の前で、笑顔を見せていない事に。」


「セレステ…。」


「御心配なさらずとも、あなたには王の資質がございます。一番近くで見てきたわたくしには判りますわ。」


「…であるか。」


「しかしながら、ここのところのあなたの父親としての資質は果たして…。」


「ぬぐっ。」


「ふふ、ですから今日は家族の団らんと参りましょう。」


「…う、うむ。」


 そこへ、食事の準備を済ませたメイドが声をかけてくる。


「ご用意が済みまして御座います。ジョバンナ様とフランチェスコ様はすでに御着きになっておいでで。」


「おとうさまー、おかあさまー。はやくー。」


「はやく、はやく。」


「まあ、あの子達ったら。うふふ、さあわたくし達も。」


「あ、ああ。」


 地面に敷かれた茶色い絨毯の上で、子供達ははしゃいでいる様子。宮廷ではあり得ない食事のとり方に、胸を躍らせているようだ。


「おかあさま、ナイフとフォークがないわ。」


「それはね、こうして食べるからよ。あ~ん。」


 がぶり。と、セレステはバゲットにかぶりつく。その様子に子供達は目を丸くしていた。


「お、おい、セレステよ…。」


「んぐんぐ。うん、とっても美味しいわ。ホラ貴方達も。」


「いいのかしら…。」


「あぐ、あぐ。」


 ジョバンナは躊躇っていたが、フランチェスコは早速かぶりついていた。


「いいのですよ。お外ですから。でもテーブルではいけませんよ?」


「は、はい、おかあさま。…はぐ。」


 普段出来ない事が出来て、子供達はとても楽しそうだった。ここにきてようやく頬が緩むアルバルト。


「…ふふ、全く悪い母だな?セレステ。」


「あらあら、何事も経験ですわよ?」


「経験、か。」


「ええ。あなたにしてもそうです。いずれ王となる身なのですから、此度の事は良い経験ではございませんか。」


「だから父上を失望させるような事があっては…。」


「陛下は失望などなさりません。外遊の目的は、連邦化の噂のある西側諸国を牽制する為なのでしょう?それはつまり、のちを統べるあなたを想い、鎮撫を図っているのではないのですか?」


