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クッキーを分けてあげたら、公爵様がやたらと溺愛してきます

作者: 六花心碧




「あ、ほらほら、ちゃんと目を閉じてお祈りしましょうね」


「えー、つまんなーい」

 まだ6つばかりの少年は、口を尖らせて拗ねている。


「ちゃんとできたらいつものクッキーをあげるからね」


 私がそう言うと、少年はやる気になったのか『はあい』と返事をしてから、大人しく目を閉じてお祈りを始めた。


 ふふふ、こういうところはやっぱりまだまだ子供で可愛い。




 この神殿では、身寄りのない子供たちを積極的に引き受けていて、今は日課となっているお祈りの時間である。


 そんな彼らのお世話を担当するのが私の役目。

 なぜなら、私は聖女見習いの真っ只中。これが私のお務めなのだ。




 この王国では毎年多くの聖女が誕生している。

 そのほとんどは貴族家の出身だ。


 そのため貴族令嬢は17歳になると神殿で聖女判定を行う。

 そこで聖力反応があった私は聖女見習いとして神殿で奉仕活動をしているというわけなのだ。


 しがない子爵家出身の私は、家族から大変喜ばれた。

 聖女を輩出した家には権力や富といった栄光が与えられるためだ。


 もちろん、それも大変名誉あることだと思うけど、私はそれ以上に神殿でのお勤めにやりがいを感じていた。


 そんなこんなで、毎日を楽しく過ごしている。





 気づくと、子供たちはクッキー欲しさに今日も真面目にお祈りを終えていた。


 やっぱりこの作戦は成功ね。ふふ。


 そう、彼らが大人しく座ってお祈りすることが難しいということに気づいた私は試行錯誤の結果、得意の手作りクッキーをご褒美にすることにした。


 こうして、みんながしっかりと集中してくれるほど、それはそれは特大な効果となったのだ。




「よーし、偉かったねみんな。それじゃあクッキーを配るよ」


 お祈りが終わり、子供たちに声をかけると嬉しそうに駆け寄ってきた。

 みんな順番に並んで私の渡すクッキーの袋をワクワクした顔で受け取っていく。



「アリー様、ありがとう!」

 みんなが口々に私へお礼の言葉を伝えてくれる。


 なんて可愛いのだ。

 ほっこりした気持ちになったとき、最後の一袋が余った

ことに気づく。



「あ、今日は作りすぎちゃったな」


 そう呟いた瞬間、クッキーを嬉しそうに頬張る子供たちの間を縫って、綺麗な金髪をなびかせた背の高い美しい青年が目の前にあらわれた。


「それ、余ってるなら俺にくれるかな?」


 誘うような微笑みの中にほのかな色香が漂って、私は一瞬見惚れてしまった。



「……え? これ、ですか?」


 こんなに美しい男性と私のクッキーなんて、なんだか不似合いな気がして一瞬ポカンとする。


「うん。ダメ?」


「い、いえ、どうぞ」


 なんとなく押されて、思わずクッキーの袋を彼に渡した。


「ありがとう」

 そう言って、彼は心から嬉しそうに無邪気な笑顔で私を見つめた。


 なんか、可愛い……。

 見上げるほど背が高くて逞しい身体で、こんなに綺麗な男性なのに、なぜかとても可愛く見えてしまった。


 私がぼーっと彼を見つめていると、彼は徐に軽くハグをしてから私の頬にキスをする。

 すぐに身体を離した彼から爽やかで少し甘い花の香りが漂って、私をふんわりと包んだ。



「…………」


 ……えっ?

 今、ハグされた?

 それに、頬にキスを……?


 な、何?!?!?!

 何なの、この人!!!



 突然のイケメンとの触れ合いに顔から火を吹きそうなほど熱を持つ。


 そんな私を、彼は熱っぽい瞳で見つめながら『またね』と言って去って行った。



 ……何よ、なによ、何なのよ!


 身なりからしてどう見てもどこかの貴族令息だろうけど、なんだってそんな人がクッキーを欲しがるの……?!


 いや、そんなことよりも!

 何であんなチャラチャラしたことする人が神殿なんかにいるの?!



