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1 タイチ、「監督」と出会う

 

 オレの名前は一条タイチ中学2年だ。

オレには昔野球選手だったじいちゃんがいた。でもそのじいちゃんは最近亡くなってしまい、今は天涯孤独だ。

 

 そんな中、オレはとある一軒家の前に来ていた。高級住宅街の中の一軒家だからなのか、目の前には大きな門がそびえ立っていた。きっととんでもない大金持ちなのだろう。一体じいちゃんの人脈はどうなっているんだ。もっと聞いておけば良かった、せめて今から訪ねる人の性格とか。じいちゃんが話すには「俺が選手時代に面倒を見てやっていたやつでな。穏やかな奴だから大丈夫だ、心配するな。今はどっかの高校の野球部の監督をしていると話していたな」だそうだ。

そんなわけで、名刺に書かれていた住所を訪ねてきたというわけだ。そんなことを考えつつも、オレはあまりの緊張で心臓がバクバクしていた。

 インターホンを押すのに、かれこれ30分は周囲をウロウロしている。端からみたらどう見ても不審者にしか見えないだろう。警察に通報されてしまう前に、早くインターホンを押さないといけない。

 あれ、こういうのって事前に連絡しておかなくちゃいけないんだったっけ!?混乱した勢いで思わずインターホンを推してしまった。

 ピンポーンと音が鳴り響き少ししたあと「はーい、どちら様でしょうか?」と女性らしき声が聞こえてきた。「オレ、一条タイチって言います!!一条陽真の孫です!源さんに用事があって来ました!!」と上ずった声で答えると「あら、そうなの。ちょっと待っていね。今主人を呼んできますから」と優しそうな声色で返してくれていた。


 5分ほど経っただろうか、オレより遥かに体格の良い壮年の男性が玄関から出てきた。年は60代後半くらいだろうか。しかし、じいちゃんから聞いていた穏やかなイメージとは異なり眉間にシワを寄せこちらを見つめている。俺が挨拶のため声を出そうとすると向こうからとんでもない発言が出てきた。

「おい、そこのお前。アイツからどんな話を聞いたのかは知らないが俺はアイツもお前のことも嫌いだ何も話すつもりはない。分かったらとっとと帰れ!!」の言葉であった。じいちゃん、嘘だろ…。事前に聞いていた話と全然違うじゃないか!!一体この人と何があったんだよ!?いやあのじいちゃんならきっと色々してきたんだれうな……と頭の中でじいちゃんに突っ込みを入れていた。いやあの苛烈なじいちゃんのことだ、死ぬ直前まであれだけ元気があったのだから、きっと若い頃はもっと苛烈で厳しかったのかもしれない。そう考えると、思わずこの人に同情してしまった。だけどオレだってここで引くわけには行けない。

 オレは生前祖父が貴方に失礼なことをしてしまったこと、本来なら事前に連絡を入れておかなければいけない所を、急に押しかけるような形になってしまったこと深く謝った。虚勢だったけど、俺はできる限り精一杯頭を下げて謝罪した。

 すると源さんは「馬鹿、やめろこんな所で大声を出すな。面倒だからさっさと帰れ」と手でシッシと振り払った。俺は食い気味に「いいえ、帰りません。というより帰る場所がないんです」そう伝えると源さんの手が止まり顔色が変わった。

「オレには祖父以外身内と呼べる人間はいません。お金もないから住んでいた家も手放すことになってしまいまいました」

じいちゃん亡きあと借金があったことが分かり、借金返済のため家は手放さざるを得なかったのだ。この状況をどうにかしないと俺は児童相談所行きか、最悪住み込みで働くしかなくなるだろう。

そうなると「野球」は出来ないままじいちゃんとの約束を果たせないまま人生を終えてしまうことになってしまう。……嫌だ、そんなのは絶対嫌だ!!


