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{ YEAR ; 2022
VWNVXJFYCREILGGSNZ }
メモに書かれた内容。
「2022年……なんだこれ?人間が書いたものなのかい?」
2022年という年度はわかるが、その下には訳のわからない奇妙なアルファベットが羅列されている。
古いメモではない。間違いなく、最近書かれたようなメモだ。埃は一粒も積もっておらず、未だにインクの匂いがする。
「ハシノ君?どうしたんだい?私にも一度見せて。」
ユイの横に近づいてきたサカセガワ。ユイはメモを渡しながら。
「どう思う?このアルファベットに何の意味があるのかわかるかい?」
サカセガワは顎に手を当てて少し考え込み。
「暗号……文?かな。それとも座標?」
「暗号文……って、これ解読できるのかい?」
「え〜い、私を何だと思っているんだ、ハシノ君〜。当然できないよ。こういうのはヒサトに任せればいいんだ〜」
何が誇らしいのか、非常に平然と言い放つサカセガワ。
ユイは「そうだよね〜。それでこそのチコリだよ〜」と、大して期待もしていなかったように鼻歌交じりに独り言を言う。
ヒサト・ホノカ。オフィスの唯一の部屋で生活中の女性だ。常に部屋の中にあるコンピューターであらゆる仕事を解決……するとサカセガワは言っている。簡単には位置追跡から、暗号解読、さらにはCIA級の要員でもなければやらないような高難度の情報処理まで、全てのことができると伝えられている。
サカセガワはヒサトとかなり長い間知り合いなのか、唯一ヒサトの部屋に出入りが可能な人物であり、かなりヒサトを信頼している。
「さあ、これ、メモを持って行こう。」
ユイの言葉を最後に、二人は倒れたカデ・アキヒロを背負って1階へ降りてくる。
1階には未だにロープに縛られガタガタと震えている男性がいる。相当な精神的ダメージを負ったのか、顔はいってしまっており、「助けてください」という言葉をひたすら繰り返している。
ユイはそんな男性を見て「やりすぎたかな」と思い、転がっている死体たちを見ながら。
「あいつらどう処理しようか?大変そうだけど。」
「死体処理はまぁ、私の知っている専門家を呼べばいい。いつもそうしてきた。いやそれより、私のトレンチコートを新しく買ってくれ、ハシノ君。結構有名なメーカーだったんだぞ。」
サカセガワは指で、銃弾によってズタズタに引き裂かれ単なる布切れになってしまったトレンチコートを指差し、不機嫌な顔で言っている。
「はいはいわかりました、わかりましたよ〜。こいつ、思ったより重いから早く。」
ユイは渋々トレンチコートを買ってやるといった風に言い、二人はクーペへと歩いていく。
「そういえば、以前キーちゃんを拉致していった3人組のことだけど、あいつらからは何か得られたものはあるのかい?」
狭すぎるクーペの2列目にどうにかして二人の男性を押し込みながら尋ねるユイ。
「いや─あいつらはただの路地裏のカラーギャングみたいな、取るに足らない連中だったよ。本当に何も知らなかった。ただ上から相当な大金であいつらを誘惑して仕事をさせたようだね。」
「まぁ、こいつからは何かしら得られるだろう。
銃器類まで所持していたのを見れば、少なくとも末端ではないようだし。あっ、腰、腰をもっと折りたたんで。」
どうやら日本にはほぼいない180センチメートルの巨体と、それに反してやせ細った男性たちを一緒に押し込むのが大変なのか、悪戦苦闘中だ。
「ああ。こいつは少し専門的に扱わなければならないかもしれないな。ひとまず適当に会社ビルの1階の端の部屋に閉じ込めておいて、死なない程度に飢えさせながらゆっくり掘り出せばいいと思う……って、おい。適当に突っ込んで手足を折って圧縮させろ。どうせ骨の一本や二本折れても死なん。カデ・アキヒロは少し優しく扱え。これ以上価値がなくなったとしても目標なのだから。」
「いや、いいよ。」と言い、ユイはフウフウ言いながらどうにか二人の男性をテトリスブロックのような姿勢で押し込み、助手席に座る。
業務用の車両と言うにはやはり無理があるクーペは、力強いエンジン音を立てて配達場所へと向かう。
配達場所はシオン市の中心までとはいかないが、中途半端な位置にある。
捨てられた空き地に唐突に置かれているコンテナボックス。その中にカデ・アキヒロを置けばいいと言う。なぜコンテナの中に配達するのかについては好奇心が湧くが、依頼者が言う通りにするのがマナーなので、そのような考えはやめる。
コンテナの内部はなんとなく寒気がする。カビ臭い匂いもするようだ。
「うはぁ……帰ろうか…」
力の抜けたサカセガワの声。「もう疲れたよ」と言い助手席に座る。自然と運転手になったユイは不平を漏らしながらハンドルを握って出発する。
