表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

神のお声

作者: 雉白書屋

「あ、よう」


「……ああ」


「久しぶりじゃないか……」


 元気か? そう言おうとして、俺は言葉に詰まった。道で出くわした知り合い。その体はひどく痩せ細り、目をギョロギョロ。口はモゴモゴと忙しなく動かしている。

 その不気味さに俺はあえて軽口をたたいて落ち着こうとした。『おいおい、そんな目をして餌でも探しているのか? 草でも食いそうな面してるぞ』と。だが、その前に奴はこう言った。


「……らないんだ」


 聞き取れなかった。と、言うのも奴はフラフラとまた歩き出したのだ。まるで、俺が見えていないかのように。

 気になった俺は奴の背を追い、また話しかけた。


「な、なあ、おいってば。ははは、今なんて言ったんだ?」


「いらないんだ」


「いらない? メシがか? そんな馬鹿なぁ、ほら、一緒になんか」


「……ればいいんだ」


「は? なんて?」


「神のお声があればいいんだぁ」


「かみ? は? は?」


 俺は振り返った奴の顔を見て、いや、奴の体を見てゾッとした。そうだ。始めの時は気づかなかったが俺が奴を不気味に、嫌悪感をも抱く理由。

 腕だ。奴は両腕を胸の前で合わせ、それがまるで死んだ虫を連想させるのであった。


「ああ、聞こえる! お声が! ああ、はい、神さま!

はい、ええ、ええ言われたとおりに、はい。邪魔が入りましたがはい、今! 行きますのでぇ……」


「お、おい、行くってどこへ、そっちは、あ、ああそうだな!

一度、水面にでも映してその酷い顔をよく見るといいな!」


 俺は遠ざかる奴の背に向かってまた軽口を叩いた。奴が立ち止まらず進み、その背中が小さくなればなるほど俺は声を大きく、そしてそれが俺の中の恐怖心を和らげていると知り、縋るようにまた大声を上げた。

 

 ……だが、奴の姿が消えるとまた全身を怖気が走り、俺はガタガタ震えた。


 落ちたのだ。川に。

 

 後に残ったのは川のせせらぎ、木々のざわめき。その音さえも不気味で死を連想させる。

 不可解な事ばかりでわけがわからず、しかし本能的にその何かを恐れ、俺はまた足が震え、まだ動けずに、あ、やべ、今のは死の音。鳥の囀りが――





「あはは! おとーちゃん! カマキリが流されてるよー!」


「おー、本当だなぁ」


「助けてあげようか? あーもう遅いかぁ」


「いやぁ、まあほら、縮こまって全然動かなかったし、もう死んでたよ」


「そっかー」


「ん? 何してるんだ? カマキリの真似か?」


「ううん。お祈りしてあげたの」


「ははは、そうかそうか優しいなぁ、と、お! 竿、引いてるぞ!

そら、しっかり持って! お、いいぞ、よしよし! おー! でっかい魚が釣れたなぁ! 今日の夕飯だな!」


「やったね! あ、ふふふ」


「お? なんだ? 何を言っているんだ? んー? か、み、さ、ま?」


「ううん、ただの魚の真似ー。口をぱくぱくぱくぱく! あはは! あははははは!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