「…単に妹の嫁ぎ先の物色では?」


「まあ!ふふふ。国王陛下御自らが?ふふ、確かに目に入れても痛くないご様子ですものね。あり得ますわ。」


「おいおい…。」


「クス、冗談ですわ。こう云っては何ですが、アーデルハイト様の華燭への灯しは些か難航しそうですもの。」


「まあ、あのじゃじゃ馬ではな…。」


「とにかく、必要以上に不安がる必要は御座いません。いつものあなたを取り戻して下さいな。」


 セレステは心から夫を励ます。実際、アルバルトの能力を周囲は認めていた。彼が次期国王である事を疑う者はいない。アルバルトには責任では無く期待が圧し掛かっていた。


「おとうさま、わたしうみをみたいわ。」


 食事を終えたジョバンナがそうせがむ。


「みたい、うみみたい。」


 幼い姉弟は示し合わせたかのように、アルバルトへとまとわり付いて来た。


「な、何を言っておるか。危険であろう。」


 ここらの海岸線は、基本的に崖となっている。そんな所に幼い2人を連れて行く訳にはいかなかった。しかし…。


「あなたが護れば宜しいのですわ。父親なのですから。」


「セ、セレステ。」


 妻に促され、やも無く子供たちの手を取るアルバルト。


「ゼス…、セレステを頼むぞ。」


「はっ。」


 ゼスに警護の確認を入れ、子供達と共に溺れ谷へと近づいてい行く。


「よいか、決して父の手を離すでないぞ?」


「はい、おとうさま。」


「はい、ちちうえ。」


 やがて入り江へと辿り着き、海原が眼前に広がる。


「わああぁぁ…。ヤッホーーーー!!」


「ジョーン…。海では返ってこぬぞ?」


「やほーーーー!!」


「いやだからフランツ…。」


 苦笑するアルバルトだが、己の心が穏やかである事に気付いていた。両手を掴む大切な宝物たちを、決して離さぬようにと、手へと力を込める。


「…ここへ来て正解だったな。」


 しかし、そんな平らかな心中を一変させる事態が起こってしまう。


「あ!あぶないよ、あのコ!」


「ど、どうしたんだジョーン。急に…。」


「おとうさま!あそこにおんなのこが!あぶないっ、おちちゃう!」


「なに?どこだ?」


「きゃあ!?」


「ジョーン、どこなんだ!?」


「…おちちゃった。おとうさまっ、おちちゃった!」


「なんだと!」


 アルバルトは周りを見回す。しかし、ジョバンナが落ちたと言った以上、見つけられる筈もない。


「…おとうさまぁ…。」


 見るとジョバンナは泣き出しそうになっていた。アルバルトは彼女に目線を合わせ、ゆっくりと話しかける。


「ジョーン。落ち着いて。女の子が居たのか?」


「…はい、おちちゃった…。」


「小さい子なのか?どんな子だった?」


「わたしとおなじくらい…。かみのけはちゃいろかった…。えーと、えーと…。」


「ジョーンいいんだ。ゆっくり。ゆっくりだ。」


「かみ、ふたつにむすんでた…。ふくは、とってもよごれてた…。」


 ジョバンナが一所懸命に説明していると、異変を察知した兵が近づいてきた。


「殿下。いかがなさいました。」


「どうも子供が落ちたらしい。そなたら、誰か気付いたか?」


「なんと…。周囲の警戒を怠ったつもりはございませぬが…。」


「見ていないのだな?」


「はっ。」


 近衛師団の者が見落とすとも思えなかったが、アルバルトは娘を信じる事にする。


「よいか?ジョーン。下は海だ。まだ助かるかもしれぬ。私が探しに行こう。」


「ほんと?おとうさま、さがしてくれるの?」


「ああ、だからお前達は母の元に居なさい。」


「…はい、おとうさま。」


「どうしたの?あねうえ、どうしたの?」


「ううん。いきましょう、フランツ。」


「誰かっ。2人をセレステの元へ。」


「はっ。」


 アルバルトは、落ちたらしき子供を探すべく、まずはジョバンナが指し示した場所へと足を進める。


「アル様。」


 すると後ろから声がかかる。


「ゼスか。事情は?」


「伺っております。捜索隊を出しますか?」


「まず確認したい。海に落ちたのならそうするが、岩盤へと叩き付けられた可能性もある。」


 そう言いながら、アルバルトは溺れ谷に顔を出す。果たしてそれはそこに在った。


「……。」


「後者の方でしたか…。」


 そこには人の影。


「…ゼスよ。どう見ても少女には見えぬのだが…。」


「…男性のようですね。」


 そこに居たのは男性。ボロを纏った髪の長い男性が、うつ伏せに倒れていた。ジョバンナの言うような少女の姿は無い。


「死んでおるのか?」


「私が確認してまいります。―― ディア ジャ ジェンテ ポワ 」


 ゼスはフウイの力で落下速度を抑えつつ、岸壁を滑るように下りていく。ほどなくして倒れている男性の傍へと辿り着く。


「息はあるのかー!?」


 アルバルトは大声でゼスに訊ねる。上から見る限り出血しているようには見えない。また、この程度の高さならば、ものともしない種族もいる。生きている可能性は低くない。


「? ゼス、どうしたのだ!!」


 何故か返事を返さないゼスに再び問い掛けるアルバルト。しかしゼスは、男性の傍で膝をついたまま、微動だにしない。


「何だ?聴こえぬのか?」


 アルバルトの様子に兵達が集まってきた。


「殿下?何かございましたか?」


「む?いやそれが…。」


 アルバルトが戸惑っていると、下からゼスの声が聴こえてきた。


「アル様っ!今宵の月は下弦です!!」


「何っ?」


 ゼスは意味不明な言葉を叫んでいる。


「…殿下、ゼス様は何をおっしゃってるので…?」


「解らぬ。だがここはゼスに任せよう。そなたらは船を用意し、落ちたらしき少女を探すのだ。」


「はっ。」


 兵達は各自、己のやるべき事に取り掛かる。そしてアルバルトは一人、崖の傍で佇む。しばらくすると、海から強烈な突風が吹き上がってきた。その風と共にゼスが上へと舞い戻ってくる。


