1、王家
悪役令嬢は3で出ます
昔々あるところに敬虔なひとりの王女がおりました
王女はよくある流れで政略結婚した正妃の一粒種として生まれ、よくある流れで王位継承権争いに巻き込まれました
王と恋愛結婚した第二妃の王子たちも有能ではあるものの、王女はあまりにも傑物だったのです
魔法も勉学も王家がつけた家庭教師が脱帽するほどの早熟さ、学生ながらも数々の政策を成功させ、王女ながらも慣例を破り手にした剣と弓ですら騎士団長が舌を巻くほどでした
「陛下、もう待てません すぐにでも王子を立太子してくださいませ
この世界で唯一、神より王権を与えられた歴史ある我が国で、次代に女王が立てられるなどと神をも恐れぬ噂が蔓延しております
もの知らぬ民はともかく、昨今ではひとかどの貴族まで神罰に値する未来を俎上に載せる始末!
このままでは神の怒りが我が国を襲うでしょう
どうかどうか一刻も早く私の王子の立太子を……!」
「恐れ多くも神より王権をいただいて幾千年 陛下、今こそ決断の時ですわ
我が娘は文武人望すべてにおいて他の追随をゆるさず、学生の身でありながら数々の政策を成功させております 学園においても市井においてもその人気は止まるところをしりません
史上初の女王としてこれほど素晴らしい後継者がいるでしょうか
娘は必ず、わが国を歴史上類を見ない大国へと発展させるはずです」
「陛下、いえ父上、不出来な息子の戯言として聞き流していただきたい
私はこれでも有能な人間だと自分を評価しております
政治経済帝王学を修め、剣弓槍馬術もこなし、学園においても生徒会長として学園の和と秩序に貢献し、学友たちとも交流を深め、母方に用意されたとはいえ側近たちとは刎頸の友と言っても過言ではない友諠を結んでまいりました
我がことゆえに評価に甘い部分があることは否定しませんが、学園教師の講評も含めたおおむね客観的な評価であると自負しております
ですが、比較対象が姉上ならば話は別です 私はただの凡人に過ぎません
私が学園の生徒会を運営していた時、姉上は数多の政策を実現させておりました
学業においては言うまでもなく、男女の差を考慮すれば武道においてすら姉上を上回っているとはいいがたい
私はあるものをそのまま維持することには長けておりますが、改革改良革新には向いておりません
もし姉上が我が国初の女王となられるならば、私は王位継承権を放棄しその治世を支える覚悟がございます
恐れ多くも陛下のみに決定権のある王位継承について発言する傲慢さに震えますが 姉上の偉業を目にするたびに感じる驚愕、我が身の矮小さを振り返った時の羞恥と妬心、それらを上回る感動ゆえに、この心根を吐露せずにはいられないのです」
「私は第二王子として、国父たる陛下の選択を全面的に支持します
幸いにして、わが国の王族は才と信望に恵まれ、どなたが後継となっても国をさらに発展させること疑う余地はございません
姉兄と比べるまでもなく浅学菲才の身ではありますが、私もこの国の王族として生涯姉兄を支えてまいる所存です」
「陛下、お時間をいただきありがとうございます
ちょうど、かねてより後援しておりました実験のひとつで素晴らしい結果が出ましたの
この実験は音楽が脳に与える影響と学力の相関関係を調べるものなのですが 特に楽器演奏が与える影響を調査しております
首都下町の学童の一部に弦楽器を習わせたところ、他の条件は同じであるにも関わらず、楽器を習っていない学童集団より有意に学力があがりました
学力は、年末の一斉試験の成績で判定しております 3年分の経過を比較しました
研究者の仮説によると、楽器演奏のために脳の回路が新たに構築され、増えた回路が学業にも影響した可能性があるとのことでした
驚くべきことにこれは学業だけでなく運動にも影響し、身体能力も上がるとのことです
身体能力は同じく年末の一斉体力試験の3年分で比較しております
素晴らしいと思いませんか、陛下
貴族が学力武力ともに優秀であるのは当然のことと思われておりましたが、優秀さには明確な理由があったのです
影響を与えるのは音楽だけではありません
こちらはまだ実験途中で結果が出ておりませんが、球技や馬術などの複雑な運動を幼少期より教われば、脳内にまた別の新たな回路を作り、それが学力や演奏技術の向上につながる可能性があります