ミシマ市郊外。出勤時間も過ぎ、本当に人影がまばらになった。二人は古い3階建てのビルへと向かう。
ガチャリ、と開くオフィスのドア。
「ふぁぁ…帰ったぞヒサト、ハリマ君。」
「ミカドぉー」
体をだらりと伸ばし、すぐにソファへ走って行って寝転がるサカセガワ。
「…あれ?ヒサト〜、ハリマ君とツカハラちゃんはまだ来ていないのかい?」
サカセガワの携帯電話がブブッと鳴る。
[まだ。]
「ふぅん、そうか〜熱心だねハリマ君。あ、それよりこれ。渡すものがあるからそっちに入るよ。」
サカセガワは持ってきたメモを手に取り、ヒサトの部屋の中へと入っていく。ユイはオフィスの冷蔵庫を漁り、缶コーヒーを一杯飲んでいる。
ドア越しにおぼろげに聞こえる声。
「….うん、だから頼んだよ〜。暗号文っぽくはあるんだが、私はこういうのよく知らないからさ——」
ユイは首を横に振りながらソファに座り、缶コーヒーをすすりながら待つ。
さあ、再び場面は僕、ハリマ・ミカドへと戻る。
僕とツカハラちゃんは映画館で適当な映画を見ていた。アニメーション映画だった。
大して面白くもない内容の映画だった。いや、むしろ完全なゴミだった。最近量産されて出てくるテーマである「異世界俺TUEEE系」とでも言うべきか、とにかく主人公がめちゃくちゃ強力で全てのものを薙ぎ払ってしまうありふれた展開。作画もめちゃくちゃだったし、蓋然性は犬にでも食わせてしまえ、演出、アクション何一つとっても量産型だった。さらに時々子供が見るには刺激が強いサービスシーンが出てくるので / いや、実はサービスシーンと言うにも、お粗末な作画のせいで全くエロくなかったと言うべきか /、適当な映画を選んだとしてもよりによって女児を連れてこんな映画を選んだ僕の低俗なセンスに感嘆というか嘆きというか、いや、間違いなくユイのジャムまみれのトーストと同じような感覚の感嘆だろう、と後悔を噛み締めている最中だった。
だから、なんとかツカハラちゃんの反応を伺うために顔をツカハラちゃんの方へそっと向けてみた。
ああ、予想されたことだったが、やはり無表情。
楽しさ、感動など、ただ一つの感情さえ込められていない冷ややかな無表情で映画を見ていた。
さらにどんな映画を見ようが、全世界のほぼ全ての人が常に映画上映20分で食べ尽くしてしまうポップコーンはほとんど食べていないのか、湿気ったままでまだ5/6ほど残っていた。炭酸飲料もまた氷が全て溶けて炭酸が抜けた中途半端な甘さだけが残っていた。
上映時間は計120分。僕を含め映画を観覧中の人々の悪夢のような2時間が終わり、エンディングクレジットが上がるやいなや人々は1700円ほどを地面に捨てて、不満を吐き出すかのように、映画の悪口を言い続けながら一目散に出て行った。
僕とツカハラちゃんは一番最後に映画館から出た。ツカハラちゃんが何のためかはわからないが、エンディングクレジットを最後まで見ていたからだ。
僕たちは普段はこんなに爽やかだとは知らなかったミシマ市の空気を吸い、映画館から抜け出してオフィスへと帰る道だ。
気まずい雰囲気が流れる。おそらく映画の影響だろう。
僕はこんな静寂を破るためにツカハラちゃんに話しかけてみる。
「……あ、えっと、本当に面白くなかったね?」
それに対しツカハラちゃんは銅像のような無愛想な表情で。抑揚なんてないただ一つのトーンで。
「うん。映画ってああいうものなんだ。映画が終わって歌が流れながら、人の名前みたいな変な文字が上にゆっくり上がっていく3分間が一番面白かった。あれがハイライトということ?なんだかこれからは映画というものを見たくはないな。
暖かい場所に映画館があるなんて、少し悲しい。」
あ、しまった。どうやら映画についてとてつもなく重大な誤解を植え付けてしまったようだ。エンディングクレジットが一番面白くて最後まで残っていたなんて、僕は全世界の映画ファンたちに叩きのめされるか生き埋めにされても文句は言えない気がする。
僕はいつか必ず『天気の子』、あるいは『時をかける少女』のような名作アニメーション映画で誤解を正そう。と決心し、ぎこちなく笑う。
….このままでは、悪い記憶しか残らないのは明らかだ。どうにかして良い思い出を与えてこそ、この極悪の難易度を持つ業務を完遂することになり、ツカハラちゃんが僕と街に対して良い認識を持ってくれなければならない。特に、僕が嫌われてしまったら、同居することになった立場として非常に気まずくなるかもしれない..何より僕が一番悲しくなるかもしれない。
だからこそ、ゲームチェンジャーをどうにかして探してみる。
あと3分、3分あればオフィスに到着する。
目に火を灯し、全方向を注視しながら探す。
ん?あれは、道端でアイスクリームを販売しているトラックか。
よし、なんとか雰囲気の換気が可能かもしれないサポーターを見つけたので、すぐに行く。
