4 紅白戦(中)
【登場人物】
主人公 一条タイチ 投手 右投げ左打ち
熱血で何事にも前向きな性格。じいちゃんを超えるべく日々練習に励んでいる
久保 優里 センター? 左打ち
どうやら名家の出身らしい。代々野球選手を排出しているとか。自虐なのか、自慢なのかよく分からない面倒な性格をしている。足の速さを自称している。
三輪 道広 (三輪) サード 右打ち
高身長。無口で無表情だけど、時々笑ったりする。笑いのツボが謎
天王寺 光琉 3年 主将 捕手
温厚で真面目な性格。リュウジとは幼なじみでバッテリー
土門 龍二 3年 ピッチャー
チームのエース。4番でもあるパワーヒッター。ヒカルとは幼なじみでリュウと呼ばれている。短気な部分があり血の気の多い性格
水城 聖斗 2年 ショート
名前の通りショートを務める。いつもニコニコしている。チームのムードを明るくできる。リュウジからはよく叱られている。野球は「楽しく」がモットー。
拝啓、じいちゃんへ天国から見ていますか。オレは高校に入学して初めてマウンドに立っています。しかも、キャッチャーはいつか捕ってもらいたいと思っていた先輩です。まさかこんなに早く捕ってもらえる日が来るなんて……流石に早すぎる!!同じ1年生にキャッチャーがいないのでヒカル先輩が紅白戦の間だけ捕ってくれるそうです。
ーーー少し話を前に戻すと、1年側が交代する時のポジション決めの時にキャッチャーがいないことが分かっんだ。それで、揉めていたらヒカル先輩がこちらにきてどうしたのか尋ねてくれたんだ。事情を伝えどうしたらいいか判断をあおぐと
「わかった、そういう事情なら僕が捕るよ」と引き受けてくれたんだ。その提案に1番に怒ったのはバッテリーを組んでいるリュウジ先輩だった。
「おい、ヒカル!いくら紅白戦とはいえ俺は認めないぞ。お前は俺のキャッチャーだろ!」
そう顔を真っ赤にさせてヒカル先輩に詰め寄る。
「仕方がないだろうリュウ。ポジションがいないなら主将である僕が捕るのが1番だ。お互いの公平のためなんだ、納得してくれないか」怒っているリュウジ先輩に対して冷静に話し、なだめたてくれていた。すると、突然コウジ先輩の背後から、同じ2年のショート先輩も割って入ってきた。
「まあまあ、リュウもそんなに怒らないでお互い楽しくやろうよ〜。ほらほら、みんなも!気軽な紅白戦なんだからさ、力を抜いて抜いて〜」
とニコニコしながら話している。ショート先輩のおかげなのかチーム内の空気は少し穏やかになった。
「ありがとう、聖斗。いつも助かるよ」
主将がそう話すとショート先輩は少し照れているようだった。リュウジ先輩はまだ怒っているのかグラウンドの隅の方で少し不貞腐れている様子だった。
「そういう訳だから、よろしく頼むよ。タイチ君」
ヒカル先輩から握手を求められて、俺は握り返してこう先輩に伝えた。
「いえ!オレの方こそ先輩に捕ってもらえるなんて光栄です!よろしくお願いします!!」
嬉しさのあまりがオレの手には汗が滲んでおり声も上擦ってしまった。そんなオレを見て先輩もクスリと笑ってくれた。
いつぶりだろう、こうしてマウンドに立つのは。冬になる前だから半年以上は経っているはず。俺は投球準備で投げたけど、やっぱりヒカル先輩は凄いピッチャーだと思う。こんなに気持ちよく投げられたのは初めてかもしれない。
不思議と緊張はしない、これも交代前に先輩方がチーム内の空気を穏やかにしてくれたからかもしれない。ヒカル先輩の最初のサインは「ストレート」だった。事前にサインは決めておいたんだ。
そんな事を考えながら、オレは投手板に立ちワインドアップで全力で投げた。
リュウジ先輩と同じような音が周囲に響き渡り野球部全員オレの方を見ていた。ストレートを投げたつもりがボールになってしまった。その時「タイム!」ヒカル先輩がそう話しオレに駆け寄ってきた
「凄い球だよ。リュウと同じくらいの球速が出ていたんじゃないか。僕の技術が未熟なせいでボールになってしまっいた。本当に申し訳ない」
そう先輩に謝られてしまったが、そんな事はないと慌てて弁明した。オレも直ぐに弁明した。
