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―角の章― 第八話 山の守護者

誤字脱字 投稿あとに 何故気付く

 過去の遺恨は今も続く。


 人間達はエルズリッドの民を恐れる。エルズリッドの民も人間達を恐れる。


 人間達はエルズリッドの民に憎まれていると信じている。エルズリッドの民は人間達に敵視されていると信じている。


 だから人間達はエルズリッドの民を敵視する。だからエルズリッドの民は人間達を憎む。


 どちらが先か、どちらが後か。どちらが正しいのか、どちらが間違っているのか。


 苦しめた者も苦しめられた者も今はもういない。


 それでも人間達とエルズリッドの民はお互いを恐れる。









 森に響いた女性の悲鳴。それはほぼ間違いなくニアの悲鳴。ホルクスの力で創られた迷いの森はその者の目を惑わす。しかし、惑わされながらも偶然に目的の場所へ辿り着く可能性は否めないのだ。追っ手がニアへと辿り着いたのやも知れなかった。


豹面ひょうづら!どっちから聴こえた!?」


「右手の林!」


 シェルナスはジェンギュウスの示した方へ気を張る。しかし人の気配は掴めない。


「くっ、俺では判らん。敵影はあるのか?」


「我にも見えぬ。だが相当数の足音は聴こえる。」


「憲兵か近衛師団か。どちらにせよここは…。」


 ―――クレオーーっ……ジェンギィーーっ…


「! ニア様!すぐに参ります!」


「待てクレオ!我もゆく!」


「は!?ちょ、ちょっとお前ら…!」


 再び響くニアの呼び声に、クレオとジェンギュウスは一気に駆け出した。


「お前らアホかーーーーーーっっ!!」


 2人はあっという間に木々の向こうへと消え去る。迷いの森の中へと。


(あの2人…!昨日もそうだったが、エルフが絡むと冷静さが消えやがる!アイツは迷わないんだから、ここに戻ってくるに決まってるだろうが!)


 シェルナスは一人状況を読む。ホルクスの力で迷わないのはニアのみ。つまりあの2人が戻ってくるのは困難なはず。しかしニアはすぐにここへと戻ってくるだろう。おそらくは敵を引き連れて。怪我を負い、魔法で体力を消耗し、そのうえ武器もない丸腰のシェルナスが一人で立ち向かわなくてはならない。


(さ、最悪だ…。)


 シェルナスはキョロキョロと周りを見回し、何か武器になるような物は無いかと物色する。そして小屋の扉の横にある物を見つけた。


(………スコップ…。)


 それを手に取り感触を確かめてみるシェルナス。


(先端はちゃんと鉄だな。…錆びてるけど。柄は普通に木だな。…折れてるけど。)


「……………これでローディネルオーダーとやりあうのか…?」


 柄の折れている錆びたスコップを右手に持ちながら冷や汗を流す。何かいい案は無いかと思案し始めたその時…。


 ―――バサアアッ…


「クレオー!!ジェンギィー!!」


 件のエルフが木々の合間から飛び出てきた。もはや猶予は無いようだ。


「ああくそっ。」


 悪態をつきながらエルフの元に急ぐシェルナス。身をかがめ、痛む左腕を庇いながらも信じられない速度で。すると二つの影がエルフへと迫っていた。その手に持つ槍は彼女へと向けられている。明確に殺意があるようだ。


(頼むぞスコップ!)


 心の中でスコップに望みを託し、より一層足に力を入れる。そして…。


 ―――バコンッッ!!


 シェルナスは柄の折れたスコップの先端で2つの槍頭をどうにか一振りで弾いた。


「はっ!」


 ―――ドカッ! バキッ!


