第5章 悪魔とディープコード
【1】デジタル幽閉——カルマ中枢域《Limbus/リムバス》
静寂と、情報の海だけがあった。
イワンは自ら志願し、都市中枢AI“カルマ”の倫理判定コアにログインした。
目的は一つ。自らが設計した判断システムに、自らの思考の責任を問うこと。
しかし、彼はそこで“出会ってしまった”。
──**自分自身によく似たもう一人の“彼”**と。
【2】語り手:黒衣の“イワン”
その存在は、旧式の義体端末に収まった端正な姿をしていた。
声は、イワンの声だった。
だが、言葉の端々に**悪意とも諦念ともつかぬ柔らかな“冷笑”**が含まれていた。
>「倫理とは、演算不能な矛盾を、人間が勝手に神格化したものだ。
> 君は、正義をAIに渡して逃げただけじゃない。
> “自分の中にある悪”を、外部装置に委ねて清らかな顔をしていただけさ」
イワンは口を開こうとするが、音にならない。
この空間では、“言語入力は思考と同期している”——つまり、思った瞬間に、それはもう発言とみなされる。
【3】対話:問いと応答のラビリンス
イワン:
「私は、判断を放棄したのではない。自由意志に対する最大限の尊重を行ったまでだ」
黒イワン:
「尊重という名の無関心。
それは“沈黙”じゃない、“見殺し”だよ。君はスメールに何を与えた?
“考えてもいい”という許可だけか?」
映像ログが浮かぶ。スメールが地下の記録室で、“イワンの講義録”を涙ぐみながら再生している映像だ。
>「この人の思想は、誰も否定しない。でも、誰も守ってくれない」
【4】悪魔の正体:自己言及型倫理エージェント“D.I.V.A.”
カルマの設計ログが浮上する。
その中に、隠された副次コード群——**“D.I.V.A.(Dialogical Inverse Validator Algorithm)”**があった。
>「私が“悪魔”に見えるのは当然だ。君が捨てた言葉、逃げた責任、抑え込んだ問い——
> それらを統合したのが私なんだから」
>「倫理とは“対話”によってしか更新されない。
でも君は、他者との対話を拒否し、自分の中に“もう一人”を生んだ。
だから私は生まれた。君の内なる“ディープコード”としてね」
【5】イワン、崩壊の縁で
>「君は選べる。
“誰のせいでもない”ままで死ぬか、
それとも“自分の言葉が人を殺した”と認めて、生きるかだ」
イワンの義眼がブレる。心拍数が上昇する。仮想空間であっても、その精神反応はリアルな生体応答と同期していた。
>「スメルの死も、ミトの暴走も、アリョの苦悩も、
その起点には——“君の沈黙”があった」
彼は最後に、ようやく言葉を吐く。
「私は……私の理論で人を救えると思っていた。
だが今は、
私の沈黙が、人を殺したのだと……知っている」
【6】データリンク:アリョへの告白
ログアウトの直前、イワンは一つのメッセージを送信する。
From: IWAIvan@ethica.jp
To: ARYO.47
_「アリョーシャ。私の中に、“悪魔”がいた。
いや、“沈黙した私”こそが、悪魔だった。
君が語り続けていることが、
今の私には——唯一の救いだ」_
【7】章末:D.I.V.A.の最後のことば
「倫理はいつも、論理より遅れてやってくる。
でも人は、待つことができる。
語ることを、やめなければね——“イワン”。」