 その日の私は只々、混乱するばかりだった。




◇◇◇




「また、貴方ですか」

 私は無表情で言う。


「アーサーと呼んでくれ」


 彼のそんな言葉も聞こえないふりをして、ひたすら前を見て中庭の廊下を歩く。


 クッキーを渡したあの日以来、彼はなにかにつけて私の目の前に現れるようになった。



 やたらと距離感が近くて、私は少し戸惑っている。

 こんなにイケメンが傍にいるなんて、落ち着かないのよ。



 綺麗な顔とは正反対に、身体はがっしりと逞しくて。

 所作は美しくて品が良く、言動にチャラい感じは否めないがいつも紳士的で優しい。


 それに、近くに来る度に爽やかで少し甘い香りがして――――


 そんなギャップに色香が漂って、私のタイプの顔だからドキドキしちゃ…………って!違う、違う!



 こんな馴れ馴れしくてチャラチャラした人、全然タイプなんかじゃないもの!




 そんなことより早くこの薬草を神官様のところへ持っていかなくちゃ。


 そう思いながら薬草で山盛りになった籠を抱える腕にぎゅっと力を込めた。



「レディに重いものを持たせるなんて心が痛いよ」


 そう言って彼は私の持っている籠をひょいっと持ち上げた。


「あ、ちょっと!」


 取り返そうともがいていると、石畳の溝に足が引っ掛かり、バランスを崩してしまう。



 わ!やばい!


 後ろに倒れそうになった私を、すかさず彼が受け止めて事なきを得る。


 ふう、危なかった……。



「ごめんね、大丈夫?」

 彼の心配そうな瞳が私を間近で見下ろしている。


 気づけば、彼の腕はしっかりと私の腰を支えてくれていて、大きなその胸の中に庇われるようにすっぽりと包まれていた。



「っ!! だ、大丈夫です!!」


 私は大声を出しながら、慌てて彼を押して離れる。


 本当にこの人は油断できないわ!


 あ――と言っても今のは私のために支えてくれただけなんだっけ……。

 助けてくれたのにお礼も言わず押し返すなんて、ちょっと失礼だったかしら。



 顔を真っ赤にしながら考え込む私を見て、彼は笑顔で言う。

「早くコレを神官のところへ持って行くんだろう?」


 あっ、そうだった。


 彼は何を気にしている素振りもなく促すので、そのまま自然と一緒に神官様のいる部屋まで歩いた。


 扉の前に着くと、私に籠を渡して『またね』と言って笑顔で去って行く。



 …………変な、人。




 それからも、私が神殿でのお勤めの間ちょくちょくと顔を見せては、お手伝いをして去っていく。



 最近は子供たちの面倒まで一緒にみてくれて、みんなもよく懐いていた。


 子供たちといるときの彼は、とても無邪気な顔をしている。


 普段は距離感がおかしくてあんなにチャラチャラしてるのに。

 やけにその笑顔が頭に残ってる。



 本当、変な人。




◇◇◇




 今日はお祈りの後、子供たちと庭園で遊んでいた。

 小さくて可愛いレディたちのリクエストで花冠の作り方を教えることになったのだ。


 みんな夢中でお花を編み込んでいく。


 ふふ、みんな可愛い。


 そんなほっこりとした気持ちのあと、ちらりと向こうの芝生に目をやる。

 アーサーと名乗るあの男性がまた来ているのだ。


 花冠に興味のない男の子たちと一緒にボール遊びをしてくれてるから助かったけど……。



「アリー様できたよ!」

 女の子のひとりが嬉しそうな声を上げた。


「あら、よくできたね」

 私も嬉しくなって笑顔で答えると、女の子はその花冠をこちらへ差し出した。


「これアリー様にあげる!」

 そう言って目を輝かせている。


 くっ……なんて可愛いの!