「きっと汗で手が滑ってしまったのかもしれません。ロジンをしっかり付けるようにします」
そして、1番打者のセンパイを三振に取りその後の2人も無事抑えることが出来た。
回が終わった後、ユウリがオレに駆け寄ってきた「何あの球、凄い凄い!!ボクのセンターの位置からもスゴイ音が響いてきたよ。まさか先輩を抑えるなんて!!」
と何やら目を輝かせ興奮した様子で話してきた。それは三輪も同じようで少し笑って頷いていた。
「いや、ヒカル先輩のリードが上手なんだ。まるでオレの投げたい球が分かるみたいだ」
ひょっとしたら、先輩達に勝てるかもしれない。
そんな空気が1年生の間で漂い始めていた。
しかし、そんな淡い希望は簡単に打ち崩されてしまう。
2回表には三輪がリュウジ先輩のストレートを当て飛ばしていたが、センター付近に打ち上げてしまい、アウトになってしまった。あの先輩バッテリーが簡単に打たれるとは思えないからわざと打たせたのかもしれない。そう思うと身震いしてしまった
でも、三輪の見た目通りのパワーは凄い、そう思った。その後の2人も三振に取り1年生側の攻撃はあっという間に終わってしまった。
それだけでなく、2回裏から別の変化があった。センパイ方も当ててくるようになったのだ。当然かもしれない、あのリュウジ先輩を間近で見ているのだから。そして、ショート先輩に1塁打を打たれて1つ塁が埋まってしまった。オレに若干の焦りが出始めていた。その空気感が1年生側に伝播していく。
ここでエースで4番のリュウジ先輩がバッターボックスに立った。凄まじい気迫だろうか、マウンドまで伝わってくる……。これが打者としてのリュウジ先輩の圧力であり、野球部のエースとして最前線に立ってきた気迫なのか。嫌な汗がオレの身体から噴き出している。もしかしたら打たれてしまう、そんな予感がしていた。目の前のヒカル先輩は、そんなオレの様子を察してか落ち着くようにサインをおくってきた。そうだ、確かに先輩達は凄いのかもしれない。だけど、オレだって負けたくない。その一心で全力で腕を振って球を投げた。
瞬間、世界が止まったかのようにゆっくりと流れたような感覚が襲ってきて、嫌な予感は的中してしまった。「キィィィィン!!」綺麗な金属音が周囲に響き渡る。打たれた球は右中間へと綺麗なアーチを描いて飛んでいき、ホームランとなってしまった。 そして先輩方のチームに2点が入ってしまいオレの頭の中は真っ白になってしまった。
その後に続く先輩方も次々とオレの球に当てており、点がどんどん先輩方のチームに入っていく。
守備側もオレが打たれたからか簡単に捕れそうな球を凡ミスしてしまったり、不穏な空気が流れていた
攻撃が全然終わらない。まだ2回だというのに、オレの身体に疲れが出てきている。ここまで何とか2アウトだけどあと1人がなかなか終わらない。そんな時、ヒカル先輩がタイムをとりオレの側に駆け寄ってきてくれた。
「大丈夫かい、リュウはパワーもあるからあれだけの距離を打ってもおかしくはない。とはいえ君のあの球をあそこまで飛ばすのは至難の技、流石リュウといったところか……。タイチ君、辛いかもしれないけど次も僕のリードを信じて投げてくれないか」
今はヒカル先輩のリードを信じるしかない。オレが頷くと先輩は戻っていった。先輩のリードに俺は思わず驚いて目を丸くさせてしまった。そのサインはスローボールだった。そんな事をしたらまた打たれてしまうんじゃないか。そう思ったけど今は信じるしかない。オレはヒカル先輩のリードの通りに、スローボールを投げた。
すると、相手先輩はタイミングが上手く取れずに空振りしてオレはストライクを取ることが出来て回を終わらせることが出来た。
終わった後に先輩にどうしてあの場面でスローボールを要求したのか思い切って聞いてみた
「僕達はリュウの球速に見慣れているから、残酷な話だけどタイチ君が打たれてしまうのは分かっていた。だからあのタイミングでスローボールを投げる事で相手打者のタイミングを外したんだ。君の球が速いぶん、落差は凄かったと思うよ」
そう教えてくれていた。
まだ、序盤だというのに、現時点では敵わない……オレ達は先輩方の実力を身を以て思い知らされた。