37.ワーウルフの乱闘
「待ってくれ! みんな落ち着いてくれ! 僕は殺人犯を見つけることに拘ってはいない!」
睨み合いというか、次の瞬間には全面対決が始まりそうな両者の間に、トーリさんが割り込みます。
「変身を解いてくれ。話し合おう」
「トーリ。お前はどちらの味方だ?」
壇上から、アザンさんの声が聞こえました。
「わざわざ弓の話しをして会合の場をかき回した挙げ句に、弓を取り返すのを求めず、ガザンを殺した者にも興味がない、か。では、意図はなんだ?」
「決まっているだろう。姪を庇うためだ。おおよそ、姪が殺しをしたという証拠を掴んでいるのだろう?」
アザンさんの問いに答えたのは、ゾガさんでした。彼は狼化はせず、狼になった味方のひとりにまたがっています。
「これ以上は動くなと釘を刺す。そのために芝居を打った。大勢の前でやる意味はわからないが、他にも理由があるのだろう。とにかく、姪が殺しをしたと確信している。違うか?」
「それは……」
ゾガさん、完全ではないですけど、こちらの魂胆を読んでいます。
アイシャさんが犯人だと仮定すれば、そういう推測をするのも可能なのでしょう。
これ以上、トーリさんを困らせるわけにはいきません。
「乗って」
「はい。わたしが話します」
ユーリくんが脱いだローブを受け取りながら、わたしは背負っていた弓を手に取ります。
隣でユーリくんが大きな狼へと変わっていきます。四つん這いの状態でなお、わたしより背が高い狼。けど長い付き合いです。乗り込むのに手間はかかりません。
「ゾガさんの言うとおりです。わたしたちは、アイシャさんがガザン殺しの犯人だと確信しています」
ユーリくんの背中に揺られながら、わたしは皆さんに向けて声を張り上げました。
「さっきトーリさんが言った通りです。低い位置の木の枝についた傷と、亡くなったトーリさんの弓。それからアイシャさんには、動機があります」
里から出ていったはずのわたしとユーリくんの登場に、大勢のワーウルフの驚きの声が聞こえました。
どういうことかと皆さんが混乱している隙に、説明を続けます。
「さっきわたしたち、アイシャさんの部屋に忍び込ませてもらいました。そして、弓があるのを見つけました」
ワーウルフたちの視線が、一斉にアイシャさんの方に向きます。彼女の様子がおかしく、明らかに動揺していることが、大勢にわかったはずです。
もちろん、庇う者もいます。ナザンさんです。
「お前たちが忍び込んで、凶器を隠してアイシャに罪を着せようとしているだろ!」
ああ、やはりそうなりますよね。
わたしだって、忍び込んだという後ろめたい事実を明かしました。そこを不審や不快に思う人もいるでしょう。
トーリさんが、人を部屋に上げることの抵抗を説いた裏でやっているのですから、白々しいことこの上ありません。
疑われているアイシャさんにも、もちろんナザンさんにも怒る資格はあります。
けど、その庇い方は正しくはありません。
「それはつまり、わたしかユーリくんが殺しの犯人ということになりますよね? けど、わたしたちじゃないのは昨日説明した通りです」
「昨日は! お前の父親の弓の話は出ていなかった!」
「同じですよ。わたしは、わざわざ改造した弓を使う必要はありません。ワーウルフ用のものですから。そして弓を使う際の傷は、ユーリくんの首の高さでは到底扱えない高さでした。小柄な狼じゃないと駄目です。アイシャさんはどうですか? 周りの大人の男性と同じくらいの大きさになれますか?」
「それはっ! 違う、そうじゃない。アイシャのはずが――」
ナザンさんの言葉は、途中でかき消されてしまいました。
アイシャさんの犯行だと確信したゾーラさんが、睨み合いに飽きたらしくて動いたのでしょう。それで両派閥のワーウルフもぶつかることになりました。
大きなワーウルフ同士が体をぶつけ合い、相手の首を噛もうと立ち回っています。本気で殺す意思すらあるらしく、大口を開けて勢いよく食らいついています。
どちらの陣営かは知りませんけれど、成功しているワーウルフもいるようです。一頭のワーウルフが口の周りに生々しい血をつけたまま、次の獲物を探していました。
トーリさんは争いに巻き込まれる前に、慌てて逃げていました。わたしたちとは離されてしまいましたけど、無事なら問題ないです。
壇上ではアザンさんが、落ち着くように呼びかけています。けど、誰も聞きません。
もともと毒で、かなり弱っていたアザンさんは声を張り上げるのも大変なのでしょう。それにナザンさんに肩を貸してもらって、なんとか立てる状態でした。
しかしアザンさんは今、壇上に投げ出されて座っている状態です。ナザンさんはアイシャさんを庇うように立ち、なおかつ当主代理として目の前の戦いの指揮をするつもりらしいです。
「あのふたりを捕まえろ!」
近くにいる味方に、そう命じました。もちろん、わたしとユーリくんのことです。
「蹴散らします。殺すのはまずいですよね?」
わたしの質問に、ユーリくんはうなずきました。蹴散らすのは、正確にはユーリくんなんですけどね。殺すことができるのはわたしなので。
こちらに迫ってくるワーウルフに弓を引きます。一斉に五体、走ってきます。その真ん中の一体へ矢を放ちました。
尖った耳の先端をわずかにかする程度の狙い。肉をそこまで傷つけず、けれど痛みは感じるはずです。
しかし彼らの動きは止まりませんでした。この程度の痛みなどなんともないのか、それとも戦闘に際しての興奮状態だからでしょうか。




