4.ワーウルフの首長決め
「来なくなった、ですか?」
「そうだよ。確かに繁忙期ではないにしても、ワーウルフたちがめっきり降りてこなくなった。うちも商売に影響が出ているんだ」
「そう、ですか。里に久々に帰るので、最近の様子についてはわかりません。……もしかしたら、首長が変わるのと関係があるのかも」
「ああ。そんな時期だね。けど、前に変わった時はこんなことなかった」
「里に戻ったら、確かめてみます」
「あの。ユーリくん。首長が変わるとは、どういうことでしょうか」
宿屋の主人とユーリくんが、わたしの知らない話題で盛り上がっています。
気になるじゃないですか。部屋に入ったらさっそく聞いてみることにしました。
「里のリーダーっていうか、みんなを率いるワーウルフを、首長って呼んでる。五年に一度変わる。変わらないかもしれないけど」
「里で一番偉い人ですよね。それが変わるんですか?」
そんなこと、初めて聞きました。
例えば、この国の一番偉い人は王様です。街で偉い人は領主様で、領内にお城があるほど大きな街の偉い人は城主様です。
そして王様の子供が次の王様で、領主様の子供が次の領主様です。王様はとても人徳に溢れた人らしいので、誰も五年に一度変わることなんて望んでいません。
わたしの村があった場所の領主様はひどい人でした。大きな罪が発覚して捕まったのですけど、そんなことがあるまでは誰も交代させられるとは思っていませんでした。
偉い人は、簡単に変わらないから偉いのです。
あ、でもコータさんの世界では、そんなこともあったらしいですよ。前に聞いたことがあります。多数決で、国や街のリーダーを決めるそうです。
選挙とか民主主義とか言うらしいです。コータさんの世界は奥が深いですね。
「では、ユーリくんの里では、首長は多数決で決めるんですか?」
「ううん。戦いで決める」
「戦い」
「殴り合いか、狼に変身しての取っ組み合い。負けて死ぬことはあんまりないけど、大怪我はそれなりにある」
駄目です。ワーウルフの里は、思っていたより野蛮かもしれません。
「強いワーウルフじゃないと、みんなを率いれない」
「理屈はわかりますけど。狩りとかの時に重要ですもんね。……狩り以外のどこで、強さが発揮されるかはわからないですけど」
大昔の戦争が絶えなかった時代は、活躍した英雄が王様になることもあったといいます。
この国もそうです。レメアルドという英雄が作ったレメアルド王国。首都の名前もレメアルディアと言います。
けど、ワーウルフは里で平和に暮らすか、この村で人と共存しているかです。狩り以外で強さが役に立つことはあるのでしょうか。
「伝統」
「な、なるほど。それなら仕方ありません……」
「それに、強いワーウルフの方が、みんなから信頼される」
「わからなくはないです。……その強さというのは、どうやって決めるのですか? 殴り合いということは、みんな集まってやるのですか?」
「ううん。普通に暮らしている中で、不意打ちする」
「野蛮ですね……」
ああ。口にして言ってしまいました。これでもユーリくんの故郷なのに。
けど、ユーリくんは気にしていませんでした。
「不意打ちで負けるような弱いワーウルフに、みんなはついてこない」
「なんということでしょう……」
ユーリくんはクールで知的だと思っていますけど、ワーウルフ自体はそうではないのかもしれません。
さらに詳しく説明を聞きます。
五年に一度のある夜、里の全員が集まる会合が開かれます。
そこで首長に立候補するワーウルフが何人か手を上げます。これが候補者となります。
その時点の首長も原則は参加しますけど、もう歳だから勝てないと辞退することもあるそうです。
その場は解散して、翌朝から戦いが始まります。
村で普通に生活しつつ、相手の隙を見て殴りかかったり噛み付いたり。相手が動けなくなるほどの怪我を負うか、参ったと言わせるまでボコボコに叩きのめします。
武器の使用は禁止。ただし狼化は許されています。己の体と爪と牙で決着をつけるべし、とのことです。
候補者じゃないワーウルフの仲間を引き連れるのは認められていて、みんなで一斉に襲いかかったり、自分の護衛にするのは当たり前にやっているそうです。
候補者が残りふたりになると、もう普通に暮らしながらなんて言ってられません。仲間を引き連れて相手を探し、全面対決になります。
「え、それ、本当に死者出ないんですか?」
「さすがに、殺すまでいくと後味が悪いというか。首長が決まった後は、みんな里で前と同じように暮らさなきゃいけないし」
「そうですけど。いや、むしろそれだからこそ、もっと平和的にやるべきではないでしょうか」
「伝統」
「これなんですよね……。あともうひとつ言いたいことが。そのルールだと、仲間を大勢集められるワーウルフの方が有利じゃないですか? 本人が一番強くなくても、仲間が多ければそれでいいのではないかと」
「普段から強くないと、仲間は集まらない」
「あー……つまりそれ、普段から戦ってるわけですか?」
「大怪我しない程度に」
大丈夫なんでしょうか、この里。ユーリくんがクールなだけで、他の皆さんはかなり喧嘩っ早い人たちなのでしょうか。