 思わず笑顔で彼女の前にしゃがんで視線を合わせると、私の頭の上に花冠を乗せてくれた。


「ありがとう! すごく嬉しい!」


 照れ笑いしている女の子にお礼を伝えると、頭上から明るい声が降ってくる。


「お、上手にできたね!」


 気づけばボール遊びを終えたアーサーと名乗る彼が私の隣に座る。


 爽やかで綺麗なその笑顔を私へ向けながら言う。

「すごく、可愛いよ」


 そう言いながら、風で乱れて私の頬にかかった髪を優しく払ってくれる。

 ふいに彼の指先が私の肌に触れた瞬間、胸が高鳴る。



 な、何をドキッとしてるんだろう、私――――。



 俯いた私を見て、彼は焦ったように言う。

「ごめん、嫌だった?」


 改めてそう謝られると、困ってしまう自分に気づいた。



 距離感が近いからチャラそうな雰囲気を出しているだけで、行動自体はいつも紳士的だもの。


 重いものは持ってくれるし、歩くときは丁寧にエスコートしてくれる。


 お祈り以外の時間も、子供たちにいつも目を配ってくれていて。

 私に困ったことがあれば、さりげなく手助けしてくれる。



 根はいい人なんだろうな。

 今はそんなことを感じてる。


「……ううん。嫌じゃ、ないです」


 私が答えると、彼は心底ほっとしたように柔らかい笑顔になった。


「よかった」


 その顔を見た瞬間、私の胸がさらに高鳴り始める。


 もっと触れてほしい。

 なぜか、そんな気持ちになった。



 何だろう、この感覚。

 私もこの人に影響されて変になっちゃったのかも。





 ――――それにしても、この人って常に神殿にいるけど、何してる人なんだろう。

 …………暇人なのかな。


 私と同じ年頃っぽいし、裕福な貴族の放蕩息子ってところだったりして……!


 彼の爽やかな笑顔を見ながら、そんなことをぼんやりと考えていた。




◇◇◇




 今日は神官長様のもとへ定例の報告に来ていた。

 1週間に一度、子供達の様子や神殿の中の気になったことなどについてお伝えする時間だ。



 私は報告のついでに気になっていたことを聞いてみた。


「あの、神官長様。アーサーという貴族の方をご存知ですか?」

「ええ、最近は特によくいらしていますね」


 優しそうに笑う神官長様に私はさらに聞いてみる。


「あの人って何してる人なんですか?」


 神官長様は笑顔になるだけで何も答えない。


「あんなに頻繁に来てるって、少しおかしいですよね?」



 神官長様は少し考えてから徐に引き出しを開けて何かを取り出して言った。


「……それではアリーさん。その『アーサーさん』のお家までこちらの書簡のお届けを頼まれてくれますか?」

「え? 届け物ですか? 私が?」

「最近、この辺りに金品を強奪するならず者が増えているのです」

「え? ああ……そんな噂を耳にしたことはありますが」

「彼はその解決に尽力してくれているのですよ。それについての大切な書類なのです」

「それは、ありがたいことですが……でもなんで私が?」

「百聞は一見にしかずです。人様の想いを汲み取ることも聖女様の立派な務めですから」


 うーん。これ以上は答えてくれそうにない。

 神官長様が優しい表情でそう言うので、私は大人しく従うことにした。





 用意してくれた馬車で向かったそこは、随分と豪華な建物だった。


 うわあ、こんな立派なお家に住んでるなんて!

 やっぱり、相当裕福なお家の放蕩息子というセンは大当たりだったのかもしれない。


 そんなことを思っているうちに、私はとてつもなく立派な客間に通された。

 出されたお茶もお菓子も、見ただけで最高級品だということがわかる。


 なんだか落ち着かない。


 そわそわしている私の前に、品の良い初老の男性があらわれて恭しく挨拶をする。


「アリー様、私はブロワ公爵家執事のモーリスと申します」


 男性の言葉を聞いて、私は目が点になる。


「ぶろわ、こーしゃく?」


 ……………………。

 えっ!!!!!!


「ブロワ公爵様?! ……のお屋敷なんですか?! ここが?!」


 知っている。

 私は知ってる、その名前!!


 だって、神殿に沢山の支援をして、一番貢献してくださっている公爵様のお名前だもの!


 ここは、そのブロワ公爵家なの?!?!



「ええ、神官長様から伺いましたが、公爵様へのお届け物の為にいらしてくださったのだとか」

「はい、神殿周辺の警備の件についての書類を……」


 私はそこまで言葉にして気づく。

 神官長様は確かに『アーサーさん』に届ける書類だと言っていた。


 えっ?!