「ゼスよ、何故人払いを?」


 先の言葉は、2人の間に於ける隠語だったようだ。


「…アル様。その、何と申し上げればよいか…。」


 ゼスの様子がおかしかった。普段彼は、こんな動揺した顔を見せたりはしない。


「? その者、生きておるのか?」


 ゼスは肩に男性を担いでいた。下で倒れていた者だ。


「いえ、息絶えております。しかしながら…。」


 ――ドスン。と、やけに荒っぽく遺体を地に下ろすゼス。アルバルトはまったく事情を掴めなかった。


「どうか、心してご覧下さい。」


 ゼスはそう言いながら、遺体の頭部へと手をやる。そこには不自然に巻かれた布。おそらくはゼスが巻いたのだろう。つまり、頭部に隠さなければならない何かがあるという事。


「これを…。」


 さっと布を取る。そこには銀髪の青年。


「? 何だというのだ?」


 アルバルトはやはり解らない。知っている顔であるとばかり思っていたため、決めていた覚悟が無意味なものとなる。


「そなたに縁のある者か?」


 自分が知らないのなら、ゼスの縁者ではないかと考えたのだ。


「このような者に縁などございません。」


 ゼスのとげとげしい態度がますます解らなかった。


「…アル様、この者の耳をご覧ください。」


「む?」


 言われて遺体の耳を見る。そこには長耳。


「…エルフであるが、それが………ん?」


 アルバルトの胸がざわつきだす。


「ま、待て…。待てっ、待て!!」


 自分の目に映ったものが信じられなかった。自分の考えてる事も信じられなかった。しかし、銀色の髪と長い耳が示す答えは一つ。


「…………『終わりの森』のエルフ…。」


 ――この日、王家へとエルズリッドの秘宝がもたらされる。

















「ちょっとシェル!?何でそんな話になってるの!?」


「必ずとは約束できないが、試す価値はあると思うんだ。」


「ちがうちがうちがうっ!出来ても出来なくても、シェルがただじゃ済まないって言ってるのよ!!」





 ―――ギシギシ…ギシギシ…


 再び旅人達を受け入れた掘立て小屋。やはり小屋は軋むことを忘れない。人に軋み、風に軋み、音に軋む。しかしそんな小屋に安息を求める者が居る。それは求めざるを得ない者達。





「むー…。」


「………。」


 ニアとシェルナスは睨み合っていた。いや、ニアが一方的に睨みつけていた。


「ニア様。落ち着いて下さいまし。」


「クレオは黙ってて!!」


 クレオの諫言を突っぱねるニアは、普段めったに見れない剣幕をしている。


「ニア様、ここはまずシェルナスの話を聞くべきかと。」


「ジェンギィも黙ってる!!」


 取りつく島も無いニアに、クレオとジェンギュウスはため息をついた。


「シェル、そんな事しなくていいの。これは私たちの問題、私達で何とかする。」


「つまり、『終わりの森』へと戻り、仲間を引き連れて、この国に攻め込むって事か?秘宝を取り戻す為に。」


「ち、ちがっ…!」


「だったらお前達は俺の敵だ。」


「ッ!!」


 シェルナス、ニア、クレオ、ジェンギュウスの4人は、再び古い掘立て小屋へと戻って来ていた。今後の方針を決める為にも、まずは落ち着いて話ができる場が必要と考え、やはりホルクスの力の内に居る方がとりあえず安全、と彼らは結論した。小屋へと戻り、わずかな休息の後、シェルナスが語りだした己が秘宝を奪取するという案に、ニアが激しく異を唱えたのだった。


