―角の章― 第九話 秘宝の番人
今回は魔法の説明が多いです。
…つたない理屈ですみません…
アスターティ王国は『古き神々の目的地』と呼ばれている。それは何故か。『古き神々』とはすなわち『精霊』エレメント、『神獣』テリオン、『竜』ドラゴンを指す。理由は不明だが、彼らは何故かアミスライン大陸を東に向かうほど、その存在を多く確認されていた。希少なドラゴンは例外であるが、エレメントとテリオンに関しては、明らかに大陸の東側へと偏って存在しているのだ。もちろん、西側に神々が存在しない訳では無い。だが、最西端と最東端での存在密度の差は、それこそ10倍以上はあるとされている。その為西側諸国は東のアスターティを『古き神々の目的地』と呼称しているのだ。
◇
―――ドンッ ドカッ バンッ ドスッ ガンッ……
有鱗人達は突進を続けている。まるでそれしか出来ないかのように。
「ニア、この防壁を張ったまま移動は出来ないのか?」
「ゴメン。出来ない。」
「じゃあ、これを拡げる事は?」
「ゴメン。それも無理。」
「これって地面に固定してんのか?それとも空間?」
「ゴメン。知らない。」
「……。」
「だ、だってこの魔法使うの初めてなんだもん。出来る事は知ってたけど、今まで必要に迫られたこと無いし…。」
2人は模索する。助かる術を。しかし、状況は芳しくなかった。
「ね、ねえ。最後の質問てどういう意味?地面とか空間とか…。」
「ん?いやもし地面ごと移動したら、防壁は付いてくるのかって事。」
「地面ごと移動って…。」
「イールズの力で出来ない事も無いぞ?」
「イールズ…。シェルってイールズと契約してたんだよね…。でもそれ、シェルの身体もつの?」
「そこなんだよなぁ。今の体力じゃ対して移動出来ない。」
「ダメじゃん。」
頭を抱えるシェルナスとニア。諦めないからといって妙案が浮かぶ訳でも無し。
「う~ん…。いよいよという時は、俺の魔法で突破口を開いて、走って逃げるしかないよな…。」
できればそういう事態は避けたかった。シェルナスに逃げ回るだけの体力が残るとは思えないからだ。しかし、何もせずにやられるよりはマシともいえる。
「むむむむ…。」
シェルナスは悩みながら、己の右手を見やる。そこには柄の折れている錆びたスコップ。
「…そのスコップに何か光明が?」
「そんなの見えん。」
「あう~。」
ニアの期待は脆くも崩れ去る。スコップにどんな期待をしたのかは不明だが。
「ねえねえ、このコートのポッケに何か素敵な道具とかは…。」
「あれば使ってる。」
「だよね…。」
とりあえず、手元に役に立ちそうな物は無い事が判明する。2人は何かないかと、周りをきょろきょろと見回すが…。
「ガアアアッ!」
―――ドカンッ!
「きゃっ。」
目に入るのは有鱗人達と木々のみ。
「木…。ねえシェル、このレプティリアン達って木に登れるのかな?」
「そりゃあ山に住んでるんだから、登れるんじゃないか?」
「でもあんなだよ…。」
有鱗人達の身体の損傷は激しい。五体満足の者は半分もいないように見える。そのせいで、本来の身体能力を活かした攻めが出来ず、己を顧みない捨て身の迫撃に終始していた。だからこそシェルナスは、彼らの攻撃を凌げたともいえる。そんな彼らには、木を登る行為は困難かもしれない。登れる者も居るだろうが、間違いなく登れない身体をしている者も居る。
「つまり木を伝って逃げる、て事か?」
「だ、駄目かな…?」
「う~ん…。」
シェルナスは周りの木々を見る。鬱蒼とはしているが、密集しているとは言い難い。おそらく、森の管理者たちによって間伐されたためだろう。普段のシェルナスであれば問題ないが、如何せん今は身体にやや不安があった。
「そもそもニアは出来るのか?」
「木ぐらい登れるよぉ。『森の民』だもん。」
「いや、登れても飛び移れるのか?」
「大丈夫、シェルを信じてるもん。」
「…………。」
他力本願だった。しかし、この埋め尽くされた有鱗人達の中を突破するよりは、はるかに現実的と思える。
