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僕と彼女の(あまり)哲学的(では無い)おっぱい議論(仮)

作者: 7GO



二か月ぐらい前に、某企画に出した小説の加筆修正版。


投稿の際には()の中はありませんでした。

その為、感想欄には


哲学してねーよ!

つーか議論もしてねーよ!

おっぱい! おっぱい!


等の書き込みが寄せられました。(一部嘘)



「おっぱいとは何の為にある?」


 腕を組み、真っ直ぐに僕を見つめながら、彼女はそう言った。

 文体的には彼女は僕に問うている様に見えるが、実際は僕の意見なぞ求めてはいなかった。

 これは、今から私の考えを話すから黙って聞け、と言う合図なのだ。今僕達が向かい合っているこの場所も、本来なら僕の部屋の筈なのに、彼女の放つ逆らい難い威圧感の所為でまるで違う世界の様に錯覚してしまう。だからして、僕は黙っているしかない。僕の発言が禁じられているのなら、それしか僕に出来る事が無いし、この部屋においての僕の存在価値は聞き役でしかない。


「そもそも、だ。おっぱいとは何だ? 女性の胸部にある乳腺と脂肪分からなる部位の事か? それとも、おっぱいとは客観的に定義されてるものなのか? 生憎のところ、それは私には解らない。よってここでは、おっぱいとは前述の通り、『女性の胸部にある乳腺と脂肪分からなる部位』と定義させて頂く。異論はないか?」


 あったとしても、それを彼女が聞きいれる筈がない。またしても僕は黙っているしかないのである。僕は黙して、代わりに目の前にある紅茶を飲む事にした。――温い。不味い。


「この定義の場合、おっぱいは必ずしも必要と言えるだろうか? 乳腺を除けば、言わば脂肪の塊だ。大体の場合、脂肪とは人体にとって不必要の物だ。いや、全く必要のない、とは言えないが、少なくとも胸部にはさしていらない筈だ。――脂肪をぶら下げても、重いだけだからな」


 と、彼女は自分の意見に満足した様に、うんうんと一人頷く。僕はその様子を黙って見ている。そこで、彼女の胸部に視線を移す。恐らく、高名なロック・クライマーも、彼女という山塊には手を出せまい。掴むところが無いから。


「……なにを見ている?」

「別に、なにも」

「……そうか」


 危なかった。


「では、続きだ。おっぱいを構成する要素のうち、脂肪分の不必要さは解ったと思うが、次は乳腺だ。これも、果たして必要なのだろうか。乳腺は簡単に言ってしまえば母乳を作り出す器官だ。しかし、今この時代において、疑似的に母乳を作り出す技術が発達していて、先天的に母乳が出にくい女性も多いと聞く。赤ん坊の教育において、胸部から直接的に母乳を摂取させるのは、情操的に不可欠な物、とは多聞に聞くが、絶対的に必要な物とは言えないだろう。極端に言ってしまえば、赤ん坊を育てるならばその人工の物で事足りるのだから。後は、まぁその両親の教育次第でどうとでも挽回出来る」


 そこまで言って、彼女はカップに注いで久しくなってしまった紅茶を飲んだ。途端、顔を顰める。


「温いな」

「代わりを持って来ようか?」

「頼む」


 僕は彼女と短く会話を交わし、部屋を後にした。彼女に気取られない様に薄く、そう、薄く溜息を吐き、階段を下りて、キッチンへと向かった。


 そこで気付いた。カップを持って来るのを忘れた。正直、僕はあの部屋から一刻も早く抜け出したかったのである。字面だけ見れば、彼女は淡々と長々しく語っている風に見えるが、その彼女と相見えている僕としては、堪ったものじゃない。あの部屋にはどす黒い瘴気の様な物が蔓延しているし、もし視線で人が殺せるのならば僕は多分百六十回は死んでいる。そのくらい、彼女が発している空気は尋常な物ではなかった。あそこは仮にも僕の部屋なのに、超アウェイな状態で、しかも僕にはそれをどうする事も出来ない。こうして、新しい紅茶を持って来る、と言う体であの魔界を抜け出すしか方法が無かったのである。僕はどうやって部屋から脱出して、一息を吐こうか、という考えで一杯で、よって、僕はカップを持って来るのを忘れた。


