9、枯れ木の魔物との戦い
依頼場所は小高い丘の上にある遊歩道のてっぺんにある公園だ。道中は緩やかな坂になっているが、園内は歩行者専用のため、浮遊原付で移動できないのは面倒だ。だが、景観を満喫できるからさほど苦痛には感じない。
少し前までは満開の桜が咲きほこり、それは風流な景観を楽しめただろう。ただ、四月も数日が過ぎて、満開とはいえない状況になってしまっているのは残念だ。
「もっと桜が咲いてたらここで寝たら気持ちよさそうだったのになぁ……」
『本当に橙綺くんは、気持ちよく寝ることしか考えていないのねぇ』
肩をすくめるアリスに俺は憤慨の気持ちをぶつけた。
「寝ることばかりとは心外だ。寝ること以外にも考えているぞ、俺は」
『何を考えているのかしら? 睡眠以外だと、食事のこととか?』
「それもあるが、一番はどうすれば楽ができるかってことだ。いかに自分の労力を使わずに自由にのんびりと暮らしていけるか、俺の考えの根底はこれだ」
わかってないな、と肩をすくめ意趣返しをすると、アリスがため息をついた。
『……だからこそ、発破をかけないといけないんだから。少しはこっちの身にもなってよね』
「知るか、そんなこと」
『こっちの事情だけれど、橙綺くんの気持ちを乗せるのは大変なのよ』
アリスの事情なんて知ったことじゃない。俺は自分が自由にのんびりと暮らしていければ、それでいい。
自由にのんびり暮らしていくためには、金が必要だから最低限度の労働はしなければならない。俺が動くとすればそのくらいだ。
今回の依頼もアリスが勝手に受けたものだが、内容はそこまで複雑なものではないから、俺の性分にも反らない。
勝手に受けられたのは気持ちよくないが、金のためには頑張らないといけない——と考えてふと思う。
「そもそも、世界改変の時に金っていうシステム自体をお前の力で消してくれりゃよかったんだよ。全く、面倒くさいシステムを残してくれたもんだ」
『ある程度の秩序がないと、人間なんて世界を崩壊させてしまうでしょ? 現に百年前には世界を滅ぼしかけたんだから』
「……うっ」
そう言われると弱い。俺はその時代に生まれた人間というわけではないから直接的な責任はない。だが、人間である以上はその責任は重く捉えないといけない。
俺が反論してこないとわかった様子で、アリスはクスッと笑みを浮かべて満足げな様子である。
『そうと分かれば依頼を遂行していくわよ。さぁ、そろそろ目的に到着するから、戦闘準備を整えておいてね』
「分かってるよ」
アリスと雑談を交わしながらも、道の先から徐々に乱れたコードの雰囲気を感じ取っていた。
『見えたわよ、暴れる枯れ木さんが』
アリスが指をさした方を見ると、緑地が広がっている。のんびりするにはうってつけの空間だ。
だが、そんなのんびりする場所には人気がない。なぜなら、のんびりとした雰囲気を台無しにするかのように、木の中間部分より上の方が折れ曲がった木が、うめき声と共に暴れ回っているのだから。
遠目からだが、折れ曲がっているとはいえ三メートルほどはあるように見える。かなり年長の木のようで、幹は俺の身体よりも太い。
幹には目と口がついていて、幹から生えている太い枝が手のように、根っこが足のように蠢いている。枝の部分には桜が少し残っているが、まるで血でも擦ったかのように赤紫色に変色してしまっている。
こんな状況じゃ、落ち着いて日向ぼっこなんてできたものじゃない。
ざっくり見た感じでも、確かにコードが乱れているのが分かる。『Δ』や『Ω』など通常組み込まれていないコードが見えているあたり、完全にバグっている。
ただ……。
『橙綺くんどうかしたの? まぁ、じっとボケーっとしているのはいつものことだけど』
「うっせえ。集中してんだ、話しかけんな」
乱れたコードの規則性が、どこかで見覚えがあるように感じた。だが、バグは俺が直してアリスが固定化すれば同じバグが起きることはない。
「……お前何か知ってるだろ?」
『さぁね』
「……そうかい」
ニマニマしているアリスは明らかに何か知っている様子だが、教えてくれない。この依頼に俺を出向かせたのには何か理由があるかもしれないが、今は気にしている場合じゃない。
とりあえずは、金を稼ぐためにも依頼を遂行しよう。考えるのはその後だ。
ポーチから剣を取り出し、大きさのコードを通常に戻す。
暴れているからなかなか面倒くさそうな相手だ。それに、一度剣で斬って解析した程度でどうにかできる自信もあまりない。
