5 試合後の談話室で
【登場人物】
主人公 一条タイチ 投手 右投げ右打ち。
熱血で何事にも前向きな性格。じいちゃんを超えるべく日々練習に励んでいる。140キロ近い球を投げて、先輩達を驚かせた。
九品寺 優里 センター? 左打ち
名家の出身。代々野球選手を排出している。自虐なのか、自慢なのかよく分からない面倒な性格をしている。とにかく足が速い。
三輪 道広 (三輪) サード 右打ち
高身長。無口で無表情だけど、時々笑ったりする。笑いのツボが謎
源 頼和 (監督)
煌桜高校野球部の監督を務めている。普段は穏やかだが時に厳しい一面もある。
紅白戦の後の談話室の空気はどんよりと重苦しい空気が流れていた。誰も電気を着けず暗い中、オレはテーブルに顔を突っ伏し、三輪はテーブルに肘をついてうなだれて、ユーリは部屋から持ってきたであろう布団で全身を覆いまるでダンゴムシのようになっていた。誰も話を切り出せるような空気ではとてもなかった。紅白戦とはいえ、負けたことはそれほどまでに悔しかった。
どれくらい時間が経ったのだろう。突然談話室の灯りがついてオレはおもわず顔を上げた。
「こんな暗い中で、何をしているんだお前達は。他の皆は部屋に帰ったぞ、まもなく消灯時間だ」
そう話しながら、困惑した様子で監督が入ってきた。もうそんなに経っていたのか。部屋に戻らないと、そう思って立ち上がったけど力が入らなくてふらついてまた椅子に座ってしまった。2人は相変わらず岩の様に動かなかった。そんなオレ達の様子を見かねてか監督がお茶の準備をし始めた。
「今日の試合、お前達は良くやった。今の自分と上級生達との実力差は分かったか」
そう聞かれてオレは監督にこう答えた。
「……悔しさが骨身に染みました。先輩達は想像以上に強かった、今日負けたのはオレのせいだ。オレが打たれなければ……」
そう話すと今まで布団に包まっているユーリが、ものすごい速さでそのままの状態でオレの近くにやってきた。流石にそれは怖いぞユーリ。
「ボクも三輪も打ったけどダメだったじゃん!ボクはやっぱりダメなやつなんだ、ツライ……」
包まった状態の中から鼻水をすするような音が聞こえる。それは三輪も同じようで「負けて、悔しい」 と小さい声で呟いた。その表情は少し泣きそうになっている。オレだけじゃない、皆今日悔しい思いをしたんだ。するとお茶を入れ終えた監督がお茶を運んできた。
「まあ、そこまで自分を卑下するな。寒くないとはいえ身体を冷やすのは良くない」
監督に言われてお茶を飲むと少し心が落ち着いてホッとした気分になった。優しい味がする。そんなオレを見て他の2人も同じようにお茶を飲み始めた。
監督はゆっくりと語りかけるように話しはじめた。「タイチ、今日はリュウジ相手に本当によく投げたよ。打たれるのは辛かっただろう、マウンドから逃げ出したくなっただろう。それでもお前は試合終了まで逃げ出すことなく最後まで投げきった。今日の悔しさを忘れずにいれば、お前はもっと更に強くなれるはずだ」そんな監督の優しい言葉が心に優しく入ってきた。
ユーリにも同じように語りかけた。
「優里、お前の脚の速さは見事だった。正直驚いたよ。性格を否定するつもりはないがお前は少し卑屈すぎる、もっと自信を持て。ほら!そうやっていつまでも泣くなハンカチやるから……」
困惑した監督がユーリの前にはんかちを奥と、布団のなかから手だけ出してサッとハンカチを取ってしまった。どうしても泣き顔を見せたくないらしい
「三輪も最初の打席でよくリュウジの球を飛ばした。そのフィジカルに似合う素晴らしいパワーだ、まだまだ練習次第でもっと伸びるはずだ。努力は嘘をつかないからな」
そう監督から褒められて嬉しかったのか、暗かった表情に少しだけ明るさが戻ったように見えた。それに続けて監督が話を続けた。
「今回はあいつらの執念が上回った。間違いなく手加減なしで相手していたよ。あとは日々の練習が大事になってくるからな。お前達はまだスタートラインに立ったばかりだからな」
そうだまだここでの野球は始まったばかりだ。落ち込んでいる場合じゃない。そう決意すると、監督が何かを思い出したようにオレに話しかけてきた。
「そういえば、タイチ。お前リュウジ相手によく打てたな。インコースを打つ知識をよく知っていたな」
監督がそう話したのでオレはじいちゃんの形見の「虎の巻」を部屋からもってきた。すると監督は驚いていた様子でその本を見ていた。
「あれ、監督に教えていませんでしたっけ。じいちゃんの家にあったんです。でも、あの本じいちゃんの字とも違うし誰が書いたんだろう。監督分かりますか?」
しばらく沈黙が続き、監督は重い口を開いた。
「これはアイツのお兄さんが書いた本だ。頭が良くて俺も野球を教わったんだ。まさか生きているうちにもう一度この本が読めるなんて思わなかった」
感慨深くその本を眺めており、今度は監督の方が泣きそうになってしまった。
ユーリと三輪がさっきから2人は一体何の話をしているのか聞いてきたので、オレ達の今までの経緯とじいちゃんの事を伝えるとそれぞれ違ったリアクションをしていた。
「タイチってあの伝説の一条選手の孫だったの!?ボクの家で知らない人間はいないくらいだよ、色んな記録を塗り替えたとか話を沢山聞いてきたよ」
「知らなかった……そんな凄い選手がいたなんて」
ユーリと三輪も虎の巻の存在が気になったのか「見せてほしい」と話してきたので見せてみることにした。監督のお茶と褒め言葉ですっかり元気になったようであった。
「タイチ、この本凄いよ。ボクでも分かるように書いてあるよ」 「うん……すごい」と称賛していた。
その後、監督から野球が衰退してから野球の指導に関する本は新しい書籍が出版されていないこと。だから野球をしたい者は野球を実際に知っているものから教わるか、こういった学校に入学して先輩や指導者から教わるしかなかったのだ。最後に監督はこの「虎の巻」はどんな本より価値がある、球児にとっては貴重な本だと目を輝かせて話していた。この本にそこまでの価値があるなんて、俺は今まで知らなかった。
「今の2・3年生にも足りないものがある。だからこの本を参考に今後練習のメニューを考えていく、まずは他校との練習試合だな、スケジュールは……」
監督はそう嬉しそうに意気込んでいた。その後に続けてこう話す。
「もちろん、1年生もガンガン試合に出していくからな。いつまでも落ち込んでばかりではいられないぞ」俺達は疲れた身体を休めるために部屋に戻り明日からの練習に時備えることにした。
数日経って監督が練習試合の知らせを持ってきた。オレたちの最初の練習試合の対戦相手は
「私立神威岬大高校」練習試合開始まであと2週間。まさかその練習試合が今後のオレ達の運命を左右するとはこの時は考えてもみなかった。