「よし。ならニアに体力が残ってるうちに実行しよう。俺が魔法で周囲の連中だけでも退けるから、その隙に木に登れ。息を合わせろよ?」
「うん!」
「登る木は……って、え?」
シェルナスが登る木を選別すべく、上を見上げた時だった。
「………おいおい、嘘だろ…。」
「へ?どうしたの?」
失意を孕んだシェルナスの声に、ニアもその視線を追う。
「…あれって…。」
木々の枝の上からシェルナス達を見下ろす、数え切れないほどの黒い何か。
「鳥…なの…?」
「…そんな可愛いものじゃない気がするな…。」
見れば周り中の木にそれがあった。影の塊に二つの赤い目。木の枝にとまる様は鳥にも見えるが、その大きさは人の子供ほどはある。木漏れ日を浴びているにもかかわらず、何故かその姿は判別できない。
「まったく…次から次へと…。」
「あっ!見てっ!」
ニアが突然声を上げ、シェルナスの後方を指差す。そちらにあった木々の枝に、その黒い何かが、ちょうど舞い降りているところだった。
「! 翼手!カイロプテランか!?」
「違う!クロウリィだわ!」
次々に舞い降りる黒い影。音も無く。気配も無く。これだけ居るというのに、その存在感は全く感じられない。赤い目と、蝙蝠のような翼手だけが、辛うじて判別できた。
「ちょ、ちょっと待てっ。クロウリィって、神獣のクロウリィか?」
「きっとそうよ。目と翼以外は全然見えないでしょ?伝承の通りだよ。」
「た、確かにそうだが…。いや、てことはどうなる…?」
『翼の生えた闇』クロウリィ。アミスラインに伝わる、とある神話に登場する神。躰は闇に包まれており、目の光以外は全く視認できないと伝えられている。しかし、飛ぶ時に限り翼を露見させるため、まるで闇に翼が生えているかのような姿に見えると云われていた。
「なあ、ニア。クロウリィの言い伝えは、『終わりの森』ではどんな感じだ…?」
「え?うーんと、死者を冥府へと誘う神…って感じ。」
「こっちと同じか…。ならばこれはどっちだと思う?」
「へ?どっちって?」
「誘うのは俺達か。有鱗人達か。」
「う~ん……。…もしかして、私がホルクスの力を使ってるせいかも?」
「は?」
「テリオンはエレメントと違って、なわばり意識みたいのがあるから…。」
「様子を見に来たと?」
「わ、判んないけど…。」
神獣は、精霊や竜に比べて、神群である事が圧倒的に多い。神秘学の見地では“役割を果たす為に己を分けている神”を神群としている。よって、多数存在していたとしても、意思は一つとされていた。
「存在を分けるってことは、力を分けるって事だから、一体一体はとても弱い存在なの。だから集団で行動するし、ホルクスみたいな単一神を警戒したりもする。」
「…ニアがホルクスの力を消せば、クロウリィ達は去るかもしれないという事か?」
「確証はないけど…。」
「なら窮余の一策が為る可能性もある訳か…。だが、有鱗人達の有り様がクロウリィの力である可能性も…。」
「うっ、あるかも…。」
「もしそうなら、目も当てられないな。」
シェルナス達に決断の時が迫っていた。周囲では有鱗人達がひしめき合っており、もはや突進などの行為は、出来なくなっているほどに密集している。防壁が消えた瞬間に、彼らの波に押し潰される事は明白。一方のクロウリィは、何もせずただ見下ろすだけ。選択の余地は無いとも云えた。
「やるしかな…。」
「わっ!?」
シェルナスが覚悟を決めていると、ニアが何かに驚いて声を上げる。
「ニア?なんだ、どうした?」
「こ、交感してきたのっ。」
「交感?」
「ク、クロウリィが、私に交感してきたの!」
「なんだって?」
『古き神々』の側から交感を求める。それはすなわち、神の方に契約の意思があるという事。
「出会ったばかりでなんでいきなり…え?……あ………そう…なの…?」
「ニア?」
「シェル、ちょっと待ってて…。………うん、……私は…。」
何やらクロウリィと言葉を交わしているらしきニア。邪魔すべきではないと判断したシェルナスは、事の成り行きを見守ることにした。
「うん………確かに私は……角の番人………うん……そのつもり……。」
(? 角の番人?)
