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その古びたビルで非日常は続く  作者: ケンプファー
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─────────時は現在へと流れる。


あの日以来、私は目が時折見せてくれる未来を見て、それに応じた対処をしながら生きてきた。事前に緊張しておくとか、まあ、そういうことだ。状況に直面したときに冷静に対処するためとでも言おうか。


とにかく、左側が死角になったこと以外は、それなりに便利な機能なので、満足していた。…つい昨日、楽しみにしていた映画の主要な部分を眼が勝手に見せてきたので、気分は悪かったが。


今日も日常生活を送るため、街へと繰り出す。ミシマ市郊外の、適度な賑わいがある繁華街。都心ほど騒がしくもなく、田舎ほど静かでもない。そんな繁華街の中心から2ブロック離れた交差点。


ひしめき合って並ぶ数多くの低層ビル群の中に、少し古びた3階建てのビルが古株の大木のようにしっかりと建っている。その古びたビルディングの3階。<オムニア>(Omnia)という看板が掲げられた10坪ほどのオフィスが、私の職場だ。仕事内容は多種多様。決まった種類の仕事だけをこなしているわけではない。


…少々、不法な経路を経ている側面もあるオフィスだ。まあ、ごく普通の職場ではない、ということだ… 会社で働く人数は合計4人。10坪ほどの空間に4人というのは、人口密度超過だ。


車で15分ほどかけて到着。オフィスのドアを開ける。オフィスはどこか懐かしい雰囲気を漂わせている。


90年代の雰囲気を感じる。くすんだ灰色の壁紙と調和する狭い空間。中央には硬くて冷たいスチール製の事務机。机を基準に4つのパーテーションで区切られている。机の横には、埃っぽい匂いのする小さな収納スペースと、適度な大きさの旧式デジタルテレビが置かれている。オフィス奥にはカーテンで仕切られた簡単な給湯室がある。私の座席の前方には、大きく開いた四角い窓がある。窓から聞こえる車の音と差し込む日差しが強烈なため、普段はブラインドを引いている。


「よお、ミカド。来たか。」


食パンを口にくわえて親しげに私の名を呼ぶこの男は、「ハシノ・ユイ」。私と同い年で21歳。中学校の頃から飽きるほど見てきたやつだ。飽きるのには理由がある。中学1年生からずっと同じクラスだったからだ。しかも職場まで一緒。…このなんという悪縁か。だからといって、悪いやつではない。


親切で、ユーモアがあり、時には格好いい姿を見せる。ただ、しつこく見てきただけだ。私の考えでは、私が世界で一番ハシノ・ユイを知っている人間だろう。特異な点といえば、名前が女性っぽいこと。うん、正直なところ体型も顔も声も中性的だ。うーん… 美少年系とでも見ればいいだろうか。とにかく、間違えれば可愛い女子中学生だと誤解されるかもしれない顔立ちをしている。そんなわけで、気軽に「ユイタン」と呼んでいる。


「あ、ユイタン、先にいたのか。食パンとは、今日はますますお嬢様っぽいな。」


見てきた時間が時間だけに、私もまた親しげに名前を呼ぶ。


「俺も今着いたとこ────。…..ってか、ユイタンって呼ぶなって言ってんだろ。もうこの話も7年目だぞ。」


少し不満を表すユイタン。もうツッコミが日常になっているようだ。お互い他愛のない冗談を交わした後、インスタントコーヒー一杯と共に席に着く。


机の上には薄い書類数枚が、走り書きの付箋メモと一緒に置かれている。深いため息をつき、冷めた声でメモを読む。


「ごめんね、ハリマくん… 急な用事ができて先に退勤…しちゃいます!?」


現在時刻は午前8時30分。退勤時間というには、いや。出勤時間ではないか?一目見て尋常ではないメモの内容。


「はあ….サカセガワさんめ…」


メモを書いた彼女の名は「サカセガワ・アキミ」。20代後半に見える。行動…などは年齢にそぐわず、かなり年寄りじみている。流行遅れのネットスラングを使ったり、昔のアニメにでも出てきそうな行動をしたりする。見た目はなかなかお姉さん系だ。まあ、ライトノベルなどで時折見かける、いわゆる“お姉さん”スタイルだ。ボリュームのある体と、ヘアゴムでざっくり結んだポニーテールは、かなり重みのあるカリスマ性を醸し出している。カリスマ性に見合わない行動をするが…..


そして、どうにかこの会社…と呼ぶには些か小さいオフィスを運営している人物だ。察しはつくだろうが、無責任だ。そう、無責任だ。無責任、彼女を表すために生まれた言葉と言っても過言ではない。


それほど無責任なのだ。真剣に仕事をしている姿を見た人は誰もいないと聞く。しかも今日は、いつも以上に無責任に見える。出勤時間に退勤とは… 全てのサラリーマンのロマンではないだろうか。無鉄砲にロマンを実現させるとは、さすが─────────


無責任だ。


「いやぁ、今日は無責任ゲージ限界突破だわ、チコリさん。頑張れよ、ハリマ・ミカドくん〜。」


クスクス笑いながら言うユイタン。憎たらしく笑うユイタンを睨む。「チコリさん」はユイタンが勝手につけたサカセガワさんのあだ名だ。理由は、チコリを世界で一番嫌悪しているからだとか。非常に矛盾したあだ名のように思う。


「うっ、俺にもメモと書類が…..」


急激にユイタンの顔が腐る。因果応報だ。誰が笑えと言った?