「なあ、ニア。もしもお前達が、無益な争いは避けたいと思ってくれてるのなら、『終わりの森』へ帰るのは少し待ってくれ。俺が秘宝を持って来ることが出来れば、お前達の目的は果たせるだろ?だから頼む、秘宝を奪ったのは王家だという事を『終わりの森』へ知らせないでくれ。」


「ぁ……。」


「頼むよニア。都合のいいことを言っているのは解ってる。奪われた事を不問にしろと言ってるんだもんな…。だが、秘宝が戻りさえすれば、そちらに実質的な被害はなくなるだろ?あとはお前達が御足労を堪えてくれれば…。」


「あの…その…。」


「まさか秘宝が戻ったら戻ったで、報復行動に出るなんて事無いよな?そんな事をしても被害がでかくなるだけだ。」


「…………。」


「解った、犯人が必要なんだな?なら、俺が秘宝を持って来たらそのまま『終わりの森』へ突き出せば…。」


「!! 出来るわけないでしょ!?シェルのバカァァーーッ!!」


 ―――バタンッ!


「へ?ちょ、ちょっと待てニア!?」


 ニアは大声を出しながら外へ飛び出していく。シェルナスも慌てて追うが、小屋のドアを開けた時には、彼女はすでに茂みの中へと入っていくところだった。


「またかよーー?!」


 ホルクスの迷いの森は、ニア以外の目を惑わす。シェルナスには追うのは無理だった。


「シェルナスよ、我がゆく。心配するな。」


「あ?ああ…。分かった…。」


 ジェンギュウスならば、前と同じ方法でニアを追える。彼に任せるのが妥当だろう。


「クレオよ、シェルナスを頼むぞ。」


「はい?……ええ、分かりました。」


 ジェンギュウスは素早く木に登り、天辺付近でニアの気配を探す。だが思ったよりも離れていなかったらしく、簡単に位置を掴むことが出来た。


 ―――バシュッ…


 木々に目を惑わされぬよう、森の上空へと跳ね上がりながら移動する。やがて、森の合間を縫うような細流の傍に佇むニアを発見した。


 ―――スタンッ…


「うきゃっ?!」


「ニア様。」


 突如目の前に降り立つジェンギュウスに、ニアは声を出して驚く。


「ッッッぷはぁ…。ジェ、ジェンギィ…。びっくりさせないで…。」


「これは申し訳ありませぬ。しかしニア様、先ほどあのような事があったばかり。軽はずみな行動はお控え下され。」


「う…。ごめんなさい…。」


「してニア様、何故飛び出されたか?」


「あ……えと。…あのね?その…何て言うか、居たたまれなかった…っていうか。」


「居たたまれない?」


「うん…。」


 ニアはしゃがみ込み、小さな流れに目を向ける。そのせせらぎと同じくらいに、今のニアは弱弱しかった。


「ニア様、我に話してみては如何か。お独りで抱え込む必要などありますまい。」


「……………ジェンギィ。」


「はっ。」


「私…………どうしよう…。」


「何がですかな?」


「………シェルの事。」


「シェルナスが何か?」


「…………シェルはきっと、もうこの国に居場所がない…。」


「む。」


「私を助けたせいで、シェルはこの国の敵になっちゃったんだわ。だって、私を助ける為に王家の人を殺したんだもんっ。私を助けたシェルを王家はきっと許さないわ!。私を助けたせいでっ!私を…私のせいで!!」


「ニ、ニア様…。」


「だからシェルはあんな自分を顧みない方法を選ぶんだわ!!自分にはもう未来が無いから!!私のせいで未来を失ったのよっ!!」


 ニアは己への呵責を、ジェンギュウスへと吐露する。アスターティ国民が、エルズリッドのエルフを救う為に、王家の縁者を手に掛けるという事は、誰の目にも叛逆と映るだろう。ニアは、自分がシェルナスに不幸をもたらしたと思っていた。事実、出会ってから今に至るまで、シェルナスに降りかかった不幸の原因のすべてが自分にあった。そしてこれからの事も、シェルナスには不幸な道しかなかった。