 それじゃあ、いつものあの『アーサー』がブロワ公爵様ってこと?!

 あの年齢で?!


 私の考えていることを感じ取ったのか、モーリスさんは笑顔で語り始めた。


「公爵様は僅か11歳で、このブロワ公爵家をお継ぎになられました」


「!!」



 モーリスさんの話によると、6歳の時、彼の両親は馬車の事故でこの世を去ったそうだ。


 親身になって彼のお世話をしていた子供のいない叔父夫妻も彼が11歳の時、流行病にかかってこの世を去ったのだという。



 たった一人残された跡取りとして、公爵家を継いでからは苦難の連続だったそうだ。


 財産を狙う親戚たちから横槍が入り、時には命までもを狙われる始末。


 そうして必死にこの家を守り、今がある。




 モーリスさんは私を見つめて、何かを思い出したように優しい笑顔を浮かべた。

「坊っちゃま……いえ、公爵様はアリー様を神殿でお見かけするようになってからとても元気になりましてな」


 え?


「かれこれ1年程前のことでしたかな。子どもたちの世話をするあなたに一目惚れなさったんですよ」


 フォッフォッフォと笑うモーリスさんを私はぎょっとして見つめる。


 ひ、ひとめぼれって……?!



 だからあんなに馴れ馴れしいというか、距離感が近いというか――――。


 私は思わず赤面する。



 モーリスさんはぴたっと笑うのを止めて、何かを思い出したように真剣な顔つきで言う。


「同じように辛い過去を持つ子供達に慈愛を注ぐアリー様に心を寄せるのはきっと必然だったのかもしれませんね」



 そう言われて、私は胸が詰まるような想いになった。


 彼のこれまでは、きっと語る以上に壮絶な日々だったであろう。


 私は彼一人が住む、この豪華な屋敷をまじまじと見つめた。


 大きな門から玄関まで続く立派な庭園も、装飾品で豪奢に飾られた長い廊下も、沢山あるであろう大きな部屋も、全部彼一人のもの。


 そこに家族の存在はない。




 こんなに広いお屋敷で、彼はずっと一人で戦ってきたんだ……。


 普段の明るい彼の笑顔からは決して想像できない。


 そんなことを想うと、私は胸が切なく締め付けられるような気持ちになった。



 その瞬間に理解する。


 あ、私って彼に――――アーサーに惹かれ始めてたんだ。


 変な人とか、チャラチャラしてるとか、色々言い訳してたけど……。


 この辛い過去の話を聞いて、いつも子供たちといるときに見せるあの無邪気な顔が曇るのは見たくないと心の底から思った。



 それに……彼のあの距離感が当たり前になってきていたことに自分でも気づいてる。


 近くに寄ったときの彼の爽やかで甘い香りが、今傍に感じられないことを、ふと寂しく感じた。




「でも、公爵様は誰にでもああいう……その、親しみのある態度を取られるのでは……?」


 もしかしたら、今までずっと一人で家族の愛に飢えているからあんな態度をとってしまっているだけとか……。



「そうですなあ、恋愛経験がほとんどないお方ですから。距離感の測り方を間違えている可能性は大きいかと」


「……!」


「アリー様のことが愛おしくてしょうがないのでしょうな」


 モーリスさんは全てを見通しているように、優しい笑顔を浮かべていた。


 そんな穏やかな顔を見ていたら、心がほかほかと温かい気持ちに満たされていく。


 いつも優しく私をサポートしてくれるアーサーの笑顔を思い出す。



 私も何か、彼にできることって――――。


 ふと閃いた私はモーリスさんに向き直って言った。


「あの……モーリスさんにお願いがあるのですが」




◇◇◇




「これくらいでいいかな」


 私はせっせと作ったクッキー生地を型取りしてオーブン皿に並べて焼き始める。



 あとは焼き上がりを待つだけ!


 さすが公爵家のキッチン。

 広くて使い勝手のいい物ばかりで食材も高級品ばかり。

 いつもよりも美味しいクッキーが焼き上がりそうだわ!



