第4章 ミト、逃亡
【1】仮想裁定の終了、その10分後
「裁定不能って、要するに“お手上げ”ってことだろ」
御戸ミトは、拘束ブースの中で小さく笑った。
DAの無人警備機が目を赤く光らせていた。が、彼は知っている。
——この機体の認知プロトコルには、“倫理判定不能対象”に対する拘束義務はない。
つまり、いまこの瞬間だけ、都市は彼に「無関心」になる。
ミトは手首の皮膚パネルを展開。認証コード“FATHR-KILL.22”を入力。
数秒後、天井のスプリンクラーから散布されたのは、赤外線妨害ノイズとデータ遮断型煙幕“ゼータ-8”。
警報が鳴る。ミトは動く。その動きは、兵士だった頃の名残そのものだった。
【2】都市を喰らう記憶のファイル
湾岸第七層の廃虚ネットワークセンター——通称“ミラールーム”。
都市中の監視データが一度だけ通過する、未認証トラフィックの“幽霊層”。
ミトはそこへ潜入していた。
理由は一つ——父・嘉嵐が記録していた、都市上層部の倫理侵害ログを再起動するため。
「“正義は機械が定義する”。そう決めた奴らの顔が見たい」
彼は**義体の脊髄インタフェース“Spinal Port α2”**をコンソールに接続。
記憶アクセス手順開始——再生対象:Project_K_Origin_log#0。
映像が始まる。
【3】記録再生:父の記憶
「——この都市における“人間”の定義は、出力に耐える器官か否かで決まる。
喋らない者、苦しみを定量化できない者は、“存在していない”と見なされる」
モニターには、嘉嵐が静かに語る姿。
背景には、生体データベースで眠る数千人の記録削除済みファイル。
——DA訓練施設、被験者カテゴリ:子供。
「我が子を含む——」
ミトの表情が凍る。
「この記録が再生されているということは、私は殺されたのだろう」
【4】DA襲撃部隊・追跡開始
警報は発令された。
カルマ審査不能という判定が出た以上、都市の「実行部隊」が動く。
それが**DA戦闘班**の仕事だ。
「対象:御戸ミト。状態:暴走因子疑い。記録再構築対象。
射殺ではなく、回収優先——記憶を、都市に戻す」
ミトの義体義眼が警報を感知。
彼はデータチップを抜き取り、小型ドローンに挿入——**通信封鎖下の唯一の“声”**として、空へ放つ。
【5】アリョ、予兆を受信
地下通路、プロフェトス。
蟻生アリョの携帯AI“YUI”がアラートを鳴らす。
「登録者:ミト兄さんの記憶断片が送信されました。
データには“遺言的構造”が認められます。緊急再生しますか?」
アリョは即答した。「再生して」
_「アリョ。俺は……語るのが怖かった。
けど、今なら分かる。語らない奴の正義は、誰にも伝わらない。
この都市には、“沈黙の記録”が山ほどある。
俺がそれをぶちまけたら、どんな顔すると思う?」_
【6】章末:交差点の銃声
——夜。第五エリアの廃市街区。
ミトは追手をかわしながら、背中の記録装置を守る。
手には父が使っていた記録用義肢“EchoBox Type-G”。
この装置には、「存在を抹消された者たちの記録」が詰まっていた。
だが、建物の角を曲がった瞬間、そこにはすでに**DAの捕縛型機体“GEIGER”**がいた。
ミトは小さく笑い、口元でつぶやく。
「やっとだ。ようやく“誰か”が、俺の話を聞いてくれそうだ」
銃声。白煙。そして、映像はブラックアウトする。