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第8章 それでも忘れるな

1】忘却の谷、第五層スラム《リフラクタ》

 そこは、都市にとって“欠番”の領域だった。

 旧交通網の残骸と、圧壊した居住ブロックの間に、行政にもAIにも存在を認識されない人々がいた。


 少年たちは、規格外義体の廃棄部品を組み合わせて作った“機械肢”で歩き、言葉の代わりに断片的なデータパケットで会話していた。


 「話すことが、命を縮めることになるんだよ」

 ——そう彼らに教えたのは、かつてのDAでも、都市でもなかった。

 彼ら自身の“経験”だった。


【2】アリョ、到達する

 蟻生アリョは、プロフェトス地下から15時間かけてこのスラムに到達した。


 口で「都市の境界」と言うのは簡単だが、制度と記録の外側にある生の総体と出会うには、物語を運ぶ者でなければならなかった。


 だからアリョは、手土産に一つの“録音”を持っていた。


 それは、ゾシマが残した、**「子どもたちに語った30のこと」**という音声記録。

 その声が、スラムの少年の一人、ユウタの義耳デバイスに届いた瞬間——少年たちの視線が変わった。


【3】少年たちとの対話

 アリョ:「この都市は、君たちの記録を保持していない。

      でも、君たちが生きてきたことは、俺が記録する。語ってくれ」


 少年1:「でも……話したら、誰かにバレて、また消される」


 アリョ:「なら、俺の名前で語ろう。“蟻生アリョが語ったこと”にする。

      その中に、君の言葉が混じっていれば、それでいい」


 少年2:「そんなことで、何か変わるの?」


 アリョ:「語られなかったものは、“無かったこと”になる。

      語られれば、“忘れられたくない”って声になる」


【4】“共同記憶体”の起動

 夜、少年たちが組み上げた端末群の中心に、アリョは一つのコードを流し込む。


【プログラム名】:「KARA-NET」

【機能】:都市全域に非正規な記憶断片を匿名で収集・再配信する、語りの相互記録網。


 そのノードの一つ一つに、少年たちの名前が仮IDとして登録されていく。


 ユウタ:「これって……“生きてる”って証になるの?」


 アリョ:「うん。都市が忘れても、お前らが“忘れられたくない”って叫んだ声は、消えない」


【5】告白する少年

 ユウタが、一つの録音を再生する。

 それは彼の“友達”だった少年が、記憶削除実験後に語った唯一の音声だった。


「ぼく、もう“ぼく”じゃないけど……

でも、あいつが“お前は生きてる”って言ったから、

なんか、それで、いいような気がした」


 ユウタは言う。


 「その声を、ずっと流してて。俺たちの中心で。

 それが、俺たちの“国歌”みたいなもんだから」


【6】アリョの放送・第二夜

 プロフェトス地下、アリョは再びマイクを握る。


_「俺は今日、“語られることのなかった人間”たちと出会った。


都市は彼らを記録していない。

でも、彼らは、生きていた。痛みを抱え、名前も顔もないまま、確かに——


だから、俺は言う。

君たちは、ここにいた。

君たちは、俺の中に、いる」_


 送信完了。

 カルマの倫理処理サーバが、一瞬だけエラーを起こす。

 それは、“人間の声”を処理しきれなかった証だった。


【7】章末:少年たちの夜

 スラムの端末が点灯する。少年たちが寝息を立てるその傍らで、

 “KARA-NET”が小さく稼働を続けていた。


 そこには、匿名の声が、無数に蓄積されていく。


「私は8歳の時、弟を助けられなかった」

「僕は記憶を削られて、“君”を忘れた。でも、君を好きだったことは消えない」

「ミト兄ちゃん、生きてて」

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