 その勢いを殺さぬまま相手を蹴り飛ばすシェルナス。ニアを背に庇い、ひとまずの安全を確保したのち、スコップの錆びた先端を前へと突きかざす。そしてめいっぱいの気迫を込めて叫んだ。


「退けっ!!次は斬…掘る!!」


「え?」


「………あ。」


 視界に入ったスコップに思わず言い直してしまった。


「えと……掘るの?」


「もといっ!!斬…れないだろこれじゃ!!なんて言えばいいんだ!?」


「わっ?!」


 恥ずかしさからかニアに怒鳴ってしまう。ふと見ると、彼女が何やら黒い。


「…て、それ俺のコートか?」


 ニアはシェルナスの革のロングコートを羽織っていた。


「え?あ、うん。これいいコートだね。」


「ちゃんと持って来てくれたんだな。ありがとう。」


「あ…うんっ。どういたしまして。」


 シェルナスの謝意を嬉しそうに受け取るニア。和やかな雰囲気が漂う。しかし、蹴り飛ばされた2人がのそりと起き上った。


「…あ!?前!前!!」


 その言葉にシェルナスは気を引き締め、相手を睨む。が、そこには居たのは予想外の者達だった。


「…『有鱗人』?」


「そうなの!急に彼らがいっぱい現れて襲いかかって来たの!」


『有鱗人』レプティリアン。その名の通り身体に鱗を持つ種族。その姿はまさに二足歩行のトカゲ。知能は高いが気性は荒く好戦的。そして生命力も高く、尻尾はもちろん腕や脚を斬り飛ばされても再生するといわれている。しかし、彼らはアスターティと共生が進んでいるため、人間の脅威ではなかった。それどころかシンクレイリアの北の山々を守護する役割を担っており、王国の戦力にもなり得るほどだ。


「まさか王家が北の有鱗人を投じてくるとは…。ん?今“いっぱい”って言ったか?」


「え?言ったけど…。」


 立ち上がった2人の有鱗人の向こうに目をやると、そこには木々に紛れて沢山の影が見えた。


「…おいおいおい。」


 ゆらり、ゆらりと次々にその姿を現す有鱗人。ところが何やら様子がおかしい。敏捷な彼らにしては随分と緩慢な動作。これだけ居るのに今まで気付けなかった気配の薄さ。そして何よりその姿。


「なんなんだこいつらは…。エルフ、お前がやったのか?」


「で、出来ないってばっ。最初からこうだったのっ。」


 有鱗人たちは傷付いていた。いや、傷という言葉では生易しい。身に着けている物は血で黒ずんでおり、相当量の出血があったと見て取れる。他にも腕が無い者、鱗が焼け焦げてしまっている者、立っているのがやっとといった様相の者、地を這っている者すらいる。あたかも苛烈な戦場を今まさに潜り抜けてきた直後といった感じだった。そんな状態でありながらも彼らはじわりじわりとシェルナス達に迫ってくる。


「あ、あのクレオとジェンギィは…?」


「目下お前を捜索中。」


「ええっ、なんで!?」


「話は後。今はこの危機をいかに乗り切るかだ。」


「………何度も何度もごめんね。」


「話は後って言ったろ?とにかくお前は…。」


「解ってるわ。身は低く、いつでも動ける体勢で。でしょ?」


「よし。」


 背後でニアが体勢を整えるのを感じ、シェルナスはスコップを構える。


「…それで戦う…の?」


「これしかないんだから仕方ないでしょーが。」


 心許ない白兵で敵に相対するシェルナス。さすがにこれでどうにかなるとは思えないため、突破口を見つけ出そうと様子のおかしい有鱗人たちに探りを入れる。


「お前達の目的はこのエルフか?」


 ―――……………………


「…王家の命か?」


 ―――……………………


 誰も答えない。黙っているというよりは、耳に入っていないといった様子だ。


(言葉は通じる筈…。恐慌状態で我を失っているのか?だが殺気立ってるようには見えないし、呼吸が乱れているようにも見えない。)


 ―――ダダッッ…


 ふいに手前の二人が踏み込んできた。その手に持った槍を無造作に前へと突き出す。


「このっ!」


 ―――ガンッ ガンッ バキッ ガキッ!!


 二つの槍頭をスコップで軽くいなし、立て続けに錆びた先端で2人の顔を殴りつける。それを合図に後方に居た有鱗人たちが押し寄せてきた。


「走れっ!!逃げるぞっ!!」


「ふえっ!?」


 シェルナスはニアの手を取り一目散に逃げ出す。そしてそのまま茂みの中へと姿をくらました。









 シンクレイリアの北側は木々の茂る山岳地帯。東は海で、西南が平原となれば、咎人がその身を潜めるであろう場所は、北の山である可能性が高い。だがそこは『有鱗人』レプティリアンの守護する山。彼らは王家との協定によりその一帯を警備しているのだ。主に外敵の侵入を阻むのが任務であるが、それは飽くまで有事の際。普段は警ら隊として、山に逃げ込んだ犯罪者などの捜索なども彼らの役割となっていた。その為、山岳内で怪しい動きを見せると、彼らによって拘束されることが多々ある。そこへ一縷の望みをかけた皇太子が、有鱗人の集落へ一人のローディネルオーダーを向かわせた。