こういう時に前みたいに田所のサポートがあると助かる。あれは秀逸だった。だが、ないものねだりはするだけ無駄だ。
「……ちまちまやってくしかないか」
『その意気よ。さぁ、橙綺くん。バトルスタートよ!』
アリスの掛け声によってか、枯れ木が俺の存在に気づいた。うめき声をあげながら一目散に俺に目がけて突進してくる。
「……面倒なことするなよ」
俺の悪態をどこ吹く風と言った様子で、聞き流しているアリスにため息をつくが、意識を枯れ木に切り替える。対処しなければ攻撃されてしまう。痛いのは嫌いだ。
突進してくる枯れ木を迎え撃つべく、剣を構える。集中して神経を研ぎ澄ます。剣を強く握りしめ、襲いかかってくる枯れ木を見つめる。
ドタドタと襲いかかってくる行動はまるでパニックでも起こしているかのようで、規則性を感じない。コードも激しく乱れている。
「ギエエエェェェッ!」
枯れ木の手による攻撃をかわして、地面に突き刺さった手を剣で一閃。コードの解析とともに乱れたコードを修正したことで、地面に突き刺さった手は消滅した。
……やっぱり、見たことあるコードだ。
『橙綺くん! 油断していると痛い目を見るわよ!』
「おっと——考え中に攻撃してくんじゃねえよ」
気になって集中が途切れてしまったが、アリスの助力でギリギリ枯れ木の攻撃をかわすことができた。
『戦闘中に考え事なんて余裕ねぇ。とはいえ、さすがは橙綺くん。違和感に気づき出しているようね』
気になるが、今は戦闘中だ。考え事は後にしよう。
「やっぱり何か企んでやがるな。こいつを片付けたら、きっちり教えてもらうからな」
『教えはしないけど、答えあわせになら付き合ってあげるわよ』
自分で導き出せたら教えてくれるってことか。考えるのも面倒くさいが、どうにも気になってしまう。気になったことをそのままにしておくと、睡眠の邪魔になる。
……今まで眠れなかった経験はないが。
「じゃあ、そうさせてもらうぜ」
枯れ木の攻撃をかわし、今度は幹に一閃。乱れたコードを少しずつ修正できているためか、枯れ木の挙動が大人しくなった。顔の表情も心なし穏やかな表情になったように見える。
本当に、何か自分のやりたいことがうまくいかなくて癇癪を起こした子どもみたいだ。落ち着いてきたら、その場で止まり出した。
こんな相手に剣で解析するのも気が引ける。大人しくその場で地団駄を踏むように木の根を動かしている枯れ木の幹に手を触れ解析を始める。
目を閉じて集中する。枯れ木の乱れたコードを探していく。その間にも枯れ木はうめき声をあげているが、気にせずコードを探す。
「……見つけた。全く、子どもじゃねえんだから、大人しくしてろよな」
枯れ木の乱れたコードを取り払い、修正する。目を開けるとそこには魔物と化していた枯れ木はただの枯れ木に戻っていた。
頭上から、桜の花びらが一枚ヒラリと落ちているのが見えた。それは、綺麗な桜色をした花びらだった。
★
アリスの固定化後に腕時計型デバイスで依頼達成の報告をすると、どこからか爺さんが猛スピードで駆け寄ってきた。体格のいい丸々とした体をしている。
依頼達成の報告をした途端に来たということは、俺たちの戦いを近くで見ていたのだろう。
俺にはこれからアリスに確認しないといけないことがあるのだが、爺さんは俺の手をとって嬉しそうにブンブンと振ってきた。肩が痛いから振り払う。
「あんたが依頼人か?」
「うむ。わしはこの公園の管理人じゃ」
そう言って、爺さんは桜の木の幹に手を触れた。
「今朝になって急におかしくなって、気づいたら魔物になってしまっておった。先日、老齢で幹の根本から倒れてしまってのぉ。公園のシンボルじゃった……」
公園のシンボルだった桜の木が倒れてしまい、暴走してしまったというのが爺さんの見解らしいが、俺も似たような見解だ。後でアリスに確認する必要があるが。
ちらっとアリスを見ると、目が合うやニヤニヤしているところを見るに何か企んで俺にこの依頼を受けさせたのは確実だ。
嘆息する俺に、爺さんが枯れ木に声をかける。
「百年前からずっと我々を見守ってくれていたからのぉ、寂しかったんじゃろ?」
爺さんの言葉に、枯れ木のコードが一瞬揺らいだように見えた。もしかすると、頷いているのかもしれない。
寂しさで気持ちが抑えきれなくなって暴走した。コードが乱れてバグを起こし、魔物となってしまったのだろうな。
「きちんと供養してやるから、もう大人しく寝ていてくだされ」
爺さんが手を合わせると、まるでありがとうとでも言わんかのように、桜の木のコードが揺らいだ気がした。