ニアの口から出た気になる言葉。だが今は訊ける雰囲気では無い為、シェルナスは神と交換している彼女に事を、改めて考えてみる。
(彼女はエルズリッドのエルフのニア。…今のところこれくらいしか知らないな。正直言って、彼女に訊きたい事は枚挙に暇がない。先ほどは感情に任せて、仲間意識みたいなもの作ってしまったが、俺自身は『終わりの森』に与するつもりは全くない。ニアに好感を持っている事は認めるが、彼女がアスターティに仇なす存在であった場合、俺はいったいどうするのだろうか…。)
シェルナスは自分が情に脆い事を自覚している。ニアが優しい女性である事は間違いないと思われるが、立場を考えると彼女と敵対的な状況になる可能性は、決して低くない。その時の自分の行動に、自信が持てないシェルナスだった。
「シェル!聞いて!」
「あ?あ、ああ。なんだ?」
ニアの声に思考を中断させる。見れば彼女の顔に活力が戻っていた。
「クロウリィが力を貸してくれるって!」
「なに!?契約が為ったのか!?」
シェルナスは驚く。通常、こんな出会い頭で、契約が成立するなどあり得ない。いきなりクロウリィが契約の意思を示した事も含め、にわかには信じられない事態だった。
「その…詳しい話は後でするけど、クロウリィが言うには、このレプティリアンたちには偽りの魂が植え付けられているんだそうよ。だからその魂を持って行ってくれるって。」
「……代償は?」
契約である以上、クロウリィ側にも利が無くてはならない。シェルナスの頭に、ニアが己を犠牲にするのではないか、という一抹の不安がよぎる。実際、命との引き換えを要求する神の話も耳にした事がある。
「大丈夫。利害は一致してたから。」
「そう…なのか…?」
「とにかく私はクロウリィの力を行使するから。それでね?シェル。その力はこの防壁と同じで、私自身に力を宿らせなきゃダメなの。だからこのままじゃ行使できないのよ。」
シェルナスの疑問は絶えないが、打開策を突き付けられた今、ごちゃごちゃ考えるより前に、生還に向かって邁進すべきである。
「…この有鱗人達を、一時凌げればいいのか?」
1つのものに2つの神の力は宿らない。ニアは一旦、この防壁を消さなければ、クロウリィの力を行使できないという事だ。そして、その間を有鱗人達が待ってくれる筈もなかった。
「無理…かな?」
「いや、お前が魔法を行使する時間くらいは稼げるさ。」
ちなみにクロウリィ自らが力を行使しないという事は、今のこの事態はクロウリィにとって取るに足らない事態という事に他ならない。『古き神々』は基本的に、己の利となること以外は行わないとされているのだ。そんな彼らが契約者に力を与えるのは、何らかの意図の元であると思われる。その意図に反する者とは、絶対に契約は交わされない。そして、契約を交わした者に対しては、魔法行使の交感の際に己の意図に反していないかを確認している、と神秘学者たちは唱える。
「 テクス タアト ファル ヴァ リオ 」
シェルナスが言葉を紡ぎ、イールズとの交感を始める。おそらくは、この魔法の行使で彼は動けなくなる事だろう。そのあとは全てをニアに託す。
「我が望は枷。大地よ、我らに害する者たちを封ぜよ。」
《承認 権力ノ行使ヲ許可スル》
大地にイールズの力が宿る。シェルナスはその力の範囲拡大を一心に願っていた。
(イールズ。ここを切り抜けられなければ、どっち道終わる。俺の身体の事は無視して可能な限りの力を。)
シェルナスは周りを見る。相変わらず有鱗人達はひしめき合っていた。彼らに意思は無く、ただただ前に出る事しかできない、哀れな者達。漸くの終わりを望んで、ニアへと声をかける。
「頼んだぞニア。もう彼らを休ませてやってくれ。」
「シェル…。」
「 セラ イールズ 」
―――……グワンッ……
その言葉と共に大地が揺らぐ。まるで水面の様に。
―――…ボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴ……
シェルナス達を囲んでいた人だかりが、低くなっていく。有鱗人達の身体が、地面へと沈んでいるのだ。シェルナスが己の周辺にクイックサンドを発生させたためだ。そしてその沈降は、有鱗人達の下半身が沈んだあたりで止まる。
「…う……く……。」
――ぐらり。と、シェルナスは揺れ、そのまま倒れてしまう。
「シェ、シェル!」
「は…やく…。」
「あ、はい!」
シェルナスに促され、ニアはすぐさま防壁を消す。有鱗人達は身体半分が埋まっており、近づいて来る事は出来ない。即座に固まったクイックサンドが、彼らを大地へと固定しているのだ。しかし彼らはそれでも前進を止めようとはしない。皆、ニアへと顔を向け、自らを掘り出そうとするふうでもなく、ただ前に向かって攻撃を仕掛けようとするのみ。
「…今、終わらせてあげるね?―― ゾーン シエール ディ エ イッヒ 」
その言葉に、木の上の闇たちが、一斉に翼を広げる。
「偽りたる魂を冥府へ。そして彼らに安らかなる眠りを。」
《是トスル 行使セヨ》
ニアの身体にクロウリィの力が宿る。彼女は、この力を森中に行き届かせるべく、心を研ぎ澄ませた。シェルナスの魔法は予想よりも広く作用しており、かなり遠くの有鱗人まで動けなくしている。魔法を免れた者がニアへと辿り着くまで、十分な猶予がある。今の内にとニアが魔法を行使しようとしたその時…。
「 セラ ク…。」
「こんのっ!」
―――バコンッ!
