11、特殊依頼 ダンジョン攻略!
びしょ濡れの田所をそのままにしておくわけにもいかない、というアリスの言葉を受けて、戸惑いながらもなんとか落ち着かせ、今はシャワーを浴びてもらっている。
着替えが必要となるが、俺は男で女物の服なんて持っていない。田所がシャワーを浴びている間に、アリスに言われ巫女装束を乾燥させておいた。
「……どうせ外に出たらまた濡れるのに、乾かす必要あるか?」
『橙綺くん……効率的なことは素晴らしい考えだけど、さすがにねぇ』
「文句あるのか?」
『……やっぱり、異能力だけじゃなくて、橙綺くんには人間力の向上も必要ね』
アリスはため息をついているが、俺の知ったことじゃない。
自分の考えを曲げて他人のためにすることなんて無駄だ。そんなことに労力を使うのなら、自分がいかに楽をして自由に過ごしていけるかを俺は考える。
田所がシャワーから出て来るまで、俺はリビングのソファーで寝転んでいる。午前中に依頼をこなしてきて疲れているはずなのに、眠気が全く襲ってこない。
「……おかしいな。全く眠くならねえ」
『眠れないことがそんなにおかしい? ふふっ、それなりに緊張しているんじゃない。男として、田所ちゃんが自分の家でシャワーを——』
「な、何言ってんだお前!?」
あまりにも意味のわからないことを言い出したものだから、床に膝を曲げて座っているアリスの言葉を遮った。別に女子が俺の部屋で何をしようと、俺は特段どうとも思っていない。
俺が今一番気にしていることは、田所が何を言わんとして俺の家まで来たのかということだ。俺が今後もこの村で生活できるのかということがかかっているからだろう。
天井に手を伸ばす。
「俺は結構この村が気に入ってるんだ。せかせかしてなくて、気楽でいい。初めての自由な生活の拠点として来たばかりの村を、そんなにすぐに出て行きたくない」
『学校では不遇だったものねぇ』
「……くだらねえこと思い出させるんじゃねえよ」
扱いとしては確かにぞんざいだったように思う。何せ、俺には異能力がないものと扱われていたからな。
基本的に、机で突っ伏して眠っていた記憶が大きい。
ただまぁ、俺はそんなことを気にするような性分じゃない。冒険者として、自由にできる権利を与えられたと嬉しいと思っていたくらいだ。
身体を起こし、ソファーにあぐらをかいてアリスを見やる。
「他人の決めた評価なんて俺は気にしない。他人にどう言われても俺は俺の信じた道を突き進むだけだ」
アリスに決意を伝えたのだが、なぜだかクスクスと笑っているばかりである。俺としては割と真剣に伝えたつもりなのだが。
「な、何がおかしいんだよ?」
『だって……』
笑いながらアリスが指をさした方を見てみると、やや顔の火照った巫女姿の田所がいた。
……なるほど。アリスの笑いはそういうことか。
アリスとの会話は俺にしかできない。田所は、俺が一人で何を言っているんだろうと、呆けたような表情をしている。
「えーと……」
さすがにちょっと恥ずかしい。全身が上気してくるのを感じる。誤魔化そうと思うが、田所は少しばかり人を信じやすい傾向にあるように以前感じた。適当に誤魔化せば信じてくれることだろう。
「なんでもない。全くもってなんでもない。ただ、言いたかっただけだから気にすんな」
「そう、ですか」
そんなわけはないだろうという疑いを、持っているのかいないのかわからないが、田所は首肯してくれた。
このまま今の失言を忘れさせるために、リビングのテーブルへと田所を誘導し、話をする体勢を作った。
『……お茶くらい出したら?』
舌打ちをした後で、冷蔵庫に入れているお茶をカップに入れて座った。
お茶を飲んでいる田所に俺は切り出す。
「それで? お前は俺ん家に何しに来た?」
俺の話を受け、田所はまた泣き出しそうな表情に顔を歪めた。助けてくれ、と言って俺の家に来ているんだ。一体どんな厄介ごとを持ってきたのか。
家に来た当初よりは落ちついている様子で、田所は語り出す。
「……特殊依頼が出たんです。事態を打破するためには、新堂さんの家に行くように、と」
基本的な依頼は冒険者ギルドや行政が管理している。特殊な依頼は基本的にはアリスが操作して個人宛に出している。
