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2、教会

「教会の皆さま、改めてご挨拶を

このたび国王陛下の恩愛により入会を許され、修道女となりました

王位継承権も放棄した身ですので、どうか他の方と同じ一修道女としてご指導ください」



「王め、王女を使って教会を乗っ取る気か」

「なにが一修道女だ、なにか瑕疵でもあれば、いや瑕疵を作り出してでも王家が教会に介入してくるだろう」

「本人の願いだ 平民と同じ待遇にすればすぐに逃げ出すだろう」

「所詮は王女としての権力と財力があっての人気です 教会ではなにもできませんよ」

「側近がいなければ小娘一人に出来る事はない」

「そうだ、辺境の修道院にでも送ればいい」

「それは悪手です 王家に介入の口実を与えます」

「ひとまずは経営の厳しい修道院に送りこみ様子見ということで」



「王女殿下におかれましては、わが修道院にお越しくださり教悦至極に存じます

戒律がございますので質素ではありますが、精いっぱいのもてなしを用意しました」


「あらあら司祭様、私はすでに一修道女であって王女ではございませんわ

ほかの修道女と同じ食事をし、同じ部屋で寝起きし、同じ仕事をいたしますので どうかお気遣いなく」



「まあ、王女様、かまど仕事など私がやります」


「もう王女ではなく、あなたと同じただの修道女ですよ

神に与えられた仕事を直接こなせるなどなんという僥倖でしょう

ですが残念ながら私にはわからないことばかりですわ よかったら教えてくださいませんこと」



「あらあら、顔色が悪いですわ、司祭様

心配事をございましたら、どうかこの神のしもべのひとりに分け与えてくださいな」


「……ああ、王女様 寄付金が減って孤児院を維持できそうにないのです

領主は欲深く年々寄付を減らしています

重税にあえぐ領民も自分の食い扶持で精いっぱい、寄付どころではなく、貧しい農家から捨てられた子がますます増えて孤児院はあふれんばかりです

このままでは子供たちの食事も用意できません

どうか、どうか、陛下にお伝えください

この圧政をただし、神の名の元に民に救いの手を与えて欲しいのです!」


「まあ、司祭様、おいたわしい

まずは帳簿をお見せくださいますか

寄付が孤児院の維持費や教会の運営費を下回るようでは運営が厳しいのも当然のことです

簡単な出納簿を添付して、早速、請願いたしましょう

それと、どうか私のことは一修道女として扱ってくださいませ」


「ありがとうございます、王女様 これで孤児院の子供たちも助かります」



「さあ、会計課の皆さん、私に帳簿の保管場所を教えてくださいませ

教会本部にこの教区の窮状を伝えねばなりません

修道院長の許可はこちらにございます

私は帳簿も読めますので、この部屋で一部を書き写して終われば元の場所に戻しておきますわ」



「司祭様、王女が帳簿を倉庫の分まで調査しておりますが」


「さっさと王家に寄付を求めてくれればいいのに まあ、より多くの寄付を引き出すためには仕方ないか

まったく王女を修道女見習いとして押し付けられて、衣食住でとんだ出費だ

そのくせ王家からの寄付が一文もないとは非常識な どうせ中央教会がすべて着服したのだろう

王家から直接寄付を受ける権利は我が教区にある!」



「あらあら、この教会では随分と装飾費がかかっておりますわ 司祭様の祭服は毎年新調しておられる

あらあら、高位司祭への年金積立がこんなにも 5年ごとの勤続祝いもとても豪華ですわ

領主の寄付は……たいして減っておりません

この教区では数年前の水害で領地に甚大な被害があり、領主は結婚すら先延ばしにして復興に尽力しておりますのに

領主の婚姻執行における寄付金は……ああ、これでは式をためらいますわね」



「王女様、どういうことですか! 王家に寄付を奏上してくださったのではないのですか! なぜ教会本部から監査が来たのですか!」


「あらあら司祭様、修道院の運営についてですから、教会本部に請願するのは当然ですわよね

そうそう領主の婚姻も新王即位のお祝いの一部として、教会本部から大司教がいらして挙式してくださることになりましたの

下の弟が、領地の復興の手助けになるならと快く橋渡しをしてくれて助かりましたわ

お祝い事は民の気持ちを明るくしてくれますもの 復興には気の持ちようも大切ですからね」




「王女様、私は教会に失望しておりました

司教や司祭は絹の服を着て、美食に耽り、信仰をおろそかにして私腹を肥やすばかり

ですが、教会には確かに神の意志を信じる者もいるのです

ただ権力の前に力及ばず、信仰を胸に耐えていたまでのこと

私の目は曇り、輝くそれを見逃しておりました

修道院の不正から、この教区全体の監査が行われ、堕落した司祭が神罰を受けました

今もまだ神の目を逃れている者はいるはずですが、いつかは神罰を受けることでしょう

私も微力ではありますが神の教えを実現するために邁進すると誓います

私の目を覚まさせてくださり、ありがとうございました」


「あらあら、監査官様、私が目を覚まさせたのはでなく、あなた自身が神の手を掴んだのですわ

あなたの勇気に感化され、今まで怯えていた心ある者達が声を上げ始めました

これから忙しくなりますわね 共に神の道を歩みましょう」



「姉上、お変わりないご様子、安心いたしました

教会という王権すら及ばぬ場所ですので、心ない者の悪意に晒されるのではと心配しておりました