 シェルナスがニアと出会った日の夜の事である。




 ―――……ドドドドドドドドドドドドド……


 月明かりの下の山間の道を馬達が疾駆する。それらをるのは武装した者達。月明かりのみの暗い道を事も無げに走り抜ける様から、かなりの調練を積んでいると思われる。それらを引き連れる先頭の者。月光に一瞬映し出されたその顔は女性。剣を携え馬を駆る凛々しき女性。彼女は王室近衛騎士に名を連ねる者。闇夜を駆け抜ける者たちは、ローディネルオーダー率いる近衛師団の分隊だった。


「ッ!止まれ!!」


 よく通る声で追従する者たちへ停止を求める女性騎士。彼女の率いる分隊は即座に馬を止める。


「皆静かに。」


 その言葉に部下たちは息を潜める。聴こえるのは馬達の呼吸音のみ。彼女はそんな中一点だけを見つめる。それは山間にある有鱗人の集落の方向。彼女たちの目的地である。


「…………シュッ。」


 しばらくそちらを眺めた後、何か合図を出した。すると全員馬を降りる。


 ―――シャキンッ…


 女性騎士は剣を抜く。それに合わせるように部下の兵たちも剣を抜いた。そしてそのまま有鱗人の集落へ闇に紛れる様に近づいてゆく。


 ―――…………


 集落で何かがあったと思われる。誰一人口を開かず、可能な限り音を消し、慎重に足を進める。やがて様子を確認できる位置まで来た。――灯が無い。有鱗人は熱による識別が出来るため、夜にそれほど明かりを必要としない。それでも全く灯が無いというのは不自然だった。彼らは字も書くし、物も読む。集落全体があれほどの暗闇に包まれているというのはあまりにも異様である。


「…………だれか何か聴こえるか?」


 女性は声を潜め兵たちに問う。しかし誰も何も聴こえないようで否定の動静を示す。灯も無く、音も無く、そして人のいる気配も無い。まるで集落が消えてしまったかの様だった。


「全員散開して情報収集を。時間は半刻。」


「はっ。」


 部下の兵たちが散開する。


「いったい何が起きているんだ…。」


 女性騎士は一人つぶやく。そして思い返していた。


 アルバルト殿下よりの密命、銀の髪のエルフの捜索及び抹殺。首都に『終わりの森』の民が居ると知った時はひどく驚いた。しかもゼスを返り討ちにした者が付いているという。王の不在時に大変なことが起こってしまていた。自分は王室近衛騎士では新参の為、王の外遊に同道すべくもなかったが、いっそこちらの方が大変な任務と思えてしまう。果たして自分は、かの未知なる種族と渡り合えるのか。自信が無い訳では無いが、相手の事があまりにも判らない。情報が欲しかったが、殿下はただ殺せというのみ。その為、今の状況も銀の髪のエルフが関わっているという可能性を、看破することが出来ないでいた。


 エルフは殺さなくてはならない。だがそれに王国が関与していることを知られてはならない。もしそれが『終わりの森』へと伝わろうものなら、争いの口火となるだろう。


 では何故そのエルフを殺さねばならぬのか。そこがどうしても解らなかった。暗黙の律に従い、無暗に関わらず追い返してしまえばいいのではないか。


「いったいそのエルフは何をやったんだ…?」


 彼女が一人考え事をしていると部下の一人が戻ってきた。命じた15分よりもかなり早い。


「どうした。」


「いえ…、それが…。」


 煮え切らない態度。というよりも本人の理解が追い付いていない感じだった。


「どうお伝えすればよいものか…。その、エミユ様。あそこは滅んでおります。」


「…何だと?」




 シンクレイリアの北に広がる山々。ルプトール山地は、アスターティ王国と友好的な人外種が多く生活を営んでいる。奥まった土地まで行けばエルフやビースティアン達の村があるが、シンクレイリア近辺は基本的にレプティリアン達が集落を造っている。首都に最も近い集落は3000人ほどの人口で、主に王家との連携を図っているのはこの集落だった。

