41.つがい
丸焼きにしてもいいですけど、家に帰れば野菜があります。それにパンも。シチューにして食べましょう。
それなりに大きなウサギだったので重いです。ユーリくんは狼化したまま、わたしと獲物を一緒に担いで家まで連れ帰ってくれました。
里の様子は、平和なものでした。みんなが日々の仕事に戻っています。
特定の派閥に属さないワーウルフの中には、争いの馬鹿馬鹿しさに気づいて関わらないと決めた者もいました。
彼らはまた、村に戻って出稼ぎを始めたようです。一時は冷えていた村との関係も、やがて元に戻るでしょう。
この数日で、トーリさんの家もかなり片付けました。台所も、わたしが使うようになった結果きれいになっています。
わたしたちが出たら、また元通りかもしれませんけれど。
さて、ウサギを捌いてシチュー用の肉にしちゃいますか。狩人にとっては慣れた作業です。
この二羽のウサギは、寄り添うように森にいました。
つがいでしょうか。それとも、偶然同じ場所にいただけでしょうか。
今回の件で、ひとつだけわからないことがあります。
あの夜、逃げるアイシャさんはナザンさんの負傷を知って、ほとんど反応しませんでした。
聞こえていたのだと思います。けど、逃げるのをやめませんでした。
それがナザンさんの望みだったからかもしれません。けど、愛する人が致命傷を負ったと聞いて、なんの反応もしないものでしょうか。
わたしだったら、どうするでしょうか。
アイシャさんは、本当はナザンさんのことを愛してなどいなかったのでは。そんな可能性が浮かびました。
ナザンさんは、村に自分の名を残すための道具に過ぎなかった。そこに愛などなかったのかもしれません。ナザンさんはアイシャさんを愛していたとは思いますけど、逆はわからない。
わたしが射殺したのは、つがいだったのでしょうか。それとも。
真相は、もう誰にもわからないですね。
ウサギをある程度捌いてから、ユーリくんにも意見を聞こうかと思いました。けどユーリくんは、疲れているのか床で寝息を立てていました。
そうですよね。従姉で、それなりに親しい仲だったアイシャさんが死んで、ユーリくんだって内心ではショックなはずです。
自ら手にかけたナザンさんも、仲がいいお隣さんなのですから。
感情の起伏に乏しくて、何考えているのかわからないと言われることも多い子ですけど、わたしには全て理解できます。
その上で、アイシャさんの邪悪な本心について尋ねて、心の傷を抉るようなことはしてはいけません。
わたし、できる女ですから。
それにしてもユーリくん、よく眠っています。やはり家というのは安心できるんですね。
普段羽織っているローブを掛け布団代わりにして床に横になっているって寝かたについては、思うことがなくはないですけど。風邪引きますよ。
ベッドまで運びましょうか。けど、わたしの力では運べませんし、下手に動かせば起こしてしまいますね。
布団を持ってきてあげましょう。それから枕です。
「…………」
膝枕、やってみましょう。わたしはユーリくんのお嫁さんですから、それくらいはやりますよ。お嫁さんなので当然ですよ。
ちょっとだけ、ちょっとだけです。
正座して、ユーリくんの頭を上げて膝に乗せます。良かった。起きてません。
こうして顔を近くで見ると、本当に可愛いと改めて思います。普段はかっこよくて頼りになる子なんですけれど、眠っている姿はあどけなくて、可愛らしいです。
すやすやと寝息を立てている顔に、自然と自分の顔が近づいていきます。
キスくらい、してもいいですよね? わたしはお嫁さんなので。それくらい普通です。
よし。やりますよ。ちょっと唇を重ねるだけでいいんです。目を閉じて、もう少し顔を近づけて……。
「なにしてるの?」
「うひゃあっ!?」
ユーリくんの声が聞こえて悲鳴をあげてしまいました。
間近で、目を開けたユーリくんがわたしを見ています。
「ご、ごごごごめんなさい! 起こしちゃいました……?」
「ううん。平気」
そう言いながらも、ユーリくんは自分の頭がわたしの膝に乗っていることを不思議に思っている様子です。ええっと。どうしましょう。どうすれば。
「ねえフィアナ。寝ている間、夢を見た」
「夢、ですか?」
わたしのことを全く気にしていない様子で、ユーリくんは話しを始めました。
「カイや、リゼやコータが出てきた」
「そうですか。……そろそろ、皆さんと合流しないといけませんね」
一緒に旅をしている間の夢だったのでしょう。ずっと別行動というわけには、いかないですよね。
「明日くらいに、里を出ますか?」
「うん。……でも、ふたりで旅をするの、楽しかった」
「はい! そうですよね! 終わっちゃうのは、寂しいです」
「それで、終わる前にやりたいことが」
「なんでしょうか」
するとユーリくんは、急に身を起こしてわたしに顔を近づけます。わたしがなにかする暇もなく、彼はわたしにキスをしました。
「!?」
唇を塞がれて驚く声を上げることもできません。
けれど、幸せでした。これが、ユーリくんのやりたいことなのですから。
キスがしばらく終わらないように。今はそれだけを望みます。
<完>




