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美術大学入試の実技検査は「砂漠の骨」のせいで心穏やかにはいられません!

作者: 弥生ちえ

受験生のみなさまへ、エールとしたい物語をお届けします。

これまでの自分の努力に自信を持ち、最大限のパフォーマンスを発揮できますように!


 まっさらな「白」が――


 高揚と圧迫の感情を潜ませ、「緊張感」と名を変えて押し迫る。


 真っ白いA2サイズのケント紙。


 その画面いっぱいに引いた、弧を描く線に沿って、里美(さとみ) 志桜吏(しおり)はカッターを走らせる。


 受験に掛ける意気込みを込めてセットした、真新しい刃だ。シャッと小気味いい音を立てて、期待に高ぶる「白」に形を与えた。




 豊岡美術大学の一般選抜・前期日程で課された実技検査は、鉛筆淡彩と立体構成だ。今、受験生らが無心に取り組んでいるのは、二つある実技の最後となる検査――定められた画材を使って、各自が思い描くテーマをA2サイズのケント紙の台紙上に表現する立体構成だ。


 全国から集う彼らに与えられた画材は、真っ白いA2サイズのケント紙二枚、白いストロー十本。それに、作品タイトルと意図を書くA5サイズのプレゼンシート一枚が加わり、作品だけで表現しきれない自己アピールを文字として載せる。




 志桜吏(しおり)は、ケント紙を意図する形に次々に切り離し終えると、次いで使い慣れた黄色い柄のハサミで白いストローをシャキシャキと裁断し始めた。


(ストローは、小さく切って束ねて……。すこし弧を描く様にくっ付けて)


 セロファンテープを手に取り、何回も繰り返した訓練で自然と身に付いた、程よい長さを切り取る。ストローの束のポイントにクルクルと巻き付ける。その手付きに迷いはない。


(これで「密」はつくれた。ケント紙の方で「()」になる立方体を組んで・っと)


 迷いない手捌きと段取りで、広い台紙の上に着実に自分の夢想する世界を作り上げて行く。


 メインシンボルとなる大きく、動きのある立体を中心に据える。それを引き立てる塊、アクセントをつける塊を周囲に配して、更に作品に躍動感とリズムを持たせる。


(もうちょっと……っここに追加で)


 志桜吏(しおり)は、実技検査のために通った画塾に居た時から立体構成は得意だった。いや、それ以前の小学生の頃から、美術で作品を作れば、必ず学年の見本として取り上げられ、また職員室に飾られるほどの腕前だった。

 その上で、受験のための経験と技術を積んで臨んだ場なのだ。緊張しつつも自信に溢れ、存分に自己を表現していた。


 立体構成は、デッサンと同じく間近で見るだけでは全体のイメージをまとめることは出来ない。試験中であっても立ち上がり、距離を取って見つつ完成させることが許されている。 志桜吏(しおり)も何度か立ち上がり、作品を眺め、修正しつつ、時間内に納得のいく形にまとめることができた。


(あれ?)


 ふと、視界の隅に、妙に気にかかるモノが映った。立体的に高さを出した 志桜吏(しおり)のものとは真逆の、大胆に波打たせた広い盤面が印象的な立体構成だった。


 広い平面は、下手をすると平坦で野暮ったく見え兼ねないが、それを中心に細やかに形作られたモチーフの踊る様が強調されている。


(なによ? あれ)


 妙に心がざわついた。自分の価値観とのあまりの違いに。


「終了です」


 ちょうど試験官の声が掛かり、実技検査の時間は終了した。あとは、作品とプレゼンシートを置いて、速やかに退室しなければならない。


 志桜吏(しおり)は、手早く道具を片付けると、数歩《《あの》》波打つ作品に近寄り、じっと目を凝らしてプレゼンシートに視線を走らせる。




『砂漠に転がる骨は美しい』




 たった一言。


 そこには、簡素な一文だけが書かれていた。大胆な中に潜む繊細さを見せる作品に添えられた一文としては、何ともしっくりくる、潔いアピールで――。


(なによあれ! なんだか……悔しい)