 

 しかしその集落は既に存在しない。




 無言のまま有鱗人の集落を歩く女性騎士。その周りには20近い兵士。彼女たちはみな声を失っていた。


「ここで何があったというのだ…。」


 女性は愕然といった様子でつぶやく。暗がりに見える限りの住居はその原形を留めていなかった。


「…襲撃でしょうか?」


 1人の兵士が声を出す。彼女はそれに答えず、倒壊してる木造の住居に歩み寄り、言葉を紡いだ。


「 エンダ― ディ メリュー 」


「? エミユ様?」


「心配するな、状況を見たいだけだ。われのぞむは灯火。火柱かちゅうを以て暗闇を照らせ。」


《了解シマシタ 直チニ実行シマス》


「 セラ クイーリア 」


 ―――バシュッ……ゴオオオオオオオオォォ……


 その瞬間、住居の残骸に火が付き瞬く間に大きく燃え上がる。その巨大な炎が辺りを照らしだし、集落はその凄惨な光景を露呈する。


「これは…なんとも…。」


 兵士の1人が喫驚を示す。集落はそのことごとくを破壊されていた。立ち並んでいたはずの有鱗人たちの家々は、見る影も無く瓦礫と化している。この分だと山の中腹部までこの有り様だろう。


「やはり“悪魔の末裔”共でしょうか…。」


「いや、有角人ならば恐怖を煽るために火を放つのではないか?」


「見たところ遺体やなんかは見当たりません。」


「だが地面を見てみろ。この黒ずんたシミは血ではないか?」


 シミはそこらじゅうに広がっている。これが血であるというのなら、相当数の躯があって然るべきだった。


「敵影は全くないのか?」


「はっ。仮に襲撃だとしても、昨日今日の事ではないと思われます。遺体は既に処理した後では?」


「その処理を行ったものはどこへ行ったというのだ。何故王家に知らせない…。」


「エミユ様、これはもしや竜巻では?」


「竜巻?」


 確かに竜巻の爪痕とみればこの状態にも納得がいく。しかし、こんな山間部でこの規模の竜巻が起きるものなのだろうか。


「となると魔法か?いや、それこそこんな規模のものはあり得ない。」


 そもそも何故今の今まで気付かなかったのか。これだけの事が王家に報告されていない事自体がおかしかった。


「…ここまでにしよう。夜間に調べてもまともな情報が得られるとは思えない。すぐに殿下にお伝えし、夜明けに調査隊を出してもらおう。」


「はっ。」


「ウォリック、レイト、セグゥドーは有鱗人たちの本郷へ様子を見に行ってほしい。警戒しているかもしれないから慎重に。」


「了解。」


「我々は本来の任を遂行する。」


 彼女たちは急いで馬の元へと戻る。その心には大きな不安を抱えながら。











 ―――…ザッザッザッザッザッザッ……


 森を駆ける青年。左手には美しき女性。右手には柄の折れたスコップ。草を避け、木々を避け、追っ手を躱しながら、鬱蒼とした森を駆けていた。



「ガアアッ!!」


「おわ!?」


 ―――ガンッ…バシィィッ!