「でも…うう。で、でもね?私ね?…ぐす…。シェルが秘宝を取ってきてくれたら…ひっく、全部…解決するんじゃないかって。…ううう、思ったの……思っちゃたの…!」


「ニア様…。」


 謀らずも、シェルナスはニアの都合のいいように動いていた。だがそれは、シェルナスとニアが無益な争いを好まぬが故。結局二人の結論は同じ場所へと帰着するだろう。


「ううう…ぐす。…ひっく。」


 ニアは涙が止まらない。シェルナスに申し訳なくて仕方がない。だからといって代案が浮かぶ訳でも無い。こんな風に泣きながらも、結局シェルナスに頼るであろう自分が嫌でしょうがなかった。


「…シェルナスは、砂の一粒ほどもニア様を責めておりませぬ。」


「…………だからつらいんだよ…。」


「よいですかニア様。シェルナスはおそらく、最善を掴もうとしておるのです。起こってしまった事はどうにもならない。であるならば、未来はより善いものにと。」


「…………。」


「我々はまだ最善の模索を始める前にあると思われる。ニア様、シェルナスとしかと話をすべきかと。」


「………シェルと。」


 ――まだちゃんと話せてない。ニアはそう気付く。やる事、やってない事があるというのに、勝手に結論を出してしまう自分が恥ずかしかった。シェルナスにも言われたが、自分はどうしてこう簡単に諦めてしまうのだろう。自分を責めることに意味は無い。そんな事よりも未来を最善のものへと。


「…………ッ。」


 決意を固めるかのように、ぎゅっと自分自身を抱きしめるニア。そしてふと自分の着ている服を見る。


「……ふふふ。私、シェルのコート着っぱなしじゃない…。」


「ニア様?」


「ねえ、ジェンギィ。シェルと出会って今日でどのくらいだっけ?」


「は…?…まだ丸一日ですぞ?」


「だよね、だよね。びっくりだよ~。」


「何がですかな…?」


 ニアはゆっくりと立ち上がり、ジェンギュウスと目を合わせる。涙の痕はあるが流れてはいない。むしろ力の宿った視線を送られたジェンギュウスは、思わず臣下の礼をとる。


「ジェンギュウス。」


「はっ。」


「私はあの方と、全幅の信頼を寄せたうえで、言葉を交えようと思います。」













 日は傾きだしていた。古い掘立て小屋は今日を乗り切る。しかし、明日をも知れぬ朽ちかけのその身は、それを保障できずにいた。




「おお、ここの柱折れてるぞ。」


「…………。」


「よく今まで建っていられたものだな。」


「…………。」


「こ、こんなのに気付いてしまったら、もう安心して寝れんな。」


「…………。」


「そ、そもそも、こんな狭い所で4人は寝れないか。」


「…………。」


(たのむっ、ニア、ジェンギュウス。早く戻って来てくれっ。)


 今、小屋の中にはシェルナスとクレオの二人っきり。云うまでも無く気まずい空気が漂っていた。ニアとジェンギュウスが居なくなってからのクレオは、一言も喋らない。しかも、何故かずっとシェルナスを睨み続けている。そして一方のシェルナスも、クレオには話しかけず只管に独り言をつぶやいている、といった状況だった。


(精神が持たん。いっそ外へ…)


