12、いざ、ダンジョンへ!
暴風雨に雷と劣悪な天候の中、俺は荷台に田所を乗せて咲椰神社まで浮遊原付を走らせている。アリスはといえば、荷台に乗れないからか不服そうながらも今は俺の腕時計型デバイスの中でくつろいでいる。
風の影響で、どこかの家から瓦も飛んできて非常に危険な状況だ。それに、神体のバグの影響か蛙や魚などもバグ化して魔物となり襲いかかってきた。
田所の補助の異能がなければ、とてもじゃないが外に出たいとは思わない。
「本当にすげえよな、お前の異能」
「そんなことありません。現にこの状況を引き起こしておいて何もできずに、新堂さんを頼っているのですから……」
俺としては、楽ができる程度のことで言ったつもりだったが。何せ、結界の力で雨風を凌ぎながら移動できているのだから。
ただ、田所は深刻に現状を思い悩んでいるようだ。結界で雨風を防がず、俺の家までずぶ濡れできたのがいい証拠だろう。
それにしても、あの神体にバグが生じていたとはな。少しの違和感は感じたが、その程度だ。のんびりと暮らしていくためにも、バグの処理能力を上げないといけないのだろうか。
それは、非常に面倒くさい。バグの解析作業は集中するから疲れる。それを、今まで以上に難解なコードを読み解かないといけないのは、想像するだけでもため息が出る。
ということは、だ。神体のコードを読み取るのは非常に骨の折れる作業となる。何せ、触れただけじゃ読み取ることができなかったのだから。
まぁ、仮にも神体——つまりは神で、触れただけで異能のような効力のあるものだ。今の俺に読み取ることは不可能だった。そう考えて、ふと浮遊原付を停める。
「どうしたんですか?」
「……ちょっと待て、今の俺じゃあ神体のバグを取り除けねえんじゃねえか。現に、神体に触れただけじゃバグってることに気づけなかったぞ」
これはどちらかといえば田所ではなくアリスに向けたものだった。田所はきょとんとしているが、アリスは腕時計デバイスの中でくつろぎながらも俺の疑問に答えた。
『そうかもねぇ。でも、橙綺くんは一度受けた依頼は断らないんでしょ? ものぐさな癖に、責任感だけはあるからね。だから、煽らせてもらったんじゃないの』
「…………」
本当にアリスの手のひらで転がされていたようだ。依頼を受けてしまえば俺は断らない。それに、村で過ごしたいという気持ちもある。それを逆手にとってくるなんて。
「……ったく、ババアは人の裏をかくのが得意だから困る」
『また女神様をババア呼ばわりしたわね! ……ちょっとは、手のひらで転がしてちょっとは悪いと思ったけど、田所ちゃんを呼んだ理由を教えてあげようと思ったけど、教えてあーげない!』
デバイスの中で不貞腐れるアリス。まずいぞ、アリスの機嫌を損ねたら俺が大変だ。
「悪かった。ババア呼ばわりしたことは謝るから、教えて——」
くれ、と言おうとしたところで田所が口を挟む。
「新堂さんは、腕時計と会話できるんですか?」
焦って、この場に田所がいることを忘れていた。
俺は腕時計と会話することなんてできない。腕時計デバイスの中にいるアリスと話をしていただけだ。だが、アリスの存在を感知できない田所にはそのように見えるだろう。
深呼吸を一つ。一旦落ち着こう。
「なんでもない。ただの独り言だ……」
「そう……ですか?」
やや疑問に持っているようだが、必要以上に追求してこないのはこういう時にはありがたい。さて、アリスが言っていたことを田所に確認しよう。
「さっきも言ったが、今の俺には神体のコードを読み取ることはできない。だが、お前にはできるのか?」
田所は首を振ったから、どういうことだよという気持ちでアリスを睨みつけていると、田所がポツリと口を開く。
「新堂さんのようにコードを読み取ることはできません。ですが、長年ご神体様に使え、見守り、過ごしていました。ですから、ご神体様の違和感には気づくことができるかもしれません」
「…………」
俺は絶句した。確実にできると言えないものを信じるのは不合理だ。合理的じゃないものを信じるのは俺の性分には合致しない。
だが、非科学的なものでもきちんと効果を発揮した事例が存在している。神体だ。非科学的なものには非科学的なもので対応するのが合理的か?