「あ、ヒサトさんは?」


押し付けられた書類を整理しながら尋ねる。


「いつも通りだろ、まあ。」


ユイタンは書類を見るのが嫌だったのか、片隅に寄せながら言った。


「じゃあ、部屋にいるんだろうな。」


その言葉に順応し、整理した書類を置く。首を左に向け、見つめるのは固く閉ざされた、まるで、周囲の灰色の壁紙に同化するほど固く閉ざされたスチール製のドア。


「ヒサト・ホノカ」、年齢はおおよそ20代前半。彼女はこのオフィスで働く最後の同業者だ。オフィスに存在する唯一の小さな部屋。その部屋で生活している人だ。部屋の中に入ったことがあるのはサカセガワさんだけだろう。特異な点は性格の方で、普段は冷静でよそよそしいが、意外と心は温かい感じだろうか。特定のラブコメのヒロインのような性格とでも言うべきか。


ヒサトさんは普段、部屋で仕事をされている。たまにコーヒーを淹れに出てきたり、あるいは休憩を取りに給湯室のソファに座ったり、外出するときくらいしか姿を見せない。容姿もかなりの美形だ。160cm台半ばに見える身長。女性にしては高めの背丈を支える体。そんな体に似合う美しい顔立ち。正直、部屋に引きこもっているには惜しい顔だ。会議の時は?いや、部屋からコンピューターでチャットをする。私もヒサトさんの声を聞いたのは、およそ3ヶ月前が最後だ。冷淡な声。おかしいというよりは、重厚な魅力を持つ声なのに、声を発することを嫌がっているようだ。ともあれ、3ヶ月前。それ以来一度も声を聞いていない。


考えてみれば、職場の同僚たちは皆、なかなかの美形揃いではないか。


こう考えてみれば、結構恵まれた場所なのかもしれない。


私は整理した書類に目を通し始める。


「ユイタン、お前も俺と同じ内容?」


「多分そうだろうな。」


食パンをモグモグ食べながら、ぞんざいに書類を見るユイタン。いかにも面倒くさそうな様子で、勘で書類の内容を推測する。私とユイタンの書類内容は同じだった。おそらく、他社の上層部から下請けを依頼されたという感じだ。業務を依頼した会社の名前は明かされていないようだ。


書類の内容を簡単に要約すると、我々のオフィスからそう遠くない場所。車で20分離れた場所にある住宅。そこで、1週間前に誘拐された「ツカハラ・セイジ」という10歳の女児が、通信が回復したGPSを通じて感知されたという情報が入ったとのこと。私とユイタンは、誘拐された女児を救出する、という任務だ。


警察?いや、警察が関与してはいけない事件なのだろう。わざわざ他社が我々に業務を依頼した理由があるはずだ。


書類を読み進めると、途中に別のメモがある。


「それなりに親交のある….会社だったから私が直接引き受けてきたの…だから、報酬は….ない、ということで…。頑張ってね。…はぁ…..」


ため息が出る。読めば読むほど力が抜ける。呆れてものが言えない。こんな高難度の業務を、たかだか親交で?私たちは命を賭けるかもしれない仕事に、報酬なしで臨まなければならないとは。あなたが直接やればいいだろう。呪ってやる、あんたを。


とにかく、それが書類に記載された内容だ。先ほど言ったように、普通の会社ではないので、様々な仕事の依頼が舞い込み、このような案件もいくつか入ってくる。


「はあ…. 面倒な仕事を引き受けるのやめてくれよ。俺の命の価値が0円だなんて、退職したくなるぜ。」


不満を漏らすユイタン。ユイタンは机の下の収納キャビネットを開け、ワルサーP5拳銃を取り出す。


拳銃だ。


そう、拳銃。


日本で民間人が拳銃を所持している。そう、不法だ。だが、我々の仕事内容を見れば、拳銃くらいは必要だ。単純なナイフや鈍器だけで事を済ませるには、リスクが大きすぎる。


射撃術はユイタンの特技だ。


私がこれまで傍で見てきた実力を総評するなら、国家代表選手よりも射撃が上手い。まさに銃を撃つために生まれてきた人材のようだ。しかも、圧倒的な射撃術と調和する対処能力。F1ドライバーを彷彿とさせる反応速度。幼い頃から見てきたが、華奢な体型とは似合わない身体能力。そんな能力を状況に合わせて、センス良く活用するのがユイタンだ。日本ではなく、アメリカのような銃器合法化された国に生まれていたら、特殊部隊のエースを務めても十分すぎる。ユイタン自身も、なぜ自分が射撃が得意なのかはよく分からないらしい。おそらく才能の領域なのだろう。


彼は、中学校の時にアメリカへ旅行に行き、拳銃射撃をしたのが銃を初めて触った経験だと言う。非日常に憧れた私たちは、20歳で一緒にこの会社に入社し、あれこれ仕事を請け負ううちに、サカセガワさんが自分の家に転がっていたワルサー拳銃をプレゼントしてくれたそうだ。拳銃が家に転がっているというのは納得がいかないが、まあ良いことではないか。無料なのだから。


「じゃあ、ミカド、準備はできたか?」


私もまた護身用ナイフを携えながら言う。


「ああ、行こう。」

次回(じかい)もどうぞお(たの)しみに!

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