 もういいや。ポットごと持って行こう。

 そう僕は決意し、コンセントに繋がれたポットを乱雑に引っこ抜き、大量に安く購入した紅茶のティーバックを箱ごと持って、キッチンを後にした。


 ――がんばれよ


 間違いなく幻聴であるが、キッチンが僕にそう言った気がした。あの元・僕の部屋はもう僕の部屋では無く、恐ろしい魔王が住み着く魔界なのだ。そして僕は魔王を倒す勇者などではなく、彼女に仕える哀れな従者でしかない。せめてキッチンぐらいは僕を応援してくれても良い筈だ。それが例え気の所為でも、それこそ気休めにはなる。かもしれない。なったらいいな。




 ******



「おかえり」

「……ただいま」


 僕が魔界に到達した時に、我が魔王は笑っていた。ただし、口だけで。

 その目は冷ややかで、もし視線で人が殺せるのならば僕は今十二回は死んだと思う。

 何故、彼女が再びそんな目付きをしたのか。それは彼女が今手にしている書物に原因がある。

 というか、彼女が魔王になった理由も、この部屋が魔界になった理由も、全てはあの書物が原因なのだ。彼女は再びあの諸悪の根源である書物に目を通し、その怒りを再燃させた訳だ。


「今、新しいの入れるから待ってて」


 僕はそう言った事全てを見なかった事にして、ポットから熱いお湯をそれぞれのカップに注ぎ、ティーバックを入れた。その間彼女は無言だった。

 

「はい、どうぞ」

「ありがとう」

 

 僕たちは紅茶を飲む時はストレートを好む。砂糖とかクリームだとか牛乳だとかは邪道、と考える性質だ。

 僕は彼女に混じりっ気なしの味気ない安物のティーバッグの紅茶を渡す。これで彼女の機嫌が治る筈は毛頭ないのだろう。彼女の言った『ありがとう』の言葉は、どこか棘のある様に感じられた。


「では……」


 何度かカップに口をつけた後、彼女は僕にそう言った、その顔は淡い微笑みを浮かべているが、目付きだけは別だった。その目は頼むから止めて欲しい。だが頼んでも彼女が聞きいれてくれないのは、明白だった。


「続きといこうか」


 誰か助けてくんねぇかな。マジで。



 ******



「ここまでの議論で、おっぱいは必要不可欠な物ではない、と言う事が決定された」


 彼女は自信たっぷりにそう言ったが、議論なんてものは一つもなかった。全部彼女の私見である。これではタイトルに偽り有りだ。


「だがそれは、あくまで肉体的、というか物質的な要素だ。私には到底理解出来ないが、世の男性諸君は、女性の胸部、つまりおっぱいに性的な魅力、所謂劣情を抱くのだろう? この本を引用させて頂くと、この様な文章が書いてある」


 と、彼女は言って、手にある悪魔の書物を開いた。その書物の名は『おっぱい大全~嗚呼、素晴らしきエデン~』で、その表紙にはグラマラスな女性が写っている。

 何とも馬鹿丸出しの書物であるが、それが僕の部屋のベッドの下から見つかったという事は、馬鹿丸出しなのは僕の方なのだろう。

 

 彼女は全く表情を変えず、その書物のとある一節を読み上げた。


「『おっぱいを哲学的に見ると、赤ん坊にとっては、栄養を摂取する為の存在そのものであり、 乳ばなれした子供にとっては、懐かしき故郷であり、成人した者にとっては、それは男女によって大きく異なる観念を持つものである。また成人した男性にとっても、それは個人的な趣向によって、その価値は様々である。ここではその成人男性にとっての価値を考察していきたい。先ずおっぱいと言うものだが、これを諸氏はどの様な部分を重視するのだろう。私は、――異論は有ると思うが、一先ずは私見である事を述べておく――大きさを重視したい。何故なら小さいおっぱいに私は価値を見いだせないのだ。いや、小さいおっぱいを持つ女性を卑下しているのではない。おっぱいとその女性の人間的価値は、必ずしも関係性があるとは私は思わない。ただ私個人の考えとして、小さいおっぱいと言う物の存在理由が理解出来ないのだ』……ふふふ、私はこの人間の考えが理解出来ないな」


 よりによってそのページを開くか。僕の体から汗が止まらない。だけれども、部屋の空気はドンドン下がっていく様に感じる。まるで、主の機嫌とリンクするように。あれ、この部屋の持ち主って誰だっけ?