 こっそり、唇を噛んだ。





 ◇◇◇





 確信していた通り、合格の通知を受け取っての春――。


「自分も合格したんやね」


 入学式を終えてすぐ、懐かしい相手への視線を向けて来た男子に、 志桜吏(しおり)はハッキリと首を傾げた。


「誰?」


「え!? 覚えてないん!?」


 クリッとした大きな目を更に見開いた、目の前の男子の顔はとても特徴的だ。もし出会ったことがあるなら、 志桜吏(しおり)は忘れてはいない自信がある。けれど記憶のどこを探っても、ファービー人形と子リスを掛け合わせた彼の面影を見つけ出すことは出来ないのだ。


「ほんと、誰? って言うか……人違いしていませんか?」


「えぇっ、敬語!?」


 初めて出会う同学部の学生同士として、正しい反応をしたはずの 志桜吏(しおり)に、ファービー君はちょっぴり悲し気にショックを受けている。だが、まだ自分が覚えられているはずと確信しているのか、一歩踏み出しながらどこか必死さの漂う面持ちで食い下がってきた。


「入試の立体構成で、『吃驚仰天(きっきょうぎょうてん)』を作ってたヒトだよね?」


「え――」


吃驚仰天(きっきょうぎょうてん)』。それは確かに実技検査の立体構成で、志桜吏(しおり)が提出した作品のタイトルだった。だが、あの余計な動きを許さない緊張感漂う試験会場で、数ある作品の名前を憶えているとは正気の沙汰とは思えない。思わず言葉に詰まった志桜吏(しおり)に、彼は焦って言葉を連ねる。


「キモって顔しないでよ!? 里美さん、俺のトコまでわざわざ遠回りまでして見に来てたでしょ? だから気になって、俺も見たんだから! 俺のがむしろ後だからね?」


「えぇーー?」


 志桜吏(しおり)に、わざわざ目の前の男子を見た記憶は、ない。皆無だ。

 だが立体構成で「わざわざ遠回りまでして見た」となると、悔しい記憶と共に、はっきりと浮かび上がって来るモノがあって――。

 そう考えたところで、ふと閃いた。


「あ、もしかして――砂漠の、骨?」


「そうそう、よかった。覚えてんじゃん。ぁぁあ、よかったぁ」


「ごめん、作品しか覚えてなかった」


「え。地味にショックなんだけど……」


 しょんぼりしたファービーを、改めて観察してみるが、やはり作品を彷彿させるものは無い。だからこそ、志桜吏(しおり)はようやく出会えた作者を、新鮮な驚きと好奇心をもって観察した。


「そーか、こんな人が作ってたんだ」


 言いながら沸き上がってくるのは、感慨深く、そして好奇心を擽られるそわそわした心地だ。


「今更ぁ?」


「地味にショック受けてたから、人まで気が回んなかった」


「ひど」


「そっかー。意外に可愛い系の人だったんだ」


「ひど」


「え? それって貶しになっちゃうの?」


「カッコいい・希望」


 微かに唇を尖らせながら、しれっと言ってのけたファービー君に、志桜吏(しおり)は解りやすく顔を顰める。


「傲慢だなぁ。他人の評価を気にしないで、我が道を行くヒトだよね?

 ――あ、ならイメージ通りかも」


 志桜吏(しおり)が、ようやく作品と、目の前のファービー君のイメージが合わさったとばかりに声を弾ませると「何それ!?」と尤もな反論が返って来る。

 だが、あの実技検査以来ずっと心の中にわだかまっていた羨望と嫉妬心を向けるべき先が、おめおめと目の前に現れたのだ。ぶつけずにはいられない。


 ただ、憎いわけではないのだ。自分には思いもよらなかったものを表現する相手に、出会うことの出来た喜びの方が大きい。


「わたしが勉強してきたセオリーとか、一切無視のあんなモノを見せられて、どんだけ真面目なわたしが傷ついたか。せめて傲慢で不遜な奴であれ」


 だからこそ、笑顔で憎まれ口を叩く。


「ひっど!? それ言う里美さんも大概だよね!?」


 受ける彼も、志桜吏(しおり)の言葉が攻撃のためのものでないことは分かっているのだろう。大袈裟に表情を作って反応を返してくる。


 あの作品を作った彼に、それを言われるのは悪くない。


「誉め言葉として受け取っておくわ」


 にっこりと笑えば「大胆な意味深構成をつくってたヒトだけあるわ」と呟きを漏らすファービー君の呆れ顔が返って来た。




 こうして傲慢で不遜同士のわたしたちは、互いの感性を競わせ、研鑽し合う豊岡美術学校での刺激に満ちた学生生活をスタートさせたのだった。

あなたに幸あれ!

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