日本の突撃砲みたいなやつ
土を掘り返して築いた浅い壕に、俺たちの突撃砲はぴたりと収まっていた。前面だけをわずかに晒し、砲身は敵の来るであろう谷間に向けて据え付けられている。車体はチハの流れを汲むが、回転砲塔はなく、背は低く、まるで地面に身を伏せた獣のように見えただろう。
車内は薄暗く、油と鉄の匂いが鼻につく。俺は装填手だ。膝の上には砲弾の重量感がずしりとあり、呼吸ひとつさえ慎重になる。外の空気は張りつめ、草を揺らす風さえも、戦闘前の静けさを破ることをためらっているようだった。
「前方、戦車音!」
車長の声が響いた。耳を澄ますと、確かに遠くから金属のうなりとキャタピラの軋みが伝わってくる。それはじわじわと近づき、やがて地面が震えるほどに大きくなった。
砲手が照準器に目を当てる。俺の心臓は砲尾の鉄塊のように重く、速く打ち始めた。
「……M4だ。シャーマンだ」
低く呟いた声に、車内の空気が一瞬止まる。鋼鉄の巨人が、確実にこちらへ迫っている。
「全員、落ち着け。俺たちの七五は貫ける」
車長の言葉に、喉の渇きが少し和らぐ。だが、こちらが一発で仕留めなければ、奴らの旋回砲塔から撃ち返される。それは死を意味する。
やがて、土煙の向こうに丸みを帯びた砲塔が現れた。M4シャーマン、数にして三両。縦隊を組んで谷間を進んでくる。
「距離、八百! 砲手、狙え!」
「装填完了!」
俺は弾を滑らせ、砲尾を叩く。金属の閉鎖音が車内に響き、全身の血が音に共鳴した。
「撃て!」
砲声が車体を震わせ、鼓膜を突き破るように轟いた。発射炎が砲口から閃き、反動が床を突き上げる。煙が車内に流れ込み、喉を刺す。視界の隙間から見えた敵のシャーマン、その装甲に衝撃が走り、火花が散った。だが撃破には至らず、敵はなおも迫る。
「もう一発! 急げ!」
俺は砲弾を掴み、汗で滑る掌を叱咤して押し込む。砲尾が閉じると同時に、敵の砲塔がこちらを向いた。冷や汗が背筋を流れる。
「来るぞ!」
鋭い警告の直後、シャーマンの七五ミリが吠えた。砲弾が土を抉り、土塊が車体に雨のように降り注ぐ。直撃は免れたが、次は分からない。震動で歯が噛み合わさり、頭蓋に響く。
「撃てぇぇっ!」
砲声。今度の一撃は敵の正面装甲を貫き、炎が砲塔から噴き出した。M4が黒煙を上げて止まり、続く後続が慌てて散開する。
「やったぞ!」
歓声が漏れたが、車長がすぐに抑えた。「気を抜くな! まだ二両いる!」
敵は左右に展開し、斜めから狙いを定めてくる。こちらのハルダウンは正面からの防御には強いが、側面を晒せば終わりだ。
「左の一両、距離六百! 照準合わせろ!」
「装填完了!」
俺は喉の奥で叫び、砲弾を送り込む。砲手の息が荒くなる。照準線が揺れ、心臓の鼓動と同じリズムで重なった。
発射。閃光。敵のシャーマンの履帯が吹き飛び、泥に突っ込んで動きを止める。だが砲塔はまだ生きている。火を噴く砲口がこちらに向けられた。
「急げ、次を!」
俺は全身の力で砲弾を押し込み、砲尾が閉じる。装填音が生き延びるための鼓動に聞こえた。
その刹那、敵弾が正面に直撃した。装甲を貫かず、鋼板を叩き割るような衝撃音が車内を満たした。耳が一瞬聞こえなくなり、熱気と砂塵が舞い込む。車長の声が遠くから響いた。
「撃てぇっ!」
最後の一撃が敵の砲塔を貫き、炎が吹き上がった。砲塔が吹き飛ぶように外れ、鋼鉄の巨体が傾いて沈む。
残る一両は退き、やがて土煙の向こうに消えていった。戦場に残ったのは、黒煙と焦げた油の臭い、そして震える自分の息づかいだけだった。
車内で誰かが小さく笑った。だがそれは勝利の笑みではなく、ただ「生き延びた」という実感にすぎない。俺は砲弾の薬莢に触れ、まだ熱を帯びるそれを握りしめた。
この突撃砲が、俺たちの命を繋いだのだ。だが次の戦いでは、どうなるか分からない。
薄暗い戦闘室の中、再び沈黙が訪れた。俺は額の汗を拭いながら、次の装填に備えて砲弾を抱え直した。