「続けるぞ。……『私はおっぱいが好きだ。愛している。しかし、バストサイズで表すところのCより下のおっぱいは願い下げである。それより小さいおっぱいだと、揉みごたえも無いし、私の分身も全く反応しない。谷間を作ってから出直して来い、と言いたい』……以下はこの人間の大きいおっぱいに対する情熱が事細かく描写されているが、それは読まない事にするよ。お互いの為に、ね」


 僕はこれほどまでに恐ろしい『ね』を聞いた事が無かった。よって、彼女の『ね』に対して、僕が全自動首振り人形の様にコクコクと頷くのを誰が責められようか。魔王に逆らう事が出来る人物は勇者だけなのだから。


「この文章から察すると、おっぱいとは主に男性の劣情を盛り立てる物、らしいな。そしてパラパラとこの本を眺めた結果、劣情を盛り立てる為には、ある一定のレベル以上のバストサイズが必要らしい。このページの女性の様な、ね!」


 怖いんですけど。僕はこれほどまでに恐ろしい『ね!』を聞いた事が無かった。よって、彼女の『ね!』に対して、僕が物置の様に無言を貫いた事を誰が責められようか。魔王に意見する事が出来る人物は、最早いないのだから。


 彼女が勢い良く開いたページには、もう何と言うかダイナマイト級の女性が勢ぞろいだった。ここで一つ言っておくが、その女性たちはきちんと衣服を着ている。これはそういう本じゃないのだ。しかし皆が皆、胸を強調するような服装で見ている者を煽情するようなポーズをしている。これはそういう本なのだ。



「ふふふ。さっきのいけすかない人間の言葉を借りると、『おっぱいとその女性の人間的価値は関係しない』らしいが……それは君もそうなのかい? どうなのかい? おっぱいの大きさは関係なくて、君と私の関係は一般的には彼氏彼女のものだけど、果たして、私に対して誠実に『おっぱいの大きさは関係無い。小さくても僕の君に対する愛情は変わらない』と大声で言えるかい? 言えるのなら、この本を所持していた理由を聞きたいな。言えないのなら、私はこの部屋に居るべきではないのだろう。谷間を作ってから出直して来るよ」


 そう言った彼女の顔からは先程の怒気は全く無く、部屋を覆っていたどす黒い瘴気も成りを潜めていた。彼女は威圧感を放つ事など全く無く、どこか恐れる様な表情で僕を見ている。


 何やら風向きが変わった様だ。

 彼女がこうも弱気になった理由は、何となく察せられた。 

 僕と彼女が付き合って幾日が経った。その中で、僕は、彼女の僕に対する確かな愛を感じられていた。

 むず痒く、かつ、ナルシスト的な発想だが、彼女は僕を愛してくれているのだろう。

 その理由は結局良く解らないけども。


 ここが僕達の分水嶺なのだろうか。もしここで僕がまたもや無言を貫いたら、彼女と僕の関係はお終いだ。もしかしたら本当に谷間を作って来るかもしれない。しかし僕的に見て、彼女のバストサイズは『A-』と言ったところなのだ。果たしてどの様にして谷間を作ってくるかは見ものであるが、これは『もう二度と君には会わない』と言う事なのだろう。


「……私は何時だって物事を難しく語ろうとする。だから、友人も碌にいないし、こ、恋人だって、君が初めてだ。私の顔つきは可愛いとは言えないだろうし、……体だって、肉感的には程遠いし、お、おっぱいだって、小さい……。なぁ、君は何で私に惚れたんだ? 私にはどんなに考えてもそれが理解で出来ないし、この話になると、いつも君ははぐらかす。私はてっきり君が所謂太ももにフェティシズムを感じていると思って、この様な短いスカートを履いて来たのに、君は見向きもしない。それどころか、君の所持していたこの本からは、私と正反対な胸が大きい女性ばかりが載っている。……ここで『君の性格に惚れた』と言うのは無しだぞ。君は私に告白する時に『一目惚れした』と言ったし、それまで君と私は話した事が無かったからな」