 シェルナスは、小屋唯一の出入り口へと手を伸ばす。


「シェルナス様。」


「ッッ!!…な、なんだ…?」


 突然話しかけてきたクレオに、何故かおびえた表情のシェルナス。


「? 何故そんな顔を?」


「いいいいいやいやっ。…ん、んんっ。」


 シェルナスは咳払いをしてクレオへ向き直る。


「で、何なんだ?」


「私の目の届く範囲から出るのであれば、お護り致しませんよ?」


「はい?」


「護られる者は、護る者の都合に合わせた方が、より安全に御座います。」


「…………お前、俺の護衛してたの?」


「そうですが何か?」


 クレオは、ジェンギュウスに頼まれたシェルナスの事を、護衛しているつもりだった。睨んでいたのではなく、目を離さぬようにしていたのだ。


「な、なんだ。俺はてっきり、埋められた事を逆恨みしているのかと…。」


「ひどいです。逆恨みなんて致しません。根に持っているだけです。」


「それ逆恨みだろ?!」


「私はあの時、死を覚悟しました。大地に飲み込まれる恐怖はご存じで?」


「い、いや。だけどお前が居たなんて知る由の無かったし…。」


「沈下が止まって安心したのもつかの間。土は固まり、首から下は全く動かせなくなる始末。あの独特の閉塞感は今でも夢に見ます。


「…あれからお前はまだ寝てないが。」


「あのまま発見されなければ、私はキノコとして収穫されていた事でしょう。首を刎ねられる形で。」


「刎ねられる前に声出せよ。」


「何より最悪なのは、貴方に発見されてしまうという、かつてない凌辱。」


「助けたのに何でそんな言われ方されにゃならん!」


「私を救ったのはスコップでした。」


「それで掘ったのは俺だろ!?」


「はて。そうでしたか?なにぶんスコップしか目に入っていなかったもので。」


「仮にそうだとしてもスコップが独りでに掘るかっ!!」


 さっきまでの無口なクレオはどこへやら。ここぞとばかりに饒舌になっていた。


「まあ、いえ、なんですか。ええ、助けられた事は事実ですし、ニア様を護っても下さったようなので、感謝の意を表明しないでもありません。」


「…お前。…一言礼を言うのにどれだけの労力がかかるんだ…。」


 それまでのやり取りは、礼を言う前の枕詞だったらしい。


「いえ、何と申しますか…。あまりに恰好の悪い姿を曝してしまい、バツが悪いとでもいいましょうか…。」


「…恥ずかしがってんのか?」


「その、ジェンギュウスは見事ニア様の危機に駆け付ける事が出来た訳ですが、私はというとあそこでキノコやってたわけで…。だから…。」


 クレオは己の不甲斐無さを恥じているようだった。その初めて見せる歯切れの悪さに、シェルナスは思わず励ましの言葉を掛ける。


「取り返しの効く失敗をいつまでも悔やむなよ。ニアはまだまだ危険な立場だ。『終わりの森』に帰るまではお前の力が必要さ。いや、きっと帰った後もな。」


「…………。」


 しかしクレオの表情は改善されない。むしろ難くなっていた。


「シェルナス様。」


「ん?」


「本当に秘宝の奪取を図るのですか?」


「…ああ。」


「勝算は?」


「低くはない。」


「では、仮に取り戻したとして、その後は?」


「お前らに渡す。何だ、信じられないか?」


「いえ、エルズリッドに取り戻した後、という意味です。」


「何?」


「考えておりませんでしたか?秘宝がエルズリッドに戻ればすべてが解決するとお思いで?」


「…王家が再び秘宝を狙うと?」


「いいえ。そういう事では御座いません。私達とこちら側には、すでに“理由”が出来ているのです。」


「………つまり、いかに俺達が事無きを望んでも、それは飽くまで俺たちの価値観、て事か?」


「王家はニア様に逃げられたと考えているでしょう。ならばもはや手遅れと、先手を取ってエルズリッドを攻める決意をするやもしれません。」


「仮に俺が秘宝を取り戻しても、結局は『終わりの森』の報復を恐れて、王家は挙兵するかもしれない…か。」


「ジェンギュウスは云っておりました。貴方はエルズリッドに対する拒絶反応が薄いと。私もそう感じます。こちら側の民は普通、エルズリッドと聞けば過剰なまでの反応を示します。貴方の基準での判断は通用しないかと。」


「…お前は、もうどうにもならないと言いたいのか?」


「有り体に言えば。」


 火種はすでに点火されているとクレオは言う。王国はもはやエルズリッドと事を構えざるを得ない状況であると。


「くそっ。何だって王家は秘宝なんぞに手を出したんだ。」


「……シェルナス様。ひとつ教えて差し上げましょう。」


「ん?なんだ改まって。」


「エルズリッドにとって、秘宝は王国に牙を剥く理由になり得ます。」


「? 解ってる。」


「しかし、私達が王家に殺されたとしても、その理由とはなり得まえん。」


「!!」


 ニア達の死は、戦争の口火を切らない。つまり、秘宝が王国にあると知られなければ、エルズリッドが動くことは無いという事。延いては、ニア達を王家へと引き渡す事こそが最善という事になる。…シェルナスにとって。