「きゃっ!?」
突如シェルナスが立ち上がり、ニアの目の前でスコップを振るったのだ。
「シェルっ!?」
シェルナスはスコップを振るった勢いのまま、再び地面に倒れ込む。
「伏せろ…!ニア…!」
渾身で絞り出したような声の内容に、ニアは戸惑いながらも地に膝をつく。
―――ヒュンッ…
「わ!?」
その瞬間、ニアの頭の上を何かが過ぎていった。
「…くそ、ぬかった…。」
シェルナスの無念の声。
「こ、これって…。」
それは有鱗人達の白兵。身動きの出来ない彼らは、その手の槍を投げ付けてきたのだ。
―――ヒュンッ ヒュンッ……
「きゃあっ!」
狙いは定まっていない。ただ闇雲に投げているようだ。だが、一投目はニアを捉えていた。シェルナスがどうにかスコップで弾いたが、彼にはその一振りが限界だった。このままでは魔法を行使する前に、ニアがやられてしまう。
―――ヒュンッ ヒュンッ…
「……ぁ…。」
2本の投げられた槍は標的を捉えていた。それは回避不可能なほどに…。
「ぬうん!!」
―――バコッバキンッ!
「………え?」
しかしそれはニアに届かない。防壁は消えている。シェルナスは動けない。では、何がニアを救ったのか。
「ジェンギィ!!」
「ニア様、申し訳ありませぬ。遅くなり申した。」
そこには黒きレパルド。ここにきてようやく、ジェンギュウスがニアに辿り着く。
「お前…豹面…。…はあ、…その登場はズルくないか…?」
「ふんっ!!」
―――ガキッバキッガイィンッ!
「…人間、よくぞ凌いだ。今回ばかりは心より感謝する。」
飛んでくる有鱗人達の白兵を薙ぎ払いながら、シェルナスへの感謝の言葉を口にするジェンギュウス。
「つまり、前回は感謝していなかったわけだ…。まあどうでもいいか…。ニア、今の内だ。」
「うん!!」
そうしてついに放たれるその言葉。
「 セラ クロウリィ 」
霧。霧が森を包んでゆく。静かにゆっくりと。
その深く白い霧は生者を濡らさない。それは死者にのみ触れる事の許される霧。その霧は、死者を冥府へと誘う霧。
「………レプティリアン達、どうか安らかに…。」
霧の中、エルフの優しくも悲しげな声が聴こえる。
◇
「しっぱい?」
「いいわ別に。こっちはもののついでだもの。」
「ふーん。」
霧の森に影。その影がみているであろう先はシェルナス達。
「こっちはほっといて構わないわ。どうせ間に合わない。」
「……。」
シェルナス達はその視線に気付かない。
「いつ?」
「王様が帰ってきてからよ。それまでは隠れてなさい。」
「わかった。」
影は消える。不穏だけを残して。
◇
「…なんとも言い難い光景であるな。」
霧が晴れた事で露わになる光景。それを目の当たりにしたジェンギュウスは、言葉にならない様子だ。だがそれも仕方なかった。辺り一面を埋め尽くす有鱗人達の遺骸。躰の半分は大地に埋まり、ひどく損傷した姿を晒している。その惨憺たる光景には、誰もが言葉を失うだろう。
「大地へと還してやりたいが、今の俺じゃイールズの力を行使できない。申し訳ないが、このまま眠って貰おう…。」
シェルナスもやりきれない様子だった。先ほどまで、自分達を殺そうとしていた相手だが、彼らに対する怒りなどは微塵も湧いてこなかった。
「…………。」
ニアは座り込んだまま、一言も喋らない。身体も心もひどく消耗してるようだった。
「ニア様?どこか御体が…。」
ジェンギュウスはニアを心配して声をかけようとするが、ニアはそれを手で制し、首を横に振る。
「…ゴメン、ジェンギィ。…少し時間くれないかな…。」
「はっ。」
ニアは心の整理に時間が必要のようだった。ジェンギュウスはすぐに察し、やや距離を取る。そこへシェルナスがむくりと上半身を起こした。
「平気か?人間。」