私も兄も全面的に協力いたしますので、どうぞ思う存分にやってください」


「ありがとう、あなたは本当にいい子ね

あなたがいてくれるから、王太子殿下も私も自由に生きられるのよ

あなたが困ったときはいつでもどんなことでも相談してね 王太子も私もあなたの味方よ」




「大司教就任おめでとうございます 我々一同、心してお仕えいたします」


「あらあら、我々が使えるのは神のみですよ 神の道の先頭にたまたま私が立っただけのこと

この20年、皆さんと共に末端から教会の改革を進めてきましたが、ここからは教会本部の改革です

この大一番を必ず成功させましょう 皆さん、私に力を貸してください」

「お任せください」




「あの屑ども! 教会への喜捨で私腹を肥やしておきながら、こたびの粛清から逃れるとは!

無能であるなら無能なりに清く正しく生きればよいものを悪事にばかり長けている!」


「あらあら、あせってはいけませんよ

長年の不正なのですから手がこんでいるのは当然のこと、こちらも何度でも追い詰めればよいのです」


「大司教様、功を焦り過ぎました お許しください」


「あらあら、許すことなど何もありませんよ あなたの怒りは私の怒りでもあります

正しき者が損をするのは腹立たしいものです 次の手を考えましょう

その前にひとつだけ聞いてください

あなたは確かに優秀で努力家ですが、能力主義に陥ってはいませんか

神は多くの人々に一握りの才能をふりまきました それはひとりにひとつはありません

たまたま才能を受け取った者がひとりじめしないように、少ない才を皆がわけあって生きていくために神はそうしたのです

あなたの能力や性質は並々ならぬ努力の結晶でもありますが、努力だけで得たものではなく、神から偶然に授かったものでもあるのです

授かったこと自体は偶然ですが、神はあなたがそれを皆さんのために使うことを望んでいるのです」


「……大司教様、私は自分の思い上がりが恥ずかしい 

自分の力は自分の努力だけで得たものだと思いあがっておりました

そして腐敗した司祭たちを見下していた

彼らと私と、神の供物を独占しようとしたことに何の違いがあるのでしょう

彼らを一方的に罰するのではなく、再び神の道に引き戻すために神罰はあるのですね

私もまた一から神の道を歩みなおします このような痴れ者をこれからも導いてください」


「あらあら、神の手はいつだってあなたの前に差し出されておりますよ

今回はたまたま一番近くにいた私の口を神がお使いくださったまでのこと

時によっては、幼い子供や貧しい民の口をお使いになることもあるでしょう

あなたが目を開き耳を澄ましていれば、必ず神の声は届きます 神を信じましょう」


「はい、大司教様 私の心の中にあった他者を見下す醜い心を捨て、世界のすべてから神の声を聞きとれるよう精進いたします」


「あらあら、気負い過ぎは禁物ですよ あなたは何事も真面目で一直線ですからね

私はあなたを後任の大司教に推薦するつもりですから、肩の力を抜く方法も覚えてくださいね」


「私のような未熟者には荷が重すぎます!」


「あらあら、そんなに慌てなくても今すぐとは言いませんよ、でもそのつもりでいてくださいね」




「来月にはあなたが新しい大司教になりますね」


「大司教様、私はいまだ未熟です 最高権力者となって神の名の元に暴走してしまわないか私自身の強硬な性質が不安なのです

辺境の最も貧しい修道院へ一修道女として赴く尊い志を、本心から尊重したいと思っております

身勝手は承知のうえで、どうか、相談役として首都に留まり私を支えてくださりませんか」


「あらあら、それではまるで院政みたいですわ

神の声はいつでもあなたの周りにあります あなたになら聞こえます 神と私の選んだ大司教なのですから

それにあなたはひとりではない 志を同じくする仲間がたくさんいるではありませんか

それでも神の声を聞きとれなくて困った時はいつでも私の修道院を訪れてください

歓迎しますわ」




「この修道院なら、外国人でも受け入れてくれると聞きました」

「夫の借金で生活もままならず、子供だけでも預かってほしいのです」

「助けて もう無理なの 助けて」

「親の事業資金のために借金したのに、私が浪費家だから悪いと家を追い出されたのです」

「お恥ずかしながら寄付金を出せないのですが……」

「お母さん、どこ」


「神の手はいつだってここにあります」



「院長先生、来週の食費がもうないのですが……」

「あらあら、麓の村に喜捨を願いに行ってきますわ」


「院長先生、孤児院はもういっぱいで食費も衣服も足りません」

「あらあら、領主様や商会組合に古着や寝台の入れ替えがないか聞いてみますね」


「院長先生、先日いらした女性に借金取りが押しかけてきました」

「あらあら、麓の自警団では危険ですね

ちょうど騎士になった子が孤児院に里帰りしてきますから裏から迎えに行ってくださいね

それまでは私が相手をしますわ」


「院長先生、あまり誰でも彼でも無制限に受け入れるのは……

せめて寄付金をいただいてください」

「神の手は持てる者にも持たざる者にも平等に差し伸べられているのです わけあうようにと」

2024/02/20 誤字修正

中央協会→中央教会


誤字報告ありがとうございました。

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