 突然木の陰から突き出された槍頭をスコップで防ぎ、反す手で相手を殴り飛ばすシェルナス。


「ふぅ…。よし走れ!」


 ニアを促して再び走り出す。森のそこかしこから現れる有鱗人から逃げる為に。


「ね、ねえ!今気づいたんだけど、怪我は平気なの!?」


「平気じゃない!左腕がすごく痛い!」


「え?わっ!」


 ニアは自分の掴んでいる手が左手だと気づき、咄嗟に離そうとした。しかしシェルナスは強く掴み返す。


「いつっ、今は気にしてる場合じゃない!いいからお前は二人を探せ!」


「わ、分かったわ!」


 彼の腕に負担が掛からぬようにと一層足を速めるニア。しかしその途端に急停止。


「ぐあああ?!」


「きゃっ!?ご、ごめんなさい!」


 突然止まったニアに左腕を引っ張られ、本日一番のダメージを受けるシェルナス。


「ッッッッ…。ハァ…ハァ…、ふ、2人が居たのか…?」


「ま、まだ。けどここから外はホルクスの力が宿ってないから…。」


 ホルクスの力で創られた迷いの森の範囲外。ここからは目を惑わす力は働かない。


「ハァ…ハァ…、クレオと豹面はまだ内か…?」


「まって、力の宿った木たちに訊いてみるから。」


「はぁ…ふう。そんなことが出来るのか…。」


 ニアは目を瞑り木々に耳を傾ける。しかしそこに近づく複数の足音。有鱗人たちだ。


「んああもう…。」


「え?わっ。」


「今はなんとかするっ。お前は早く訊きだせっ。」


「あ、うんっ!」


 シェルナスはスコップを構える。なんだかここのところ防戦ばかりのような気がしていた。いつものようにニアを庇いながら敵の攻撃を捌く。


「グオオッ!」


「ふん!」


 ―――ガキンッ ガンッ バシィッ バシィッ ドスッ ガンッ ガシィッ ゴンッ……!!


(くっ。体力的にキツイ。…ッ。おわっ。ととっ…、魔法を。チッ、使ったのが響いてるな…わっ。だが攻撃自体はなんとか凌げ…くぬっ…凌げる。何故か…判らんが有鱗人たちは、おっと。…ただ突撃してくるだけ。こんにゃろっ…、囲まれさえしなければウグッ、…とぉ。大丈夫だ。ふう…ふう…、今のうちに2人を見つけられれば…。)


「あ、あの、分かんないんだって!」


「分かんないのかよっ?!」


 身体が万全ではないシェルナスにとってあの2人は頼みの綱だった。このままではジリ貧である。


「だって!森中に人が居て判別できないって言うんだもん!」


「森中だと…。」


 いったい何人の有鱗人がこの森に居るのだろうか。いっそ2人を無視して森からの脱出を試みるかとも考えていたシェルナスだが、それも有効たり得ないかもしれなかった。


「おりゃあああ!!」


 ―――ズドオーンッ!


 敵の一体を激しく蹴り飛ばすシェルナス。それによりひとまずの攻防が終わる。しかしとどめを刺した訳では無い為、相手はやがて立ち上がった。


「はぁ…はぁ…。そんだけボロボロなのになんで立てるんだっ。」


 元々負傷していた有鱗人たちだが、その怪我をものともせず、さらにはシェルナスの攻撃にもダメージを負っている気配がない。彼らの本来の敏捷性が失われている事だけが救いだった。


「くそっ。ホラ走るぞエルフ!」


「わ、わっ。」


 再びニアの手を取り逃走を図る。それを無言のまま追いかける傷付いた有鱗人たち。まるで悪夢のような光景だ。


「ね、ねえ!どうするの!?」


 走るながらニアは訊ねる。だがそれに対する答えは無い。今はただ逃げるより他なかった。


「はあ…はあ…ぜえ…ぜえ…キ、キツイ…はあ…はあ…。」


 シェルナスの身体は逃げる事も困難になりつつあった。怪我は魔法である程度癒せたが、その分体力を奪われていたからだ。


(本格的にマズイ。クレオと豹面が見つかるのを待ってられない。どうする?どうすればいい?)


「…はあ…はあ、お、おい…『終わりの森』の民。…その未知なる力で何とか出来ない…か?」


「なにそれ?!どんな力?!」


 駄目で元々と訊ねてはみるが、やはり駄目らしい。


「ホ、ホルクスの力で…はぁ…はぁ、何とかならんか…?」


「ホルクスは臆病なテリオンで、身を護る力しか持って無いの。相手をやっつける力は私には無いのよ…。」


「はあ…はあ…。別に、やっつける必要はない…。何…か、現状の打開が出来れば…。」


「………や、やってみる。」


 ニアが足を止める。それに倣ってシェルナスも止まる。


「私の傍に居てね?―― ラナ ラダ エン ジェ リオ 」


 その言葉にニアの身体が薄く発光する。ホルクスとの交感を始めたようだ。


「私達に安息の場を。何者にも踏み込めない私達2人だけの世界を。」


「…………。」


《イイヨ 今スルネ》


「 セラ ホルクス 」


 ニアが両手を掲げる。すると彼女の頭上に暖色の靄が発生した。それはすぐに広がり、2人を包み込むように溶け落ち、半球形の透明な壁となった。


「これは…防壁か?」


「うん。貴方は逃げるのも限界みたいだったから、防御に徹した方がいいかと思って。…駄目だった?」


「いや、確かに体力が限界にきてる。あのままだったら動けなくなってた。しかし…。」


 ―――…ザッザッザッザッザッザッザッザ……


 次々に姿を現す有鱗人。2人の周りは人だかりとなっていく。


「…この壁はどれほど耐えられる?」


「え?き、強度なんて試した事無いよ…。」


「…………おい。」


「ガアアアッ!」


 ―――ドンッ!!