「いや、疲労で身体が震える。今、敵襲に遭えばひとたまりも無いな。」
「案ずるな。その時は我が助けてやる。」
「なに…?」
「なんだその顔は。我とて分別はある。お主は紛れも無くニア様の恩人。なれば我にとっても恩人だ。」
ジェンギュウスの態度は軟化していた。さすがに、ニアを命懸けで護ったシェルナスを、無碍には出来ないのだろう。
「シェルナスだ、ジェンギュウス。人間は止せ。」
「そうか…。ならばシェルナスよ、こやつらは結局何だったのだ?」
ジェンギュウスは辺りを見やりながらシェルナスに訊ねる。
「何者かっていうんなら…。ニアにも言ったが、こいつらは首都の北の山を守護する王国の兵だ。だがその事はあまり重要では無いな。問題は何故こんな事になっているか、だろ。」
「うむ。こやつらはすでに死んでいた。にもかかわらず何故動いていたのだ?魔法か?」
「クロウリィは、偽りの魂と云っていたようだ。」
「クロウリィ…。先ほどまで木の上に居た者達か?」
「ああ。さっきの霧はそいつの力だ。ニアが契約した。」
「ニア様が…。」
「うーん、クロウリィの仕業じゃないって事は、どうなるんだ?…死者を操る神か…。なんか心当り有るか?」
「むう…、我は神秘学に明るくない。…バルバリッシアであろうか…?」
「ん?それって冥府に居るって言われてる竜だよな?さすがにそれは…。」
――あるかもしれなかった。何せドラーニーナッツォの力に殺されかけた男がここに。
「…す、推測を挙げればキリがないな。解ってる事だけ言うぞ?こいつらの標的はニアだった。以上。」
「…それだけか?」
「正直言って、これ以外に自信のある情報は無い。」
ニアを狙ったからといって、これが王家の所業だという証拠がない。偽りの魂なるものには聞き覚えがない。有鱗人達に何があったかなど、知る由もない。ないない尽くしに、シェルナスは辟易していた。
「お前の方はどうなんだ?ジェンギュウス。よくここに来れたもんだな。」
「うむ。木々の上に出れば目を惑わされない事に気付いてな。森の上へと跳ね上がりながらここへ来たのだ。」
「なるほど、上だって森の外だもんな。クレオは?」
「はぐれた。」
「まあ、クレオにその方法は無理っぽいな。いまだに迷っているんだろうか…。」
「ふむ、まずはクレオを探さねばなるまいか。」
「うんっ、そうだね。クレオを探しに行こう!」
突如ニアが会話に割り込む。その顔は決して晴れやかとは言えないが、心の整理はついたようだ。
「ニア、もう平気なのか?」
「あはは…、さすがに平気じゃ無いかな。ふらふらする。」
立て続けにその身へと神の力を宿したためだろう、疲労の色は隠せない。そこにジェンギュウスが気を利かす。
「ニア様、我が背負いましょう。」
「ありがと~、ジェンギィ。あっ、でも私よりシェルの方が身体つらいんじゃ…。」
「…しぇる?」
「気遣いは無用だ。男の意地を使って歩いて見せる。」
「あははは、なにそれー。」
「…シェル…か。…随分と仲良くなったようだな?人間。」
「おい、何か殺気みたいなものが出てますが?呼び方も戻ってるし。」
何故か殺気を放つジェンギュウスに、何故か敬語で返すシェルナス。ジェンギュウスの中で、シェルナスが悪い虫へと成り下がった感が漂う。
「…まあよい。今はクレオを探そう。ニア様、我が背へ。」
「え?あ、うん。」
ジェンギュウスがニアを背負う。シェルナスもふら付きながら立ち上がった。だが足元に目を向けると、そこには有鱗人。
「踏まずに行くのは…。」
「…無理であろうな。」
地面は有鱗人達の遺骸で埋め尽くされている。文字通り足の踏み場もない。
「あう~。ごめんなさい、ごめんなさい…。」
ジェンギュウスに背負われながら謝罪するニア。その気持ちは痛いほど解るが、いつまでもここに居る訳にはいかなかった。
