神のお声
「あ、よう」
「……ああ」
「久しぶりじゃないか……」
元気か? そう言おうとして、俺は言葉に詰まった。道で出くわした知り合い。その体はひどく痩せ細り、目をギョロギョロ。口はモゴモゴと忙しなく動かしている。
その不気味さに俺はあえて軽口をたたいて落ち着こうとした。『おいおい、そんな目をして餌でも探しているのか? 草でも食いそうな面してるぞ』と。だが、その前に奴はこう言った。
「……らないんだ」
聞き取れなかった。と、言うのも奴はフラフラとまた歩き出したのだ。まるで、俺が見えていないかのように。
気になった俺は奴の背を追い、また話しかけた。
「な、なあ、おいってば。ははは、今なんて言ったんだ?」
「いらないんだ」
「いらない? メシがか? そんな馬鹿なぁ、ほら、一緒になんか」
「……ればいいんだ」
「は? なんて?」
「神のお声があればいいんだぁ」
「かみ? は? は?」
俺は振り返った奴の顔を見て、いや、奴の体を見てゾッとした。そうだ。始めの時は気づかなかったが俺が奴を不気味に、嫌悪感をも抱く理由。
腕だ。奴は両腕を胸の前で合わせ、それがまるで死んだ虫を連想させるのであった。
「ああ、聞こえる! お声が! ああ、はい、神さま!
はい、ええ、ええ言われたとおりに、はい。邪魔が入りましたがはい、今! 行きますのでぇ……」
「お、おい、行くってどこへ、そっちは、あ、ああそうだな!
一度、水面にでも映してその酷い顔をよく見るといいな!」
俺は遠ざかる奴の背に向かってまた軽口を叩いた。奴が立ち止まらず進み、その背中が小さくなればなるほど俺は声を大きく、そしてそれが俺の中の恐怖心を和らげていると知り、縋るようにまた大声を上げた。
……だが、奴の姿が消えるとまた全身を怖気が走り、俺はガタガタ震えた。
落ちたのだ。川に。
後に残ったのは川のせせらぎ、木々のざわめき。その音さえも不気味で死を連想させる。
不可解な事ばかりでわけがわからず、しかし本能的にその何かを恐れ、俺はまた足が震え、まだ動けずに、あ、やべ、今のは死の音。鳥の囀りが――
「あはは! おとーちゃん! カマキリが流されてるよー!」
「おー、本当だなぁ」
「助けてあげようか? あーもう遅いかぁ」
「いやぁ、まあほら、縮こまって全然動かなかったし、もう死んでたよ」
「そっかー」
「ん? 何してるんだ? カマキリの真似か?」
「ううん。お祈りしてあげたの」
「ははは、そうかそうか優しいなぁ、と、お! 竿、引いてるぞ!
そら、しっかり持って! お、いいぞ、よしよし! おー! でっかい魚が釣れたなぁ! 今日の夕飯だな!」
「やったね! あ、ふふふ」
「お? なんだ? 何を言っているんだ? んー? か、み、さ、ま?」
「ううん、ただの魚の真似ー。口をぱくぱくぱくぱく! あはは! あははははは!」