 彼女は縋る様な目で僕を見ている。先程までこの部屋を支配していた魔王は何処かに行ってしまい、この部屋の所有権も僕に戻ってきた。おかえり、僕の部屋。おまけに、どうやら僕は発言権も得る事が出来たようだ。これを逃す手は無い。彼女は覚悟を決めてこの話題を振ったのだ。なら僕も腹を括るべきなのだろう。


「最初に言っておくけど」


 と、僕が言った途端、彼女の体がビクッと震えて上目遣いに僕を覗き込む。なにこの子超可愛い。しかし今は彼女に愛おしさを感じるよりも、伝えなければいけない事がある。


「僕は確かに君の細かい性格を知らずに告白をした。そして君と付き合って、大体だけど把握出来た。今の僕は、君の言うところの『物事を難しく語ろうとする』事にも好感を抱いているんだ。それを覚えていて欲しい。あと、君の顔は結構可愛いと思うよ」

「……本当?」

「こればっかりは嘘偽りが無いと言える」


 そう僕が言うと、彼女は華やかな笑顔を浮かべた。この部屋も自然華やかな雰囲気になる。僕だって部屋中を花で埋めたい気分になった。しかし、その花は長くは咲き誇れない様で、あっさり萎んでしまった。


「……なら君は私のどこに惚れたんだ? 顔、ではないのだろう? ……今日こそ、はっきり言って貰おう」


 何やらまた魔王モードが発動した様だ。部屋の所有権が彼女に移った様に、その雰囲気もガラッと変わる。多分、先程まで咲いていた花は、魔界に狂い咲く毒々しい物に変わるのだろう。触ると体力が減る感じの何かに。


「……その答えは君の持っている本にある。その本の百二十六ページを開いてくれ」


 僕の言葉に彼女は訝しみながら頁を捲る。僕はその様子をずっと見ていた。

 僕はそのぺージだけは腐るほど見たのだ。そこに載っている事は僕はそらで言える。そもそも僕はそのページだけの為に、その本を買ったのだ。

 彼女が目的のページに辿り着いた様だ。彼女の動きが止まり、ギギギ、とブリキで動く玩具の様な動きで僕を見た。その顔はどこか半笑いで、引きつっていた。


「……ど、どう言う事?」

「そう言う事、だよ」


 彼女は珍しくどもって僕に問う。対する僕はもうヤケだ。ドヤ顔をしながら、彼女に言った。最早隠しきれないのだろう。ならば、開き直る事にする。魔王をどうにかするのが勇者の仕事ならば、僕は勇者になってみせよう。恐らく、誰にも支持されない孤独な勇者だろうけど。



「僕は、おっぱいの小さい子が好きなんだ」


 彼女がポトン、と本を落とす。唖然とした表情で僕を見ている。僕はその視線には合わせず、彼女が落とした本に目を向ける。『おっぱい大全~嗚呼、素晴らしきエデン~』の百二十六ページ、そこには大きい見出しで『小さくて何が悪い! ~貧乳特集。B以上はお呼びじゃないんだよ~』と書いてあった。馬鹿丸出しのタイトルだが、このページを擦り減る程読んでいる僕は正しく馬鹿丸出しなのだろう。



******


「君の言った通り、おっぱいなんて言うのは脂肪の塊だ。大体において、一般的な男性はおっぱいの大きい女性を好むのだろうけど、はっきり言って、僕にはそれが全く理解出来ない。この本によれば、『おっぱいには夢が詰まっている』と書いている。それについては異論の余地はない。ないんだけど、それは別に大きさに拘らない物だと僕は思う。小さいおっぱいだって夢は詰まっているんだよ! むしろ小さい方が夢が詰まっていると僕は思うんだ。あのなだらかな曲線! 一つの芸術の様に均整の取れたあのライン! 乳頭だって、おっぱいが小さい方が良く映えると思うんだけど、どうだろうか? ちなみに、僕はロリータ・コンプレックスな訳じゃないよ。僕はただおっぱいの小さい子が好きなんだけど、所謂ロリータな子は、背も低いだろ? それじゃ駄目なんだ。駄目なんだよ! それなりの身長からでしか生み出せない小さいおっぱいの黄金比。これこそが僕の求めるものなんだ」