「埋まっているのはお主の仕業か?シェルナス。」
「まあな。」
「ふむ、このような事も出来るのだな。」
「シェルすごいよね。イールズの力を使いこなしてる感じ。」
魔法を行使する能力は、神との信頼関係により左右される。契約者がその神にとって重要な存在であるほど、許される力の行使範囲が広がるのだ。
「加えて腕もたつ。シェルナスよ、お主は何者だ?この国では名のある戦士なのか?」
ジェンギュウスの質問に、答えを窮するシェルナス。今の自分が客観的に見てどういった立場なのか、うまい言葉が見つからない。普通に考えればおたずね者だろう。ゼスの仲間はシェルナスの事を、王家へと報告しているはずだ。だがそれを敢えて言う必要性は感じられない。では、オルランド家の私兵というのどうだろう。いや、もはやその体裁は取れない。シェルナスは、すでにオルランド公とは袂を分かった事にしなければならなかった。
「…言えぬか?」
ジェンギュウスの声色は気遣っているかの様だった。お互い訳有りなのは一目瞭然の為だろう。
「…いや。俺は…まあ、放浪中の没落貴族ってとこかな。」
我ながら言い得て妙だとシェルナスは思った。何しろそれは本当の事なのだから。
「シェルって、貴族だったの?」
「だったことは無いな。祖父の代からすでに爵位は無かった。」
レヴィス家は、シェルナスの曾祖父の代で、爵位は返上されている。祖父はオルランド家に仕えたが、父は傭兵だった。
「では、再び爵位を取り戻す為に、己を磨いているといったところか?」
「……。」
ジェンギュウスの問いかけに、思わず肯定しそうになるシェルナス。まさにそれが夢だった。しかし、今やそれは泡沫の夢。いや、一縷の望みも無いだろう。
「旅が長いんでな。自然と力がついただけさ。爵位に未練はない。」
「そうか。」
「…………。」
「俺の事よりお前達の事が訊きたいぞ。『終わりの森』の民?」
「お主が知っておるだろう?我々の目的は秘宝だと。」
「えっ?シェル、やっぱり知ってたの?」
「ああ、お前を襲った奴がそう言ってた。」
「あの人が…。あ、あの、その人はやっぱりもう…。」
「討った。……そういえば、まだ礼を言ってなかったな。」
「へ?礼って?」
「あの時はお前のおかげで助かった。ありがとな。」
あの時、ニアが割って入らなければ、シェルナスはゼスによって斬られていただろう。考えてみれば、ニアもシェルナスの命の恩人だったのだ。
「あ、ううん、お礼なんて…。シェルが負けてたら、私はここに居なかった訳だし…。」
そもそも原因がニアにある以上、彼女の負い目は拭えないようだ。
「まあ、聞いたといっても詳細は全然分かってないんだがな。お前達が『終わりの森』の民だって事ぐらいしか…。そういえばニア、さっき気になることを言ってたな。角の番人だったか?それって何だ?」
「え!?あ、そ、その。それは…。」
ニアが明らかな動揺を見せる。どうやらシェルナスは核心の一端を突いたようだ。
「なんだ、言いづらい事なのか――って、おわっ…ととっ。」
突然シェルナスがたたらを踏む。彼らは、出来るだけ足元に気がいかないように、会話をしながら歩いていた。それはもちろん、有鱗人達を踏みつけている、という事を意識しないようにする為だ。だがそのせいで、シェルナスは密集地帯を抜けた事に気付かず、足を踏み外す形となった。
「シェ、シェル。平気?」
「あ、ああ問題ない。行こう。」
その言葉にジェンギュウスは、一度止めたその足を再び動かす。だが何故かシェルナスは歩き出さない。
「…………。」
シェルナスは、ある物がたまたま目に入り、それに気を取られていた。
「…………え~と。」
シェルナスの目の先には巨大なキノコ。有鱗人達の遺骸の数もまばらになってきたあたりに、それは生えていた。
