34.ワーウルフの集会
他の多くの街では、行政の中心地と長の住む街は同じで、街の中心地にあります。権力が世襲制なので、そうしても問題ないわけです。
この里は違って、首長の家が五年ごとに変わる可能性があるために、家と集会所は別にあります。
首長を始めとした里の首脳陣が集まる場所。そこに、今夜は里中のワーウルフが集まっているわけです。
場所は、里の中心部。全体が山の斜面に沿った坂になっている里の、中腹です。真ん中にある点は、他の街と同じですね。
住居を兼ねた場所ではないので、そこまで大きくはないです。一応は里のシンボルではあるので、外観はきれいに整えられていますけど。
とはいえ今は夜。そして大勢のワーウルフが集まっていて、わたしたちは人目についてはいけません。なので建物をじっくり見ることもできないです。その必要もありません。
建物の前に、ワーウルフが大勢います。会合の始まりを待っているのでしょう。みんな立っています。
最後列にトーリさんがいました。わざと遅れて行って、端に座ったようです。時折周りを見て、わたしたちが来ていないか確認しています。
物陰から様子を伺うわたしたちに気づいたようです。直後、ユーリくんは指をひとつ立てました。アイシャさんの部屋に、弓があったという合図です。
トーリさんは少し驚いた顔をしながら、頷きました。彼も、本当は信じたくなかったのでしょう。アイシャさんが殺した事実を。
ややあって、皆さんの前にアザンさんと、その家族がやってきました。アイシャさんもいます。
こちらからはよく見えませんけど、壇を作っているらしいです。アザンさんやナザンさんやアイシャさんは、皆さんよりも頭ひとつ抜け出した高さにいます。
アザンさんは毒の影響で弱っています。ナザンさんに肩を借りています。
けれど首長として、この仕事を放り出すわけにはいきません。最悪に近い体調を押して、ここに来たのでしょう。
毒に負けて皆さんの前に来れないとなれば、家についてきている味方の士気にも関わります。彼は息子に首長の座を継がせたいと思っていますから。
その息子とは今はナザンさんですけど、嫡男の死でただでさえ味方に不安が広がっているところです。当主自ら皆の前に出て、安心させなければいけません。
もっとも、その頑張りはすべて無になってしまうのですけど。
何も知らないアザンさんは、里の皆に呼びかけようと息を吸い。
「首長! 本題に入る前に、ひとつ終わらせないといけない問題があるんだ」
トーリさんが声を上げました。
集団の最後列にいる彼に、一斉に視線が向きます。
わたしやユーリくんが出たら、話をする前に疑問と疑いでそれどころではなくなるでしょう。だから、トーリさんに仕事を負わせる形になってしまいました。申し訳ないと思っています。
もちろん、急にこんなことを言い出したトーリさんにも、疑問の目は向きます。
「それは、首長が変わってからではいけない話なのか?」
「そうです、首長。ガザン殺しの手がかりなので。ガザンを殺した者がわかるかもしれません。その犯人が首長になってしまう可能性は、潰したいのです」
大勢のワーウルフのざわめきが聞こえます。アザンさんは弱った体に鞭打って、声を張り上げてこれを黙らせました。
トーリさんの話を放っておくと、たしかに問題が拗れてしまいます。だから聞こうと考えたようです。
「三年前の、大きな猪騒動を覚えていますでしょうか。結局使いませんでしたが、退治のために僕は大きな弓を改造しました」
言われてから、ようやく思い出したというワーウルフが多いようです。しかし実際にあった出来事です。皆さん納得の表情をしていました。
「この弓がガザン殺しに使われたのだと思います。僕の家から盗まれていたようです。探したけど見つかりませんでした」
トーリさんは、これまでの調査でわかったことを説明しました。
いつの間にか、弓が消えて事と、木の枝に装置をつけた痕跡があること。装置を使ってガザンさんが殺された可能性が高いこと。
装置を使えば成人男性に限らず殺しは実行できるし、痕跡の高さから推測するに、むしろ小柄な狼体の者が犯人である可能性が高いこと。
「あの弓は、僕の発明品だ。できれば返してほしい。……正直に言えば、犯人が誰かはそんなに興味はない。裁くのは僕ではないしね」
この言い回しも事前に打ち合わせしていた通りです。アイシャさんの心の負担を軽くするためです。
「今日、里を歩き回って弓がどこかに捨てられていないか探した。けど見つからなかった。だから今度は、それぞれの家の中を調べたい。何人かで確認するんだ」
「お前の家は散らかっている。失くしたとかじゃないだろうな?」
アザンさんが、訝しむような声で尋ねます。お隣さんですしアイシャさんの繋がりもありますし、家が汚いのは知ってるんですね。
「そうだね。家をよく探せば、やっぱり見つかったっていうこともあるよね。その時は、僕が馬鹿だったとみんなで笑えばいいです。その時は、木の傷がなぜついたかを考えないといけませんけど」
「……そうか」
アザンさんは、トーリさんの言うことも一理あると考えだしたようです。
「なので提案です。主だったワーウルフを二手に分けましょう。片方は僕の家。片方は、妹の家ということでどうだろう。そして、家の主だったところを探す。……親族ですから、僕が覚えていない時に貸したかもしれません。アイシャも家によく出入りしていましたし。もちろんその後に、有力者を優先して他の家も探す」
「なるほど……」
トーリさんの提案をアザンさんは頷きながら聞いていました。
ところで。
「表情が変わりましたね」
「うん」
壇上のアイシャさんの顔が、明らかにこわばりました。秘密がバレてしまうかもしれない。そんな恐れを抱いた顔です。
トーリさんも気づいているのでしょう。