「何のつもりだ?」


「貴方のとる道はこれしかないのでは?」


「…それに甘んじるとでも言うのか?」


「ご冗談を。全身全霊で抵抗致します。」


「俺の企みを看破した気になってんのか?」


「まさか。貴方はこちらの事情など知る由も無いでしょう?」


「だったら何だってんだっ。」


「ほっときましょう。」


「は?」


「貴方は何もせずほっとけばいいのです。」


「だがそれでは戦が…。」


「何度も言わせないで下さい。貴方がどうしたところで避けられはしません。私達はとっととエルズリッドへと帰ります。貴方も危険な真似などせず、ご逃亡下さい。」


 アスターティとエルズリッドの戦争は避けられない。クレオはそう結論付けているようだ。


「ぐ…。だ、だが。」


「もういいでしょう?これは貴方のせいではないのですよ?こうなる運命だったのです。それともやはり、私達を王家へと突き出しますか?」


「……。」


「出来ないのでしょう?なら運命を受け入れましょう。私はとりあえず、ニア様の身の安全を最優先致します。貴方はニア様の恩人、出来るならば生き延びてほしいものです。」


「………。」


 シェルナスは自分の展望の甘さに腹が立っていた。しかしここまで来ても、ニアを助けた事を後悔していない自分も確かだった。


「………だったら。」


「? 何ですか?」


「もう手遅れだというのならば、何を試したっていいんじゃないか?だって手遅れなんだろ?」


「何を言っているのです?」


「『終わりの森』は秘宝さえ戻れば事を起こさない。これを王家へと押し通す。」


「…王家と交渉なさるおつもりで?」


「王家が戦を望んでいない可能性は多分にあると思う。」


「疑心暗鬼は拭えません。」


「実際秘宝が戻れば、お前らは事を起こしたりしないんだろ?」


「…まあそうですね。」


「なれば、やはり俺が秘宝を取り戻す。」


 再び同じ結論に辿り着くシェルナス。望みは薄くとも万が一の事もある。


「…王家が聞く耳を持つでしょうか…。」


 ―――バタンッ


「私はあると思うよ。王家が戦を望まない可能性。」


「ニアっ。」


「ニア様っ。」


 ニアがジェンギュウスを伴い戻ってきた。出て行った時とは違い、随分と落ち着いた様子だ。


「もう、クレオ。シェルに言ってない事があるでしょ?」


「ニ、ニア様…。」


「ん?なんだ。」


「秘宝はね、王家が盗んだんじゃ無い可能性があるの。」


「…何だと?」


 王家の意図無しに秘宝がもたらされる理由。それは果たして何なのか。


「………『終わりの森』とアスターティ王国を干渉させる為に、誰かが画策を…?」


「アルって人は、秘宝はもたらされたと言っていたわ。それが本当なら、シェルの考えは合ってると思う。」


「アル?」


「確かそう呼ばれてたと思う。きっと王族よ。」


「それって…、まさかアルバルト殿下か!?」


「殿下…?あの人、王子様だったんだ。その人の話が本当なんだったら、秘宝の事は王家にとっても予期せぬ事態だったんだと思うの。その証拠に、王子様はそれがエルズリッドの秘宝だと知った時、ひどく驚いていたわ。」