「「オレもじいちゃんみたいな野球選手になりたいんです!!」」


気がついたらそう声が潰れてしまうくらい叫んでいた。そんなオレの必死な姿に居た堪れなくなったのか隣にいた女性が小さな声で隣にいる源さんに何か伝えてくれているようだった。

「分かったよ……とりあえず、中に入れ。茶くらいは出してやる」と小さく溜息をついていたが家の中にいれてもらうことになった。


 お茶を出してもらい一息つくと源さんの方から声が掛かった

「さて、タイチとか言ったか。お前が今こうしてアイツから話を聞いてここに来ているということは野球をしているんだな?」

 そう尋ねられたので今までの経緯を源さんに伝えた。すると、真剣な表情で俺にこう尋ねてくる。

「アイツが死ぬ前に話したことは事実だ。かつて夏の風物詩だった甲子園という一大イベントはなくなり野球人口は減った。どうしてか分かるか?」

「いえ、分からないです。」

 そう言われてオレは気がついた。そういえば野球文化が何故衰退したのかその理由は全然知らない。じいちゃんは教えてくれなかったし、図書館の資料にもほとんどないから調べることが出来なかった。

「だろうな、教えてやるよ。昔とある学校内で暴力事件があったんだ。その事件は甲子園出場後に発覚したんだ。世間では辞退の声が広がっていた。だが当時の上層部はそうしなかったんだ」

 聞いていて背筋が凍るようだった。だけど源さんのの話はまだ続くようだった。オレは気になることがあって恐る恐る手を挙げた

「そんな事件かあったのにどうしてその高校は辞退しなかったんですか?」

「勝てば官軍くらいの感覚だったんだろう、実際1回戦は勝っていたんだ。だがここで更に問題が起きた。勝利後に新たな事件を隠蔽していたことが判明して更に炎上したんだ。その事がきっかけとなってスポンサーは離れ野球文化は衰退の一途を辿ることになったと思っている」

源さんは腕を組み苦虫を噛み潰したような表情で教えてくれていた。でもオレはその話に何だか違和感を覚えてこう聞いてみた。

「で、でもそれだけで野球がここまで衰退するなんて何だか違和感があります、他にも理由があるんじゃ」

「その通りだ。その後、余所の学校も暴力暴行事件が明るみになって、嘘か本当か分からないような情報が出回ったんだ。中には何の関係もない人間が様々な媒体で(コイツは犯人です)とか出回って、それはもう酷い有様だったよ。そんな中で上層部はこうなったのも全てSNSのせいだと責任転嫁して、正に火に油を注ぐ状態だったな。そうして今現在に至るってわけだ」

 そう話す源さんの表情にはどこか悲しそうな表情だった。あまりの惨劇にオレは言葉が出なかった。源さんは続けて話した。

「俺たちの時代の野球には夢があった。スーパースターになれば一躍時の人だ。子供たちもそんな俺たちを嬉しそうに見ていたよ。勿論血の滲むような努力は必要なのは前提だけどな」

 そう語る源さんの表情はどこか懐かしそうであった。飲んでいたお茶を置いて続けてオレにこう話す

「今現在野球してる奴は余程の変わり者か、本気で野球が好きなやつかどっちかだ。お前はどうなんだ本気なのか」

「もちろん本気です!!今まで1人でも練習してきました」今のオレの全力の気持ちを源さんに伝えた。

 すると源さんは口角を上げてニッと笑った。

「なら俺が監督している学校に来い。特待生という制度が残っているからな。その他の金は出世払いで構わない、俺が全部出してやる。幸い寮もあるし丁度空きもあるしな」 

 その言葉にオレはは思わず涙が出そうになってしまった。よかった、これでずっと憧れていた「野球」が出来る。

「あと、お前行くとこないなら入学まではここに住んでも構わない。家の手伝いが家賃代わりだ。絶対合格しろよ!」

 まさかそんな破格の待遇をしてくれるなんてなんて善人なんだ。こうして俺は住む場所も野球が出来る環境も一気に手に入れることが出来たんだ。


最後に源さんがこう1言つけ加えた。

「ちなみに俺の学校はそこそこ頭が良くないと。定

員割れでも入学出来ないからな。いくら少子化とはいえ基準に達していないと入学させないぞ。勉強も野球も頑張れよ」

喜びも束の間、一瞬脳内がフリーズしてしまった。どうやらオレは小学生から勉強を見直さないといけないらしい。それでも、暗い闇の中に僅かに光が差したような感覚に思わず武者震いしてしまった。



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