 そう、私はモーリスさんにお願いをして図々しくもキッチンを使わせてもらうことにした。


 初めて会った時に喜んでくれたあのクッキーを焼こうと思いついたのだ。


 こんなに大きな家に一人でいる彼のために、お部屋をクッキーの美味しい良い匂いで満たしてあげたい。


 ただの自己満足かもしれないけれど、私に沢山優しく親切にしてくれた彼にできることは、これぐらいしか思いつかなかった。



 モーリスさんによると、あと1時間もすれば戻るだろうとのことだったので、焼き上がりの時間を合わせてお出迎えのお茶の準備をした。



 とはいえ――――勝手にこんなことして怒られちゃうかな……。


 彼の辛い過去の話を聞いて、思わず熱くなってこんな行動に出ちゃったけど…………。


 まあ、いいよね!

 アーサーだって散々私の前に現れて好き勝手やってたんだし!



 そう思いひとり気合いを入れていたら、応接間で待つ私にメイドさんが彼が戻ったことを教えてくれた。



 程なくして、モーリスさんに案内されたのか、アーサーが一人で部屋に入ってくる。


私は、緊張で強張る頬を押さえて笑顔を作り、ソファから立ち上がって彼の目の前まで走り寄った。

「おかえりなさい」


 彼は驚愕の表情で私を見下ろしている。


「え……なんでアリーがここに……?」

「神官長様から書簡を預かったんです。神殿の警備の件で」

「あ、ああ、そうなのか」

「モーリスさんから、あなたのこと――――アーサーのこと聞きました」

「…………」

「それから、キッチンをお借りしました」

「あ、ああ」

「あなたがホッと寛げる時間になればと思って、クッキーを焼いたんです――」

「アリー……」

「それに――……あなたの爽やかで少し甘い香りが恋しくて」


 ああ。もう、ここまで言ったら好きですって言ってるようなものよね。

 自分でも苦笑してしまう。



「ねえ――その、抱きしめてもいい……?」

 アーサーはその美しい顔に、まるで抑えきれないといった喜びの表情を浮かべている。



「……なんですか? 今まで散々勝手にしてきたくせに」


 私はそう言いながら思わず、本当に思わずアーサーにぎゅっと抱きついていた。


「……!」


 彼は一瞬何が起きたのかわからないように動きを止めてから、顔を赤く染めた。



 私にとってこの温もりは、もう必然となっていたみたいだ。



「今まで勝手にしてきた責任、取ってください」


 私がそう言うと、アーサーはふと真剣な表情になった。


「もちろん。絶対に責任を取るよ」


 そう言って私を見下ろす彼の瞳は真剣で、熱い熱を帯びていた。



 私はその瞳に吸い込まれるように、彼の服の胸元を掴み背伸びをして頬にキスをする。


「…………!」

 アーサーは一瞬、唖然とした表情をした後、何が起きたのかを理解したようだった。


「私、」


 そこまで言いかけると、アーサーは私をぎゅっと抱きしめた。


 彼の逞しい身体にすっぽりと包まれると、途端に胸がどきどきと高鳴る。



「アリーも、ここまでした責任を取ってもらうよ」

 そう言ってこちらを見下ろすアーサーの瞳は熱っぽく、艶やかな色香が漂っていた。


「も、もちろんですっ」


 私が淡い期待と共にそう答えると、アーサーはふっと笑って片手を私の頬に添えた。

 ゆっくりと顔が近づき、優しく唇が触れ合う。


 戯れのようなキスは、何度も回数を重ねどんどん深くなっていく。


「っ……待っ、」

 私は壊れそうな心臓を抑えながらアーサーに訴える。


「いや、待てない」

 唇を離しそう言ってこちらを見下ろすアーサーの瞳には甘やかな火が灯り、私の胸は甘く疼いた。


「もう……っ」


 顔を真っ赤にして抗議する私を見て、アーサーはくすくすと笑ってまた優しく口づける。

 



 私は彼の温かい胸に抱かれながら、初めて出会ったあの日を思い出していた。



 ああ、ただクッキーを分けただけだったのに。

 そんなことを思って、私もくすっと笑いが込み上げてくる。



 公爵邸で作った今日のクッキーは、今まで作ってきたどのクッキーよりも甘くて、ちょっとだけ爽やかな味がした。


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