……俺がアリスの煽りに簡単に乗せられたのが悪いが、こうなったら田所を頼るしかなさそうだ。
いつもならもう少し考えてから楽に行動するのに、仕事後に眠っていないから疲れてたのか、頭の回転がどうにも悪い。
だが、やると決めた以上はやり切るしかない。依頼として引き受けた以上はやり抜く責任が俺にはある。
「……わかった。とにかく、神社に向かうぞ」
「お願いします!」
停めていた浮遊原付のアクセルを踏み込み、再び神社を目指す。
★
これは不幸中の幸いと言っていいのだろうか。
咲椰神社はバグった影響でダンジョン化してしまっている。その影響か、あの長ったらしい階段が消滅して、鳥居の奥は洞窟の入り口となっている。
鳥居の先は、時折ノイズのように歪み、実体と仮想の境目が曖昧になっているように見える。
正直、千段の階段を登るのは面倒くさいと思っていた。田所がいるから、補助をかけてもらえるから少しはマシになるだろうと思っていたが、そもそも登ることすらしなくていいのは気分がいい。
ただまぁ、その気持ちを表面に出すことは、傍で手をぎゅっと握っている田所を見てしまったらしてはいけないな。
「……私のせいで、咲椰神社が」
悲痛な声を上げる田所をチラッと見た後で、俺は鳥居の奥のダンジョンの入り口に視線を向ける。
ダンジョンは危険な場所だ。魔物だってウヨウヨしているし、トラップも仕掛けられている。まぁ、魔物は倒さないといけないが、トラップに関してはコードの乱れから見破れるのは助かる。
『ダンジョン攻略なんて、いかにも勇者って感じね』
「……お前は気楽だなぁ。俺はこれから大変な仕事をしないといけないのに」
『あら、そんなことないわ!』
アリスは腕時計デバイスから出てくるなり、腰に手を当てて怒ったような表情をしている。
『何せ、アカツキ村全域でダンジョン化が起きてしまっているのよ。それも古びた家屋全般にね。この神社の神体の影響はすでに神社の外にまで溢れているのは、この雨を見ればわかるでしょう?』
「……チッ、またお前の力も借りないといけないってことか」
『そういうこと!』
俺ができるのはバグの修正だ。ただ、今回のように同じコードによる修正を世界規模——今回は村規模だが、修正したコードを固定化できるのはこの世界の女神様だけだ。
つまりは、アリスだけ。
俺が元凶の神体のコードを正常に書き換えた後で、アリスがそのコードをアカツキ村全体に固定化する。そうすることで、神体の影響を封じ込め元通りののんびりとした村に戻すことができるってわけだ。
「まぁ、女神なんだからそれくらいしてもらわないと困るけどな」
『私が頑張るためにも、橙綺くんには神体のコード修正を頑張ってもらわないといけないんだから、しっかりやってよね!』
「……あぁうっせえ」
本当に口のへらない女神様だ。
アリスから田所へと視線を移す。依然として緊張しているのか、自分のことを責めているのか、かたまっているように見える。
「……えい」
「ひゃっ!?」
あまりにも動かないものだから、脇腹をチョンと突いてやった。すると、面白いぐらいに飛び跳ねたものだから少し罪悪感を感じてしまう。
「し、新堂さん何するんですか!?」
「わ、悪い。そこまで驚くと思わなかった」
それから俺は罪悪感を払拭するために頭の後ろをさすった。
「あんまり緊張し過ぎんなよな。そんな調子だと、できるもんもできなくなるぞ」
「…………」
黙っている田所に、俺はため息をついてから、柄じゃないのは分かっているが励ますような言葉をかけてみる。
「この神社を元に戻したいんだろ?」
やはり慣れないものはするものじゃない。恥ずかしくなって、身体が熱くなってくる。俺は気持ちを落ち着けるために頬をかく。
『橙綺くんが、そんなことを言えるなんて……』
アリスが傍で茶化すようなことを言っているが無視していると、田所が俺の目をジッと見て、ここでようやく表情が緩んだように見えた。
「……はい!」
俺は田所の笑みを直視できずに、ダンジョンの入り口に目を移した。
子供のように癇癪を起こして村一つを壊滅的な状況に陥らせてしまうのだから、神体の力はやはりすごいのだろう。バグっても神ってことか。
俺には神体の複雑なコードは読み取れない。田所の補助が鍵となる。田所がやる気になってくれたのは、嬉しいことだ。手のひらに拳を打ちつける。
「……よし、泣いてる神様を助けに行くぞ」
「はい!」
田所と並んで俺はダンジョンの中へと潜入した。