「…………。」
無言で巨大キノコに近づくシェルナス。そのキノコの傘は藍色で、人の頭ほどの大きさがある。かなり珍しい品種のようだ。シェルナスはその傍まで来ると、おもむろにしゃがみ込んだ。
「…………。」
「…………。」
キノコと見つめ合うシェルナス。
「…………。」
「…………なにか?」
なんとキノコが話しかけてきた。
「…………何をやっている?」
「それを一番知りたいのは私自身です。」
…キノコはクレオだった。
「シェルーー!どうしたのーー!?」
シェルナスが付いて来ていない事に気付いたニアが大声で呼びかける。
「ニア!ジェンギュウス!こっちに来てくれ!」
クレオに視線を固定したまま、2人を呼び返したシェルナス。ニアは不思議そうな顔をしながらも、ジェンギュウスを促し、シェルナスの元へとやって来る。そこで彼女は尋ね人との再会を果たす事となった。
「なに?シェル。何かあったの?」
「これこれ。」
「これ…?って、クレオォォーーー?!」
「お、お主、何故そのような姿に…。」
もちろんクレオがキノコになった訳では無い。彼女は埋まっていたのだ。それも首まで。ただ、その大きなベレー帽が、キノコの傘に見えたというだけの事だった。
「ああ、ニア様…。御無事で何よりに御座います。」
「ク、クレオはあんまり無事じゃないみたいだね…。」
ニアの顔は引きつっていた。今のクレオは、見方によっては地面に落ちている生首のようで、それが喋っている様はやや不気味だった。
「とりあえず掘り出すか…。」
「シェル、まだ持ってたんだね。それ…。」
それとはもちろん、柄の折れている錆びたスコップ。まさに得手に帆を上げる運びとなった。
「んじゃ、動くなよ?クレオ。」
「優しくして下さいましね?」
「………。」
シェルナスは無言で掘り始める。
「しかしクレオよ。お主に何があったというのだ。」
「いえ、何と言いますか…。」
ジェンギュウスの問いに、クレオは躊躇いがちに話し出す。
「ようやくニア様を発見したかと思えば、すでに危機的状況に晒されて居られましたので、トカゲさん達の合間を縫って駆け付けようとしたのです。そうしたら急に地面がぬかるみだしまして…。」
「ああ…、シェルの魔法で沈んじゃったんだ…。」
「なるほど、これはイールズの力でしたか。納得しました。」
「…………。」
「シェル?手が止まってるけど、どうしたの?」
「…いや、お前らなんだが結構迂闊だよな。ニアを護らなきゃならない状況の時に、いつも居ない。」
「はう?!」
「ぬぐ?!」
クレオとジェンギュウスは、あまりにも痛いところをシェルナスに突かれ、むしろおもしろい声を上げる。
「…シェルナス様。どうか私はこのまま埋めて下さいまし…。」
「…もはや腹を斬る他あるまいか…。」
「わっ!?ちょ、シェル?!」
「いやいやいやっ。これからは気を付けろって意味だ。責任とれって言ってるんじゃないっ。」
2人の様子に慌ててフォローを入れるシェルナス。
「ニアだってお前らの事は頼りにしてるさ。な?ニア。」
「え?あ、うん!もちろんだよ!」
「ニア様…。今後はよりいっそう御身にお尽くしいたします。」
「我に汚名返上の機会をどうか。」
「う、うん、解ってるよ2人共。確かにここのところ私を護ってくれてるのってシェルだしね…。」
「ひきっ?!」
「ずもっ?!」
ニアの追討ちに、さらにおもしろい声を上げるクレオとジェンギュウス。
「…いっそイールズの力で私を地中深くへと…。」
「…シェルナスよ、介錯は頼めるか…?」
「おい!?ちょ、ニア?!」
「わわわっ!?今の無し、今の無しぃぃぃ!!」
…キノコの収穫はまだ先になりそうだった。
ありがとうございました
次回は
『呪われしエルフ』
お楽しみに