第6章 かつて、兄弟だった
【1】帰還——コペル・ホーム、再訪
都市の外縁部、第8居住帯。
壁面にひびの入った無認可孤児施設。そこは、かつて御戸ミト、井和イワン、住江スメール、蟻生アリョーが「兄弟」として暮らした場所。
廃墟に足を踏み入れた瞬間、アリョは頭の奥に“音”を感じた。
それは懐かしさではなく、傷口が開くような記憶の振動だった。
【2】ログ室の遺物:語られなかった記録
施設の一室に残されていた、旧式のテープログ機器。
接続端子は腐蝕していたが、アリョの携帯端末“YUI”が解析補正を開始する。
「再生可能データを検出——保護ラベル“COPH-Θ-3”、登録者:ゾシマ・ミズキ」
アリョの表情が変わる。
ゾシマ。
彼は元DA司令であり、当時コペル・ホームの理事でもあった。
四兄弟の誰にも“語る力”を与えようとした、唯一の“大人”だった。
【3】再生データ:ゾシマの観察記録
「御戸ミト:常に壁の内側にいる。暴力衝動は自己防衛。
井和イワン:規範の外側にいる。理論と現実の齟齬を自覚している。
住江スメール:注視されない位置にいる。誰かの意志になりたがっている。
蟻生アリョーシャ:全てを見て、まだ語らない。だが、彼だけが“聞く者”としての資質を持つ」
アリョの指が止まる。
ログの最後に、ゾシマはこう記していた。
「私は願う。
一人でもいい、“赦すこと”を自分の言葉で語れる者が現れることを」
【4】記憶フラッシュ:兄弟たちの断章
(1)ミトの記憶——鉄柵の影、暴力の始まり
>「お前はモノだから。教育コストは出さない。黙って殴られていろ」
——義父代行の言葉。
ミトは、その日から言葉の代わりに拳を覚えた。
(2)イワンの記憶——空白の教室、沈黙の選択
>「正しいことを言っても、相手が傷つけば、それは加害になるのか?」
——教師に言った瞬間、周囲の友人は消えた。
イワンは、“語らないことが最適”という論理を獲得した。
(3)スメルの記憶——診察室、選ばれなかった日
>「きみのIQは優秀だが、人格特性に欠損がある。分類:補助者」
——都市型AI教化プログラムの適性テスト。
スメルは、“誰かの代行”としての生を甘受するようになった。
【5】アリョの沈黙と覚悟
アリョは、記録の最後に自分の声が入っていることに気づいた。
_「……俺は、兄さんたちが羨ましかった。
苦しんでるのに、それを“怒り”や“理屈”にできたから。
俺は、ただ、見てることしかできなかった。
でも今ならわかる。
語らなきゃ、誰も救われない。
兄さんたちを——俺が、語る」_
【6】章末:再起動される記憶のコード
その夜、アリョはゾシマの残した端末に、新たなファイルを追加した。
【記録名】:兄弟たちの声
【内容】:御戸ミトの義憤、井和イワンの論理、住江スメールの沈黙、そして自分自身の覚悟。
“語ることでしか、未来は始まらない”
それが、アリョの中に芽生え始めた“反抗”だった。