36.破綻
昨日、わたしたちのことをトーリさんに伝えるついでに、家で使っている道具の整備の仕事をお願いしたのでしょう。それが生業だから受け入れたトーリさんは、しっかり仕事をして先程渡した。
けど、ゾーラさんは鍬を武器にする目的でお願いしていたようです。振れば、土ではなく敵の体に深々と刺さる武器。
今は様子を冷静に見守っていますけど、なにかあれば動くつもりでしょう。
「じっとしててくださいよ……」
ゾーラさんに届くはずがない願いが、思わず漏れてしまいます。
「僕は言い出しっぺだし、家を探されることに問題はない。……アイシャは、どうする?」
トーリさんの説得は続いています。ここでアイシャさんが、諦めて捜索を拒否してくれればいいのですけど。
「おもしろい。俺はもちろん、探されてもいいぜ」
集まっているワーウルフの前の方から、そんな声がしました。アドキアです。
そりゃそうです。彼にやましい気持ちはないのですから。探されて、堂々と首長候補に名乗りを上げるべきです。
けど、こいつのことはどうでもいいんです。今はアイシャさんの時間じゃなきゃいけないんです。
これだから武闘派という人種は。とりあえず自分の都合が優先なんですから。もう少し慎みある性格になってください!
そんな、わたしの願いはもちろん届きません。
返事をしようとしていたアイシャさんが、今ので言葉を詰まらせました。さらにそこに追い打ちがかかります。
「俺も構わない。娘たちの部屋含めて、見ていってくれ」
「ええっと。今の声はたしか」
「ゾガ」
「そうでした……」
ユーリくんの返事に、わたしはさらに気落ちしてしまいます。
ゾーラさんという、アイシャさんと同じく年頃の娘さんがいる家庭です。
そこを見ても良いと家長が勝手に言い切ってしまうこともどうかと思いますけど、問題はアイシャさんの受け取りようです。
断りにくくなってしまいました。
壇上を見れば、アイシャさんは完全に言葉に詰まっています。どう返事をすればいいか、迷っているのでしょう。
捜索を拒否しなきゃいけないのは確定事項ですけど、どう言うべきか悩んでいます。
トーリさんが、なんとか助け舟を出そうとしましたけれど、それより早く動いた者がいました。ナザンさんです。
「うちも、やましいことは何もない。アイシャの家を含めて、好きに見てくれ」
何も知らないゆえに、アイシャさんを追い詰めてしまいました。
「大丈夫だ、アイシャ。トーリさんは、親族だから最初に探すと言っているんだ。すぐに終わるよ」
「ナザン。それを決めるのはアイシャだよ。嫁入り前だし、夫になる男とはいえ勝手に判断するのは間違っているよ」
トーリさんが宥めるように説得をします。けど、言い方が良くなかったのかもしれません。
「トーリさん。確かにまだ、俺たちは結婚していない。けど、アイシャの無実ははっきりと確信している。だから堂々と見せるべきだ。あなたも、そこに異論はないはずだ」
「それは……そうだが……けど、アイシャに決めてもらいたい。見せたくない物もあるかもしれない」
「何をそんなに焦っているんだ? アイシャ、君の口から言いなさい、隠すようなことは何もないと」
アイシャさんの顔は青ざめています。ナザンさんはそれを、目の前の口論のせいだと思っているのでしょう。
「わ、わたしは……」
「お前が殺したんだ!」
アイシャさんの青い顔の理由を理解した人物がひとりいました。ゾーラさんです。
ろくに手がかりを伝えていないのに正解を言い当てられるのは、状況から類推したからでしょう。
アイシャさんの態度があからさま過ぎましたし。
「黙って捜索を受け入れないのは、お前が凶器を隠しているからだ!」
彼女はそう言い放ってから、一度鍬を手放したかと思えば、服を脱ぎました。
昨日も見た動きです。狼化して、アイシャさんを殺すつもりなのでしょう。
地面に落ちた鍬の柄を咥えて、ゾーラさんは大きく跳躍しました。
「ゾーラ! 落ち着いて!」
「ゾーラ、いきなり何を!?」
「お前は、俺の妻を人殺しと言ったか!?」
トーリさんとゾガさんとナザンさんが同時に叫び、けれどゾーラさんは反応をしません。鍬を咥えた狼の体では、話すことも出来ないです。
ひと跳びで大勢のワーウルフの頭上を越えるのはさすがに無理なようです。群衆のど真ん中に着地することになりました。
多くのワーウルフがこれを逃げるように避けました。けどそんなゾーラさんの前に、ワーウルフの一団が立ちはだかります。
「アザン派閥」
「なるほど。よくわからないけど、家に因縁つけられたと思っているんですね」
「うん。行こう」
「はい。狙いは?」
「アイシャの首。他に抵抗するワーウルフがいれば、叩きのめして動けなくする」
「……はい!」
血は流れます。こうなってはアイシャさんには、命をもって事態の収拾をつけてもらいます。
もう少し早く、彼女が拒絶をしてくれていれば良かったのに。それか、わたしたちも、もっと良い策を講じられればよかったのに。
今更悔やんでも遅いですけどね。
ゾーラさんの前に立ちはだかる男たちも、羽織っている服を脱いで狼になっていきます。それを見た一団が、ゾーラさんを庇うように立って狼化しました。あれはゾガ派のワーウルフですね。
周りにいた、両派閥とは無関係なワーウルフたちは逃げるように距離をとります。けど、この場から逃げ出すわけではありません。
事態の推移を見届けるためか、距離をとって注視しています。
アドキア派とキセロフ派の皆さんは、リーダーを守るように周りに集まっていました。