「きゃ!?」


 1体の有鱗人が突進してきた。が、防壁はそれを難なく跳ね返す。


「よ、よかったぁ…。どうにかなりそうよ?」


「なあ、これってお前にホルクスの力を宿したのか?」


「そう…だね。」


「てことは、お前が力尽きたらこれも消えると…。」


「そ、その前にクレオ達が見つけてくれるよ!」


「…それを祈るしかない訳か。」




 魔法の行使には2通りの行程がある。自分自身に神の力を宿し発動させる方法と、他者に力を宿し発動させる方法だ。前者は、魔法の発動中の間行使者の体力を奪い続ける。後者は、発動の際にのみ消耗する。その為殆んどの者は、他者へと力を宿すやり方を選択する。シェルナスが大地に宿らせるように。


 もちろん宿るものには、契約している神々との相性というものがあり、中には行使者本人にか宿らない力もあった。すなわち、今ニアが行使している魔法である。




「グオオオッ!!」


 ―――ドガッ!


「わっ!」


「強度は申し分ないようだな。こいつらに俺達2人だけの世界は邪魔できない。」


「んな?!ああああああれはっ!そう言えばホルクスが強いの創ってくれると思って!!」


 ―――ドガッ ドガッ!


「んきゃあっ!」


 有鱗人たちはただひたすら突進してくる。その壁を破ろうとしているというよりは、攻撃の途中で阻まれているといった感じだ。


「…ちょっと待て、こいつら防壁の存在に気付いていない感じだぞ?」


「へ?な、なんで?」


「俺達しか見えていないのかもしれん。いや、お前だけかも。」


「このレプティリアン達はなんなの?」


「こいつらは首都の北にある山の守護者なんだ。まあ、王国の兵という認識で構わない。」


「王家の命令で、私を殺しに来たって事?」


「そう考えていたんだがな…、いくらなんでもこいつらの様子はおかしすぎる。」


 ―――ドンッ ドカッ ドガッ ゴンッ ドカッ バンッ ガキッ……!!


 何も言葉を発さず、ただただ突進を繰り返す有鱗人たち。その数はどんどん増え、今や周りは彼らで埋め尽くされていた。


「わっ、キャッ、ヒッ、あわっ…。あう~、クレオ~、ジェンギィ~…早く来てぇ~。」


「こ、この光景は怖すぎるな…。」


 有鱗人たちは休みなくホルクスの防壁にぶつかっては跳ね返されていた。傷だらけの姿も相まって、亡者が群がっているかのようだ。シェルナスとニアがそれをひきつった顔で見ていると、そのとある1体が目に入る。


「あれ?今の奴…?」


「ひう!…え、なに?何か言った?」


「いや……さっきの有鱗人…右胸を貫かれていたような……。」


「へ…?レプティリアンって…心臓…右だよね?そんな事がある訳が…。」


「だよな…。こいつらの生命力が高いといっても、さすがに心臓は…ははは。」


 そんな二人の目に決定的な光景が映り込む。


 ―――ドンッ!


「きゃあああああああああああっっっ!?」


「ッッッッッッッッ!!」


 たった今突進してきた有鱗人に2人は戦慄する。


「いいいい今の!今のヒト!!くくく首ぃっ!!首が無かったぁ!!」


「あ、ああ。俺も見た…。」


「なんで!?どうして生きてるの!?レプティリアンて首が無くても平気なの!?」


「………生きてないんだよ…。」


「ッ!!」


 シェルナスは憐憫の眼差しを有鱗人たちへと向ける。彼らの突撃はどんどん苛烈になってゆく。ホルクスの防壁は彼らには破れない。しかしそれでも彼らは止まらない。後ろの者の槍が己に刺さっても、弾かれて倒れたところを踏みつけられても、入れ代わり立ち代わり突進するのみ。


 ―――ドンッ ドカッ ドガッ バンッ ガンッ ドスッ ガンッ ドカッ ガキッ ドンッ バシッ ゴンッ ドンッ ドシッ バキッ バンッ ガンッ ゴンッ ドシッ ゴンッ ……!!


