3、悪役令嬢
「院長先生、とんでもない悪女が入会するそうですね なんでも首都では悪役令嬢と呼ばれていたとか
婚約者の王子に気に入られた優秀な平民をいじめて不興を買い、成績不正もばれて首都を追放されたそうですよ」
「あらあら、悪役とは芝居の役柄でなければ人に憎まれる役回りを買って出る人のことですよ
噂が事実なら悪女とは限らないでしょう もっとも噂はあくまで噂で事実とは限らないですね
あなただって浪費が原因で借金をしたのではなかったでしょう」
「そうかもしれませんが、公爵家なのですから、きちんと寄付金はいただいてくださいね
ただでさえ日々の食事にも事欠いているのですから」
「院長先生、不肖のわが身を受け入れてくださりありがとうございます
公爵家としては粗末な品ですが、わたくしにはこの首飾りしかございませんので、どうかお収めください
修道女の服をお貸しいただければ、この衣装も寄贈できます」
「あらあら、寄付金のことなら気にすることはありません 神の家はどなたでも受け入れますし、対価は必要ないのです
富める者が浄財を納める、それは何かの対価ではなく神への供物であり、余剰分で行うことです
その首飾りはあなたの唯一の持ち物なのでしょう、大切にしてください
とはいえ、その衣服では作業もしづらいでしょう 私の服で申し訳ないのですが、こちらを着てくださいね
衣装もいつ必要になるかわかりませんので、大切にしまっておくとよいでしょう」
「あらあら、ご令嬢、顔色がまだよくないですが少しは疲れがとれましたか 公爵家の寝台と違い、ここの寝台は寝づらいことでしょう
元気ならよかったわ
午前中は孤児院の子供たちと一緒に畑仕事と新しい畑の開墾をします あなたも参加してくださいね」
「院長先生、申し訳ございません わたくし、畑仕事のお役には立てないと思います
農業政策は修めましたが、あくまで大局的な見地のものだけで実際の農作業に関しては全く無知なのです
魔法は使えますが、攻撃魔法だけです」
「あらあら、素敵ね 攻撃魔法ならもし獣が襲ってきたら子供たちや修道女を守ってもらえますね
それに力とは使い方次第です 火の魔法なら暖が取れるし、水の魔法なら畑の一部に水たまりを作って重い水の運搬をしなくてすみます
あなたの魔法を攻撃に使えなどと神は仰っていませんわ」
「院長先生、大変です 悪役令嬢が畑で大暴れしています」
「あらあら、あの子の名前は悪役令嬢ではありませんよ 音は聞こえていますが、畑に獣が出たのですか」
「何も出ていません、令嬢が突然とんでもない炎をあたりかまわずぶちかまし始めたのです
畑から離れた石造りの礼拝堂では音も小さいですが、外では轟音で、子供たちも慌てふためいて逃げまどっています このままではみんな殺されてしまいます」
「まあ大変」
「院長先生からあらあらが消えた」
「なにごとですか、これは」
「院長先生、どうか私の懺悔をお聞きください」
「まあ、では懺悔室へ……」
「いいえ、院長先生、どうかこの神の家で共に暮らす子ども達にも聞いて欲しいのです」
「よろしいでしょう」
「皆様もご存じの通り、わたくしはこの修道院に軟禁の身です
その咎は、家の力で成績を改竄し、平民を虐げ、婚約者の恋人を叱責したというものでした
この畑を見てくださればわかりますように、わたくしは魔法の才に恵まれております
ですがそれを人前で使うことを禁じられておりました
いわく、嫡男の兄より秀でていてはいけない、婚約者より秀でていてはいけない、
学園の教師より秀でていてはいけない、王室魔術師より秀でていてはいけないとのことでした
わたくしは努力しました
簡単にできることを苦労したように見せ、できることをできないように見せるために、日々努力しておりました
ですが出来る事を失敗するのは案外と難しく、うっかり難易度の高い魔法を成功させることもありました
そのたびに兄も婚約者も教師も私が不正をしたと責め立てるのです
両親も学友もわたくしを信じてくれませんでした
今思うと、できることをできないと見せかけることは神に背くこと、罰を与えられたのかもしれません
ですが、その時のわたくしにはわからず、ただただ苦しいだけでした
そんな時に既に学園中の醜聞となっていた婚約者の恋人が、わたくしの成績は不正だから修正しろと詰め寄ってきたのです
わたくしは苦しみました
不正と言われると否定はできません
本来なら魔法に限らず、学術全般において学園の首席はわたくしのはずですから
ですが実力を見せてはならないと家族から強く申し付けられておりました
弁明することはできません
困窮したわたくしは、複数の男性を引き連れて女性ひとりを取り囲むのはマナー違反だと注意しました
すると人目もはばからず恋人に寄り添っていた婚約者が平民を虐げ、嫉妬から自分の恋人を虐待したと責め立ててきました
同じく婚約者の恋人に侍る兄も賛同し、わたくしは兄の言を信じた両親によってこの修道院へ送られたのです
わたくしは悩みました
学園に上がるより前から悩みながら生きてきました
持って生まれた力を使えないのならわたくしは何のために生まれたのでしょう
持って生まれた力が今この時のように誰かの役に立つはずなのに、使ってはいけないのならわたくしは何のために生きているのでしょう
ですがわたくしは気が付いたのです
ここでならだれ憚ることなくこの力を使えると
しかも攻撃ではなく生産のためにです
これが天啓なのでしょうか
わたくしはこのために神の手によってここに送られたのでしょうか
院長先生を初めとする敬虔な神のしもべを助けるために生まれてきたのでしょうか
そう思い至ると居てもたってもいられず、このように大騒ぎにしてしまいました
院長先生、わたくしは天啓を得たのでしょうか
それとも神の御心を勝手に推察してしまうなど間違っているのでしょうか」
「天啓です、天啓ですとも、ええ、ええ、神があなたをここに遣わしたのでしょう」
「ああ、嬉しいです、院長先生、わたくしもっと頑張りますわ」
「無理をしてはいけませんよ、神はあなたの働きを常に見ています」
「大丈夫です、神の御心に沿えると思うと、力がどんどん湧いてくるのです これこそ神のお力なのでしょうか
種まきの時間制限を考えれば開墾は今でなければいけません たとえ後で寝込んでも、この数日で出来る限り畑を広げたいと思います」
「ああ、神よ……! ありがとうございます」
「院長先生、子供たちと昼食まで開墾を続けてもよろしいでしょうか」
「わかりました、私は早めの昼食を用意しますので、くれぐれも無理は禁物ですよ」
「はい、楽しみにしております」
「昼食前にこの祈りをお聞き届けください
おお神よ、この不道徳を正すためにわたくしをここに遣わされたのですね
神よ……」