「…なるほど。殿下もそうと判ったからといって、おいそれとは返せないだろう。やってもいない犯行を自白するようなものだからな…。」


「ね?だから私達が、決して王国を攻める気が無いんだって理解して貰えれば…。」


「交渉の余地はあるかもしれないな…。しかしなんだ、ニア。お前、殿下と話しをしたのか。」


「え?あ、う、うん。まあね…あはは。」


「その時にこの話は出来なかったのか?」


「あ、え、え~と…。あのね?この話にはなんていうか…。ある問題要素?…みたいのがあって…。」


「うん?それは?」


「えと、秘宝をここにもたらしたのは…。」


「ニア様、それについては何の証拠もございませんのでしょう?彼に伝えるべきでは…。」


「ううん。いいの、クレオ。私、シェルを信じるって決めたの。」


「し、しかしニア様…。」


「クレオよ、お主の言であろう。シェルナスでは無くニア様を信じると。」


「…ジェンギュウス、では貴方は…。」


「無論、ニア様を信じる。だが我は、シェルナスも信じておる。」


「ッ。」


 一時、小屋へと静寂が下りる。誰もがクレオへと目を向けていた。クレオの中で様々な葛藤が吹き荒れているようだ。彼女は目を瞑り、しばし考え込む。やがて、大きくため息をついて目を開いた。


「はああぁぁ…。シェルナス様、貴方は何者ですか?」


「は?」


「まだ出会って一日ですよ?ニア様はともかく、ジェンギュウスの信まで得るとは。」


「なんで私ともかく?!」


「仮にも殺しあった仲であるというのに、まさかこのような展開になるとは思ってもみませんでした。」


「クレオよ、答えは出たのか?」


「はい、ジェンギュウス。…こほん。シェルナス様。」


「お、おう。」


「先ほどの非礼、深く御詫び申し上げます。どうかニア様のお力になって下さいまし、この通りで御座います。」


 クレオは朝と同じように、片膝をついてシェルナスに謝罪する。そしてシェルナスも朝と同じようにそれを受け入れた。


「別に礼を欠いた発言ってことは無かったろ、お前の言い分も一理あったからな。」


「では?」


「ああ、話を続けよう。最善を見つける為に。」


 シェルナスはニアに続きを促す。


「うん、実はね?アルって人の話だと、秘宝をここへともたらしたのは、私と同じエルズリッドのエルフみたいなの。」


「待て。いやまてまてっ。それじゃ何か?『終わりの森』の側に害意あってのこの事態なのか?アスターティに攻め込む口実を作るために?」


「わ、私達はもちろんそんな気ないよ?大体、アルって人の言ってることが本当だって証拠も無いし。…もしも本当なら、シェルの言ってる事もあり得るけど…。」


「あああっ。もう訳がわからん。誰が何を望んでるってんだ。」


「それは…、私達にも判んないけど。でもね?シェル。これだけは解って欲しいの。私達は何としても秘宝を取り戻さなくてはならない。その為なら、この国に攻め入る必要性も出てくるのよ。あれだけは…、あれだけは絶対にエルズリッドに戻さないといけないの。」


「……理由は訊いても?」


「うん、話すつもりだった。でもよく聞いて。この事を知る者は、少なければ少ないほど安全だと、私達は考えてる。」


「安全?つまり秘宝は危険な物?」


「うん。私はこの世界で最も危険な物だと思ってるわ。」


「せ、世界で最も…。」


「その存在を知る者が増えるという事は、その危険に近づく可能性が増えるという事。だから、私達エルズリッドのエルフはあれを秘匿してきたの、遥かなる古より。あれの詳細を知る者はエルズリッドの中でもごく一部。クレオやジェンギィすらその詳細を知らない。」


「…お前は知っているのか?」


「私はあれの管理者の一族だから…。」


「! 角の番人かっ!」


「そう…。」


 ニアは戦争を望まない。しかしそんなニアでさえ、秘宝を取り戻すためならばそれも辞さない。なぜならそれはとても危険な物だから。それは戦争よりも大変な事態を引き寄せる物だから。


「ニア、教えて欲しい。」


「うん。」


 ニアはそれを伝える。伝えてそれは始まる。


「秘宝とはいったい何なんだ。」


「私達はそれをこう呼んでる。」


 シェルナスはそれを知る。知ってそれは始まる。


「――オールド・ホーニィの角、と。」








ありがとうございました


次回は

『年老いし角ある者』

お楽しみに

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