「もう…!もうやめてえええええええ!!こんなぁッ!!こんなのってぇぇっ!!」


 ニアが叫ぶ。確認するまでも無く、彼女は涙を流しているだろう。シェルナスも悲痛な表情をしていた。


(こうして目の当たりにしていても信じられん。死者が襲ってくるなんて想定出来る筈もない。こいつらの標的はエルフなんだろうか。だとしたら王家がこんな真似を?…くそっ、どうであれこんなやり方は酷すぎるっ。)


 シェルナスは彼らが哀れで仕方なかった。このような冒涜あっていい筈がない。もしかしたらこの為に殺された可能性だってある。目の前の地獄絵図に対する恐怖は消え、代わりに激しい怒りがシェルナスの心と身体を震わせていた。


(…だが同情ばかりもしていられない。エルフの体力が尽きたときこの数が襲ってくるんだ。まず間違いなく終わる。クレオとジェンギュウスを待つしか手段は無いのか?)


「うっ…うう…ひっく…うう…。」


 ニアは泣き続けている。有鱗人たちを想って。シェルナスはそんな彼女の頭へ手をやる。


「う…?」


「…あ。す、すまん…。」


 ニアに顔を向けられ慌てて手を離す。無意識の行動だったのでシェルナス本人も驚いていた。そんな彼をしばらく見つめていたニアがおもむろに話し出す。


「…ぐす。……ねえ。……さっき…。」


「な、なんだ?」


「……さっき、この人達は…私しか見えていないって…言ったよね?」


「…かもしれない、だ。」


「それって、つまり…。目的は私だけ…って事でしょ?」


「……。」


「ホルクスの防壁もやがて消えてしまう…。」


「……。」


「その時はなんとか私から離れてね?そうすれば貴方は助かるかも…。」


 前の時と同じように悲痛な面持ちで、それでも笑顔を作ろうとしながら話すニア。


「………俺は感情移入しやすい。」


「え…。」


「そんなふうに言われたら絶対に見捨てられなくなる。」


「だ、ダメだよ!二人とも死ぬ必要ないでしょ!?」


「性分なのだから仕方ない。」


「わ、私はエルズリッドのエルフだよ!?こちらでは人間の敵なんでしょ!?」


「お前さんが本当に人間の敵なら、人間である俺にそんな気遣いをする筈ないだろ?」


「あっ…。」


 前と同じ行動に出たニアに、シェルナスは前にかけた言葉と同じ言葉をかける。思い返してみれば、あの時からすでにこの娘を信用していた。エルズリッドが脅威なのは今も変わらない。しかし、その全てを忌避する必要は無いのではないかと、シェルナスの蒙はひらき始めていた。


「なあ、体力は限界か?」


「え?…えと、まだだけど…。」


「だったら諦めるのは早かったんじゃないか?」


「でもクレオもジェンギィも来る気配無いし…。」


「なら、俺達だけで切り抜ける方法を探さないとな。」


「…私達だけで…?」


 ――正直望みは薄いが、確かに諦めるのは早かったかも知れない。と、ニアは考え始める。


「…そうだね。…まだ諦めるのは早いよね?うん、私も一緒に方法を探すよ。」


 そんなニアにシェルナスの表情は和らぐ。そして彼女にとある提案をする。


「その前にやっときたい事があるんだが、いいか?」


「ふぇ?やっときたい事…?」


「ああ。まだやってなかったと思ってな。」


「え~と…。」


「俺の名はシェルナス・レヴィスだ。シェルナスと呼んでくれ。」


「あ…、うん!私ニア。エルズリッドのニア。ニアって呼んでね。」


「ニア、これから(・・・・)よろしく。」


「うんっ、これからよろしくね。シェル。」


 2人は未来を諦めない。




「……………シェル?」




ありがとうございました


次回は

『秘宝の番人』

お楽しみに

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