10、バグが起きた村
依頼を達成し、俺たちは自宅へと戻った。アリスに確認したいことがあるが、まずは昼食だ。空腹じゃ頭も働かないからな。
外では、雨が激しく降り出している。時折、雷の音も聞こえてくるが、不穏な状況にも関わらずキッチンからアリスの明るい声が聞こえてくる。
『さぁ、橙綺くん。冷めないうちに召し上がれ』
純白のエプロンを身につけたアリスは、お玉を片手に言った。
昼食のメニューは明太子スパゲティにオニオンスープ。デザートはバナナの入ったヨーグルト。朝食とは打って変わって、洋食メニューだ。
「食い終わったら問い詰めてやるから、覚悟しとけよ」
『表情と口調が合ってなくて若干怖いんですけど?』
「……黙ってろ」
悔しいけどアリスの作る食事は美味いから、表情にでてしまっているようだ。俺は努めて真剣に伝えたつもりだったのだが。
おどけたアリスの表情を見ていると、少し腹立たしく思うが、美味しいものを食べると幸せな気持ちになるから仕方がない。今は食べることに集中しよう。
『うんうん、いい食べっぷりねぇ——あら、緊急ニュースよ、橙綺くん!』
「……あん?」
口にパスタを頬張っていたから適当に返事をすると、アリスの力によって虚空にモニターが出現した。モニターには臨時ニュースが映し出されている。
『臨時ニュースです。第七区のアカツキ村全域で、バグが発生。異常気象による暴風雨及び落雷が発生しております。住民は直ちに避難を——』
アナウンサーの女性は緊迫した様子で語っている。それだけ、状況が逼迫していることを示しているのだろう。
『……えーと、呑気に食べ進めているけれど、第七区のアカツキ村がどこかわかっているのかしら?』
「どこって、ここだろ?」
オニオンスープを飲んで一呼吸。
「窮屈な学校を卒業したら、俺はこの自然豊かな村で暮らすことに決めてたんだ。避難? 冗談じゃねえ」
『でも、異常気象のバグを橙綺くんじゃどうにもできないんじゃない? 天候のコード機密性は、お金と同じく『S』ランク。バグによる異常気象は防ぎようがないのが現状でしょ。現に、立ち入り禁止の区画は少しずつ存在してきているわけだし』
天候のコード機密性はアリスの言うとおり『S』ランク。今の俺じゃ、コードを書き換えることなんてできない。
だから、バグによるダンジョン化などの事象が起きてしまうと人間には太刀打ちできない。少しずつだが、じわじわとそのようにバグに飲み込まれてしまった村や街は存在している。
いずれアカツキ村もそのようになってしまうことだろう。バグった街で人間は生きていくことはできない。
だが、俺は避難するつもりはない。雨が降っていて外に出るのが面倒くさいと言うのもあるが、俺はこの村がのんびりできると見越して暮らそうと思った。早く次のところを探せばいいという気持ちにはなれない。
俺の座る席の前では、アリスがニヤニヤと上機嫌な様子で足をブラブラと動かして両手で頬杖をついている。
この世界の女神様はこの状況について何か知っている。食い終わったし、そろそろアリスに切り出してみるか。
ご馳走様、と手を合わせてから腕を組む。外では雷鳴がとどろき、稲光が窓から部屋を照らす中で、俺はアリスをにらみつけた。
「……お前、この事態が起きることを知ってたんだろ?」
『ふふっ、どうしてそう思うのかしら?』
アリスは何かを知っているが、教えてはくれない。ただし、答え合わせには付き合ってくれると言うことだから、面倒くさいが俺が感じ取った違和感を伝えるとしよう。
挑戦的な笑みを浮かべるアリスに嘆息しながら俺は言う。
「カカシ、ガス、枯れ木——そのすべてのバグを俺が完全に修正できなかったんじゃねえか?」
今までの依頼には共通したバグのコードが存在していた。『Ω』に『Δ』だ。同じようなバグが発生していたと言うことは、俺がきちんとバグを治せていなかったのだろう。だから、アリスが固定化しても同じバグが発生していたんだ。
自分で言っておきながら、ふと思う。この事態が生じてしまったのは俺の責任か?
いや、そこまでいうのは自分に厳しすぎるな。バグを発生させたのは俺ではない。
だが、バグをどうにかできる力を持った上で、アリスの勝手な介入こそあれ依頼を受けたのは俺だ。結果として依頼を達成できていないのであれば、俺にも責任の一端はある。
そんな風に考えていると、アリスは頭を振った。
『半分正解ってところかしら。すべての依頼はきちんと完了していたわ。だけど、バグを発生させた本体に手が届いていなかったのよねぇ』
「……本体だと?」
俺がアリスを睨みつけると、うっすら笑みを浮かべてアリスは黙り込む。
外では引き続き、大雨が建物を叩きつける音や雷の音に加えて、避難を決め込んだ人々の慌ただしい声も聞こえてくる。
そんな状況の中で、アリスは落ち着いた様子で口を開く。
『あれの本体はねぇ——』
アリスの続く言葉を待っていると、インターホンが鳴った。もしかして、避難をするように促してきたのだろうかと思い無視をしていると、立て続けにインターホンが鳴らされた。続けて、ドアを叩く大きな音も部屋に鳴り響く。
「新堂さん! 明かりがついているので、まだいらっしゃるんですよね!」
この声の主は田所だ。焦っているのか、口調は丁寧だが余裕がない感じがする。
田所は以前依頼で知り合っているが、自宅の場所を教えた覚えはないにもかかわらずここにきたと言うことは誰かの差金ということになる。そんなことする奴に心当たりは一人しかいない。
「お前の仕業だな」
嘆息しながらアリスを睨みつけると、嬉々とした表情を浮かべた。
『ふふっ、役者は揃ったわね。いよいよ面白くなってきたわ!』
「……ちっ」
アリスの企みに乗せられるのはいい気分じゃない。田所を呼び出したのは、この状況をどうにかするために必要なのだろう。
この状況を招いた責任は、俺にも少なからずある。それに、俺はアカツキ村が好きだ。ここでまだ過ごしたいと思う。
「今回だけはお前の企みに乗ってやるよ」
『そうこなっくっちゃ!』
笑みを浮かべるアリスにため息を一つつき、玄関のドアを開ける。そこにはびしょ濡れの巫女姿の田所の姿があった。
俺と目が合うと、目が震え、やがて目から涙を流して抱きついてきた。
「お、おい、田所どうしたんだ?」
「新堂さん、助けてください! 私、私……」
縋り付いて泣きじゃくる田所に、俺はどうすることもできなかった。




