8.ユーリくんの家
どうやらこの家はナザンさんの住処のようです。つまり、お兄さんのガザンさんやお父さんで首長のアザンさんの家でもあるわけです。
なるほど、首長の家だけあって、なんだか立派に見えます。
でも、街の領主様の屋敷ほどではありません。代々首長な家系だからではないのでしょう。
ナザンさんは、まだ説得したがっていたようですけど、ユーリくんの性格も知っているのか諦めたようです。家の中に入っていきました。
「僕の家は、あれ。来て」
「はい。あの! ユーリくんさっきの!」
「首長決めのこと?」
「はい! ……いえそれもありますが!」
なんでもないように家に向かっていくユーリくんを追いかけながら、わたしは問いかけます。
「わたしを恋人って紹介したことです!」
「……」
ユーリくんは黙ってわたしを見つめました。こちらの表情を伺っているのでしょう。沈黙はそんなに長くありませんでした。
「嫌?」
「いえ、嫌じゃないです! 嬉しいです!」
「うん」
「でも! いきなり言われたらびっくりするじゃないですか!」
「そう? ……僕たち、もう付き合ってると思ってた」
「ふぇっ!?」
「フィアナが、僕とふたりで行きたがったのも、そうだからでしょ?」
「そ、そそそ、そうですけど! そうなんですけど!」
「これからもよろしくね、フィアナ」
「はい! ふつつか者ですけど! いえそうじゃなくて!」
なにが違うのでしょう。自分でもわからないですけど。
「あの。なんというか。こういうのって、もっとロマンチックなものなのかなって……」
そうです! 雰囲気とかが大事なんです!
「お互いに好きなことがわかっていながら、でも告白できないみたいな。そんな関係から一歩踏み出すのがいいというか」
村のお兄さんやお姉さんが、そんな感じになっていたのを見たことがあります。
それに憧れていた気持ちもありました。
まさか自分の場合は、こうも突然に付き合っていることになるとは思いもしませんでした。
「そっか。……ごめん。フィアナはどうしたい? やり直したい?」
「え? どうでしょう。嬉しいことは嬉しいんですよね。だからやり直すとかじゃないんですよね。やり直せるものじゃないですし。……だからこれからは、恋人っぽいロマンチックなことをいっぱいやりましょう!」
「うん」
あ、ユーリくん少し笑いました。わたしにはわかります!
そうです。この、気遣いのできなさと彼なりの誠実さの混ざった性格こそ、ユーリくんなんです! わたしじゃなきゃ理解してあげられませんよね、ユーリくんの良さは!
ユーリくんも納得したらしく、改めて家の戸をくぐります。
さっきのナザンさんのお家に比べれば、少し小さいです。手入れもあまり行き届いていません。壁のあちこちに汚れが目立ち、小さな庭も雑草だらけです。
ユーリくんは家の扉を遠慮なく開けました。鍵はかかっていません。
それが、里の普通なのでしょう。住む人みんなが知り合いみたいな狭い集落ですから、泥棒なんていないのでしょう。
「ただいま、お父さん」
そう家の中に声をかけます。しかし返事はありません。
まだ真昼で、家には誰もいない様子です。ユーリくんの家族が普段何をして生きているのかは知らないですが、今は仕事中でしょう。
家の中はずいぶん散らかっていました。特に玄関がひどいです。
物がたくさんあっても、ほとんどは用途もわからないガラクタが多いようですけど。
なるほどこれなら、泥棒が入っても盗むものなど無いと思って帰っていくでしょう。
「お父さん、道具の改造が好きなんだ。だから、使えそうなガラクタを集めてる」
「そ、そうですか……」
家を見たわしの反応に、ユーリくんが説明をしてくれました。
「仕事も、道具のの修理。農耕具とか工具とか。研いで使いやすくして、お金をもらう」
「そうなんですね……」
器用な人なのでしょう。
「お父さんが帰ってくるまで、待ってて」
「は、はい」
部屋のひとつに通されて、そこで座るよう言われます。食事をする場所でしょうか。大きな机と、椅子が何脚かありました。
ここはユーリくん、つまり恋人の家です。そして今からご家族に会うことになります。いきなり相手のお家に挨拶です。緊張します。
持っていた花束を机に置いてから、畏まって姿勢を正して椅子に座ります。ユーリくんはといえば、随分とリラックスした様子です。
三年ぶりの我が家なんでしょうね。変わったところがあるわけではないでしょうけど、懐かしさから家をあちこち見て回っています。
今は違う部屋に行ってるのか、姿が見えません。
それにしても、この家はあまりきれいとは言い難いですね。
外もそうでしたけど、中も汚れが目立ちます。散らかってますし、掃除をほとんどしていないように見えます。
お母さんがいなくて、男所帯だとこんなふうになるのでしょうか。ご家族、お父さんしかいなさそうですし。
ふと、足音が聞こえてきました。ユーリくんではありません。もっと体重のある、大人の足音です。
「ユーリ。ナザンから聞いたけど、帰ってきたって本当かい?」
男性の声が聞こえます。そしてこっちにやってきて、座っているわたしを見ました。
「君は……」
「は、はじめまして! ユーリくんと一緒に来ましたフィアナと申します! お邪魔しています!」
「ああ、君が。はじめまして、ユーリの父の、トーリです」