「ツカハラちゃん、アイスクリーム食べる?」
人差し指でアイスクリームトラックを指差しながら。
「アイスクリーム..?それなに?」
しまった、ココアもよく知らないのにアイスクリームを知っているだろうと考えた僕の誤算だ。
今回こそは変な誤解を植え付けないぞ。
「うーん….牛乳..は知ってるかい?」
「ううん、牛乳知ってる。牛のお乳でしょ?」
「そう、その牛乳を柔らかく凍らせて、砂糖と一緒に甘い味を出して作ったものだよ。」
よし、これくらいなら十分に誤解の余地一つなく説明できただろう。
「お..美味しそう….」
成功だ。よくやったぞハリマ・ミカド。
喜びに満ちた顔で空を見上げながら「ふ、ふふ」と笑っている僕を変な表情で見るツカハラちゃん。僕に対して変な誤解が積もれば今まで積み上げたものが無用の長物になるのでやめる。
「一つ買ってあげるよ。きっと美味しいから。」
そうしてアイスクリームトラックへ行き「バニラアイスクリーム一つください。」と言ってアイスクリームを一つ買う。
ツカハラちゃんにアイスクリームを手渡してあげる。
ツカハラちゃんは手渡されたアイスクリームを暫くの間観察し、舌を少し当ててみる。
ビクッとして驚いたように動いたツカハラちゃん。
アイスクリームを口から離して不思議な表情で見つめ、やがてまるでキャットニップを初めて感じた猫のようにガツガツと舐めて食べる。
アイスクリームが気に入ったように見えるので、微笑ましく安心する。
これで「良い記憶もできたから、大丈夫だろう」と独り言を呟きながらオフィスへと戻る。
「ヒサトさん─僕たち戻りましたよ….ユイ?先に来てたの?サカセガワさんは?」
ユイはソファに座ったまま顔をパッと動かしてヒサトの部屋を指差す。
「そうなんだ。何かあったの?サカセガワさんはどうしてあそこにいらっしゃるんだい?」
ユイはソファに体をだらりとさせ。
「大したことじゃなかったよ。ただ男性を配達する仕事なんだけど、
偶然その男性がPMD関連人物で、なぜか自分に投与してまあ….そうなったんだけど.. 男性の横から暗号文が発見されてヒサトさんに聞いている最中さ。」
「PMD?記憶消去剤?」
「うん。」
ユイは僕の横に立っているツカハラちゃんに手を振ってあげながら言った。
記憶消去剤。なぜかツカハラちゃんには適用されないか効き目が薄いようだが、平凡な人には適用されるようだ。なぜPMD関係者を運ぶことが下達された業務なのか。依頼者は何を望んでそんな人を配達してくれと仕事を任せたのか。
『PMD関係者』という単語の余波は、まるで爆発物が一つ爆発すれば周辺にある爆発物に影響が行き、次々と爆発する連鎖作用のように、僕の頭の中に数多くの考えを作り出している。
どうやらこのままではトラウマになりそうだ。
まあ、そもそも僕たちの会社が依頼された業務だけを処理する会社でもあるし、トラウマだとかそんなのはどう考えても御免なので、僕は首を素早くブンブンと振りながら不安な考えを振り払う。
ガチャリと、鉄の扉が開く。
「あれ、ハリマ君!ツカハラちゃん!いつ来たの?
….う〜ハシノ君〜ソファ一人で使わないで〜あっちにちょっと退いてよ─────」
部屋から出てきたサカセガワはソファの中央に伸びているユイを左側に押しながら言う。
「あ、今来ましたよ。暗号文か何かはどうにかなりそうですか?」
「うーん、一応ヒサトに任せはしたんだが….なんとかなるだろう。
ううっ、ちょっと退いてっ..!」
なんとかユイを左の隅に押し込んだサカセガワは、ソファの中央に座り残った右側の空間をトントンと叩きながら、「さあさあ、ツカハラちゃんの席!」と言ってツカハラちゃんにソファに座るよう勧める。
ツカハラちゃんはそんな勧誘を断るのはやはりちょっとあれなのか、狭いソファに座る。
まるで『シンプソンズ』に出てくるぎゅうぎゅう詰めのソファのような姿。
「あの….サカセガワさん?ソファ一つ新しく買うのはどうですか?ただでさえ小さかったのに、この際。」
「うーん….そうしようか?そういえばハリマ君、今日ツカハラちゃんと何して過ごしたんだい?」
ツカハラちゃんまで座り、満足げに笑うサカセガワ。
「うーん….今日と言うにはまだ今日が12時間も残ってはいますがね。ただ街を歩いて映画館に行って映画も見て、まあアイスクリームも食べたりしましたよ。」
「楽しかっただろうね。なんの映画を見たのだい?」
「うーん、本当に、最悪の映画でしたよ。スイカの皮を齧っているような気分だったというか。」
「.....そうなのか〜とにかくお疲れ様〜」
一瞬の奇妙な静寂があったが、まあ、全員が無事に仕事を終えたようなので何よりだ。
昼食のメニューでも悩むことにしよう。
第2章、完結です。
次回もどうぞお楽しみに!