アリスを見ると、何かを企んでいる様子のニタニタした笑顔を浮かべている。アリスのことを横目で睨みつけていると、田所が続ける。
「外の異常気象ですが、これは私の責任なんです」
「……どういうことだ?」
急激な異常気象が田所のせいというのはいまいちピンとこない。異常気象などのバグはコードが乱れることによって生じるものだ。
コードに干渉できる人間であれば起こせるのかもしれないが、そんな奴——あ、俺か。
だが、コードに干渉できない田所がバグを引き起こしたというのは考えにくい。そうなると、さっきアリスが言っていた、本体とやらが関わってくるのだろう。
今回のバグは、カカシから始まり、神社の魔物、枯れ木と繋がっている。それを統括するバグが存在する。
アリスが田所を俺に繋げたことを踏まえて考えると——
「あぁ、なるほど」
カカシ、神社の魔物、枯れ木の他に、もう一つ同じような感じを持った奴がいた。寂しそうなコードの揺らぎを持った奴が。
「……もしかして、神社の神体に何かあったのか?」
俺の発言を受けて、田所の目がカッと見開いた。俺の傍ではアリスが拍手をしている。
『その通りよ、橙綺くん! 神社の神体が今回の事態の元凶。ふふっ、見事辿り着いたわね!』
嬉しそうなアリスは、緊迫したこの場には似つかわしくないから無視だ。田所に視線を向ける。
田所は今にも消え入りそうな声で呟く。
「……夢の中でご神体様の声が聞こえたような気がしたんです。私は寂しい、私を癒しておくれ、と」
少しの沈黙の後、お茶のカップに視線を向け、握りしめながら続ける。
「そこで、早朝にご神体様にありったけの補助をかけました。そうしましたら……」
田所の目から涙が滲んできたかと思うと、ポタポタと落ち始めた。
「ご神体様から先日新堂さんに倒していただいた煙のようなものが出てきて、神社をダンジョン化させてしまったんです!」
「……まじか」
田所の異能によって、俺がちまちま修正していた神体に宿っていたバグが力を取り戻したということか。
神体の負の感情が力を取り戻して神社をダンジョン化させた。そして、バグが広がってアカツキ村全域に異常気象が起きたという流れだな。
このままじゃアカツキ村は誰も住めない地区とされてしまうだろう。ダンジョンを一時的に攻略してもバグを完全に修正しない限り、際限なくバグは起こり続ける。
「……だから、全て、私のせいなんです……」
田所はまるで全部の責任が自分にあるかにように感じているみたいだ。だが、ことの発端は百年前から生じていることだから、全てが田所の責任というわけではない。
それに、神体に直接触れておいて、コードの不具合に気づけなかった俺にも責任の一部はあるだろう。
「お前だけのせいじゃねえよ」
「……えっ」
涙を流しながら俺のことを見てくる田所に、どういうわけか身体が熱くなる。俺は田所を直視できずに、視線を逸らし頬をかきながら言った。
「神体に触れておいて、神体の違和感に気づけなかった俺にも責任はある。だからまぁ……自分だけのせいだと思うな」
「……新堂さん」
「それに、俺はこの村が好きなんだ。だから、まぁ協力はするよ」
そういう俺の言葉と同時にデバイスからアラーム音が響いた。デバイスを見ると、特殊依頼を受け取ったようだ。
依頼主は——アリスを睨みつけると、ニマニマと笑顔を浮かべている。
『さぁ、勇者様! 世界を救う時間よ!』
【特殊依頼:勇者と大神官の咲椰神社のダンジョン攻略!】
【ランク:?】
【報酬:?】
【備考:対象の異常が村全域に影響を及ぼしているから、長期放置は居住不可領域への格下げに繋がる可能性があるわよ!】
全くふざけた内容だ。だが、今回はこのふざけた内容でもやらないといけない。俺の失態の尻拭い。それから、アカツキ村で今後も暮らしていくために。
全てはアリスが仕組んだ流れなのだろう。カカシの依頼で生まれたきっかけをもとに、田所の依頼や枯れ木の依頼を受けたことで、俺に違和感を覚えさせた。その上で、田所がこのような状況になること全て……。
「……ちっ」
アリスに舌打ちをした後で、俺は特殊依頼を受けた。




