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2、タイチ、野球衰退の真実を知る。新たな決意

 

 冬になりオレは受験のため、毎日源さんの家で勉強をしていた。外を見ると薄っすらと雪が積もっていた。この地方は雪が少ないんだな。オレは出来る限り走り込みや素振り、筋肉トレーニングをしているんだけど、これが想像以上にキツかった。じいちゃんの「虎の巻」に書いてあった、冬の間にしっかりと溜め込むことで春の成長に繋がるということ。

 

 もちろん練習後のストレッチなども欠かさずに行っている。これをしっかりしないと怪我に繋がってしまうらしいからだ。その上こうして勉強をして成績を上げないと、目標とする高校に入学して「野球」というステージに立つことすら出来ない。だからこうして今必死に勉強をしているんだけど、今まで勉強をサボっていたツケが回ってきたんだ。今さらながら授業中も寝てばかりいないで、もう少し勉強しておけば良かった。少しずつ近づいているように感じるんだけどまだまだ道のりは遠くに感じる。そんな後悔の気持ちを胸に今日もまたオレは勉強に取り組んでいた。ここで合格出来なければ「野球」というステージに立つことすらできないんだから。


 暗い部屋の中辺り一面にノートは散らばり、部屋の所々に大量のノートが積み重なっている。

オレは半纏を着て頭に「合格!!」の文字を書いた鉢巻きを巻いてこうして勉強をしているがこたつに入っていると、どうにも眠くなってしまう。少しずつではあるが、勉強の方も成績は伸びてきている。問題を解いていて、自分の答えが正解だと分かると喜びを感じるようになっていた。野球ほどではないけれど、知らなかったことを理解できるようになるのはとても嬉しい。またペンを持ったまま眠りそうになったその時、襖が勢いよく開いて源さんが部屋に入ってきた。

「おっ。頑張っているようだな。どうだ、少しは成績は上がったのか」

とそこらに落ちているテストを広いあげ、その結果を見ながらニコニコ笑い尋ねてくる。

「この前の模擬テストで何とか合格圏内には入れました。ただ……」俺は言葉を濁らせてしまう。

頭に「?」を付けていそうな、不思議そうな表情をする源さんの表情を傍目に俺は言葉を続けた。

 

「トレーニングは出来ても、野球出来ないのがつらいです……。どうしてもモチベーションが上がらないんです、あともう少しなのに」


そうオレが話すと源さんは一瞬口を開け呆気に取られた表情をしたが納得したような表情をした。

「そうかそうか、なるほど。まああまり根を詰めすぎても精神的に良くないだろうから、良いものを見せてやろうか」

良いものとは何だろうと考えるのも束の間、テレビ台から何やら出して俺に見せてきた。

「タイチは一度だけアイツの映像を観たことがある、と話していたな。これにはアイツの野球している映像が入っている、当然見たいよな」

オレは驚いて思わずこたつから立ち上がってしまう。勢いのあまり積んであったノートの山が倒れた

「是非、見たいです!!でもどうして源さんがそれを」と早口で尋ねると少し照れくさそうに答えた。

「理由は簡単だ。ファンだったからだよ。アイツは俺が野球を始めた時からずっと憧れだったんだ。だからアイツの映像は欠かさずに撮っていた」

そう話す源さんの目には僅かだけど輝きがあった。

たった1度しか見たことないじいちゃんのピッチング姿。オレが野球を好きになったキッカケの姿、胸の鼓動が高まっていくのを感じる。見たい、早く、今すぐにでも。

「そんな慌てるな、今かけてやるからよ。」

丸い形をしたディスクが映像機器な中に入っていくとテレビ画面に映像が映し出された。そこには若かりし頃のじいちゃんの姿があった。若い頃のじいちゃんは端正な顔立ちをしている上、身長も高く分厚い身体だった。大勢の選手が画面には映っていたが、じいちゃんは他の誰よりも目立っていた。これは後から知ったけど、オレがかつて見せてもらったあの時のじいゃんより少し若い頃の姿らしい。

「一条選手ーー、本日初のホームラン!これで今大会5本目!!また記録塗り替えとなるか」のアナウンスが流れた。ホームランを打ったじいちゃんはグラウンドを走っていた。歓声がグラウンド中に響き渡っていた。その映像を観たオレは思わず涙が出てしまっていたようで、源さんに心配されてしまった。

「すみません……、こうしてもう一度じいちゃんの映像が見られるなんて思わなくて。ありがとうございます」感極まった事を伝えると源さんからこう尋ねられた。

「アイツは当時の野球の様々な記録を更新していった伝説の男だったんだよ。知らなかったのか?」

俺は驚いてしまった、まさかじいちゃんがそんな凄い選手だったなんて。どうしてオレに教えてくれなかったんだろう、思わず黙り込んでしまった。

「まあ、前も話した通りの理由もあるがそれ以外にお前の枷になると思ったんだろう。その上もしお前があの一条の孫、だと知ったら嫌な目に遭うかもしれないと思ったんじゃないか?」

 確かに。当時小学生のオレが実はじいちゃんは伝説の選手だったと知ったら周囲に間違いなく言いふらしていた。そうなったら好奇の目に晒される、そう思ったのかもしれない。じいちゃんは俺を守ってくれていたことが分かるとまた目頭が熱くなってしまった。もう、2度と見ることが出来ないと思っていたあの頃のじいちゃん。だけど、こうして画面越しにに若い頃のじいちゃんにまた会うことが出来た。それと同時にオレの中に新しい感情が芽生えたのを自覚した。

「オレ、じいちゃんを超えた凄い選手になりたい」頭で考えるまでもなく言葉がすぐに出てきた。今までは漠然と憧れていただけだったけどこうして再度映像を見せて貰った今、強くそう強く思ったのだ。すると何か閃いたのかニヤリと笑うと手に数枚のディスクを持ちながらオレにこう伝えてきた。

「それじゃあ、苦手分野が出来るようになる度に見せてやろうか。アイツの映像、そしたらモチベーションは上がるか試してやろうか」

 挑発のつもりなのか悔しいけど、乗るしかない。もっと色んな映像があるなら是非見たい。オレは頭に巻いた緩んでいた鉢巻きを再度縛り直して再び勉強に取り掛かることにしたのだった。


【登場人物】

主人公 一条タイチ 投手 右投げ右打ち 

何事にも前向きな性格。じいちゃんを超えるべく日々練習に励んでいる

 

源 頼和 (カントク) 

高校の監督を務めている。普段は穏やかだが厳しい一面もある。


タイチのじいちゃん

苛烈で気難しい性格だった。昔野球をしていたらしい。故人。

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― 新着の感想 ―
めちゃめちゃタイムリーなお話ですね。 現実にそうなってもおかしくないと思ってしまうので、そうならないよう、いち野球好きとして少しでも盛り上げて行きたいな、と思いました。 タイチの活躍に期待しておりま…
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