逆張りってなんだよ
なんだかな~。
最近のガキどもは、個性がない。
面白くないんだよな~。
状況が変われば、いつでも意見を変えるというか。
よく言えば柔軟、悪く言えば信念がない。
『これだけは譲れないってもんが、ないもんかね』
みんな同じもんに群がるから、そうなるのも必然か?
流行りもんが伝わることが普通だもんなぁ。
『…逆張りってなんだよ』
自分に合わなかったことをそんな風に言われれば、そりゃそうなるか。
流行りを知らないことに理由を求められるなんて、イカれてんね。
『…ガキは悪くねぇな』
どうしようもないんだろうな。
人からの評価が直に心に来る年齢で、我を通すなんて出来やしないか。
『むかつくなぁ』
ピーンポーンパーンポーン
『んぉ?』
『霧原先生、至急校長室に来てください』
…私じゃん。
なんだよ、めんどくさいな。
椅子をギーッと鳴らしながら立ち上がる。
スマホをポッケに入れる。
『校長室ぅ?』
ろくな用事じゃない。
『…十中八九、トラブルだろうなぁ』
廊下に出る。
丁度休憩時間だったからか、そこそこ生徒がいた。
…なんか見られてんな。
『見せもんじゃねぇぞ』
歩きながら、さっきの話を思い出す。
個性がないだか、面白味がないだか。
トラブル起こすような個性…ね。
そのとき。
向こうの廊下から、慌てた足音。
走んなよな。
振り向く。
『霧原先生!』
『はいはい』
『放送聞きました?』
『聞きました、だから今行こうとしてるんです』
『助かります。あの…生徒が…』
『ストップ。ここで話すことじゃないです』
そう言って歩き出す。
生徒指導の先生が、慌てて隣に並んだ。
『あ、はい』
校長室の前に着く。
『それで、先に知っといた方がいいことは?というか、なんで私が呼ばれたんです?』
ドアの前で立ち止まって聞く。
生徒指導の先生は、少し言いづらそうに口を開いた。
『えっと、一年の女子です。トラブルがあって事情を聞きたいんですが、霧原先生としか話したくないと…』
『…ほーん』
それだけ聞いて、ドアを開ける。
『本人から聞くのが一番よ』
校長室。
校長、教頭、担任。
空気が重い。
その中に。
ソファに一人、女子が座っていた。
授業で会ったことはあるけど、話したことはほとんどない。
…なんで私?
俯いている。
校長が口を開く。
『霧原先生、この生徒が――』
『あー、大丈夫です』
手を軽く振る。
『ちょっと話します』
私は女子の向かいに座った。
『先生方』
『どうかしましたか』
『私としか話したくないってことは、聞かれたくないってことでしょ。あとで報告しますから、出てってください』
『あっ。そうですね』
校長が、ゆっくりとした口調でそう言った。
抜けてるというかなんというか。
『でも、何するか…』
担任。
『尋問してんじゃないんです。話し聞くだけなんですから、暴れたりなんかしないですよ』
『でも——』
担任の目を見る。
『何にそんな怖がってるんです?』
担任は一瞬だけ言葉に詰まった。
『…そうですね。よろしくお願いします』
校長室から、みんな歩いていった。
扉が閉まる音。
それからしばらくたって。
『…んで。なんで私?』
そう聞いた。
『…まえ』
『前に、私も好きって言ってたから』
『…なにが?』
『これ』
そう言って、どっかからキーホルダーを出してきた。
『あぁ。これね』
一昔前…というか、私の世代に流行ったアニメのやつだ。
くっそ懐かしい。
授業の時に言ったんだっけ。
『…え?それが理由?』
『はい』
『…?』
少し沈黙。
『よし、よくわからんが。なんで君がここに来ることになったのか、その経緯を教えてくれ』
『…はい』
『あ、待って。隣座っていい?』
『え?』
『別に叱りに来たわけじゃないし。話し聞くんだったら、隣のがいい』
『…わかりました』
『ありがと』
隣に座る。
『じゃ、続きどうぞ』
『はい』
『……教室で、みんな話してて』
『うん』
『最近の流行りとか分かんなくて。私は私が面白いと思ったものを見ていたくて』
『それで…!それなのに…!』
少しづつ興奮して来ている。
思い出してるんだね、そのときのことを。
『落ち着いて。急かしたりしないから、ゆっくり話してごらん』
『…えと、普段』
言葉を探すように、手を動かしている。
『いつもは、あんまり話さないんです。そういうこと』
『アニメとかの話ってことね』
『はい。だって、分からないですから。みんな、知ってることが当たり前みたいに話してて』
『そっか』
『でも今日は…話しかけられて』
『「最近なに見てるの?」って』
『それで?』
