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ワーウルフの里の騒動~無能魔女スピンオフ~  作者: そら・そらら


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39.戦いの終わり

 ナザンさんはさらに、前足の爪での攻撃もしていました。ユーリくんは巧みに避けていますけど、的が大きいのも事実。

 胸に受けた矢の傷が気にならないほどの興奮状態のナザンさんに、押されているようです。


 加勢したいところですけど、わたしにもすべきことがあります。


「アイシャさん! ナザンさんが負傷しました! ほとんど致命傷です!」


 こちらに背を向けて走るアイシャさんに向けて声をかけます。聞こえているのは間違いないでしょう。しかし、アイシャさんの足は止まりませんでした。

 彼女はまっすぐ、近くの建物の方へと向かっています。それを遮蔽物にして逃げるつもりでしょう。


 わたしは弓に矢をつがえて放ちました。やはり、狙う時間はごく僅かです。


 矢はアイシャさんの膝裏を貫きました。次の瞬間には、彼女はバランスを崩して転倒。

 すぐに駆け寄って捕まえようとしました。他のワーウルフの前で罪を吐かせたいので。


 けど、それより早くアイシャさんに迫る影がありました。


「がううっ!」


 狼化したゾーラさんです。口に咥えた鋭く研がれた鍬を、思いっきりアイシャさんの頭に振り落とします。さらに、彼女の体に噛み付き、爪で傷をつけ、何度も踏みつけました。


 どの段階でかはわかりません。けど、アイシャさんは死にました。


 振り返れば、ユーリくんがワーウルフの死体を見下ろしていました。ナザンさんの首には大きな噛み傷。

 やっぱりユーリくんは、強かったんですね。


 ユーリくんは天を仰ぐようにしながら、大口を開けて咆哮を上げました。

 その声量に誰もがそちらを見て、ナザンさんの死体を見ました。


 当主代理の死に、彼に従っていたワーウルフたちは戦意を喪失。対峙していたゾガさんも、味方に戦いをやめるように指示を出していました。


 戦いは終わったようです。もちろん、事件の終わりではありませんけど。


「アイシャは?」

「死にました。ゾーラさんが仇を討った形です」

「そう」


 いつの間にか人間の姿に戻っていたユーリくんが、誰のかは知りませんがローブを着ながら声をかけました。

 わたしたちの前で、ゾーラさんも人間の姿に戻っています。


 当然ながら裸でしたけど、アイシャさんの服を奪って着直していました。いいのでしょうか、それで。ずいぶんボロボロの服ですけど。

 周りを見れば、狼化していた皆さんは、とりあえず体を隠すために落ちている服を見つけた端から着ているようです。元の自分の服がどこにあるかは、あまり気にしていないようでした。


 こういう文化なのでしょう。


「ユーリ! フィアナちゃん! 無事かい!?」


 トーリさんが息を切らしながら走ってきました。この人も無事で良かったです。戦ってはいませんけど、睨み合いをする両陣営の間に立っていたのですから。命からがら逃げ出したのでしょう。

 けれど自分のことより、わたしたちを心配してくれました。いいお父さんなんですね。


「トーリ。アイシャは本当に、ガザンを殺したのか?」


 壇上で力なく座っているアザンさんが、トーリさんに尋ねました。わたしたちではなく、普段からある程度の交流がある隣人のトーリさんにです。

 この人は息子に投げ出されてからは、ここに座ったまま動けずに、息子やそのお嫁さんが死ぬのを見ていたことになります。首長としては、不甲斐なさすぎる結末です。


「そうです。三年前の猪騒動の時に、僕が作った弓のことは……さっきも話したし覚えていますよね。あなたが首長として、立派に対処してくれた事件の最中のことですし」


 そしてトーリさんは、アイシャさんがガザンさんを殺したという結論に至る証拠を、ゆっくりと説明しました。彼女の部屋で弓を見つけたことも、わたしの口から話しました。


 さっきもアイシャさんへの交渉として説明していたのですけれど、落ち着いて再度聞くことで、アザンさんも受け入れざるをえないという様子になりました。トーリさんだって望んで姪を人殺しにしたいわけじゃない。アザンさんもよく理解できたのでしょう。


 動機を聞いた時、アザンさんはがっくりとうなだれました。ナザンさんの優しさはよくわかっているのでしょう。だから、ありえるかもしれないと思ってしまいました。

 思った時点で、心の中でそれを否定するのが難しくなります。アザンさんは自分でそれを理解しているのでしょう。


「俺の家は、途絶えるのか」


 短期間で息子をふたりとも亡くした彼は、呆然とした様子でつぶやきました。


「今は体を治すことに専念してください。安静にしていれば、きっと良くなりますから」


 トーリさんは優しく言ってから、あるワーウルフを見つけてそちらへ駆け寄っていきました。

 アイシャさんの母、トーリさんの妹でした。そうですよね。彼女も、慰めないといけませんよね。


「アザン。今夜はここで解散としないか? これからのことは、改めて決めよう」


 こっちに近づいて告げる人がいました。キセロフです。


「有力者だけ残して、詳しいことが聞きたい。だが、配下たちは帰しておとなしくしろと言った方がいいぞ」

「……皆、それで納得しているのか?」

「納得はしていない。が、この場は収めよう。アドキアとゾガも同意見だ」

「わかった。俺も」

「お前も帰れ。悲しいことがありすぎて、立ち直れないはずだ。今はゆっくりしろ」


 キセロフの言葉には、優しさが含まれていました。

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