 ふぅ。熱く語ってしまった。

 ついと彼女の様子を見る。動かない。口をぽかんと開けて、理知的な彼女には似つかわしくない表情を出している。


「き、き、き、君、君、は……」


 彼女は言葉に詰まりまくり、まるで壊れたテープレコーダーの様に、同じ言葉を繰り返している。

 そこで彼女は、またもや温くなっているであろうカップに口を付けた。そしてまたもや顔を顰めたが、今度は文句は言わず、顔を引き締め、僕と視線を合わせた。


「……君は、私の体目当てで、私と付き合おうとしたのか?」

「有体に言えば、そうだね」

「そして、それは、私の、私のおっぱい、の為に」

「一目惚れだった。君ではなく、君のおっぱいに」

 


 途切れ途切れに僕に言った後、彼女は無言だった。その無言は、今まで僕が経験した事の無い、重苦しいものだった。

 別れを告げられるのかもしれない。嫌いだと言われるかもしれない。こんな下種な男、正直願い下げであろう。


 彼女が読み上げたページの、彼女の言う『いけすかない人間』は、ある意味僕と同じだ。彼は大きいおっぱいが好きで、僕は小さいおっぱいが好き。二人の差は、好きな物の大きさでしかなく、本質的には同じだ。だとしたら、僕もその『いけすかない人間』なのだろう。



 ただ、これだけは言わなくてはならない。



「……でも、付き合っていくうちに、気付いたんだ。僕は確かに君のおっぱいに惹かれて、君に交際を申し込んだ。君がその申し出に承諾してくれた時は、正直、ちょろいと思った。体目当て。正しくそうだ。だけど、君と会話して、沢山出歩いて、一杯遊んでいるうちに……僕は、君に恋をした。他ならない、君自身に。君の笑った顔にも。怒った顔にも。何もかにも。僕は小さいおっぱいしか興味が無かった筈なのに、もう君のする事なら、君の体なら、何だっていいみたいなんだ。今日だってそんな短いスカートを履いて。君は見向きもしない、なんて言ったけどとんでもない。僕のポーカーフェイスも捨てたもんじゃないみたいだね。ぶっちゃけ、理性を抑えるのに苦労したよ」


 そこまで言って、僕は言葉を切った。彼女を見ると、すっかり顔を赤くしている。どうやら好感触の様だ。言っておくけど、僕の発言は嘘偽りではない。僕が何処か冷静に見えるのは只の照れ隠しだ。モノローグくらいはカッコ付けさせてくれ。恥かしいんだよ、僕も。


 スゥー、と僕は息を吸う。ここが分水嶺ならば、ここ以外で何処で男を発揮しようと言うのか。

 ……ここだけの話、意外と彼女はロマンチックな事を好む。真の愛に目覚めた男の叫び。如何にもなお題目じゃないか。

 僕はそう言った事もひっそりと計算に入れていた。僕は下種だけど、下種な人間は総じて計算高いのである。


「おっぱいの大きさは関係無い! 小さかろうが、大きかろうが、僕の君に対する愛情は変わらない!」


 ひっ、と彼女が息を呑むのが聞こえた。まさか本当に言うとは思っていなかったのだろう。僕だって言う時は言うのだ。と、言うか僕はヤケクソである。歪な性癖を暴露した僕に、最早死角は無い。何と言う歪な勇者。これでは誰にも支持されないだろう。だけど、どうでもいい。彼女さえ僕の傍に居てくれるのならば。他がどう言おうと、関係無いのだ。