『正直に答えました』
『そう』
説明、話すのがあんまり上手じゃないな。
あんまり人と話さないのかな。
それか、苦手か。
本人はあんまり気付いてなさそうだけど。
『そしたら』
『そしたら?』
『笑われました』
『そっか。…その子はなにか言ってた?』
『古い。あと、逆張り、って』
『……』
んなタイムリーな。
『流行りとか、そういうのじゃないのに。勝手に理由を決められた気がして。なんか、モヤッとしました』
『…うん。あれ?でもさ、それだけで、校長室に来るようなことになるかな』
『……そのあと。作品のこと、馬鹿にされて』
『それが許せなくて、頭に血が上って。お互い、言い合いになって』
『うん』
『…最終的に、私が椅子を投げて、窓が割れました』
『…まじ?』
『はい』
『怪我人は?』
『いません』
『じゃ、いいか』
『………』
何を言えばいいかわからなくなってる。
それか、もう話しきったという感じかな。
『これは持論だけどね』
ここからが、私の仕事。
『君は、間違ったことをしていない』
『え?』
『君は、面白いから見ていた。相手は、流行っているから見ていた。そんな相手に、自分が好きなものについて語られたくない』
『そう思うのは、正しい』
『…椅子を投げることが?』
『あははっ。個人的には大歓迎だけどね。流石に、それはやりすぎって言われちゃうだろうね』
『でもね。君にとっては、それほど大きいことだった。だって、作品を馬鹿にされたから怒ったんだ。なんでもかんでも怒るような、ただの短気なやつじゃない』
『だからこそ、その作品が好きな私に、話を聞いてほしかったんでしょ?』
『その重みが分かる、私に』
『…はい』
あってた。良かった。
『ああいう類いのやつらはね。作品を楽しむことよりも、それを話題に喋ることを目的としてるんだよ』
『自分だけで価値を認めることが出来ないから、流行ってるものに食いつくんだ』
『………』
『純粋に作品を楽しむ。これはね、私から見ると、ほぼ全員が出来てない。真っ直ぐ向き合うこと、自分の中で噛み砕くこと。君は、それが他の人よりも出来るんだ』
『それは、とっても素敵なこと』
『…はい』
『でもね。君は、怒った。馬鹿にされるのが許せなかった』
『他人の評価を気にしてしまったんだ。流行りに乗っているだけ、その作品を見たこともないやつの一言を』
『………』
『それは、違うよね』
『……え』
『君が好きなのは、その作品でしょ』
『はい』
『じゃあ、評価するのは誰?』
『……』
『流行りで見てるやつ?』
『……』
『それとも君?』
女子が少し考える。
『……私、です』
『そう』
『だから、怒る必要なんてなかったんだ。今回はね』
『今回は?』
『例外ももちろんあるよ。例えば、その批判のせいで、それを作った作者が被害を被るときとかね。評判が下がるせいで、その作品が売れなくなったりしたらまずいからね』
『その場合は、止めるべきだろうね』
『……簡潔にまとめようか。分かりやすくね』
『周りの評価を必要とする好きなんてのは、価値がない』
『その点で君は、一歩先にいる』
『……先生』
『なに?』
『私は、どうすればいいですか』
なんとなく、伝わったみたいだ。
『そうだね。まず、いろんな人に謝ることになるよね。窓割っちゃったし』
『はい』
『それはまぁ、適当にやり過ごせばいい』
『え』
『今回悪かったのは、窓を割ったことじゃない。それはもう、分かったでしょ』
『…そうですね』
『だから。これからは、自分で決めなさい』
『…はい』
『これで全部?』
『はい』
『じゃあ、いい感じにまとめて先生たちに伝えるけど、いい?』
『大丈夫です』
『うん。いい目だ』
校長室を出る。
…そういえば、なんで校長室なんだ?
他の部屋じゃダメだったの?
『まぁ、いいか』
扉が閉まる。
授業中だからか、静かだ。
『…次授業じゃん』
廊下の向こうから、校長たちが戻ってくるのが見えた。
ナイスタイミング。
…なんか、緊張した顔をしている。
『なんで?』
『どうでしたか』
『いやぁ?普通に話してくれましたよ』
『良かった。それで、なんと?』
『ちょっとした喧嘩がヒートアップしたみたいです。心配しなくても大丈夫ですよ』
『対策は…』
『要りません。もう起こりませんよ』
そのとき、校長室から女子が出てきた。
『ね。もうおこらないよね』
女子に向かって言う。
『…なにがですか?』
キーホルダーを握りながら、そう答えた。
この先生好きすぎて、名前が付いてしまった。
逆張りとか、言葉は正しく使おうね?
もちろん分かってると思うけど。