仮定ではありますが、音楽教育が学力と体力向上に影響し、複雑な運動が学力と演奏技術に影響し、学力向上が運動と演奏技術に影響するのなら、それらを組み合わせた貴族教育による相乗効果が貴族と平民の差を生み出している主要因かもしれません
私はこれまで、幼少からの家庭教師の有無や教材の豊富さ、家庭労働に時間を取られず文武に邁進できる環境、良好な栄養状態などが、貴族と平民の差、さらには爵位による貴族間の実力差を生み出すと思っておりました ですがそれだけでなく、音楽や馬術などもっと広範な様々な環境の違いが彼我の差を生み出しているのです
むしろ環境の違いを考慮すると、同じ評価を受けた貴族と平民がいるなら、優秀なのは平民のほうとも言えます
いっそ同評価ならば政府では平民を選んで雇用するよう布告するべきかもしれません
この研究が進み教育が行き届き、平民からも優秀な者がもっと多く出るようになりましたら、この国はさらに発展しますわ
それに影響は平民に止まりません これらをもとに教育手引書を作れば、今は各貴族家が独自に賄っている学園入学前の幼児教育に基準を示せますし、貴族家の能力も底上げできます
もちろん科目や段階を自由に組み合わせることで各家の特色も残せますわ
王位ですか 陛下の御心のままに
確かに私は幼少より修道院に入会したいと口にして陛下にご迷惑をおかけしました
ですが、教会で神に仕えることも、王として神と国に仕えることも同じことです
お恥ずかしながら、学園卒業を間近にしてようやくそれに気付きました
神の与えたもうた王権を持つ王の采配もまた神の意志 私に与えられる新たな神の試練となるでしょう
王となるも修道女となるも、私は神の道に邁進いたします
どうぞ陛下の御心のままに」
「王太子は第一王子とする
なお王女のかねてよりの請願を受け入れ、王位継承権の放棄と修道院への入会を許す
継承権を放棄し入会しても私の娘であることにかわりはない
第二王子は兄姉をよく支えるように」
「なぜ、なぜなのですか、陛下
娘以上にこの国を発展させる者はおりません
まだ遅くはありません、今からでも王太子を変更してくださいませ」
「娘が王となれば、確かにこの国をかつてないほどに発展させるだろう
あれの望むように数多くの平民に貴族と同等の教育を施せば、優秀な平民がそれこそ貴族の何十倍も出来上がる 平民は数が多いからな その時王家や貴族が存続していると思うか」
「杞憂ですわ 平民に多少の教育を施したところで、貴族と同等の能力を持てるはずもありません」
「はじめはそうかもしれぬ 貴族と同じ教育をするには金と時間がかかる
民の一部に貴族教育のごく一部を再現するのが関の山だ
だが一国の王が不撓不屈の意志を持って推し進めれば、平民の教育は加速し拡大する
教育を受けた平民がさらに次の世代を教育する 量も質も世代ごとに倍々になっていくのだ
この国はかつてない栄華を極めるだろう だがそこに王家も五爵も存在はしない
王母とならずとも、そなたは私の正妃であり、未来の王太后だ
だが娘が女王になれば、そなたの未来の王太后という地位もなくなるやもしれんぞ」
「……では、では、せめて外つ国の王家に嫁入りを」
「同じ理由で婚姻もさせられぬ 国外で革命など起こされてはわが国へも影響する
国内であれ国外であれ、王女に相応しい婚姻を結べば娘の影響が大きくなりすぎる
あれに権力を持たせてはならぬのだ」
「教会とて王権には劣るものの強大な権力を持っておりますわ
教会でよろしいなら王家にいてもよろしいではありませんか」
「娘があれほどの信念を捧げるのは神だ
神の意志を標榜する教会なら、娘が神の名の元に改革を推し進めたところで否やはないだろう
腐敗した教会が浄化されて困る民もいない」
「教会とつぶしあいをさせる気ですね 父親のなさることではありませんわ」
「私は父である前に王であり、そなたは母である前に正妃であろう
それに二人の王子も姉に心酔している 私の在位中はもちろん、次代でも教会は娘を冷遇できまい
何よりも幼い頃からの娘の望みでもあるのだ ままならぬ身の父として、せめてこれくらいは叶えてやりたい」




