貴方を、永遠に、想い続ける
その男は、少年とも青年とも付かない、なんとも年齢不詳の顔形をしていた。
笑みを湛えたその顔は若く瑞々しいようにも見える。しかしその迷い無く堂々とした所作は老練な迫力を感じさせ、時に匂い立つ美女のような色気を垣間見せた。
「して、伯爵様。本日わたくしをお呼びいただいたのは、どのようなご用件でしょう?」
伯爵。男にそう呼ばれた青年は、ごくり、と喉を鳴らして、
「あ、貴方は、〈魔法使い〉と噂されているそうだが」
「ハハハハハ」
笑い、ソファーに背中を預け、見せびらかすように長い足を組み、
「伯爵様。噂は所詮、噂です。口さがない者達が、暇を持て余し遊んでいるのですよ」
「だが、貴方に願いを叶えてもらったと言う者がいるそうだが?」
〈魔法使い〉は笑みを絶やさない。ティーカップを手に、紅茶を一口すすり、
「それはもちろん、わたくしも頼られれば骨の一つも折りましょう。しかしそれをして〈魔法使い〉とは。いささか過分ではございませんか?」
「ただの頼みではない。他の誰にも叶えられない願いを、魔法としか言い様の無い方法で叶えてくれると、私はそう聞いたのだ!」
ソーサーにカップを戻し、胸の下で指を合わせ、眩しいものでも見るように目を細めて、
「なるほど。では伯爵様は、魔法でも使わなければ叶えられぬ願いをお持ちだと?」
「……私は、恋をしてしまったのだ」
そして伯爵が語るのは、なんという事も無い、ただの一目惚れの話。
「だが、その女性には、既に夫が居るのだ……」
朗々と恋心を語っていた伯爵は、最後にその事実を告げて、苦しそうにうつ向く。
〈魔法使い〉は、やはり笑みを浮かべたまま、
「さりとて、伯爵様ともなれば、やりようはいくらでもありましょう? 手切れ金でも包んでやれば、夫も喜んでその女性と別れてくれるやもしれません」
「それでは駄目なのだ! 私は、彼女の心が欲しいっ!」
まるで弦楽でも奏でるように、口唇を指でなぞり、苦悶する伯爵を見やる。
「〈魔法使い〉! もし貴方が本当に魔法を使えるのなら、どうか、どうか彼女の心を、私に向けさせる事は出来無いだろうか!?」
そして、まるで最初から用意していたように、〈魔法使い〉は懐から一本のナイフを取り出す。その柄を伯爵に差し出しながら、
「どうしても、と仰るのであれば……このナイフを、伯爵様手ずから夫の胸に突き刺しなさい。そうすれば、想い人の心は伯爵様だけに向き続けるでしょう」
「おお……っ!」
伯爵は騎士のように恭しくそのナイフを受け取ると、チャキッ、と鞘からその刃を抜き出してーー
「聞いたかい、伯爵様の噂」
酒場でグラスを傾ける男は、へっ、と軽く鼻で笑いながら、
「あれだろう、旦那の居る女に手を出そうとして、旦那を刺し殺しちまったんだろう?」
「ああ、心の臓を一突きだとよ。恐いねぇ」
肩をすくめて、グラスを舐める。
「女も可哀想なもんで、憲兵に捕まった伯爵様に、一生恨んでやる、と凄んだそうだ。それをあろう事か、伯爵様は大笑いしたそうでな」
「手に入らないからって、ヤケになっちまったのかねぇ」
そしてそんな噂話に耳を傾けていた〈魔法使い〉は、顔に張り付いたような笑みをさらに深めながら、
「心臓をナイフで刺せばどうなるか、それくらいわかりそうなものですが……しかしこれで、想い人の心は永遠に貴方に向き続ける事でしょう。どうか末長くお幸せに、伯爵様」
乾杯するようにグラスを掲げ、〈魔法使い〉はそれはそれは楽しそうに笑みを浮かべた。
書いてる時は気付かなかったんですが、これ「笑○せぇるすまん」じゃん。
無意識のリスペクトこそあれ、パクったつもりは無いんです。オーッホッホッホ、とか言わせなかったし。