 よし、もう一息。僕はすっかり大人しくなった彼女に近づいて、肩を両手で掴み、視線を合わせた。

 僕の眼の前に何時もの凛とした目はそこには無く、世界新を叩きだす勢いで目が泳いでいる。


 「好きだ。愛している」


 僕が一言そう言うと、彼女は更に顔を赤くし、その目が潤んだと思うと、僕に抱きついた来た。

 嗚咽が聞こえる。彼女の声だ。僕は暫くの間、彼女を抱きしめていた。強く。強く。


 勇者が本気になれば、魔王なんぞこんなものである。

 だがしかし、その勇者の顔も真っ赤っ赤なのは、ここだけの秘密にして頂きたい。



 ******



「情けないところを見せてしまった」


 あれから幾刻が過ぎ、彼女は未だ顔を赤くしながらそう言った。ついでに目も赤い。

 今は落ち着いている様子で、僕が入れ直した紅茶を飲んでいる。


「いや、貴重な物が見れたから、いいよ」


 僕は意地汚い笑顔を浮かべて言った。


「う……そ、それは、き、君が……!」


 わたわたと彼女は体を揺すりながら言ったが、やがて観念したかの様にしょんぼりとした表情を浮かべた。


「……不安、だったんだ。君が真面目に私を愛していてくれているのは、解る。私も、君のその誠実な人柄に惹かれたんだ。でも、君が私に一目惚れしたというその切っ掛けが何だか解らなくて、ずっと悩んでいた。……もしかしたら、その『切っ掛け』が原因で、何時か私がいらなくなる日が来るかもしれない、と思うと……。それで、何か解るかもしれないと思い、君の家を漁ってみたんだ。不義理な行動だろう。私もそう思う。でも、止められなかった。そして、あの本を見つけて、私、私……!」


「……軽蔑した? こんな性癖の持ち主で」


 僕がそう聞くと、彼女は首をふるふると振った。


「いや、驚きはしたが、正直嬉しかった。……何にしても、君は私を思っていてくれたのだろう? ふふふ。自分でも不思議だが、嬉しくて仕方がない。何でだろうな。好きな人から性的な目で見られる事による精神の高ぶり、と言うやつかな。それとも、もっと私の思いもよらない特別な働きによってこのような考えになるのかな?」


 何時もの様な理屈っぽい彼女の物言いに、僕は微笑んだ。


「さぁ? それは僕も解らないな。でも、もっと深くまで付き合ったら、何か解るかもよ?」

「……ふふふ。そうかな? 君が言うんなら、きっと、そうなんだろうな」


 僕の部屋から少しHな本が見つかっただけで、やたら話が長くなる彼女に、僕はどうしようもなく惹かれていて。愛おしくて。そしてこれからも、きっと彼女は前置きを長くしながら、理屈っぽい事を述べるのだろう。


 でも、それでもいいと僕は思っている。彼女と少しでも長く居れるのならば、何だって。




 ******


「……そう言えば、私の妹は中学二年生で、私と似たような体つきをしているのだけど、君、やたら妹と仲が良かったね」

「……何の事か解らないな」

「あれか? 君はもしかしておっぱいが小さくて私と同じ様な雰囲気を持つ人なら誰でも良いのか? それとも所謂姉妹丼とかいうのを狙っているのではあるまいな。昔から男と言う生き物は、そう言ったハーレム的な要素に憧れを持つ傾向があるみたいだからな。子孫をより多く、多様化して残すためだとか。君はどうなんだい? ん?」


 僕の部屋の持ち主が再度彼女になったところで、この物語はお終いだ。僕はまた、孤独な勇者となって、僕の愛しい魔王をどうにか宥めないといけないから。それでは、また逢う日まで。



「君の言った事は嘘なのかい? 恋人である私に嘘を吐く、と言うのはどうなのだろうかね。それが人間ならば嘘というのはあって当然のものだろう。しかし私は思うのだが、自身の想い人には常に誠実で居て欲しいと……おい、聞いているのか? 大体君はだね……」




とまぁ以上です。

何故これを今更だすん? と言う声が聞こえそうですが、意味は特にありません。

少しでも楽しんでいただけたのなら、幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] はじめまして。あほの変態です。 初めはどうなるのかと思いましたが素晴らしい。あなたは天才です。これからも作品お願いします。
[一言] 痴話喧嘩…?確か〜略〜は犬も喰わないでしたっけ?
[一言] こんにちは、変態です。 いえ、紅夏と書いて変態と読みましょうか。 すばらしかったです。 もうね。 なにこれ。 リトバス以上に感動して、クラナド以上に泣きましたよ。 へへっ…… こ…
感想一覧
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